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第36幕
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闇のなか。
レラが、胸のなかで顔を上げる気配がした。
「……ごめんなさい。みっともないところを見せたわ」
まだ少し鼻声だった。きっとその目は、赤く腫れているに違いない。
ユコニスは優しく微笑んで、かぶりを振った。
「みっともなくなんかない。こんなぼくでも役に立てて良かったよ」
冗談めかして言う。
闇のなかで、レラが小さく笑ったような声がした。今ほど明かりが欲しいと思ったことはない。
やがて彼女の口から、サンドラの残留思念で見えた内容や、その後のレラ自身の境遇が語られた。
「そんなことがあったなんて……」
ユコニスは愕然としながら、レラの話を聞いていた。一度に受け止めきれないほどの、想像を絶する話だった。
「ごめん、レラ」
「なんであなたが謝るの?」
「父上が謀反なんて……君のお父さんを殺すなんてバカげたことをしなければ、こんなことにはならなかったのに」
「お父さんは自業自得よ。王としての勤めを放棄してしまったんだから」
「でも、父上は追っ手を放ってまでして、君たちを捕らえようとしたんだ。それは許されないことだよ」
「…………」
「それに僕も同罪だ。父上の罪を知りながら、今まで何もできずにいた。あまつさえ、デイジアまで……」
「デイジア姉様を殺したのは私。あなたが気に病むことじゃない」
「でも……」
「それに、デイジア姉様は覚悟してたと思うわ。暗殺者としての宿命を」
「…………」
それ以上、ユコニスは何も言えなかった。己れの無力さに歯噛みしたくなる。
レラの温もりが、するりと抜けた。立ち上がったのだ。
ユコニスも立ち上がった。しかし周囲は暗く、まるで見通しが利かない。
「困ったな。壁伝いで、うまく戻れるといいけど」
不意に、闇のなかに淡い光が浮かび上がった。
「え……」
レラの掌の上に、燐光が生まれていた。
「これは……」
「簡単な魔術よ」
「じゃあ、レラが?」
「お母さんが最期の力を使って、私の封印を解いてくれたわ」
「封印……」
「魔女としての封印よ」
彼女の強すぎる魔力を封じるため、魔女姉妹は大半の力を消費してしまったのだ。
「あの頃は力を制御できてなかったけど、もう平気みたいね」
燐光が輝きを増した。
光が徐々に強く、明るくなっていく。
さらに明るく。
「……あれ?」
だんだん、目を開けていられなくなってきた。
「レラ、ちょっと眩しすぎるんだけど」
「まだ力の制御がうまくできなくて」
「……さっきと言っていることが違う気がする」
「ちょっと待ってて」
しばらくすると光量が弱まり、周囲が程よく見えるくらいに収まった。
ほっとしたユコニスは、改めてレラの顔を見て、
「レラ、その髪……それに目も!?」
思わず息を呑んだ。
レラの髪も瞳も、灰色に染まっていたのだ。
「あら」
だが自らの変貌を確認しても、レラはさして動じなかった。
「封印が解けた影響かしら」
「そんなあっさり……」
「おかしい?」
「……おかしくない」
むしろ、とても奇麗だ。喉まで出かかった言葉を、しかしユコニスは口にできなかった。
「顔が赤いわよ、ユコニス」
「な、なんでもないよ」
レラはすっかり元の調子を取り戻したようだ。もう少し泣き顔を見ていたかったと思うのは、不謹慎だろうか。
「戻りましょう」
レラは光を放つ手を前に差しだすと、ユコニスの返事も待たずに歩きだした。
灰色の瞳に決意を宿して。
「戻って、君はどうするんだ?」
その背に、ユコニスは尋ねた。
「決まってるわ」
レラは目を細める。
「けじめをつけにいくのよ」
レラが、胸のなかで顔を上げる気配がした。
「……ごめんなさい。みっともないところを見せたわ」
まだ少し鼻声だった。きっとその目は、赤く腫れているに違いない。
ユコニスは優しく微笑んで、かぶりを振った。
「みっともなくなんかない。こんなぼくでも役に立てて良かったよ」
冗談めかして言う。
闇のなかで、レラが小さく笑ったような声がした。今ほど明かりが欲しいと思ったことはない。
やがて彼女の口から、サンドラの残留思念で見えた内容や、その後のレラ自身の境遇が語られた。
「そんなことがあったなんて……」
ユコニスは愕然としながら、レラの話を聞いていた。一度に受け止めきれないほどの、想像を絶する話だった。
「ごめん、レラ」
「なんであなたが謝るの?」
「父上が謀反なんて……君のお父さんを殺すなんてバカげたことをしなければ、こんなことにはならなかったのに」
「お父さんは自業自得よ。王としての勤めを放棄してしまったんだから」
「でも、父上は追っ手を放ってまでして、君たちを捕らえようとしたんだ。それは許されないことだよ」
「…………」
「それに僕も同罪だ。父上の罪を知りながら、今まで何もできずにいた。あまつさえ、デイジアまで……」
「デイジア姉様を殺したのは私。あなたが気に病むことじゃない」
「でも……」
「それに、デイジア姉様は覚悟してたと思うわ。暗殺者としての宿命を」
「…………」
それ以上、ユコニスは何も言えなかった。己れの無力さに歯噛みしたくなる。
レラの温もりが、するりと抜けた。立ち上がったのだ。
ユコニスも立ち上がった。しかし周囲は暗く、まるで見通しが利かない。
「困ったな。壁伝いで、うまく戻れるといいけど」
不意に、闇のなかに淡い光が浮かび上がった。
「え……」
レラの掌の上に、燐光が生まれていた。
「これは……」
「簡単な魔術よ」
「じゃあ、レラが?」
「お母さんが最期の力を使って、私の封印を解いてくれたわ」
「封印……」
「魔女としての封印よ」
彼女の強すぎる魔力を封じるため、魔女姉妹は大半の力を消費してしまったのだ。
「あの頃は力を制御できてなかったけど、もう平気みたいね」
燐光が輝きを増した。
光が徐々に強く、明るくなっていく。
さらに明るく。
「……あれ?」
だんだん、目を開けていられなくなってきた。
「レラ、ちょっと眩しすぎるんだけど」
「まだ力の制御がうまくできなくて」
「……さっきと言っていることが違う気がする」
「ちょっと待ってて」
しばらくすると光量が弱まり、周囲が程よく見えるくらいに収まった。
ほっとしたユコニスは、改めてレラの顔を見て、
「レラ、その髪……それに目も!?」
思わず息を呑んだ。
レラの髪も瞳も、灰色に染まっていたのだ。
「あら」
だが自らの変貌を確認しても、レラはさして動じなかった。
「封印が解けた影響かしら」
「そんなあっさり……」
「おかしい?」
「……おかしくない」
むしろ、とても奇麗だ。喉まで出かかった言葉を、しかしユコニスは口にできなかった。
「顔が赤いわよ、ユコニス」
「な、なんでもないよ」
レラはすっかり元の調子を取り戻したようだ。もう少し泣き顔を見ていたかったと思うのは、不謹慎だろうか。
「戻りましょう」
レラは光を放つ手を前に差しだすと、ユコニスの返事も待たずに歩きだした。
灰色の瞳に決意を宿して。
「戻って、君はどうするんだ?」
その背に、ユコニスは尋ねた。
「決まってるわ」
レラは目を細める。
「けじめをつけにいくのよ」
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