イェルフと心臓

チゲン

文字の大きさ
上 下
14 / 61
第一部 イェルフと心臓

14頁

しおりを挟む
 朝、そのイェルフ族の少女は、里の外れで花をんでいた。
 遠くに黒い点を見付けた。
 初めは判然としなかったが、近付いてくるに連れ、それが人影だと知れた。
 人影は左足が悪いのか、ひと振りの曲刀を杖代わりにしていた。今にも倒れそうなほど、弱々しい足取りだった。
 やがて少女は、その人影がイェルフ族の娘であることに気付いた。
 向こうも、呆然と立ち尽くす少女に気が付いたようだ。笑みをこぼした。はかない、消え入りそうな笑みだった。
 口元には、びっしりと血がこびりついている。
 と、その娘が、血を吐いて倒れた。
 イェルフ族の少女は、慌てて里に戻り、父親に報せた。
「しっかりしろ」
 少女の父親や大人たちが駆けつけ、倒れた娘の体を抱き起こした。
 娘は、うっすらと目を開けた。
 全身に包帯が巻かれているが、血でどす黒く変色している。
 瞳に輝きはなく、息も細い。
 もう手遅れだ。誰もがそう思った。
「頑張れ。すぐに医者のところへ連れていく」
 それでも彼らは、そう言うしかなかった。
 しかし、娘の手が、震えながらそれを制した。
「わたしは、北の里の長の娘ウタイです」
 大人たちの間に、どよめきが走る。
「わたしたちの里は、人間に滅ぼされました。奴らは、もうすぐここに来るかも……みんな、早く逃げて……」
 そこまで言って、ウタイは激しく咳き込み、また吐血した。
 少女の父親は、無念の表情を浮かべた。
「よく……本当によく知らせてくれた。君は我々の命の恩人だ。さあ、すぐに傷の手当てを……」
「いいんです」
「えっ?」
「もう、ここでいいんです」
「…………」
 少女の父親は、言葉に詰まると、その場にウタイを寝かせてやった。
「……心臓を食べたら死なずに済むなんて話、誰が信じると思ったの?」
 ウタイは虚空こくうに向かって呟いた。
「どうせ、わたしをその気にさせるために、適当な嘘を吐いたんでしょ。でも、もう騙されないわよ。意地でも、そんなもの食べてやんないんだから」
 これでやっと、あなたの鼻を明かしてやれたわ。
 ウタイは微笑した。
「ねぇ」
 そして、彼女を初めに見付けた、幼い少女を呼んだ。
 少女は大きな目を開いて、心配そうにウタイの顔を覗き込んでいた。
「人間のこと、どう思う?」
 不可解な質問に、周囲の大人たちが顔を見合わせる。
 少女は、少し考えてから答えた。
「わかんない。でも、みんなきらいって言ってるよ」
「そう」
 ウタイは目を閉じ、
「でもね、なかには」
 そっと開く。その瞳に少女の姿が映っている。
「人間のこと、好きになっちゃうイェルフもいるのよ。それに人間だって、イェルフのことちゃんと好きになるの。二人はね、ほんとに仲が良かったのよ」
 返事を期待した訳ではなかった。ただ少女が、うんと大きくうなずいてくれたので、ウタイは嬉しそうに目を細めた。
「そういえば、あいつにまだ、わたしの名前言ってなかったっけ……」
 風が、ウタイの銀色の髪をなびかせた。

 (第一部 完)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

処理中です...