竜剣《タルカ》

チゲン

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第八幕 フランベルジュ

13頁

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 暖かかった。
 温もりと安堵あんど
 心地よい振動と、懐かしい息遣い。
 このまま眠ってしまったら、どんなに気持ちいいだろう。
 それはセカイにだけ許された特権だった。
 暗闇のなかで、誰かに名を呼ばれた気がした。
 セカイは顔を上げた。
「お父様?」
 荒野。
 父の背中で、セカイは揺れていた。
「どうした?」
「夢を見てました……」
「どんな?」
「忘れました」
 そう言ってから、もう一度感触を確かめようと父の首に両腕でしがみついた。
 二人で、父の故郷へ帰る旅の途中。セカイは風邪を引いてしまったのだ。
「?」
 妙な違和感を覚えた。
 おかしい。何かが違う。
「もうすぐ医者に連れていく。それまで眠っていろ」
「お父様……」
「医者に診てもらえば、すぐに良くなる。そしたら私の故郷で、おだやかにのんびりと暮らそう」
「のんびり……」
「そうだ。のんびりとだ」
「もう戦わなくてもいいんですか?」
「ああ。戦いはもう、うんざりだ」
「もう怒ったり叩いたりしませんか?」
「もちろんだとも。二度としない」
 父は優しかった。誰よりもわたしを愛してくれた。
「それにしても、重くなったな」
 感慨かんがい深げに父が呟いた。
 これが本当の父だ。この笑顔こそ、お父様の真の姿だ。
 セカイは再び、大きな背中にしがみついた。
 眠ろう。この温もりに身をゆだねれば、きっと失った日々を取り戻すことができる。

  その手の剣で わたしを貫き
  傷つき 凍えた 大地に温もりを

 歌が聞こえた。
「この歌、どこかで……」

  小さく震える あなたのその手で
  燃えるように 溶けあうように わたしを抱きしめて
  きっとそれは 愛を呼び覚まし 翼広げ 夜空に舞う
  鼓動はいつか 星を満たして 新たな命になるから

 澄んだ女の声。
 たったひと晩だけ、セカイのことを、我が子のように愛してくれた女。
 熱い。
 体が熱い。
 風邪のせいか。
 いや。熱いのは体じゃない。
「そうよね……」
 あのとき父は何も言わなかった。黙々と、セカイを物のように背負って歩いていた。
「これはお父様じゃない」
 セカイの声が荒野にこぼれた。
「これはわたしじゃない。だってこのとき……わたしの右手は、もう切り落とされてたじゃないですか!」
 その瞬間、セカイの右手だったものが紅蓮の炎をあげた。
「なにッ!?」
 父が叫ぶ。
 炎が父……リベアンの体に燃え移る。
「アアアッ!?」
 絶叫が響き渡った。
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