血の鏡 ルート黒

惣山沙樹

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24 兄の前で

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 その頃僕がしていた妄想をお教えしましょうか。梓とは、結婚式の夜、初夜に結ばれるつもりでした。部屋を薄暗くして、二人きりで、慈しみ合いながら。
 それが、兄の目の前で、撮影もされながら、やれと言われたのです。僕は声を荒げました。

「そんなこと、できませんよ!」

 しかし、梓は僕の肩に手を置きました。

「あたしはいいよ、瞬。あなたを守るためだったら、何だってやる」
「でも……」

 梓の覚悟は決まっていました。信仰を曲げるのです。兄は黙って僕の顔をヘラヘラと見てきました。二人とも、僕の返事を待っていました。

「わかりました。やります」

 兄はベッドを出てカメラを調整し、床に座ってタバコを吸い始めました。僕と梓はベッドに上がり、見つめ合いました。
 なるべく早く終わらせないと、と思いました。しかし、梓にとっては初体験です。きちんと身体を整えてあげなければなりませんでした。
 僕はまず、梓に軽くキスをしました。それから、ゆっくりと服を脱がせていきました。彼女の身体のあらゆるところに口づけをしました。
 今まで僕が触れてきたのは、屈強な男の肉体だけでした。梓のか細い身体は、少し力を入れれば折れてしまいそうで、僕はガラス細工を扱うかのように彼女に尽くしました。
 梓は僕に身を委ねていました。しかし、身体が強ばっていたのはわかりました。緊張。恐怖。羞恥。様々な感情が渦巻いていたことでしょう。

「梓、僕を見て。僕を信じて。大丈夫だから」

 そう声をかけると、梓は目を細めて微笑みました。僕はその時、兄もカメラの存在も忘れていました。
 梓は痛みに悶えました。それでも叫ぶことなどせず、ぐっと堪えていました。早く終えないと。焦れば焦る程、上手くいきませんでした。
 ようやく吐き出せたとき、梓はもうぐったりとしていました。僕は彼女の額を撫で、謝りました。

「まあ、こんなもんか」

 兄が立ち上がって僕たちを見下してきました。梓は気丈に言いました。

「もう瞬には近付かないと約束して下さい」
「わかったよ。ガキ同士で勝手にやってろ」

 もう夜明け前でした。白み始めた空の下、僕と梓はとぼとぼと歩いていました。そして、梓の家に行きました。

「梓。ごめんなさい。僕のせいで。ごめんなさい」
「いいの。こうすることを決めたのはあたしの意思。瞬は何も悪くない」

 何もかも限界でした。梓のベッドで、雛鳥のように身体を寄せ合って眠りました。先に目覚めていたのは梓で、ベランダでタバコを吸っていました。僕は彼女の肩を叩きました。

「瞬。お腹すいてない? 何か頼もうか」

 無理して笑っているのはわかりました。僕もぎこちない笑顔を作りました。ピザを注文し、二人で食べました。
 あんな形ではありましたが、僕は兄から解放されました。梓とも婚約者になれました。彼女が耐えてくれたおかげです。
 これからは、梓と二人で生きていける。けれど、その実感がありませんでした。身体も交わしたというのに。
 ピザの箱を片付け、梓は一緒にシャワーを浴びようと提案してきました。彼女の長い髪を丁寧に洗いました。
 同じ石鹸の香りに包まれて、僕たちはベッドに入り、手を握りました。梓の丸い瞳が僕を貫きました。

「ねえ、瞬。もう一回しようか」
「無理しないで、梓」
「あたしがしたいの。ねえ、いいでしょう?」

 今度の梓は積極的でした。僕の身体を隅々まで包み込んでくれました。二人きりだという安息があったからでしょう。彼女の身体は柔らかくなっていました。
 僕も、初めてセックスを気持ちいいと思えました。本来は、こういうやり取りなのだ。愛し合うとはこういうことなのだ。そう感じていました。
 けれど、梓への罪悪感がどうしても残りました。それに、なぜ僕なんかのことを好きなのだろうと思いました。不安になった僕は、服を着た後聞きました。

「僕のこと、いつから好きでいてくれたの?」
「多分、一目惚れだったんだ。初めてバイト先で会った日。こんな可愛い子が後輩になるんだって思うと嬉しくてさ」
「僕は……ナポリタンの店でかな。あの辺りから、意識し始めた」
「両思いだったんだね。もっと早く、伝えてたら良かった」

 もし、先に梓と付き合っていたら、結果は変わっていたのでしょうか。いえ、兄のことです。別れさせようと画策していたことでしょう。
 そして、本当に僕に手を出さないのか、疑っていました。僕だって兄のことを信用していませんでした。
 アルバイト先では、僕と梓が付き合ったことは秘密にすることになりました。兄とも顔を合わせましたが、彼は「坂口さん」としてごく自然にふるまっていました。
 穏やかな日々が続きました。三月二十一日の僕の誕生日は、梓の家で過ごしました。プレゼントに財布を貰いました。
 兄からの連絡は、あれから一度もありませんでした。本当に僕を手放してくれたのだと、誕生日になってやっと実感できました。
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