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28 七夕

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 あれから、少し時間ができると、七瀬の位置情報を見るのが癖になった。日中は会社から動くことはほとんどなかった。終業後も真っ直ぐに僕の家に帰ってきていた。
 雅司と椿には、顛末を全て話した。

「次やったら本当に殺すつもり」
「アオちゃん、顔がマジやねんけど……」
「公務員になる前に殺人者にならないでね?」

 七月になり、七瀬の誕生日が近付いてきた。あんなことがあった後だが、僕はやっぱり彼に何かを作ってあげることが楽しい。こっそりスポンジケーキを焼く練習をしていた。これがなかなか難しく、配分を変えながら色々とやってみた。
 そうして迎えた七夕の日。外は雨だった。七瀬は仕事だったので、僕は位置情報を見ながら今か今かと待っていた。

「ただいま。ふー、遅くなった」
「お帰り。誕生日おめでとう」

 ケーキは不恰好な出来だったが、七瀬はとても喜んでくれた。僕は尋ねた。

「でも、こんなので本当に良かったの?」
「うん、ネックレスもあるし、これ以上物は要らない。俺さ、一人で老後送る気でいたから、物増やさない癖ついてんの」
「七瀬の最期は僕が看取るよ?」
「ん、ありがとうな」

 タバコを吸いにベランダに出た。雨が強くなってきていた。僕は言った。

「天の川、見えないね」
「七夕は大抵雨なんだよ。誕生日だからよく知ってる」

 二人で傘をさし、亜矢子さんの店に出掛けた。

「いらっしゃいませ」

 雨のせいか、他にお客さんは居なかった。僕は亜矢子さんに言った。

「七瀬、今日誕生日なんです」
「おめでとうございます」

 ビールで乾杯し、タバコに火をつけた。七瀬は三十八歳になった。また差が開いてしまったな、なんて思いながら、僕は煙をくゆらせた。

「葵にケーキ作ってもらいました。美味かったです」
「それは羨ましいですね」

 僕は亜矢子さんに尋ねた。

「甘いものはお好きですか?」
「ええ。一人でスイーツビュッフェにも行きますよ。その日は夕飯抜きます」

 亜矢子さんの私生活が気になってきたところだが、三人連れのお客さんがきた。全員スーツの会社員風のオジサンたちだ。
 僕は七瀬に向き直った。

「今日はあと何飲むの?」
「そうだなぁ。カクテル飲みたいかも。甘めのやつ」
「へえ、そんな気分なんだ」

 それから七瀬の仕事の話を聞いた。彼は今回は異動は無かった。しかし、上司が変わるらしく、今引き継ぎでバタバタしているらしい。

「いつも誕生日に異動期が重なるからな。引っ越しで慌ててたときもあるし、こんな風にのんびり過ごせるのは貴重だよ」
「来年はどうなの?」
「もしかしたら異動かも」

 国税は仕事の性質上、異動は避けられない。癒着を防ぐためだ。僕が卒業するまでに、七瀬は遠くに行ってしまうかもしれない。

「僕、七瀬とずっと一緒に居たいよ」
「まあ、異動先が通える距離なら、転居はしないさ。といっても、独り身の男は飛ばされやすいんだよ……」

 もし、僕が女だったら。結婚して、引き留められるのに。それとも着いていくのに。改めて、この関係が不安定であることを突きつけられた気分だった。僕はネックレスを握った。七瀬が言った。

「亜矢子さん、果実系のカクテルで何か下さいよ」
「でしたら、桃かキウイがありますが」
「うーんと、桃かな。葵は?」
「僕も桃で」

  亜矢子さんは桃を切り、ひとかけらつまんで味見をした後、ジューサーに入れた。そうして出来上がったショートカクテルはとても可愛いピンク色だった。

「お待たせいたしました」
「わあっ、美味しそう!」
「頂きます」

 果実とアルコールが溶け合い、見事に調和していた。甘いがしっかりと酒の風味を感じた。七瀬の方がペースは早かった。彼はやはり飲み足りなかったようで、レッドブレストというウイスキーをロックで頼んだ。僕はもう打ち止めだ。

「葵。今日は俺の誕生日なんだし、優しくしてくれよな?」
「わかってるって」

 七瀬に酷いことをしたのは、あの一件だけだった。僕だって、やりたくてやったんじゃない。未だに昇さんとのことは許せないが、もう七瀬を傷付ける気にはならなかった。
 僕の部屋に帰り、ゆっくりと服を脱がせ合った。ネックレスはローテーブルに置いた。全く同じ物を買ったので、どちらが誰の物か分からなくなるのだが、それでも良かった。

「葵。可愛い。今日は焦らして」
「焦らされたいの?」
「うん」

 僕は指先に神経を集中した。触れるか触れないかのギリギリで七瀬の肌に指をあてた。ずっと続けていると、彼が切ない声を漏らした。

「七瀬、我慢できない?」
「我慢……する」

 僕はわざと、七瀬の好きなところを外して攻めた。彼は身じろぎをしたが、僕は手を休めなかった。
 終わってベッドでくっついていると、七瀬が言った。

「まさかこんなに良い誕生日が過ごせるなんて、去年は思わなかった。ありがとうな、葵」
「僕の方こそ。今、とっても幸せだよ」

 僕たちは手を握った。この先どうなるかを考えるとこわかったが、今この手の中にある温もりを大切にしようと思った。
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