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4章 MUSICA

50. 天空聖堂・顕わになる大災厄、大山鳴動・ならば担う解体役

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◇◇◇
50. 天空聖堂・顕わになる大災厄、大山鳴動・ならば担う解体役


結果から言えば、ケイジたちは今、最上階への階段を駆け上がっていた。


ケイジが盛り上がった勢いでHIGE髪を倒し、

先の部屋で待っていた「漆黒五人衆」も流れで倒し、

その先の階段を守っていたコンビ「CON-GO兄弟」も倒し、

2階に上がった所で「七人のセブン・四天王イレブン」も4人倒したところで面倒になって残り3人はバトルを始める前にライムが殴り倒し、
(おそろしく速い手刀、)

あと細かい感じに襲ってきた残党もライムが殴り倒し、
(おそろしく速い手刀、)


――最後の階段に辿りついたのだった。



これを上ればもう部屋は一つしかない。
おそらくフロウが捕らわれている、空中聖堂だ。

長い螺旋階段を走りながら、ケイジはフロウと戦った一回戦を思い出していた。

「あいつ、本当にここにいるんだろうなぁ…とっくに逃げてたりして」


「―それは可能性薄ですね…。
 彼女はおそらく、軍の動きを制限するための人質というだけではなく、おそらく“大厄災”の引き金として使われます。」


「引き金…?(あの子がうっかり何かやらかして大事故になるってこと…?よかった、俺じゃない!)」

ケイジはまだ自分が原因になるのかもしれないという心配を捨てきれないでいた。


「彼女は今、ある理由・・・・で自分の魔力が暴走しているんです。元々膨大な魔力の持ち主が、それを制御できない状態なのですから、誘拐した人間からすると悪用し放題ということです。」


「暴走?―なんだ、負け知らずのお嬢様がぽっと出の俺に負けてスランプになったとか?ワハハ…」

ケイジは軽い冗談のつもりだったが、事情を察しているライムは少し反応に困る。


「多分、犯人にはフロウさんを生きて返すつもりはないでしょう。
 彼女の命を使い尽くすのが誘拐の真の目的です」

「救出に失敗したらあの子は殺されるってか…んなことさせるかよ!」


結局のところ、ケイジには事態があまり理解できていない。
臣下によるクーデターか?ということはなんとなくわかったが、この国家に馴染みの無い身としては他人事だった。

「さらわれたマイメンを助ける」という、ヤンキー抗争にも似た悪いラッパーの縄張り争い精神のみで、この場に立っている。

「マイメンのためなら何でもできる!」「マイメンが!」「マイメン!」と言いたいだけ、と揶揄されればそのとおりであり、“マイメン”という免罪符で何でもできる気がしているだけだ。
“マイメン”と言っておけば大体いける。

それはただの蛮勇ヤンキーであって、勇気HIP HOPではない。



―それでも、ケイジは。



「…。 なあ、ライムさぁ―」

「なんですか?」


「もしかして“大厄災”ってのが具体的にどんなものなのか、知ってるんじゃないのか…?」


ライムはすぐに言葉が返せない。

それは馬車の中で言えなかった、いや言わなかったことだ。


「…言葉で説明するより、―まもなくそれ・・が見られるはずです。急ぎましょう」


ライムはとっくに心を決めていた。

塔に入ったときでも、宮廷の門を超えたときでもなく、

馬車に乗ったときでもなく、

ケイジがフロウを助けに行こうと言ったその時から。



「ケイジさん――」




何があっても・・・・・・必ず・・彼女を・・・助けてくださいね・・・・・・・・…」




「…。当たり前だ、“マイメン”だからな」


「―約束ですよ」



―それでもケイジは、“マイメン”という言葉を使い続ける。


ほんの少し、ほんの少しだけケイジの声が、ライムの心臓の一番柔らかい部分を引っ掻いた。



「(―じゃあ、 もし私なら…?)」



ライムは顔をうつむけずに階段を走る。

一方、ケイジの息はとっくに上がっていた。



長い螺旋階段の果てに、王宮の証である三つ首の竜の紋章が彫られた木製の扉が現れる。
両開きの作りで、鍵はかかっていない。

「迎撃準備してくれ…開けるぞ!」

「いつでも大丈夫ですッ、行きましょう!」


黒い扉の隙間から眩しい光が溢れ出し、薄暗い階段を一気に照らした。


「…ッッ!!」

開いた瞬間に敵が襲い掛かってくる、ということはなかった。
それどころか圧倒的に視界が開けていた。


「天空塔」とも呼ばれるこの三重塔が、普段は壁となっている側面板をほとんど取り払い、開け放っていることでその名の真価を発揮していた。
広大な宮殿とその城下の町並みが四方に広がる見晴らしは、一般開放されているのもうなずける絶景スポットだった。


「なんか…もっと密閉された所でコソコソやってるのかと思ってたぜ。
 フロウは―?」

「…あそこ!奥の祭壇です…!」

フロウの指の先には、2メートルほど高くなった円状の祭壇と、その中央にやはり竜の彫られた石柱、それを彩るステンドグラス。


―そしてその石柱に、下着姿のフロウが吊るされていた。


「フロウっ…!? 待ってろ、今下ろして―」


「フハハ、ここまで来おったか…」

駆け寄ろうとしたケイジを、壇上からの声が制する。

ケイジがこの世界へ来て聞いた声のうち、誰より平凡で特徴の無い声質だった。
当然聞き覚えは無いが、MCではないと直感でわかる。


外の明かりで眩いばかりの祭壇によく目を凝らすと、フロウの吊るされた石柱を囲むように、12人の黒いフードを被り座す人影と、その足元には複雑な魔法陣が見えた。

声の主はゆっくりと段を下りて来る。


「あなたは― カクカイン内務卿…!」

ライムには相手の顔に覚えがあった。

白髪混じりの中年、モノクルに口ひげ、フードの下には廷内での官職用の服装。
隠す気もまるで無く、ライムの推測どおり、首謀者は宮廷仕えの大臣の一人だった。


「WACKSを操っていたのも、大本はあなただったのですね…」

「WACKS? フハハ、どうせ試験予選の奴らは捨て駒だったし、ここの階下の者どもは時間稼ぎでしかなかったのだよ。
 可能性は薄いが、人質の小娘を見捨てて軍が乱入した時のためのな」

首謀者は全く悪びれずに嘯く。
それはおそらく何一つ偽り無い。


「最初から武力など必要ないのだ、人間・・の武力などはな」

そう言う本人が、武装もしていなければこれから二人と交戦する意思も無いようだった。
勿論、この黒幕に戦闘能力はまるで無い。


「軍もクソも無いだろ、あとは今ここでお前をぶっ飛ばせば済む話だ、ライムがな!」

「今さら来てももう遅い、もう遅いのだよ、フゥハハ…空を見るがよい…!」

「空…? 横はスカスカで見晴らし良いけど、上には屋根が―」


高い天井のドーム型の屋根は開かれていた。

普段は見事な天井画の描かれた屋根がはめ込まれているが、催しに応じて開閉される。
(勿論、電動などではなく人力と設置型魔法による動力だ。)


しかし、晴れているにも拘らず全く・・上からの・・・・日差しが・・・・差し込まなかった・・・・・・・・ため、そうとわからなかった。


「な…んだ…アレ…!?」

見上げた空の光景に、ケイジは絶句する。


高い天井が取り払われた先には、何重もの輝く魔法陣と、それに包まれた黒く暗く巨きなもの・・が、その屋根のアーチより遥かに高い場所から影を落としていた。


極大にして禁忌の召喚術式。

試験会場の魔法師たちの悪感情と召喚獣の生贄、そして人柱・・を使った災厄の中の災厄。

塔ごと空を覆いつくすかのような、巨大で不吉な翼を広げたその姿は間違いなく、伝説にある大竜神ドラゴンそのものだった。


あまりのスケールとその黒々とした暗さは、この世の全ての不吉を孕んでいるかのような、形容しがたい威圧感を放っていた。

「フッハハ、もう間もなく極大召喚術は完成する。
 国中の悪感情、生贄、そして人柱、全てのセッティングは終わっておる。
 もし今この場の術師たちを殺めたとて、術はもう止まらんぞ」


「黒天白死竜…! 本当に…あんな伝説が…!?
 あれでは王宮どころか…この国そのものが…!!」


“黒天白死竜”。

それは、神話の中でこの国を形成した7竜のうち、破壊と災いを司り、最も邪悪とされた黒い竜だった。

そしてその竜の力を知る者は、歴史学者の他には宮廷内でも少ない。
まして指揮系統と情報が混乱している王宮兵たちは、それが外部から目視できる大きさになった頃でも明確な対処ができていなかった。


「本当に伝説の…大厄災…!」

「おいっライム、あんなもん防げるわけないだろ!
 この城から一人でも多く逃げることを考えるべきなんじゃないのか!?」

「無駄無駄ァ!
 完全召喚されればこの辺り一帯まるごとサラ地になるからなァ、フゥーハッハ!」


クーデターならとりあえず目の前の逆賊大臣をライムが殴り倒せばよいか?くらいに思っていたケイジの希望的観測ではもはや事態は解決しない。
この光景を見れば子供にでもわかる、大噴火や大地震のような避けようの無い災害だった。



「…なぁライム、あのドラゴンって言葉しゃべれるの?」

「…? 黒天白死竜が人語を解するという言い伝えは聞いたことがありませんが…?」

「だよなぁ…。なんかカタコトでしか話せないモンスターならMCバトルで倒せる、みたいな話じゃないわけだ」

自分が災厄をなんとかする、というライムの言から考えられるのはそのくらいのことだった。
そもそもゲームやアニメでしか見たことのないドラゴンに、ケイジ自身が何かできるとは思えない。


「―俺、この世界に来てさぁ、初めてMCバトルで勝てて、それからも結構勝てて、すげえ嬉しかったんだ」

「…。それは―」

「この世界ならHIP HOPで何でもできるんだと思った。HIP HOPすげえーー!ってさ。
 …でも、災害に対してはHIP HOPは無力だ」

それはケイジが後藤啓治だった頃から感じていたことだった。


「HIP HOPの根源は破壊と退廃― 生産主義社会からの脱却だ。
 そもそもラッパーは悪そうなのがステータスだしな。

 だから災害時に“復興ソング”はあっても“復興ラップ”は無いし、災害者施設への歌手慰問はあってもラッパー慰問なんて無い。
 壊すことはできても再生産は人任せな音楽なんだ。

 音楽には国境も差別もあるし、HIP HOPが救えるのはそこまで困ってない人だけだ」


「ケイジさん…」

正直なところ、ライムには何を言っているのかよくわからないが、魔法の真髄とかそういう話かなぁ、と認識した。



「だからこの“大厄災”ってのはどうにもできないかもしれないけど…
 でも、さっき約束したとおり―」


ケイジは自身の胸のブリンブリンの代用ネックレスを握り、決まっていなかった覚悟を今決める。




「困っているマイメンくらい、ちゃんと助けられるラッパーになりたい…!」




「…やっぱり私、ケイジさんの弟子になれてよかったです」

「…?」

ライムはケイジの立ち位置の正面に回って、その顔を覗き込む。
敵には背中を見せている形だった。

「…ライ―」

「“大災厄”に対する、私の能力予知の答えは、“極大結界を張ること”です。
 ケイジさんとなら、それができます…!」


「…? いや、なんかそういう霊能力者みたいなことはできないけど…?」


「ケイジさんの魔法特性で集めた国中の“悪”感情のエネルギーを使って――」


ライムは自身の胸の宝飾を強く握り、とっくに決めていた覚悟を瞳に宿す。




「私の命をこの国の結界にします…!」




◇◇◇
(第51話に続く)


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