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46 旅行

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 僕は助手席で、七瀬の横顔を見つめていた。

「葵、あんまり見るなよ。景色でも見とけ」
「だって、カッコいいんだもん」

 骨ばった腕でハンドルをさばく七瀬の姿に、僕はうっとりしていた。道中は長いが、彼と二人っきりの空間。退屈なんて感じなかった。途中、サービスエリアで一度休憩してから、目的地である恐竜博物館にはお昼頃に着いた。

「七瀬、まずはご飯にする?」
「そうだな。レストランがあるはずだ」

 僕はハヤシソースのオムライスを注文した。七瀬はソースカツ丼と蕎麦のセットだ。僕がトレイに乗せて七瀬が待っていた席に戻ると、彼は苦笑した。

「葵ったら子供っぽいなぁ、恐竜乗ってるし」
「いいでしょ、別に」

 オムライスを食べ進めて行くと、中からうずらの卵が出てきた。思わぬ好物の登場に僕は沸き立った。

「ねえ七瀬、卵発掘した」
「写真でも撮ってやろうか?」

 僕は卵をスプーンに乗せ、七瀬のスマホに向けて微笑んだ。そしていよいよ、エスカレーターを下り、展示のコーナーだ。

「おおっ! おっきい!」

 まず出迎えたのは、恐竜のロボットだった。口を開け、左右に首を振っていた。子供たちがむらがっており、僕もギリギリまでそれを見に行った。そして、ずらりと並んだ化石に圧倒された。僕はそれだけで何の恐竜か名前を当てられた。子供の頃の知識がありありとよみがえってきた。

「僕、やっぱり肉食恐竜が好きだったんだよね」
「カッコいいもんな。歯とかギザギザしてて」
「そうそう!」

 そのとき、すれ違った大学生くらいの女の子二人が、手を繋いで化石を見ているのに気付いた。同性同士でも、女性ならば違和感がないのか。僕はもどかしかった。そして、その衝動を打ち消そうと展示に目線を戻した。
 最後に土産物のショップに行き、僕は恐竜のフィギュアを七瀬に買ってもらった。恐竜博物館限定のフクイラプトルだ。七瀬は羽二重餅も買っていた。職場へのお土産らしい。それから山中温泉へは車で一時間程度の距離だ。僕は恐竜を箱から出して手のひらに乗せていた。

「これ、ずっと大事にする」
「本当に子供だな、葵は」

 旅館は七瀬の名前で予約していた。フロントで、貸切の大浴場があることを知らされた。

「葵、どうする?」
「貸切か。いいね」

 部屋に入り、荷物をおろすと、僕は窓の外を見た。川が流れており、まだ生き残っていたセミの鳴き声がした。僕はぐっと背伸びをした。七瀬は早速、冷蔵庫に入っていた水ようかんを取り出した。

「あっ、七瀬、お茶入れようか?」
「うん、よろしく」

 七瀬と部屋で二人っきりになるのなんて、慣れているつもりだった。けれど、広い和室の非日常の空間だと、とても新鮮だった。僕が緑茶を入れて、二人で水ようかんを食べた。それから、七瀬に抱きついた。

「もう、葵。布団もまだ敷かれてないぞ?」
「だって、七瀬成分が足りなかったんだもん」

 さすがにセックスはやめておいた。夜のお楽しみだ。時間になったので、僕たちは貸切風呂へ行った。僕は叫んだ。

「おおっ! 広っ! これ二人で使っていいんだ!?」
「最大二十人までいけるらしいぞ」

 洗い場が三つもあり、かなり贅沢な空間だった。きっと、改装か何かがあって、それまではここが普通の大浴場だったのだろう。僕は身体を洗って温泉の湯にかかると、足を踏み出した。

「こら、葵。泳ぐな泳ぐな」
「だってー」

 ここには二人っきりだもの。多少のマナー違反は大目に見てもらいたい。僕たちは露天風呂の方へ行き、肩を寄せ合った。

「七瀬、熱いねー」
「葵がくっつくからだろ。まったくもう……」

 川のせせらぎの音が聞こえていた。僕は沈黙して七瀬の手を握っていた。先に音をあげたのは七瀬の方で、彼はざぱりと立ち上がった。

「さっ、もうあがろうか」
「えー」

 食事処での夕食では、能登牛のローストビーフとのどぐろの宝楽焼きが出た。食事のグレードはけっこう高めにしてくれていたみたいだ。僕たちは瓶ビールを注ぎ合いながら、食事を堪能した。
 タバコを吸ってから部屋に戻ると、ふかふかの敷き布団があって、僕はそれに飛び込んだ。畳の上で寝るのなんて何年ぶりだろう。二つの布団は、少し距離を離して置かれていたので、僕はそれをくっつけた。

「ふふっ、七瀬。今夜も一緒だね」
「明日も運転しなきゃだから、ほどほどにしてくれよ?」
「うん、わかってるって」

 しかし、僕たちははしゃぎすぎた。何個もコンドームを使った。七瀬がぐったりして眠ってしまった後も、僕は寝れなくて、一人で喫煙所に行った。なぜか古枝さんのことを思い出した。彼女は今頃、一人で居るのだろうか。それとも、誰かに抱かれているのか。
 裸のままうつ伏せになっていた七瀬の横にぴったりとくっつき、彼の規則正しい鼓動を聞いた。生き物としての安息がそこにあった。僕の鼓動も彼とぴったり一緒だったらいいのに。そう思いながら、眠ってしまった。

「あー眠い。葵のせいだぞ?」
「安全運転で頼むね?」

 七瀬は五百ミリリットルのペットボトルのコーヒーを二本飲み干して帰りの運転をしてくれた。僕はというと、途中で寝てしまった。けれど、僕は知っていた。こんなことくらいで怒る人ではないと。ガソリンスタンドに着いたときに、僕は起こされた。旅の終焉を突き付けられたようで切なかったが、僕たちはまだまだこれからの日常がある。それがよすがだった。
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