高時が首

チゲン

文字の大きさ
上 下
11 / 15

第11幕

しおりを挟む
 暖かい。
 青々とした、すすきに囲まれている。
 とても暖かかった。
 誰かに背負われている。
 背の温もり。心地よい揺れ。そして、すすきの歌。
 薄く開けた目に映るは、一面の緑だった。
 女たちの嬌声きょうせい
 それに混ざって、男の笑い声が聞こえる。
 きらびやかな衣を着た男が、女や武士たちに囲まれ笑っている。
 屈託くったくのない笑みだった。だがその笑顔を見るたび、いつも娘の胸はめつけられた。庭の隅から、建物の陰から男の姿を見つめていた。
 男が娘を呼んだ。だが動けなかった。男の手が目の前に差しだされても、体は動かなかった。
 いつしか男の姿は消え、泣いている娘が残った。すすき野のなかで、独り立ち尽くし、娘は泣いていた。
 懐かしい土の匂いを鼻孔びこうに感じ、由茄は目を覚ました。
 むしろの上に寝かされていた。
 茅葺かやぶきの屋根がおぼろげに見えた。戸は開け放たれていて、そこから外の光が差し込んでいる。どこかで子供のはしゃぐ声がする。
 どうやら農家の床に寝かされていたようだ。
 足音がして、誰か入ってきた。外の光で影になり、何者かよく判らなかった。
「気が付いたか」
 かすれた男の声だった。
「気分はどうかな」
 枕元に座った男は、山伏の格好をしている。
「川で溺れたのを覚えておるか」
 由茄は弱々しく頷いた。
 次の瞬間、弾かれたように体を起こした。途端に眩暈めまいがして倒れそうになったが、照隠が体を支えてくれた。
「得宗家なら無事だ」
 視界が白く濁り、何も見えない。ようやく板敷きの床が見え、光が見え、照隠が見えた。
「殿は、いずこに」
「そこに」
 部屋の隅に、首桶が置かれていた。特に痛んだ様子もなく、紫の紐もしっかり結びつけられている。
 由茄の口から安堵の息が漏れた。
「またしても、ご迷惑をおかけいたしました」
 そう言ってから目を伏せる。衣服は誰かのものに着替えさせられている。
「近くに村があったので、休ませてもらうことにした。運が良い。そなたも、よくぞ無事でいてくれた」
「わたしは、鬼でございますから」
 そう言って由茄は笑おうとしたが、頬の肉は引きつったようにしか動かなかった。
 照隠は小さくかぶりを振ると、横になって休むよう由茄に言い聞かせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

番太と浪人のヲカシ話

井田いづ
歴史・時代
木戸番の小太郎と浪人者の昌良は暇人である。二人があれやこれやと暇つぶしに精を出すだけの平和な日常系短編集。 (レーティングは「本屋」のお題向け、念のため程度) ※決まった「お題」に沿って777文字で各話完結しています。 ※カクヨムに掲載したものです。 ※字数カウント調整のため、一部修正しております。

射干玉秘伝

NA
歴史・時代
時は鎌倉、越後国。 鎌倉幕府の侵攻を受けて、敗色濃厚な戦場を、白馬に乗った姫武者が駆け抜ける。 神がかりの強弓速射を誇る彼女の名は、板額御前。 これは、巴御前と並び日本史に名を残す女性武者が、舞台を降りてからの物語。

戦国の子供たち

くしき 妙
歴史・時代
戦国時代武田10勇士の一人穴山梅雪に繋がる縁戚の子供がいた。 真田軍に入った子の初めての任務のお話 母の遺稿を投稿させていただいてます。

信長は生きてました。

ヨルノ チアサ
歴史・時代
 本能寺の変で、死んだと思われていた織田信長。  殺されたのは 影武者であった。    試しに書いてみたのですが、意外に好評だったので続編を不定期で書こうと思っています。  史実と私の妄想を合わせて書いてるので、真の信長ファンには申し訳ない事になっています。  好きだからこそ書いてみたかったと言う私の気持ちを汲んで頂けるとありがたいです。  内容や文字変換等、おかしな所があれば御指導お願い致します。

桑の実のみのる頃に

hiro75
歴史・時代
 誰かにつけられている………………  後ろから足音が近づいてくる。  おすみは早歩きになり、急いで家へと飛び込んだ。  すぐに、戸が叩かれ………………  ―― おすみの家にふいに現れた二人の男、商人を装っているが、本当の正体は……………  江戸時代末期、甲州街道沿いの小さな宿場町犬目で巻き起こる痛快時代小説!!

けふ、須古銀次に會ひました。

蒼乃悠生
歴史・時代
 一九四四年。戦時中。まだ特別攻撃隊があらわれる前のこと。  海軍の航空隊がある基地に、須古銀次(すこぎんじ)という男がいた。その者は、身長が高く、白髪で、白鬼と呼ばれる。  彼が個室の部屋で書類に鉛筆を走らせていると、二人の男達がやって来た——憲兵だ。  彼らはその部屋に逃げ込んだ二人組を引き渡せと言う。詳しい事情を語らない憲兵達に、須古は口を開いた。 「それは、正義な(正しい)のか」  言い返された憲兵達は部屋を後にする。  すると、机下に隠れていた、彼杵(そのぎ)と馬見(うまみ)が出てきた。だが、須古はすぐに用事があるのか、彼らに「〝目を閉じ、耳を塞ぎ、決して口を開くな〟」と言って隠れるように促す。  須古が部屋を出て行ってすぐに憲兵達は戻ってきた。 ※当作品はフィクションです。 作中の登場人物、時代、事情、全てにおいて事実とは全く関係ありません。

夢占

水無月麻葉
歴史・時代
時は平安時代の終わり。 伊豆国の小豪族の家に生まれた四歳の夜叉王姫は、高熱に浮かされて、無数の人間の顔が蠢く闇の中、家族みんなが黄金の龍の背中に乗ってどこかへ向かう不思議な夢を見た。 目が覚めて、夢の話をすると、父は吉夢だと喜び、江ノ島神社に行って夢解きをした。 夢解きの内容は、夜叉王の一族が「七代に渡り権力を握り、国を動かす」というものだった。 父は、夜叉王の吉夢にちなんで新しい家紋を「三鱗」とし、家中の者に披露した。 ほどなくして、夜叉王の家族は、夢解きのとおり、鎌倉時代に向けて、歴史の表舞台へと駆け上がる。 夜叉王自身は若くして、政略結婚により武蔵国の大豪族に嫁ぐことになったが、思わぬ幸せをそこで手に入れる。 しかし、運命の奔流は容赦なく彼女をのみこんでゆくのだった。

処理中です...