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第二章 がまんできないっ

(8)がまんできないっ その1-1

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 孝が約束していた三日が間もなく来ようとしていた。

 愛子は若干不安を覚えながら、自宅でいつものように家事をてきぱきとこなしていた。

「いったい何があるんだろう。もうすぐ三日だけど……」

 もし何もなかったら。三日って約束していたのが先延ばしになったら。やはりこっそり公園のトイレに向かうべきか。愛子は日差しが温かく差し込むリビングで不安に駆られていた。

 やっぱり行っておこうかなと、ベッドの下に隠してある小瓶を取り出そうとした瞬間に、待っていた音が鳴った。

 ピンポーン

「はい、どちら様ですか?」

 おもむろに愛子はリビングの入口にあるインターホンを取る。

「私、お隣の竹屋様よりご紹介を受けて参りました若野と申します。真野様のお宅でよかったでしょうか」

 はきはきした男性の通る声がした。

「あ、はい。今開けます」

 愛子はそそくさと玄関に向かい、ドアを開けた。そこには夫の克也より身長の高い、精悍な顔つきの色黒の男が、紺色の清潔感のあるスーツを身にまとって立っていた。その姿を見た瞬間、愛子は思わず眩暈がしそうになった。容姿に惚れたわけではない。彼の身体から発するフェロモンが強すぎたのだ。

『こ、こんなすごい匂い、初めてかも知れないわ……』

「こんにちわ。若野と申します。竹屋様からのご紹介で伺いました」

 若者は胸ポケットから名刺入れを取り、すっと両手で愛子に名刺を差し出した。

「はい。ご丁寧にありがとうございます」

 名刺を受け取り改めて名前を確認した。「営業部 若野雄哉」と書かれた名刺は女性を意識したピンク色のシンプルなデザインが施されていた。

「化粧品をご所望と聞いてお伺いしました。何でも、匂いでお困りとか」

「あ、そうなんです。真奈美さ……あ、竹屋さんからどんな話を?」

「お客様が、匂いに敏感な方だと伺いましたので。そうですね。無香料タイプの化粧水で当社で一番人気のっとっ……、あっ!」

 玄関のドアのサッシ部で若野は足を引っかけてしまい、思わずよろけそうになってしまった。若野自身は壁に手をついて体制を整えることができたが、持っていた大きな黒い皮のカバンが廊下に放り出される形で中身が外に出てしまった。主に書類とか化粧品のサンプルだったが、愛子が常識的に知っている男性のカバンの中身とは明らかに違うものが目に飛び込んできた。

「あっちゃー。申し訳ありません。ちょっと上がらせていただいて片付けさせてください。本当、すみません」

 若野は悪びれもせず、特に動揺もせず、手前から鞄をとり廊下に飛んでいた書類や化粧品のサンプル、そして愛子が目を疑った「それ」も拾い上げた。

 若野との距離が狭い廊下でさらに縮まった時、愛子は思い切り彼の体臭を体内に吸収することになった。

「あっ……」

 愛子の頭がぼーっとしてきた。急に何も考えられなくなり、その場に倒れこんでしまった。

「え、どうしました? 奥さん? 奥さん?? どっか当たっちゃったかな」

 若野は慌てながらも、素早い身のこなしで愛子の身体を抱き抱えた。

「リビング、入らせてもらいますよ」

 そのままソファーに愛子の身体をゆっく寝かせて、ズボンのポケットからハンカチを取り出し、キッチンの水道で湿らせてから愛子の額に置いた。
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