赫濁(カクダク)

惣山沙樹

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第五章 未来のことはお見通し

赫濁 16 彼らからの手紙

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赫濁 16 彼らからの手紙

【第五章・未来のことはお見通し・開始】


01 ナオからの手紙

琥雅くんへ

 こんにちは、ミオです!
 琥雅くんと、キリ先輩が、物凄いラブレターをしっかり書いてくれたのに、いきなりすっごく失礼なこと言うね?
 あのね、私、高校生のときに、ハルト先輩の未来はいくつか視ちゃっててさ……。偶然のフリをしたり、気付かれないようこっそり触ったりしてたのね。
 えへへ。もう、わかった?
 ごめんね、私、本とか読むの苦手でさー。結局、キリ先輩から、かいつまんで内容説明してもらったんだ。
 あ、キリ先輩が、印刷して大事なとこを蛍光ペンとかでライン引いてくれるらしいので、そこだけはちゃんと読みます!
 あのね、琥雅くんが、ハルト先輩とノア先輩の仲に割り込んで、美少年とオッサン二人のドタバタ泥試合をやることとか、もう知ってた!
 ごめんね? 君が産まれる前から知ってたの。マジごめん!
 ほら、そのー、ドア越し生中継もさ? 私が視たのって、ハルト先輩の記憶だからさ。廊下でノア先輩をあらゆる手段でネチネチしながらネチネチしてて、ドア越しに君の声が聞こえたとこを視ちゃってたからさー。
 こっちのドア越し、知ってたの。

「父さん! やめたげて! 伯父さん準備してないから! おい聞けって! 挿れるならオレに挿れろよふざけんな騙しやがって! っていうかお前がそっちかよクソジジイ! おいそっちもだぞチビ! あれだけ散々監禁調教しといて何アンアン言ってるんだお前! サプライズのつもりか誕生日とっくに過ぎてんぞ!」

 って言ってたから……。ごめん、ここはキリ先輩に頼んでコピペしちゃった!
 確かに、私が視えた? 聞いた? のもそんなんだったから、元気な男の子ですよーって当時のハルト先輩に言っちゃうとこだったよ。
 あの二人、そんな本格派だったんだね。暴行までされたみたいだけど、次されたらもうちゃんと警察行きなよ?
 つまり、君のそのセリフで全てが判断できちゃったわけ。あ、君は悪くない。だって、まだ産まれてなかったんだもん。だからね、悪かったのって、あれ? 結局あのときはどっちだったの? なんであの二人痴話喧嘩してたの? その後のこと、ぜひまた聞かせてねー!
 あとは、君の鑑賞会をノア先輩としてたやつとか! いやぁ、あれ、凄かったね? あ、ハルト先輩目線だから、君自身は見れてないんだね、残念。動画とか残ってないの? 当時の私からすると、ハルト先輩の息子さんがすっごくかっこよくて、すっごくえっちになっちゃうんだなぁって感じ……いやん。だったの。
 そんで、キリ先輩が、ハルト先輩とその息子を同時調教してるのも知ってたの。あの一回だけっぽいね? まー、わかんなかったよね。キリ先輩ってドSとドMの両極で、スイッチ入るとあんな感じ。真ん中がないのよあの人。あ、それはもう調教されたから知ってたか。
 つまりね、私、ハルト先輩とノア先輩、それにキリ先輩と、あともちろん君のことは、高校時代から、ものすんごーくやらしー目で見ていました。ごめんね!



ナオこと、東雲澪でした!



02 明からの手紙

琥雅くんと優貴くんへ

 私の名前は「明」といいます。
 私は、あなたの父の後輩です。高校の時から、今までも、これからもずっと。貴斗先輩の事を、本当にお慕いしています。
 そして、愁一先輩にも、感謝しています。彼が「吠えた」ことにより、私とナオは貴斗先輩にたどり着き、理科部に入部できたのですから。
 もう、おわかりですね。私は、「ナオの秘密の共有者」です。
 ここまでで、察しがつきますよね。
 あなたは、私の尊敬してやまない、貴斗先輩の息子さんなんだから。
 つまり、私は、貴斗先輩の未来について、高校生のときに、ナオからいくつかのことを、既に聞いていたんです。  
 ほら、そのー、ドア越し生中継とか。
 それでも、もう一度言います。
 私は、あなたの父を、尊敬しています。

 まず、過去視と未来視の性質について、私の考察をさせてください。あくまで、制御できない時代は、こうではないだろうか、という話ですが。
 当時の「勝手に視えてしまう記憶」は、あなたは「家族」のものが多かったんですね?
 おそらく、あなたとっての「一番大切な記憶」が「家族」にまつわるもの、という認識だったせいではないでしょうか。
 例えば、貴斗先輩の仕事についての記憶は、あなたにはほとんど「視えなかった」のではないでしょうか。
 勝也先輩も、同様です。彼も「家族」を大切にする方です。
 そして、未来視も同様のことがいえるかもしれないと、ナオとの日々を過ごした私が言うのですから……わかるよね。
 ナオは、あえて、「えっちなこと」を一番大切にしました。
 そうでないと、「親友」の未来を視てしまうからです。
 ナオが中学生のとき、「明とナオの親友の死」の未来を視てしまいました。そして、その親友はその通りの方法で亡くなりました。
 ナオは、文章を読むのも書くのもとても苦手です。それでも、自分の言葉で伝えたいからと、せめて一番大切な「えっちなこと」については、彼自身が書きました。
 そして、「大好きな先輩たちの未来」について、ナオが知ってしまったこと。私が共有したこと。それらを、お話します。

 ナオと私の「約束」について、説明します。
 あなたはもし未来視というものがあったなら、とあんなに真剣に考えてくれたことがあるんですね。
 あそこだけは、ナオに読み聞かせました。
 ナオは、明と巡り会えて良かった、貴斗先輩と勝也先輩は、やっぱり私の大好きな先輩たちだ、とわんわん泣きました。
 大丈夫です。私が、彼の肩を撫でていましたから。
 ありがとう。私もとても、嬉しかった。
 さて……実際の私たちの約束はどうだったか。
 未来視を持つ彼と私の約束にはね。「視えてしまった辛い未来を共有する」の他に、もう一つ、大事なことがあったんです。
 それは、「本人にその未来を伝えない」です。
 私は、生涯守るつもりだった。
 でも、ナオは我慢できなかった。
 大好きな貴斗先輩に、「もうすぐ一人ぼっちになってしまう」ことを伝えてしまった。
 私は、もう少しで……ナオを殴るところでした。あなたの父に、止めてもらいました。そんなに衝動的な性格なら、最初から目指すのはやめた方がいい、と。
 あのときから、私は、貴斗先輩の指導を、一生真剣な気持ちで受けようと、決めたんです。
 そして、ナオは、私に頼みました。もう一つだけ約束破らせて、と。私は何のことかは聞かなかったけど、一つだけだよ、と言いました。
 そう。「貴斗先輩によく似た男の子が産まれる」という未来を、ナオは打ち明けました。きっと、それを言うだろうと、私は思っていた。

 晴人先輩は、あの日からずっと、琥雅くんと優貴くんに出会えるのを、待っていたんですよ。

 うわ……自分で書いててアレだけど、重いよね? あの人。大丈夫? 無理しないでね? 年取って、さらに話のオチが遠のいたでしょ?
 あ、オレの方が背は高いから、物理的な重さだったらなんとかなるかも。実は、うちの息子も背が君より高くてね。ちなみに君とは同い年なんだ、知ってたかな?
 何かあったらいつでも言ってね。君一人じゃ色々と大変でしょう。色々な意味でね。うちの息子も一緒に、二人で助けに行くね。そういう意味ではいつでもぜひ頼ってね。
 あと盂蘭盆会の話なんだけど、ごめんよく覚えてない。なんか、そういうのがたくさんありすぎて、一つ一つの記憶が薄いのよ、オレ。ぼんやりとしか、思い出せなくて……あ、記憶を封印しているわけじゃないから安心してね? 物忘れだからね? 
 まあ、昔より、最近のことの方をすぐ忘れちゃって、子供らにもよく怒られるんだ。歳取るって嫌だね。キリ先輩が羨ましいよ。孫ができてから、むしろ生き生きしてるでしょう? オレも初孫できるんだけど、じーじとか呼ばれるの嫌だなーって言われて嫁にも怒られた。ジジイのくせに今さら何言ってんの? って。ハルト先輩はジジイになっても綺麗だからいいよね、やっぱり元が美形だと老けてますます魅力が……ごめん、何の話だっけ? えっと、まあとにかく頑張ってね!
 そうだ。一つだけ、どうしても誤解を解いておきたいことがあるんだ。
 こういうことは、ズバッと言おう。

 ミオの初恋の人は、ハルト先輩じゃないから! オレだから!

 もう、ノア先輩って一体何をどう説明したわけ!? テキトーにもほどがあるよ!
 ついでに言っとくと、オレの初恋の人はミオだからね! 最初は女の子だと思ってたけど、男だって知った後も変わらずやっぱり好きでたまらなくて……その辺は、また今度直接話していいかな!? 酒でも飲みながら!
 ごめん。落ち着きます。ちょっとあの箇所読んでたらわなわなしちゃった。
 でも、ミオが「ハルト先輩のことが好きだった」っていうのは本当だと思う。それはきっと、後輩からの憧れの念だったと思う。
 彼がハルト先輩に勝手に触るようになったきっかけは、先ほど述べた「一人ぼっちになる未来」をまず視てしまったからで、それから他に「明るい未来」が無いかどうか探していた意味合いはあったと思うよ。
 ただ、これらは全て憶測。本当のところは、彼も語りたがらないんだ。ハルト先輩の未来がちょっと刺激的すぎて、視たいという欲求に歯止めが利かなくなったというのはあるかもしれないね……。
 それでは、一体なぜ「ミオがハルト先輩にラブレターのようなものを書いたのか」を詳しく説明するね。



 さて、キリ先輩の手紙の中で、「ミオは高校入学時、白髪だらけの長髪をしていた」ことは既に説明があったね。
 そして、ミオのご両親は、とある著名な小説家と有名女優だということは、ノア先輩からも聞いていると思う。加えて言うと、祖父母も全員、何かしらの功績がある文化人だ。そうしたいわゆる「芸能一家」に生まれついた彼は、好奇の目を避けるため、海外の高校に進学するという道も用意されていた。実際、彼のお姉さんはそうした。今は彼女、帰国してセクシーな方の女優をやっていることも、もちろんご存じだよね?
 そういう出自だったから、高校の方では、「東雲さんとこの息子なら、妙な容姿でも仕方ない」と思っていた教師たちも多かったみたい。一方で、当時は男子生徒の長髪は校則で禁じられていたから、物議をかもしてしまったんだ。
 ああ……ノア先輩やユタカ先輩も、すっげーチャラチャラしてたけど。まあ、そこは置いといて。
 高校生にして白髪まみれなことも、教師陣は相応の理由があると察してはいたけれど、それでも「特別扱い」を良しとはしない方々もいらっしゃった。最初は、「性同一性障害なのか」と聞かれたらしい。彼は男子制服を着ていたけど、持ち物は少女趣味だし、私服は女装だったからね。
 ミオは、その当時、キッパリと否定した。自分は男性だと言った。
 現在のミオは、こう自称している。「性自認は男性。恋愛対象は人間全員。男装も女装も好きだけど、男性として社会生活を送るつもりでいる。つまり、トランスではない。ただのクロスドレッサー」だと。当時はそこまでの言葉は無かったし、彼も心が揺れていたから、「性同一性障害ではない」ということだけを強く主張した。
 もしそうなら、教師陣も「女の子扱い」をして、穏便に済ませたのかもしれないね。
 それと前後して、ミオと俺は理科部に入り、散髪もしてもらえたんだけど……。ミオは、鎖骨にかかるくらいの長さまで整えてもらうだけに留めた。あの時は、ノア先輩とキリ先輩の二人がかりでやってもらっていたんだけどね。

「もっともっと白髪が進んだら、誰も踏み荒らしていない雪原のようにキレイになるね。あたし、楽しみだなぁ。ねえ、ノア先輩もそう思うでしょ?」
「ああ。ミオさ、未来視のストレスでこうなったんだろ? これから俺たちがもっと嫌がらせしてやるよ。そしたらきっと、髪も涙も天の川みたいにキラキラしてさぁ……」

 みたいな感じで、二人で盛り上がってたわ。
 結局永遠にすれ違ってたけど、いいバカップルだったよ、彼ら。実際、二年生になる頃には、ミオの髪は本当に真っ白になっちゃった。そして、今でも染めずにそのままの色を保っているってわけ。
 まあ、そんな風だったから、ミオは何度も何度も教師たちに呼び出されて。
 とうとう、ハルト先輩が動いたんだ。



 ところで、ハルト先輩たちの二つ上の学年に、明石先輩という人がいてね。彼は理科部の幽霊部員であると同時に、生徒会長でもあったんだ。
 だから、ハルト先輩は、当時の生徒会にも顔が利いた。明石先輩という人は、オレもよくは知らないけれど、理科部の部長としてはともかく、生徒会長としては優秀で、伝説のような人だったらしいんだ。

「校則、変えましょう?」

 そう言って生徒会室に殴りこんだ、いや、乗り込んだ? ともかく、ハルト先輩は、生徒会執行部員たちをニコニコしながらアゴで使ったらしいんだ。
 当時の生徒会長は、明石先輩に心酔していたし、明石先輩を継ぐ理科部の部長であるハルト先輩のことも、同様であると考えていた。彼らは、ルールに則り、髪型の校則を変えるべく、生徒や教師に対する演説と校則変更のための全校生徒投票を仕掛けたんだ。
 代表演説をしたのは、一応は生徒会長。けれど、台本は明石先輩が書いたらしい。卒業後まで企みに引き込むだなんて、ハルト先輩もよくやるよね。
 そして、理科部の先輩たち四人も、それぞれミオを擁護した。ほら、全員弁が立つ人たちでしょう? それに、とっても魅力的だったし、ロビー活動と言えば聞こえはいいけど、水面下で賛成票を入れるよう口説き……脅迫……いや、画策した。
 ちょっと、あの時は、オレも参ったなあ。

「ミオは俺の大事な後輩なの。みんな、俺の頼み、聞いてくれるよね? 俺、校則変わんなかったら、何のために生きてるかわかんないよ……」
「お前らさ、もちろん賛成するよな? 誰か一人でも反対票入れたら、わかってるよな? 連帯責任で、クラス全員の男のケツにあたしが傘突きさすぞ?」
「校則変えた方がいいよね! おれはこの先の未来の事も見据えてるの。男子の髪型くらい、どうだってよくない? っていうか、おれのブリーチもついでに認めてもらおうかと思ってるし!」

 校内のあちこちで、三人とも好きなことを好きなように言ってたよ。ハルト先輩もさすがにやりすぎだと注意してたっけ。あの四人の絆は、俺とミオでも立ち入れないものがあってね。
まあ、頼もしかったし、結果的に髪型の校則自体が全廃されたから、全員幸せだったよね! 君だって、その恩恵を受けたんじゃないの? オレたちに感謝してくれよな!
 ここまでで、もういいかな。ミオがハルト先輩に書いたのは、「校則を変えてくれたこと」に対する「感謝の手紙」だったんだ。
いささか詩的すぎたせいか、ノア先輩がラブレターじゃん! って大声で叫び出して、先輩たちもぐるぐる回し読みして、ミオはシクシク泣いちゃって、オレはわたわたしてて、最終的にハルト先輩がライターでそのルーズリーフ焼いて……っていうのが本当のところ。
 あ、ライター? ハルト先輩の私物だよ、もちろん。
 じゃあ、またいつか、一緒にお酒飲もうね!



明こと、真砂透より



034 父からの手紙

琥雅へ

 あなたの書いたラブレター、読みましたよ。そして、彼らのラブレターも。
 僕にとっての希理が、優秀な教え子であり恋敵であるように。あなたは優秀な僕の息子であり恋敵。
 巡り合わせたのは、あなたの伯父。彼はあなたの父になりたいとは願ったが、伴侶には僕を選んだ。
 つまり、あなたは乃亜に負けたんです。
 でもね、羨ましいんですよ? 僕は父との関係を深め切れずに別離してしまった。後悔が、あるんです。このことについては、話したことは無かったと思いますがね。あなたが僕の長話を嫌うから。
 あなたは、二人の強大な父親を相手に立ち回りました。最も目立つ役を与えられました。しかし、本当にここまで強く育ってしまうとはね。もう、誰の手にも負えないことは、自分自身がよくわかっているはず。これから先は、さらなる衝動との勝負です。
 ねえ、琥雅。あなたは歪な出自により、自分のことを怪物だとでも思っていましたよね? 僕たちにあんな仮名をつけたんです。すぐわかりましたよ。伯父が甥の面倒を見ることは、世間一般的に見て倫理上の問題は無いはずです。
 そして、祖父母の国にお盆休みはありませんから、いつでも行けるときに行ったら良いです。
 本当に怪物だったのは、豊ですよ。彼を人間に戻すには、また別の儀式が必要だった。賭けに勝たせるための武器を与えたのは、僕。つまり、そういうことです。妖精は一度力を分け与えた後、彼らが大人になってからは永遠に見えなくなる必要がありました。……本当はね。
 あなたの伯父は、やり方がずるいんですよ。澪が極悪非道だって? とんでもない。あの子たちは天使だったでしょう? 乃亜は、僕たちを、再び無垢にした。ほら……「ずるい子」だったでしょう?
 そして、そして、妻に命名される夫なんて、彼の他に誰が居るんでしょうか? 少なくとも我々が知る内では、彼の他には一人も居ませんよね? 新たな父が見守る中、彼は産まれながら大人になった。僕は二人に呼吸を促しただけ。だから、それで良かった。
 あなただって、助産師にはもう会えなくてもいいはずです。まあ、僕と違って、あなたのは母子手帳に名前が書かれてあるから、気になったら見てみればいいですよ。
 何度も何度も言うようですが、改めて、感謝を述べますね。二人の父から……ああ、「名付け親」から、それぞれに名前をつけられたあなたは、それぞれの願いをいっぺんに叶え、本当に賢く美しく育ってくれた。本当に、ありがとう。

 そもそも怪物に、名前はつけません。

 そうだ。希理と打ち合わせをしたとき、乃亜のタバコを見せたら吹き出していましたよ。ばっかじゃねーのって。彼女、小柄だったでしょう?
 あれらはただの小道具です。あなたはもう、彼の一部を勝ち取ったでしょう? 母さんも妹たちも心配しているから、身体には気をつけて。それにもう、時代の流れというものがありますから。 
 ちなみにあなたのトラウマは、もう生産されていないようで良かったですね。ドラマは続編が出ていますよ。わざわざ書いたのはもちろん嫌がらせです。卑怯な手を使いたくなることもあるでしょう。そのときは自らの創を抉りだすことをぜひお薦めします。
 そうそう、澪にもよろしく伝えておいて下さい。僕もいつか、あの子の店に行きます。根掘り葉掘り聞かれる準備はできています。あ、ごめんなさい。ケタケタ笑わせて頂きました。やっぱり楽しいものですね、準備って、するのもされるのも。あの子には本当に敵いませんね。
 ただ、「澪のあの方」にだけは、できたらそんなに詳しいことまでは伝えないでおいてくださると助かります。その名の通り、心が透き通っている子ですから、あと、今でもあの子は僕の直接の後輩だから、その、色々とめんどくせーんです。

 さて、これからの話をしましょう。
 僕らはこれから老い、別れて行きます。あなたのような若者が、取り残されるのは自然の摂理です。
 けれども、生物にとっての死はありふれたものであり、子が親を見送るのは人生の通過点だと割り切ることができるからといって、それを強さだと表現してしまえば、愛する人間との別離に耐えさせるために人は子を育てるといった意味になりませんか?
 違います。そんなものは強さでは無いし、少なくとも僕はそんなもののためにあなたを望んだわけではありません。
 ただ、一方的に、息子という存在を求めただけです。あなたに望まれてもいないのに、許可もなく作り出して勝手に慈しんで愛でただけです。
 彼が父親としての愛情を望み、諦めることを繰り返した結果、最後まですれ違ってしまったのは、つまり子は親を、親は子を、選べないからです。例えどんな手段を使ったとしても。
 あなたは本当は、どうしたかった……?いいえ、聞くだけ野暮ですね。父さん、わかってますから。
 残念でしたね? どこまで行っても、結局あなたたちは伯父と甥だったんです。父子にも伴侶にもなれなかった。それってとても、ロマンティックじゃないですか? ねえ、そんなに睨まないでくださいね? もう、色目は使いませんよ? それは彼らも同じこと。
 だから、あなたがもし良ければ、彼らの話を聞いてやってください。伴侶を送るか送られるかは本来選べません。だから、あなたが彼らの拠り所になって頂けると……嘘です。そんな暇があるくらいなら、僕の話をもっと聞いてください。ほら、キューブリックの話、結局あれから一度もしていないじゃないですか? あなたはこの僕を一番よく知っているくせに。嫌だな、もう。あの人と血が繋がっているから悪いんだ。君たちはいつまでも僕を褒めてくれない……。

 さあ、今度はあなたが脅える番です。それもまた自然の摂理。
 あなたを殺すため、彼らは全力を尽くすでしょう。
 足元をすくわれることのなきよう。
 きっとあの夏が、さらに赤々とあなたの身体を汚して辱しめて悦ばせてくれる。
 そのときはもちろん、礼を尽くしなさい。



晴人



04 彼らからの手紙

健へ

 さて……そういうわけだ。マジで全部、読んだね。はい、完敗。お前の完全勝利。勝ったのは、タケル。
 まさか、ぼくとタケルの出会いに、そんな縁があったなんて、思ってもみなかったでしょう? もうね、その時点で負けだと思った。タケルの、運命を引き寄せる力に、きっとぼくは負けた。
 なあ、オレさー、実は勝ち負けこだわる方なんだよ……これでよくわかったろ? だから負けたくなかったのー。
 ぼくが君の前に出てきてしまったのは、結局のところ、あの人と父子だからでしょう?血は争えないってやつ。
 あ、血族同士で実際に争ってたオレが言うと冗談じゃなくなるか。悪い悪い。近親ジョークだよ、滅多に聞く機会なんてないから貴重だろ?
 ぼくが本当は、こんな汚れた奴だって知って、タケルは心底軽蔑した? 裏切られた気分になった? ねえ、どうだった? 嬉しくなった?
 お前にしか聞くことできないじゃん、そういう感想さー。また次会うとき正直に言えよ?頼むよ?
 あのね、ぼく、タケルがなんでも正直に話してくれるところ、好きだよ。口も固いし、そこはお父さんに似ているんだね。素敵なお父さんだね。
 ほら、オレの父親の本性はアレだからさ? 取り替えてくれよー。あいつ、ジジイになっても顔はキレイだけど、もう嫌だよ、だからオレこんなんなったの。調教されてもされてなくても、どーせ性格悪かったと思うよ?
 ふふっ、子は親を選べないからね?
 そう思うと、オレは前世で何かしたんだろうな。で、タケルも前世で何かした。動物を集めてしっかりした船に乗せてた? あ、宗教の話は安易にしちゃダメだな?
 もう、ロマンティストなんだから。
 うるせーよ。
 タケルだけがぼくになびいてくれないのは、最初からなにもかも、見透かされていたってことかな。ねえ、本当は、ずっと前から知ってたの? ぼくは本当はドロドロに汚れてるって。それを全部知った上で、ぼくに優しくしてくれていたの? そうだったら、どうしよう……。
 分かってんだろ、性癖曲げられたせいでこの辺り不安定なんだよ。もーやだやだオレだって意味わかんないよ。
 でも、調教してほしいと言ったのは、そっちでしょう……?
 いやー、あの時は負けん気の方が勝ってさ。まあ、最後までノアって呼べなかったから悔しいけど、調教されて良かったよな?
 もちろん。ぼくはあの人の思い出を抱いて、これから強く生きていく。大丈夫だよ。だから、泣きたいときは思いっきり泣いていいんだよ?
 うるせーな、わかってるって。オレの泣き顔を一番最初に見たの、お前だろ?
 うん。とっても、可愛かった。
 お前の泣き顔を最初に見たのもオレだしな。
 懐かしいね? あの夏が。
 蝉は嫌いだけどな。
 それ言ったら、またあの方に叱られちゃうよ? さすがの君もひるんでたよね?
 あれ、めんどくさかったな! だってさー、まさかそんなところに地雷があるなんて思わないじゃん!?
 迂闊だったね……でも、そういうところが可愛い人だから。ほら、こだわりが深いって、そういうところからじゃないかな?
 結局、伯父さんも……あ、ごめん。また一人で会話してたな。原因は、お前もわかってるよな? いちいち言わねーぞ?
 ごめんね? ごめんね? タケルにぼくのこと、嫌いになってほしくなかったの。だから隠してたの。知られたら、タケルの信用を失ってしまう。そう思って、隠してた。
 まあ、うちの父親と、オレたちの父親の組織の信用はマジで失墜するから、マジでその辺りよろしくな、マジで。あのさ、うち、妹二人居るって言ったよな? お前も姉さんのことは大事だよな? わかってるよな? お前の姉さんボコボコに殴って犯すぞとかそういう意味じゃねーからな?
 うん、ぼく、やっぱり女の人って、こわいなーって思ったし。
 マジでキリさんやばかったの。まあ、ぶっちゃけエロいなーって思っちゃったけど、多分それも見抜かれてただろうから、オレもうあの人には頭が上がらないの。良い女だよなぁ。
 あっ、そもそも、ぼくが男性しか愛せないこと、知らなかったよね?
 まあ、そういうわけなんだ。
 けどキリさんには、もう一度お仕置きしてほしいんじゃないの? 危険をおかしてまで、本当はあの人に会いたいんでしょう? 蔑んでほしいんでしょう? 愛した男の面影を、どうしても彼女には感じてしまうから。
 うるせーな。黙ってろよ。これ、タケルへの手紙なんだけど? いや、まあ、オレの内面ってこんなんだよーって教えたかったから、もう勢いでこんなことダラダラ書いてんだけどさ。そろそろ、お前に何が言いたいのか、わかるよな?
 ぼくの名前。知ってるでしょう?
 まーつまりさ、優貴って呼んでやってほしい。伯父が名付け親だって、知ってるはずだけどわざわざ言っとくぞ。
 うん。やっぱり、寂しいんだ。まだ、受け止めきれなくて。タケルにだけ、その呼び方を許すよ。
 オレが出てきたら、コウガって呼んで。お願いします。もうさー、お前にしか頼めないんだよ。意味わかんないだろうけどさ。頼むよ。
 それとも、今度は……ううん。今は、後回し。ほら。
 うん、オレはもう、覚悟決めてるから。
 ねえ、タケルも長男だから、考えたこと、きっとあるよね。「これからの話」について。
 とりあえず、二人とも禁煙しない? まだ二十代だから肺もそこまで大丈夫でしょ。っていうか、喫煙所なさすぎて吸うとこまじでなくなってきたよな。昔は駅のホームとかで吸えたらしいよ?
 きっと、二人なら大丈夫。
 そんな大した話じゃないだろうが。バカか。それに、三人か?
 そうだね。まずはこの三人で、約束。絶対に親より先に死なない、なんて約束は無理だよ。
 親も選べねーしな。
 だから、せめて身体を大事にしよう。心を大事にしよう。タケルの心は、ぼくたちが守る。辛いことがあったら、打ち明けてほしい。
 ほら、こっちは二人いるから遠慮すんな。
 三人目は消したから心配いらないよ。
 もう、オレとユウキだけしかいないから安心して。それでな、タケル。思いきって言うぞ。
 ミオさんの言い方、借りるね?
 もし、タケルさえ良ければ、オレたちの「プラトニックなあの方」になってほしい。いや、まあ、お前がオレとやりてーなら話は変わってくるけど。
 そのときは、優しく、丁寧に互いの言葉を交わして……。ぼく、覚悟はできてるよ。
 ごめんな? 暴行監禁されて矢継ぎ早に性癖を詰問されたのがトラウマで、ちょっと本番まで最長一ヶ月くらいかかると思うぞ? あ、ごめん、やりたくないなら別にいいからな。すまん。悪かった。
 もう、二度と会いたくない、って言うなら、ぼくらは永遠に君の前から姿を消すよ。
 そーゆーこと。次に会うときに、答えを聞かせてほしい。

加納琥雅


 
05 伯父からの手紙

琥雅と優貴へ

 今から言うことは全部本当だ。俺の素直な気持ちだからな。絶対に約束する。
 晴人という人間のこと、よろしくな。あいつ、責任感強すぎるから、心配してる。
 俺は乃亜という人間として、お前らのこと愛してるから。
 調教されたんだから、めんどくせーこと言わなくてもわかるだろ?
 ずっと待ってるから、ゆっくり来いよ。またな。

日暮乃亜



【第五章・未来のことはお見通し・終了】
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