竜剣《タルカ》

チゲン

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第六幕 子供の皮を被った羊の物語

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 その夜遅く。
 クラッセを除く五人の子供たちは、早々に眠りにいていた。
 セカイは、表で星を観測していた。
 少し黒い雲が出ているので、月はよく見えない。ただ時たま、雲の隙間から銀色の光を地上に投げかけていた。
 そこに、酒場での労働を終えたクラッセが戻ってきた。
「おかえり」
「ただいま、セカイ。どうしたの?」
「空を見てただけよ」
「そっか」
 クラッセは、セカイの隣に腰を下ろすと、夜空を見上げた。
「明日は雨かなぁ」
「雲の動きが早いから、今夜じゅうに雨雲は抜けると思うわ」
「さっすがセカイ。長旅してるだけあるね」
「ミランが教えてくれただけよ」
「誰? ひょっとして、セカイのいい人?」
「…………」
 セカイは口をつぐんだ。答えにきゅうしたふうだった。
「あー」
 色々と察したクラッセは、自分の迂闊うかつさをのろい、話題を替えた。
「でも……たーいへんよねー、そんな若い身空みそらで一人旅なんて」
「そうかしら」
「平気なの?」
「何が?」
「なにって……」
 いたクラッセが、逆に考え込んでしまった。
「だって、山とか森とか、暗いし寂しいし……独りで怖くないの? どっから何が出てくるか判んないんだよ」
「慣れれば平気よ」
「そうかもしれないけど……あたしは無理」
「なぜ?」
「だって寂しいのやだもん」
 クラッセは即答した。
「ずっと独りなんて……怖いっていうか、きっと人恋しくて死んじゃうと思う」
「人恋しいと……死ぬの?」
 クラッセは、つい吹きだしてしまった。
「なぜ笑うの?」
「だって……真面目な顔してくんだもん、セカイったら」
「そんなの、考えたこともなかったから」
「……それは、あんたが強いからさ」
「わたしが……強い?」
「強いっていうか……」
 クラッセは首をひねり、言葉を探した。
「揺るぎないっていうか……芯があるっていうか……」
 どうも自分の表現にしっくりこないのか、クラッセはしきりに首を捻っている。
「なんか、どうしようもないって感じ」
「……それは褒めてるの?」
「もちろん」
 クラッセは自信たっぷりに笑った。
 セカイはどういう顔をしていいか判らず、タイミング良く顔を出した月を見上げた。
「ね、しばらくウチにいなよ」
 クラッセが素敵な提案とばかり、目を輝かせながら、にじり寄ってきた。
「どうせ、お金が足りないんでしょ。だったら、あたしが仕事を紹介してあげる。実はさ、酒場のお客さんに色々聞いてきたんだよね」
「……考えとくわ」
「ううん、もう決まり。よし、これで六人目の家族っ」
「六人……七人目じゃないの?」
「えっ?」
 クラッセが、きょとんとした顔をセカイに向ける。
「……ああ、自分を除いて勘定かんじょうしてたのね」
 セカイは一人で納得した。
「明日、いくつか当たってみようよ。きっと気に入る仕事があるって」
 クラッセはすっかり上機嫌だ。
「そんなに嬉しいの?」
「だって家族が増えるのよ。嬉しいに決まってるわ」
「わたしには判らないわ」
「セカイは、家族いないの?」
「……いない」
 答えるまでの一瞬の間に、セカイの顔に浮かんだ表情。
 クラッセはあえて触れなかった。
「ここにいるみんなは、戦や病気で家族を亡くしたり、親に捨てられた子たちなの」
「親に……捨てられた」
「まっ、親にも事情があったんだろうけど。子供を捨てるなんて、ね」
 遠い目を、クラッセは月に向けた。
 勝気な瞳に、月は皓々こうこうと映っていた。
「だからあたしは、あの子たちを引き取って、いっしょに暮らしてんの。親代わりなんて、とても言えないけどね」
 視線を落とす。
「せめて、あの子たちが『人の繋がり』を忘れないようにさ」
「……人の繋がり?」
「血の繋がりはなくても、みんなもっと別の何かで繋がれる。それもまた、家族の形なんじゃないかって」
「本当にそう思うの? あんな仕打ちをしてくる町の人間とも繋がれる?」
「それは……」
 クラッセは言葉に詰まった。
 ただそれは、迷っているのではなく、言葉を探しているだけのようだった。
「なんて言うのかな……繋がり方ってのも、いろいろあると思うんだ。今は駄目かもしれないけど、ひょっとしたら、何かのきっかけで繋がるかもしれないし」
「能天気ね」
「あはは。よく言われる」
 セカイの呆れたような口調にも、クラッセは上機嫌だった。
「とりあえず、あの子たちがいれば楽しいから、それでいいやってことで」
「賑やかなのは確かだわ」
「はは……」
 これは苦笑い。
「でもね、フーリーなんかすっごく頭がいいから、ひょっとしたら学校に奨学しょうがく金で入れるかもしれないんだ。レギーは将来、騎士になるのが夢だし。マキはね、歌がすごい上手なんだから。あっ、ジャミンは絵が得意なの。将来すんごいの描くわよ、きっと」
「……あなたがみんなのことを好きなのは、よく判ったわ」
「あっ、ごめんね。うるさかった?」
 それでもなお、クラッセの目は輝いていた。
 まぶしいと思った。
 今宵こよいの月よりも。
 クラッセが大きく口を開けて、欠伸あくびをした。
「さっ、もう寝ましょ。明日も早いし」
 立ち上がると、セカイに手を差し伸べる。
 ほんの僅か躊躇ちゅうちょして。
 セカイは左手を伸ばした。
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