猫被りも程々に。

ぬい

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September

体育祭後

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体育祭は結局保健室で終わりを迎えることとなり、自分の部屋に帰ると俺の頬を見た理久に死ぬほど心配された。

殴られた直後は痛かったが適切な処置のおかげか大事には至らず、次の日にはほぼ痛みと腫れは引いていてなんの予定も入っていない日曜日をゴロゴロと満喫しながらも頭の片隅には久我先輩の言葉がぐるぐる回る。

心配を掛けてしまったことについて会長に謝罪しに行くか、行くまいか。
こういう時に限って何の連絡もないから悩む。
別に勝手に行けばいいのだが、あんな状態の後なのでどうも行きにくい。だから会長から連絡してきて欲しい。今ならなんでも手伝うから。

そう念じながらスマホを開いて待ったが、今日は体育祭が終わってすぐの休日。連絡が来るはずも無い。

それでもなんとか粘ること数時間。
限界を迎えた俺は財布の中のカードキーを握り締めると非常階段を駆け上がっていた。

「…こんにちは」
「こんにちは」
「すいません、勉強中に…」

チャイムを1度鳴らし、カードキーをかざす。部屋に入れば会長は机に向かって勉強をしていた。来ることを予想していたのか、俺が来てもなお一切ノートから顔を上げる様子はない。

勢いに任せて来てしまったものの、冷静に考えると明らかに勉強の邪魔で今日は一段と弱気な俺は来た道を戻ろうかと考えていた矢先。こちらの顔を見ないまま会長が口を開いた。

「顔の具合は?」
「…腫れは引きました」

保健室の時とは違い、いつもの変わらない声色で安堵する。機嫌が悪いままだったら今頃走って逃げて帰っていただろう。

「榊は退学。あとの奴らは1週間の停学処分だって」
「榊って誰ですか?」
「湊の顔殴った先輩」

どうやらあの男は榊という名前らしい。
普段の素行も悪いと聞いていたし、今回退学になったということは色々過去にやらかした経歴があるのだろう。というか事件の主犯格だったのか。

「被害者の子も櫻木のおかげで無事。未遂で済んだみたい」
「そうですか。それは良かったです」

話によると風紀委員長が現場についた時には部屋の中にいたヤツらをもう既に倒れていたとのこと。俺一人だったらどうにも出来なかっただろうから櫻木には感謝してもしきれない。

結果に安心しているとようやくノートから目を離した会長は立ち上がった。
そして俺の目の前まで向かうと頬に視線を移す。

「ほんとだ。だいぶ腫れ引いてる」
「お陰様で」

会長の端正な顔立ちがよく見える距離。
久我先輩から余計なことを聞いたせいかいつもなら何も思わない距離だが、少しむず痒い気持ちになる。

そんな俺の心情を知ってか知らずか、腫れた箇所を確かめるようにそっと会長の手が触れた。
前回熱を出して額に触れられた時はあんなに冷たく感じたのに頬を優しく触れる指はやけに熱く感じる。会長の睫毛の長さまで確認出来る距離に俺はどこを見たらいいか分からない。ただひたすら目を伏せてフローリングの木目を数えた。

「秋斗に何か言われた?」
「まあ…色々と」
「そう」

会長も久我先輩に同じようなことを言われたのか、俺がもう何を言われたかも分かっている様子で眉間に皺を寄せる。頬からゆっくり手を離すと溜息を一つ吐いて、台所へと向かった。

「…そんなに腹立ちました?」
「流石に目の前で知り合いが死ぬのはちょっとね」
「いや、会長の中の俺どんだけ弱いんですか」

俺がそう突っ込むと会長はコーヒーを入れたマグカップを2つ、ソファーのあるテーブルに置いて笑う。
勉強の邪魔になるからすぐ帰ろうと思っていたので立って話していたが、コーヒーを淹れてもらったからにはそういう訳にはいかずそのまま流れでソファーに座った。

「そういえば、昨日の夜に要先輩から連絡があって、課題終わったからそろそろまた勉強教えてくれるらしいです」
「へえ、ほんとに体育祭までに終わらせたんだ。すごいな」

思い出したように昨夜の要先輩からきたメッセージ内容の話をすれば会長は感心したような声でスマホを弄り始める。

それでこの会話は終了。
特に広がりもなかったので俺は暇潰しにリモコンを手に取り、テレビをつけた。
日曜日の昼過ぎということもあり特に心惹かれる番組はない。適当にチャンネルをバラエティー番組の再放送で止めれば淹れてもらったコーヒーを啜り、芸人同士の掛け合いをぼーっと眺める。

そんな暇潰しも会長がテーブルに携帯を置いて放った言葉で幕を閉じた。

「今からどっか行かない?」
「…は?」

突然のあまり思わずむせてしまうところだった。
時計を確認するともう15時を差していて、どこに行くのか知らないが今から出るとなると街に出るのは16時くらい。
別にどこか行くこと自体はいいのだが、帰りが18時過ぎるとなると寮長に外出届けも出さなきゃいけなくなるし、正直時間帯的にかなり微妙である。
 
「もうこんな時間ですし、外出届けとか…」
「いいよ、めんどくさい。バレなきゃいいでしょ」

明日も休みだし、と付け加えて俺の返事も待たずに準備を始める会長の姿をただ呆然と見つめる。この人何を考えてるのか全くわからん。

突拍子もない提案だが特に断る理由が見つからず。
目の前で淡々と出掛ける準備をする会長に俺は丁度持ってきていた携帯と財布の入った鞄を握り締めた。

「どこ行くんですか」
「んー、どこだろ。映画とか?」
「はぁ?」

正気ですか、と続けようとしたが会長に「遊園地の方が良かった?」と言われ、開きかけた口を閉じる。
俺の反応を見越してのセリフだと分かっているが、休日の遊園地は死んでも嫌なので会長の最初の案通りとりあえず映画という方向で近くの繁華街に向かうことにした。
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