竜剣《タルカ》

チゲン

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第八幕 フランベルジュ

7頁

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 幼いセカイは、暗闇のなかでうずくまっていた。
 ここならきっと誰にも見付からない。安心だ。
 うそ。
 はやくみつけてくれないかな。
「あっ、こんなところに」
「……?」
 セカイが顔を上げると、凛々りりしい面差おもざしの少年が彼女を見下ろしていた。
「ミランだぁ」
 セカイは満面の笑みを浮かべる。
「まったくもう……隠れんぼですか、お嬢様」
「へへ、みつかっちゃった」
 嬉しそうなセカイに対して、少年のミランは呆れ気味に溜め息を吐いた。
「早くお部屋に戻らないと、家庭教師の先生が来ちゃいますよ。また奥様に叱られても知りませんからね」
「やだ。おべんきょう、きらい」
「またそんなワガママ言って。ほら、立ってください」
「タルカみせて」
「はっ?」
「タールーカー。みーせーてー」
「またですかあ? 何度も言いますけど、竜剣は大道芸じゃないんです。おいそれと他人に……」
「みせてくれたら、おべんきょうしてあげる」
「……一回だけですよ」
 ミランは再び溜め息を吐くと、ベルトに収めていた二本の竜剣を左右の手で一本ずつ抜き、庭の端にある巨木に向かって投げつけた。
 両手の人差し指に意識を集中し、細かく動かす。
 地面に落ちかけていた竜剣が、水面を滑空かっくうする鳥のように浮き上がる。そして大木の幹に一本が突き刺さり……もう一本は弾かれた。
「ちッ……」
「ミラン、すごーい」
 セカイは無邪気に感嘆し、羨望せんぼうの眼差しでミランを見上げた。
 だがミランは納得いかないのか、不満げな顔をしている。
「こんなんじゃ、師匠の足元にも及ばない。くそ!」
「ミラン……?」
「凄いじゃない、ミラン」
 そこへ物静かな足取りで、若きデルーシャが姿を見せた。
「奥様!」
 ミランが、慌てて居住まいを正す。
「独学で、もうこんなに上達するなんて」
「そんな……恐縮です」
「将来は、きっとあの人を超える竜剣使いになるわね」
「いえそんな、師匠を超えるなんて。赤の竜剣は特別ですから」
 早口に言いつくろう。師といっても、竜剣術ではなく剣術のそれなのだが。
「そんなことないわ、ミラン。あなたの才能は、あの人も認めているのよ」
「ありがとうございます。そのお言葉だけで望外ぼうがいの喜びです」
「まあ」
 デルーシャに微笑みかけられ、ミランはリンゴのように頬を赤らめた。
「……ミランのばか」
 セカイは、そんなミランを横目に不貞腐れるのである。
「さあお嬢様、お手をどうぞ。約束通り、お部屋に戻ってお勉強ですよ」
 すっかり上機嫌になったミランが、にこにこしながらセカイに手を伸ばした。
「おんぶ」
「は?」
「ミランがおんぶしてくんなきゃ、おへやにもどらないから」
「こらセカイ。ミランを困らせるものじゃありません」
「やだ!」
 デルーシャがたしなめるが、セカイは意固地に首を振った。
「かまいませんよ。それでお嬢様が淑女しゅくじょに育って頂けるなら」
 ミランがしゃがみ込む。
 セカイはその背に勢いよく飛びつくと、首に両腕を回してしがみついた。
「立ちますよ」
 視界が広がり、思わず歓声をあげる。
「まったく……お嬢様はいつまで経っても甘えん坊ですね」
「いいの。だってミランはわたしのものだもん」
「はいはい、そうでしたね」
「だからミランは、わたしのめいれいには、ぜったいふくじゅうなの」
「また変な言葉を覚えて……」
 そのとき、二人の行く先に人影が立ちはだかった。
 岩のような偉丈夫いじょうふである。
「おとうさまっ!」
「あっ、お嬢様あぶな……」
 セカイが身をよじり、強引にミランの背から飛び下りた。そして偉丈夫……リベアンのもとへ駆け寄っていく。
 リベアンは、いかつい顔を嘘のようにほころばせ、小さな娘を軽々と抱き上げた。
「いい子にしてたか、セカイ」
「おとうさま、かたぐるまして!」
「よしよし」
 父の首にまたがり、もっとずっと広い視界を得たセカイは、宝物でも見付けたように目を輝かせる。
「…………」
 ミランが、そんな親子を複雑な顔で見つめていることも知らずに。
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