43 / 127
September
体育祭後
しおりを挟む
体育祭は結局保健室で終わりを迎えることとなり、自分の部屋に帰ると俺の頬を見た理久に死ぬほど心配された。
殴られた直後は痛かったが適切な処置のおかげか大事には至らず、次の日にはほぼ痛みと腫れは引いていてなんの予定も入っていない日曜日をゴロゴロと満喫しながらも頭の片隅には久我先輩の言葉がぐるぐる回る。
心配を掛けてしまったことについて会長に謝罪しに行くか、行くまいか。
こういう時に限って何の連絡もないから悩む。
別に勝手に行けばいいのだが、あんな状態の後なのでどうも行きにくい。だから会長から連絡してきて欲しい。今ならなんでも手伝うから。
そう念じながらスマホを開いて待ったが、今日は体育祭が終わってすぐの休日。連絡が来るはずも無い。
それでもなんとか粘ること数時間。
限界を迎えた俺は財布の中のカードキーを握り締めると非常階段を駆け上がっていた。
「…こんにちは」
「こんにちは」
「すいません、勉強中に…」
チャイムを1度鳴らし、カードキーをかざす。部屋に入れば会長は机に向かって勉強をしていた。来ることを予想していたのか、俺が来てもなお一切ノートから顔を上げる様子はない。
勢いに任せて来てしまったものの、冷静に考えると明らかに勉強の邪魔で今日は一段と弱気な俺は来た道を戻ろうかと考えていた矢先。こちらの顔を見ないまま会長が口を開いた。
「顔の具合は?」
「…腫れは引きました」
保健室の時とは違い、いつもの変わらない声色で安堵する。機嫌が悪いままだったら今頃走って逃げて帰っていただろう。
「榊は退学。あとの奴らは1週間の停学処分だって」
「榊って誰ですか?」
「湊の顔殴った先輩」
どうやらあの男は榊という名前らしい。
普段の素行も悪いと聞いていたし、今回退学になったということは色々過去にやらかした経歴があるのだろう。というか事件の主犯格だったのか。
「被害者の子も櫻木のおかげで無事。未遂で済んだみたい」
「そうですか。それは良かったです」
話によると風紀委員長が現場についた時には部屋の中にいたヤツらをもう既に倒れていたとのこと。俺一人だったらどうにも出来なかっただろうから櫻木には感謝してもしきれない。
結果に安心しているとようやくノートから目を離した会長は立ち上がった。
そして俺の目の前まで向かうと頬に視線を移す。
「ほんとだ。だいぶ腫れ引いてる」
「お陰様で」
会長の端正な顔立ちがよく見える距離。
久我先輩から余計なことを聞いたせいかいつもなら何も思わない距離だが、少しむず痒い気持ちになる。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、腫れた箇所を確かめるようにそっと会長の手が触れた。
前回熱を出して額に触れられた時はあんなに冷たく感じたのに頬を優しく触れる指はやけに熱く感じる。会長の睫毛の長さまで確認出来る距離に俺はどこを見たらいいか分からない。ただひたすら目を伏せてフローリングの木目を数えた。
「秋斗に何か言われた?」
「まあ…色々と」
「そう」
会長も久我先輩に同じようなことを言われたのか、俺がもう何を言われたかも分かっている様子で眉間に皺を寄せる。頬からゆっくり手を離すと溜息を一つ吐いて、台所へと向かった。
「…そんなに腹立ちました?」
「流石に目の前で知り合いが死ぬのはちょっとね」
「いや、会長の中の俺どんだけ弱いんですか」
俺がそう突っ込むと会長はコーヒーを入れたマグカップを2つ、ソファーのあるテーブルに置いて笑う。
勉強の邪魔になるからすぐ帰ろうと思っていたので立って話していたが、コーヒーを淹れてもらったからにはそういう訳にはいかずそのまま流れでソファーに座った。
「そういえば、昨日の夜に要先輩から連絡があって、課題終わったからそろそろまた勉強教えてくれるらしいです」
「へえ、ほんとに体育祭までに終わらせたんだ。すごいな」
思い出したように昨夜の要先輩からきたメッセージ内容の話をすれば会長は感心したような声でスマホを弄り始める。
それでこの会話は終了。
特に広がりもなかったので俺は暇潰しにリモコンを手に取り、テレビをつけた。
日曜日の昼過ぎということもあり特に心惹かれる番組はない。適当にチャンネルをバラエティー番組の再放送で止めれば淹れてもらったコーヒーを啜り、芸人同士の掛け合いをぼーっと眺める。
そんな暇潰しも会長がテーブルに携帯を置いて放った言葉で幕を閉じた。
「今からどっか行かない?」
「…は?」
突然のあまり思わずむせてしまうところだった。
時計を確認するともう15時を差していて、どこに行くのか知らないが今から出るとなると街に出るのは16時くらい。
別にどこか行くこと自体はいいのだが、帰りが18時過ぎるとなると寮長に外出届けも出さなきゃいけなくなるし、正直時間帯的にかなり微妙である。
「もうこんな時間ですし、外出届けとか…」
「いいよ、めんどくさい。バレなきゃいいでしょ」
明日も休みだし、と付け加えて俺の返事も待たずに準備を始める会長の姿をただ呆然と見つめる。この人何を考えてるのか全くわからん。
突拍子もない提案だが特に断る理由が見つからず。
目の前で淡々と出掛ける準備をする会長に俺は丁度持ってきていた携帯と財布の入った鞄を握り締めた。
「どこ行くんですか」
「んー、どこだろ。映画とか?」
「はぁ?」
正気ですか、と続けようとしたが会長に「遊園地の方が良かった?」と言われ、開きかけた口を閉じる。
俺の反応を見越してのセリフだと分かっているが、休日の遊園地は死んでも嫌なので会長の最初の案通りとりあえず映画という方向で近くの繁華街に向かうことにした。
殴られた直後は痛かったが適切な処置のおかげか大事には至らず、次の日にはほぼ痛みと腫れは引いていてなんの予定も入っていない日曜日をゴロゴロと満喫しながらも頭の片隅には久我先輩の言葉がぐるぐる回る。
心配を掛けてしまったことについて会長に謝罪しに行くか、行くまいか。
こういう時に限って何の連絡もないから悩む。
別に勝手に行けばいいのだが、あんな状態の後なのでどうも行きにくい。だから会長から連絡してきて欲しい。今ならなんでも手伝うから。
そう念じながらスマホを開いて待ったが、今日は体育祭が終わってすぐの休日。連絡が来るはずも無い。
それでもなんとか粘ること数時間。
限界を迎えた俺は財布の中のカードキーを握り締めると非常階段を駆け上がっていた。
「…こんにちは」
「こんにちは」
「すいません、勉強中に…」
チャイムを1度鳴らし、カードキーをかざす。部屋に入れば会長は机に向かって勉強をしていた。来ることを予想していたのか、俺が来てもなお一切ノートから顔を上げる様子はない。
勢いに任せて来てしまったものの、冷静に考えると明らかに勉強の邪魔で今日は一段と弱気な俺は来た道を戻ろうかと考えていた矢先。こちらの顔を見ないまま会長が口を開いた。
「顔の具合は?」
「…腫れは引きました」
保健室の時とは違い、いつもの変わらない声色で安堵する。機嫌が悪いままだったら今頃走って逃げて帰っていただろう。
「榊は退学。あとの奴らは1週間の停学処分だって」
「榊って誰ですか?」
「湊の顔殴った先輩」
どうやらあの男は榊という名前らしい。
普段の素行も悪いと聞いていたし、今回退学になったということは色々過去にやらかした経歴があるのだろう。というか事件の主犯格だったのか。
「被害者の子も櫻木のおかげで無事。未遂で済んだみたい」
「そうですか。それは良かったです」
話によると風紀委員長が現場についた時には部屋の中にいたヤツらをもう既に倒れていたとのこと。俺一人だったらどうにも出来なかっただろうから櫻木には感謝してもしきれない。
結果に安心しているとようやくノートから目を離した会長は立ち上がった。
そして俺の目の前まで向かうと頬に視線を移す。
「ほんとだ。だいぶ腫れ引いてる」
「お陰様で」
会長の端正な顔立ちがよく見える距離。
久我先輩から余計なことを聞いたせいかいつもなら何も思わない距離だが、少しむず痒い気持ちになる。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、腫れた箇所を確かめるようにそっと会長の手が触れた。
前回熱を出して額に触れられた時はあんなに冷たく感じたのに頬を優しく触れる指はやけに熱く感じる。会長の睫毛の長さまで確認出来る距離に俺はどこを見たらいいか分からない。ただひたすら目を伏せてフローリングの木目を数えた。
「秋斗に何か言われた?」
「まあ…色々と」
「そう」
会長も久我先輩に同じようなことを言われたのか、俺がもう何を言われたかも分かっている様子で眉間に皺を寄せる。頬からゆっくり手を離すと溜息を一つ吐いて、台所へと向かった。
「…そんなに腹立ちました?」
「流石に目の前で知り合いが死ぬのはちょっとね」
「いや、会長の中の俺どんだけ弱いんですか」
俺がそう突っ込むと会長はコーヒーを入れたマグカップを2つ、ソファーのあるテーブルに置いて笑う。
勉強の邪魔になるからすぐ帰ろうと思っていたので立って話していたが、コーヒーを淹れてもらったからにはそういう訳にはいかずそのまま流れでソファーに座った。
「そういえば、昨日の夜に要先輩から連絡があって、課題終わったからそろそろまた勉強教えてくれるらしいです」
「へえ、ほんとに体育祭までに終わらせたんだ。すごいな」
思い出したように昨夜の要先輩からきたメッセージ内容の話をすれば会長は感心したような声でスマホを弄り始める。
それでこの会話は終了。
特に広がりもなかったので俺は暇潰しにリモコンを手に取り、テレビをつけた。
日曜日の昼過ぎということもあり特に心惹かれる番組はない。適当にチャンネルをバラエティー番組の再放送で止めれば淹れてもらったコーヒーを啜り、芸人同士の掛け合いをぼーっと眺める。
そんな暇潰しも会長がテーブルに携帯を置いて放った言葉で幕を閉じた。
「今からどっか行かない?」
「…は?」
突然のあまり思わずむせてしまうところだった。
時計を確認するともう15時を差していて、どこに行くのか知らないが今から出るとなると街に出るのは16時くらい。
別にどこか行くこと自体はいいのだが、帰りが18時過ぎるとなると寮長に外出届けも出さなきゃいけなくなるし、正直時間帯的にかなり微妙である。
「もうこんな時間ですし、外出届けとか…」
「いいよ、めんどくさい。バレなきゃいいでしょ」
明日も休みだし、と付け加えて俺の返事も待たずに準備を始める会長の姿をただ呆然と見つめる。この人何を考えてるのか全くわからん。
突拍子もない提案だが特に断る理由が見つからず。
目の前で淡々と出掛ける準備をする会長に俺は丁度持ってきていた携帯と財布の入った鞄を握り締めた。
「どこ行くんですか」
「んー、どこだろ。映画とか?」
「はぁ?」
正気ですか、と続けようとしたが会長に「遊園地の方が良かった?」と言われ、開きかけた口を閉じる。
俺の反応を見越してのセリフだと分かっているが、休日の遊園地は死んでも嫌なので会長の最初の案通りとりあえず映画という方向で近くの繁華街に向かうことにした。
1
お気に入りに追加
1,141
あなたにおすすめの小説
部室強制監獄
裕光
BL
夜8時に毎日更新します!
高校2年生サッカー部所属の祐介。
先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。
ある日の夜。
剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう
気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた
現れたのは蓮ともう1人。
1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。
そして大野は裕介に向かって言った。
大野「お前も肉便器に改造してやる」
大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…
虐げられ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
ずっと女の子になりたかった 男の娘の私
ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。
ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。
そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる