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草原都市ヴィスタニア篇

第十六話 概念武器

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 『階下の断崖』、そして『断崖教会ハルベー・モーベラル』を探索してから暫くしたある日、ギルドに行くと珍しくタチアナが鑑定部署のカウンターで暇そうに爪を弄っていた。

「久しぶりだな」
「あら、此処で会うのは久しぶりね」
「いちいち含みを持たせるな」
「外では何度も会ってるじゃない」

 溜息が出るのを抑えられない。口を開けばこれだ。まったく、喋るだけで疲れるなんてな。

 タチアナがカウンターに居る時は虚空の指輪アカシックリングから荷物を取り出す際に周囲の目を上手く誤魔化してくれる。其処は契約関係なのでちゃんと働いてくれた。それでも言葉の応酬は面倒臭い。

「それで、今日は何を持ってきたのかな?」
「これは属性の重ね掛けした剣。氷属性。こっちが雷属性の剣に『切れ味強化』を付与してみた。確認してくれ。それでこっちが回復効果を込めた指輪。上手く作動したら重ね掛けしてみるつもりだ」
「ふぅん。色々やってるみたいだね」
「まだ実験段階だけどな……でも出来てる気はしてるんだ」
「それは何故?」
「勘」

 そう。勘だ。勘でしかない。けれどあの日、《月影》のヴィンセントと対峙した時、恐れと共に奇妙な感覚があった。何かが自分の中でひっくり返るような感覚。あれが何だったのか確かめたくて、俺は錬装を繰り返していた。

「他にも色々あるけど、とりあえず鑑定頼むわ」
「了解。じゃあまぁ、暫くしたら来て」
「わかった。よろしく頼む」

 錬装品をタチアナに預けた俺はギルドを出て1件の店を目指して歩き始める。目的地はチトセさんがよく行く武器屋だ。ついにこの間場所を教わった。タチアナの店も品揃えはいいけれど、彼奴の店ばかり行ってるとチトセさんが良い顔をしなかった。というのもあるし、俺自身も新しい店を見てみたいという気持ちもあった。

 という訳で少し歩いたところでチトセさんおすすめの武器屋『マッケン武具商店』へとやってきた。

 店構えとしては普通も普通。特に煌びやかな訳でもないし、かといってボロボロって訳でもない。店の外からでも此処が武具屋だと分かるように店前には数本の剣が並べられている。この辺りは治安が良いから出来るのだろう。客寄せに使われている鎧も割としっかりとした造りで信頼できそうだった。

 店の戸を開く。最初に感じたのは『男臭さ』だ。しかしそれは汗臭いとかそういう悪い意味ではなく、男の子の夢がそのまま具現化したかのような、素敵な空間をそう表現しただけだ。

「うわぁ……!」

 年甲斐もなく男の子のような感嘆の声を上げてしまうくらいに、俺は一発で心を射貫かれていたのだ。

「いらっしゃい!」
「あ、どうも、お邪魔します!」
「ゆっくりしてってくれ!」

 奥から響いた低音も男らしさを感じさせる。入店の挨拶にと商品棚の向こうを覗くと、其処には縦にも横にもでかい男が俺を見下ろしていた。恵まれた高身長、それを支える骨格と鍛え抜かれた筋肉。それらが合わさった厚みはまさしく越えられない壁だった。

「おっ、お前さん、もしかしてあれか、チトセちゃんのとこの?」
「あ、はい。チトセさんとパーティー組ませてもらってるウォルターです」
「俺はマッケンだ。よろしくな。……んー、しかしちょっと貧弱な気もするがまぁ、あの子が決めた相手ってことならおじさんも背中押してやるしかないな、こりゃ」

 よく分からず首を傾げてしまうが、認められた……ってことでいいのかな?

「それに事情も知ってる」
「事情……というと?」
「お前さんに武器を売る理由……って言えば伝わるか?」

 なるほど、チトセさんは俺の職業のことを伝えたらしい。あの人が俺の断りなく伝えるということは、それだけ信頼しているということだろう。俺はもうチトセさんのことを心の底から信用して信頼しているので、その件に関してとやかく言うつもりは毛頭ない。あの人が口に出すということは、伝えるべきだと判断したのだろうから。

「話が早くて助かります」
「ふむぅ? 自分の秘密を勝手に話されたことに憤りは感じないのか?」
「いや、もうそういう時点のやりとりで揉める仲ではないですから、怒りませんよ。むしろ、安心できます」
「ハッ、ハッハッハッハ! なるほど、そいつは良いな! 俺としても信頼出来るってわけだ!」
「信頼、ですか?」
「おうとも。チトセちゃんを信頼している俺が、チトセちゃんが信頼してるお前さんを信頼しないわけがないだろう、ってことよ」

 なんと気持ちの良い男なのだろうか。今日初めて会ったが、彼に会えて良かったと俺は心から思う。だからこそ、チトセさんがマッケンさんを信頼しているのだと感じられた。あぁ、良い人だ。この人は。

「さて、商売の話だ」
「はい。特性が付いた装備品なら何でもいただきたいです」
「錬装術、ねぇ。世の中には色んな職業があるもんだな……俺たちが投げ売りしている装備品が役立つ日が来るとはね」
「価格はお任せします」
「おいおい、それをお前さんが言っちまっていいのか?」

 冒険者はダンジョンで得たハズレ装備を装備屋で売る。鑑定代の補填にもならないが捨てるには多少勿体ないという気持ちで。それを装備屋は拒否しない。置いておけば、もしかしたら売れるかもしれないからだ。その程度の感覚だから、整備もしないし店の端に集まって埃は積もっていく。

 それでももしかしたら、装備に困った人間や新参者、或いは変わり者。そんな人間が買っていくかもしれないと、買い取っては積み重なっていく。流石に膨大な量ともなれば場所の問題で買取は拒否されるだろう。冒険者の活動の為とは言え、結局邪魔でしかないからだ。

 けれど、そんなゴミの山を大量に買い取ろうとしてる変わり者のカモが今、目の前に居る。そしてそいつはゴミの価格を任せるとまで言ってきた。

 カモの上に馬鹿ときたもんだ。そりゃあ、こういう顔もするだろう。

「お前さんを信用したとは言ったが、商売は別かもしれんだろうに」
「別かもしれん、って言葉がもう、答えじゃないですか」
「ん? あぁ、それもそうか!」

 面白い人だ。嘘がつけないのだろう。それはそれで商売人としては心配ではあるが、それを越えた信頼というのが客と主人の間で築かれているのだろうと、そう思わせる人の好さが溢れ出ていた。

「悪いが、お前さんだけを特別扱いはできん。どんな武器でも、価格は変わらんぞ」
「優しいんですね。ありがとうございます」
「俺は商売が下手なんだ! 悪いな!」
「下手じゃなかったら潰れてますよ」

 俺は苦笑交じり伝える。この店が続いていてくれて本当に良かった。

「その代わりと言っちゃあなんだが、頼みがある」
「俺に出来ることなら」
「武器を作ったら、見せてくれねぇか? 俺は武器が大好きなんだ! 見たことない武器を見るのが一番生きていて楽しい!」
「その気持ちは俺も分かります。チトセさんとの都合もあるので毎回という訳にはいかないと思うので、まとめて持って来ますよ」
「そいつは助かる! 恩に着るぜ」

 俺はマッケンさんとガッチリ握手を交わす。武器好き同士、良い関係を結べそうだ。

 それから俺はハズレ武器が置いてある隅っこの売り場へと足を向けた。様々な形状の武具が乱雑に積み上げられている。その武器の柄の部分には紐が括られており、一枚ずつ紙がついている。とりあえず剣を1つ手に取り、紙を確認する。

「『ゴブリン特化』……なるほど、武器の特性が書いてあるのか」

 初めて見る特性だ。モンスターに合わせた武器というのも面白そうだ。

 少し探してみるとスライム特化やワーウルフ特化など、様々なモンスター特化武器があった。中には『亜人種特化』といった広義武器もあった。これは重ね掛けで化けるだろうな。その為にはモンスターの種類も勉強しないといけないが。

「おっ……ハハッ、盾に『切れ味強化』がついてるぞ。……ん? 強化? 上昇じゃなくて?」

 俺が今まで錬装してきた特性は『切れ味上昇』だった。『強化』なんて知らない。初めて見る特性だ。書き間違いか……?

 とりあえず確認してみよう。俺は盾を拾い、カウンターに居るマッケンさんのところへ向かった。

「マッケンさん、この盾に書いてある『切れ味強化』って?」
「ん? あぁそれな。レア特性の『強化』がついてるんだ。勿体ねぇよ……」
「『強化』なんて初めて聞きました。『上昇』とは違うんですか?」
「あぁ、特性にもレベルがある。弱い上昇はそれ程効果はないが、強い上昇は見違えて変わってくる。まぁ、レベルにもよるが『上昇』は結果、よく切れるようになるだけだ。だが『強化』ってのは文字通り、強化だ。意味が違ってくる。お前さん、ドラゴンの首を切る勇者の話とか聞いたことあるか?」

 質問の意図がよく分からず首を傾げる。

「まぁ、ありますけど。おとぎ話か噂くらいでしか聞いたことないですけどね」
「あれよ、おかしいと思ったことはねぇか? ドラゴンの太い首を、剣で切るんだぜ。足りねぇだろ。長さが」
「!」

 言われてハッとした。俺も話半分でしか聞いていなかったから疑問にすら思わなかった。確かに足りない。刃の長さが圧倒的に。

「斧で丸太を薪にするのとは訳が違う。太い首を、たかだか人の腕くらいの長さの剣で真っ二つにするんだ。誰が聞いたって嘘か噂にしか思えないだろ。だが『強化』の特性はそれを可能にする可能性があるんだよ」
「可能にする可能性、ですか?」
「それもまた特性のレベルによるってことだな。『切れ味強化』は切れ味という概念を強化するんだよ」
「概念武器……魔剣や聖剣の類ですか」
「お前さんなら、作れるかもな」

 正直に言うと今、俺の手はかなり震えていた。可能性のでかさに、不安に、期待に、未来に押し潰されそうだった。

「その手の震えはどっちだ? 恐怖か? 歓喜か?」
「……どっちもです。多分、俺にはそれができてしまう。それがとんでもないことなんだろうなって」
「なら、喜んどけ! 喜びは恐怖にも勝る。それにお前さん自身が強くなれば、不安も消えるさ」

 マッケンさんの言葉がズシンと……いや、違うな。ズドン、かな。ズガンか?

 とにかく、俺の体の中心の奥深いところまで一直線に突き刺さってきた。

 そうだ。そうなんだ。極めてしまえば、無敵になってしまえばいいのだ。俺の職業が広まって、悪い事に利用しようとする人間が現れたとしても、それを跳ねのける力があれば何も問題ないんだ。

 そう思ったと同時に何か心のどこかにあった気持ちが吹っ切れた気がした。今なら多分、何でも出来る気がする。

「ん、お前さん……」
「?」

 俺の顔を見てマッケンさんが首を傾げる

「いや、気のせいか。何でもない。それより、買うもん決めたか?」
「もうちょっと見させてください!」

 その気になってしまった俺はマッケンさんの店にあったハズレ武器の殆どを買い占めてしまった。

 まったく、商売上手にも程があるって話だ。
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