竜剣《タルカ》

チゲン

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第七幕 交錯するモノたちへ

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 最果さいはての町に着いた。
 レイグリオ国の西の国境。ここから西方のグルセンダ国跡までは、荒野が続いている。
 乗合馬車を下りたセカイは、まっすぐ食堂に向かった。
 日は傾こうとしている。だが夕飯には少し早い。そんな頃合だ。
『着いて、いきなり飯かい』
 セカイの懐から、小さなへびが顔を出した。
「出てこないでと言ったでしょう」
 セカイが、蛇の頭を力任せに押し戻す。
『そう邪険にするでない。誰が金を出すと思っておる』
「あんまりうるさいと、皮をいで売っ払うわよ」
『おお、怖い怖い』
 わざとらしく怯えた声をあげると、蛇は懐に潜っていった。
「ん……」
 セカイがぴくりと反応する。
「どこ触ってるの」
『おや、すまん。そんなに敏感とは思わなんだ』
「…………」
『安心せい、わしは魔女だ。そんな趣味はないわ』
「誰もそんなこと聞いてないわ」
『頼まれれば、なぐさめるくらいはしてやらんこともないがのう』
「ほんとに皮を剥ぐわよ」
 蛇の正体は、言うまでもなく、モリバラの姉と名乗る魔女である。
 当初はカラスの姿をしていたのだが、どうしても目立つため、小さな蛇に憑依ひょういし直していた。
 セカイは食堂に入り、軽食を注文した。
 あまり少女が一人で来るような場所ではないので、周囲の客たちが好奇の視線を送ってくる。
 どこの町にもあるが、旅商人や傭兵ようへいが集い、商談や情報交換を行う店なのだ。客層も自然と荒くれ者たちが多くなる。
 煙草たばこの煙が、いぶされそうなほど充満していた。
 一人の酔客が、セカイの正面の椅子に腰を下ろした。いかにも傭兵然とした、がたいのいい男である。
「よう、お嬢ちゃん。家出でもしてきたんかい?」
 傭兵然とした男は、手に持っていたジョッキをテーブルに置いた。
「なんだったら、俺がいいとこ連れてってやろうか?」
 男はからかうような視線で、セカイの体を舐めるように観察した。
 周囲の客たちが、二人のやり取りを見ながら、にやにやと笑っている。
「助かるわ。乗合馬車も無くて、困ってたところなの」
「あン……?」
 予想外の返答に、男はきょとんとする。もっと、からかい甲斐のある反応を期待していたのだろう。
 そんな男に対して、セカイは料理の追加でも頼むように軽く注文した。
「グルセンダまで案内して」
「なっ……」
「グ…グルセンダだぁ!?」
「本気かよ……」
 男だけでなく、周囲の客たちまで一斉にどよめいた。
「お嬢ちゃん、そりゃ笑えねえ冗談だぜ……」
 見た目は荒々しいくせに、男は引きつった笑みを浮かべながら言った。
「お金なら出すわよ。言い値でいいわ」
 懐中から抗議の声が聞こえてきたが、セカイは無視した。
 だが男は、さらに引きつった笑みを浮かべると、
「早く父ちゃん母ちゃんのとこに帰んな」
 それだけ言って、そそくさと席を立った。
 先程まで好奇の視線を向けていた客たちも、すっかり目をそむけている。
「どういうことかしら」
『恐れておるんじゃろうて』
「何を?」
『グルセンダは、呪われた地と言われとるからな』
 歴戦の傭兵たちでさえ尻込みさせるほどにの、と皮肉を込めて付け加える。
「困ったわね。この先は道案内がないとキツそうなんだけど」
 こんなとき、ミランがいれば……。
 セカイは脳裏に浮かんだ青年の顔を消した。
『他人に頼まずとも、わしが馬にでもなろうかい』
「気持ち悪いこと言わないで。魔女の背に乗るなんて、まっぴら御免ごめんよ。それだけで呪われそうだわ」
『わしの金は湯水の如く使うくせに』
「ご不満なら、ここでお別れしてもいいのよ」
『……やれやれ、あいかわらずじゃな』
 それきり声はやんだ。
「グルセンダに行きたいなら、地元の奴に頼んでみるといい」
 店の主らしい男が、声を掛けてきた。
「生き残ったグルセンダの難民連中が住んでる区画がある。そこに行けば、物好きな奴が案内してくれるかもしれねえ」
「そう。ありがとう」
 セカイは代金を払うと、客たちの探るような視線を背に浴びながら、店を後にした。
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