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山岳都市ケインゴルスク篇

第76話 彩の翼

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 ダンジョンの外に出てきた時には日も暮れ始める頃合いで、この天気ならきっともう少し経てば空は真っ赤に染まるだろう。そしてきっと明日もいい天気になるはずだ。絶好の旅立ち日和だ。

 俺達は最後に残ったダンジョン、『深淵島』の攻略を終えた。多少の苦労はあったが危険な場面もなく、コツコツとやれば案外すんなり攻略することができた。
 難所に対する攻略法さえ知っていれば、苦労するようなことはあまりない。ただ体力面での作業や重労働が面倒なだけだ。

「帰って部屋片付けて旅支度かぁ」
「俺はもう終わらせてますけどね」
「俺もだ」
「なーんであたしだけ終わってないの!?」
「チトセさん、すぐ散らかすから……」

 俺もヴィンセントもちまちま片付ける癖を付けてあるので今から急ぐようなことは一切ない。食料面も問題ない。減る以上に買い溜めて『花の都』の廃屋改め倉庫に蓄えてある。
 直接行くことも出来るし、虚空の指輪アカシックリングからも取り出せるように別に確保してる物もある。というかそっちがメインだな。花の都の分は本当に非常用という感じだ。

 移動手段はサンドリヨンに頼もうと思ってる。彼女の背に乗れば次の目的地まですぐに着くだろう。そうなると荷物も少なくて済む。と言っても殆どがラ・バーナ・エスタにあるのだが。

 問題は、その次に行く場所だ。

「ねぇウォルター、片付けるの手伝って?」
「……」

 問題がもう一つ増えてしまった……。


  □   □   □   □


 チトセさんのお部屋は見事に汚部屋へと変貌していた。何をどうやったらこうなるのか、最初から再現してもらいたいくらいだ。というか借りてる部屋という意識はあるのだろうか……。

 まず入口から何故か靴が何足も転がっていた。足は2本しかないのだから靴も2つあればいいはずだ。
 其処から奥へ進む間に何かが詰まった袋を4つ程越えて、ベッドがあると思われる場所へと到着する。本来は人が寝る場所だが、何故か大量の衣服と剣が代わりに寝転がっている。それも大勢。
 そのベッドから雪崩のように垂れ下がるシーツが流れ着いた先には屋台か何かで買ってきたものを食べた後らしき皿の残骸が積み重なっていた。
 かろうじて外から光を取り入れている窓にもたれかかるそれは換気なんかしようものなら即町へと配られることになるだろう。

 整理されず、あちこちに物があるということがこれほどまでに地獄のような光景を生み出すとは……。

「チトセさん」
「……はい」
「正直吐きそう」
「…………はい」

 好きな人だからこそ包み隠さずに言うべきだと思い、伝えたがチトセさんもギリ残っていた客観的な視点からこれがだいぶ人として終わっている光景だと理解できたようで反論もなく頷いた。

「まず捨てるところから始めましょうか」
「はい」
虚空の指輪アカシックリングに捨てる用の場所を用意して、其処に収納します」

 こうして汚部屋大清掃が始まった。


  □   □   □   □


 窓から差す光が夕日に変わる頃、汚かった部屋は見事に元通りになっていた。
 掃除しながら聞いたのだが、チトセさんはこうして部屋を散らかす悪癖があるらしかった。自分でも自覚しているから宿の従業員には見せたくなくて清掃を頼まなかったくらいだ。

「逆に清掃してもらった方がいいのでは?」
「恥ずかしいじゃん!」
「じゃあ自分で掃除しましょうね~」

 ということで今後はどの宿に行っても綺麗になるはずだ。

 さて、やるべきことはやったはずだ。明日、ギルドでベラトリクスに出立の挨拶をしたらこの町でやるべきことはもうないはずだ。

 各町に存在するダンジョンを全て攻略することでチトセさんが元の世界に帰る手掛かりがあればと思って始めたこの旅だが、まだ手掛かりの一つも見つかっていない。
 どこかのダンジョンにヒントがあるのか、全て攻略した時に初めて何かの条件を満たせるのか、それともそういったことはひとつも関係ないのか……どちらにしても攻略しなければ分からないことだ。

「まぁ、やるしかないか」

 決意も新たに、俺は大掃除で汚れた体を清め、その日は早いうちに眠ってしまった。



 翌朝、空腹感で目が覚めた俺は最後の整理をして長期間借りた自室を後にした。
 廊下に出るも、まだ人の気配はしない。朝食のことで頭がいっぱいになっていて気付かなかったが、窓の外はまだ薄暗かった。

「流石に早いか……」

 階下ではバタバタと人の行き交う気配がする。まだ朝食には早すぎるということで既に綺麗だが時間潰しの為に部屋に戻って掃除を続けることにした。
 いい加減、空腹がごまかしきれなくなってきた頃、部屋の扉がノックされた。開けると其処にはチトセさんとヴィンセントが立っていた。

「おはよう~」
「おはようございますチトセさん」
「朝からごそごそと何してたんだ?」
「部屋の掃除してたんだよ」

 お蔭様で部屋は完璧に綺麗だ。そんな世話になった部屋を後にして1階に下り、エントランスを抜けて食堂へと進む。
 いつも以上に待ち遠しかった朝食を、昨日の夕食分まで腹に詰めてようやくいつも通りの状態へと戻ることができた。

 朝食を食べ終えた俺たちはエントランスの入口傍にあるカウンターでリーナさんに別れを告げた。

「また絶対に来てね、チトセ」
「うん、必ず来るよ。それまで元気でいてね?」
「世話になった」
「ありがとうございました」

 頭を下げ、感謝の意を伝える。本当に長い間世話になった。
 思えばこうしてヴィスタニアの外で暮らすことは久しぶりだった。それも宿生活。慣れないこともあったけれど、この宿だから上手く暮らせたのだと思う。
 できれば次に行く町もこの宿と同じくらい、素敵で温かい場所だといいのだが。

 宿を出た僕たちは行き交う人の流れに沿って冒険者ギルドへとやってきた。中は多くの人間でごった返していた。
 その人達の中でも目立つのは、やはり特殊な髪色の『二色にしき』である。

「やっほ~」
「ベラ、お別れを言いに来たよ」
「律儀なんだから、チーちゃんたちは」

 なんて笑うが、何処か寂しげな色は消せていない。しかしそれは俺たちも同じだ。最初は警戒し、敵対も辞さない覚悟だったが、思えばこれ程までに純粋で人に頼るのが下手な人間もなかなかいないと思える人だった。
 だからこそ手助けをしたし、仲良くもなれた。まだ何を考えてるかよく分からないことも多いが、悪いことを考えるような奴ではないのは俺たちはよく知っている。

 お母さんが好きで好きで好きで、それと同じくらいドラゴンを愛している1人の人間。
 それがベラトリクス・ヨルムンガンドなのだ。

「そういえばさ」
「ん?」
「君たちのパーティー名って決まったの?」
「……あっ」

 言われてみれば何も決まっていなかった。初日にあのカインに言われて後で考えると言ってそのままだったっけ。

「どうする?」
「決めとかないと後が面倒そうだね。ウォルター、何かない?」
「えっ、俺に聞くんですか?」
「君がきっかけのパーティーなんだから、当然でしょ?」

 チトセさんとヴィンセントが俺をジッと見つめる。困ったな、そんなに見つめられても何も浮かばない。

「ちょっと待ってくださいね。頼りになる奴に聞いてみるので」
「?」

 首を傾げる2人をよそに俺は虚空の腕輪アカシックリングから『灰雪ノ剣 サンドリヨン』を呼び出す。そのまま白竜召喚でサンドリヨンを召喚した。
 カッと光る演出も程ほどに、白一色の美しい女性姿の王竜が姿を現す。

「何事だ」
「ちょっと知恵を借りたくて」
「ふむ?」

 我ながら安い使い方だと思う。しかし長く生きた者の知恵というのは本当に頼りになるのだ。頼れるものは何でも頼る。それが賢くない者の賢い生き方なのだ。

「『赫炎』『月影』『灰装』……なるほど、二色という二つ名の概念は昔からあったが、此処まで揃うことは珍しい。凄いな。五色・・だ」

 チトセさんの黒と赤。ヴィンセントの黒と白。俺の薄茶と灰。なるほど、5色だ。いやそういうことじゃなくて。

「その3人が集まるパーティー名をサンドリヨンに名付けてほしくて」
「なるほど、そういうことか。何でも頼ってほしい。私が役に立てるなら喜んで知恵を貸そう」

 冷たい印象だが、優しく微笑むサンドリヨンからは厚い信頼を感じる。しかも冗談も言えるお姉さんだ。
 うんうん、いいね。これからもいっぱい頼るつもりなのでとても有難い。

「そうだな……これからも増えるかもしれないことを考慮しつつ、二色であることを主張するのであれば……」

 サンドリヨンは独り言すら歌のように綺麗な響きだった。これに魅了されない人間なんていないだろ……。

「よし、こういうのはどうだ」
「教えてくれ!」
「混ざり、溶け合い、運命共同体となる二色たち……すなわち『彩の翼ツヴィエーター』というのはどうだろう。こう書く」

 カウンターに置いてあるペンを取ったサンドリヨンがパーティー申請用紙に少し古風な癖のある字を書いていく。
 どうやら彩の翼と書いてツヴィエーターと読むらしい。

「ツヴィエーター? どういう意味なの?」
「色のある者……のような意味だ。翼とは2つあって初めて意味を成す。そして翼を
動かすには体が必要だ。1つの体と2つの翼。この3つは必ず必要で、3つ揃って初めて1つになるのだ」
「全員で1つ、か……」
「そして『二色にしき』であることを誇りに思うんだ。それは選ばれし者だけに発現する力なのだから。そして誇りは自信と戒めに繋がる。力を持つ者であることを自覚するんだ。そんな隠すような真似はやめるんだな、ウォルター?」

 ヒュン、と何かが風を切ったかと思うと被っていたフードがぱさりと背中側へと落ちた。気付けばサンドリヨンは人差し指を立てて微笑んでいた。まったく見えなかったよ……。

「わかったよ……これからは隠さない」
「うむ」
「ということでベラトリクスよ。パーティー名はこれで問題ないな?」
「うん、大丈夫だよ~。じゃあもう出発だね?」

 書類の確認を終え、顔を上げたベラトリクスと目が合い、頷く。
 そろそろ出発の時間だ。日が暮れる前には着きたい。

「じゃあさようならだ、ベラトリクス。色々と世話になった」
「また来るからね、ベラ」
「元気でな」
「うん、皆元気でね! 近くに寄ったら必ず顔を見せてね~」

 手を振るベラトリクスに手を振り返し、俺たちは冒険者ギルドを出た。
 見上げた空は少し雲があるが綺麗に晴れていた。絶好の空の旅日和だ。

「それでウォルター、次は何処へ行くの?」
「次は……ドレッドヴィルに向かおうと思ってます」
「ドレッドヴィルだと?」

 その町と一番関係性が深いヴィンセントが振り向いた。
 荒野地帯バルドレッドバレーの中心に鎮座する犯罪歓楽都市『ドレッドヴィル』。其処は人もモンスターも強敵ばかりで、この広大な迷宮都市ラビュリアで一番危険とまで言われる場所である。
 敢えてそんな危険地帯へ赴く理由……それは我々が今現在、力をつけつつあるからである。

「自惚れるつもりは一切なくて事実だけで言うけれど、俺たちは強い」
「まぁ、そうだな」
「大きな怪我もなく、弱体化する要素もなくて良い状態なんだ。その状態のまま今行くのが一番良いと思った」

 もっと強くなる可能性もあるかもしれない。しかし弱くなる可能性もあるかもしれない。
 ならば今が一番強い状態だ。であれば、今行かない手はないと思った。

「ドレッドヴィルまではサンドリヨンに乗せてもらおうと思ってるんだけど大丈夫かな?」
「この広大な空を思う存分飛びたいと思っていたんだ。それをお前達と一緒にできるのなら、喜んで背中を貸そう」
「決まりね!」

 チトセさんがワクワク顔で頷く。一番サンドリヨンに乗りたそうなのはこの人だろうなと思っていたが、バッチリ予想が当たったな。

 町の外の少し離れた場所。僕たちから距離を取ったサンドリヨンが淡い光に包まれる。光はだんだんと強くなり、見続けるのが辛くなるくらいに明るく光ったと思うと一瞬で光は消える。
 その輝きの中から現れたのは純白のドラゴンだった。人間姿をそのまま竜に落とし込んだような荘厳な雰囲気を放つ巨大な竜が、俺たちを睥睨する。

「さぁ、乗るがいい。次の町へ行くとしよう」

 一番にチトセさんがサンドリヨンの背に飛び乗った。その次に俺が乗り、最後にヴィンセントが飛び乗った。
 三人が乗ったのを確認したサンドリヨンが両翼を羽ばたかせて地面から浮き上がっていく。
 翼の動きというよりは魔法のような感じがする。上昇時に負荷を感じることもなかったし、風の影響もなかった。そういうものなのだろう。

 眼下にケインゴルスクの町が見える。もう少し上昇すればそれも聖域の崖で見えなくなるだろう。

「さらばだ、オルディミアース。必ず戻るから……それまで待っていてくれ」

 町と崖を繋ぐ起点に佇む化石となったオルディミアースに別れを告げ、再会を約束するサンドリヨン。
 俺たちも此処へ再会を果たすべき人が居る。その人と再び元気な姿で会う為にも、これから向かう場所では油断せずに突き進むとしよう。

「ドレッドヴィルは此処から南西にあるね。日が沈むまでには着くはずだよ」
「よし、お前達、落ちないように気を付けるんだぞ」

 ビュン、と一気に加速したサンドリヨンにしがみつく。この調子なら本当に日が暮れる前に到着しそうだ。
 長い間過ごしたケインゴルスクはもう見えない。あっという間に遥か彼方だ。

 さぁ、これから向かうは荒野の犯罪都市。気を引き締めていくとしよう。
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