竜剣《タルカ》

チゲン

文字の大きさ
上 下
52 / 110
第五幕 リボン

2頁

しおりを挟む
「まさか、向こうにも竜剣使いがいるたぁな」
 農夫の扮装ふんそうを解いた刺客は、溜め息交じりにつぶやいた。
 名をフオウという。
 年若く、均整きんせいの取れた体格をしている。不遜ふそんで高圧的な目をしているが、鼻梁びりょうも高い。
「なかなかの手練てだれのようだな」
 木陰から、もう一人、男が姿を見せた。
 弓を手にした、背の高い男だ。こちらは三白眼さんぱくがん不精髭ぶしょうひげで、いかにも粗野な野伏のぶせりといった風体ふうていだった。
「あの野郎、スカしやがって」
 フオウは憎々しげに吐き捨てた。
「油断したな、フオウ」
「うっせぇ。てめえだって、仕留しとめ損なったじゃねぇか。ええ、イレハンドルさんよ」
「ああ。俺も油断した」
 イレハンドルと呼ばれた男は、素直に失敗を認め、木の根元に腰を下ろした。
「まさか、あの状況で俺の矢に気付くとはな」
「……気付いたのは、連れのガキだよ」
「標的のか?」
「ちげぇ。もう一人、ちょいでけえガキがいただろ」
「ああ……何だ、あれは子供だったのか」
 イレハンドルのひそんでいた位置からだと、相手の容姿までは把握できなかった。もちろんそれは、相手側も同じだろうが。
「面倒なことになったな」
「へっ」
「だがあの二人、昨日は確かいなかったはずだ」
「ああ。いつの間に合流しやがったんだか」
「まったく……情報はちゃんと回してもらわんと困る」
「いいかげんなもんだぜ。まっ、どうせ俺たちなんざ使い捨てだからな」
 そう言って、フオウは芝居がかった仕草で肩をすくめた。
 昨日、標的の馬車を襲ったまでは順調だった。
 母子の拉致らちは仲間に任せて、フオウとイレハンドルは逃げた護衛たちを追った。当然、口封じをするためだ。
 しかし役目を終えて戻ってみると、仲間は殺され、標的にはまんまと逃げられていた。
 その後、足跡を辿って追跡していたが、にわかに発生した濃霧に阻まれ、途中で断念せざるを得なかったのだ。
 今朝になってようやく発見したまではいいものの、今度は相手の寡勢かせいを見てあなどってしまった。
「やはり仲間と合流するべきだったか」
「仲間ねえ……生き残ったんは何人だっけよ?」
「俺たちを含めて、六人だ」
「一応使ってやるか。必要ねえけどな」
 フオウは不敵に笑う。
「あのスカし野郎……どっちが優秀な竜剣使いか教えてやるぜ」
「目的を忘れるなよ、フオウ。女と子供の、少なくともどちらかは生かして連れてこいと言われてるんだ。また安易に薬に走って……」
「うっせぇな、いちいち指図してんじゃねぇよ。おめえもキメてみるか? けっこうイケるぜ」
 うそぶくフオウに、イレハンドルは嘆息する。
 付きあいが長いせいか、彼の不遜な態度にも慣れてしまった。
「…………」
「んだよ、まだ何か気になることでもあんのか?」
「もう一人の子供っていうのが、ちょっとな」
「おいおい、たかがガキだぜ。おまえの矢に気付いたのだって偶然だよ」
「だといいが……」
「邪魔なら殺しゃいいだけじゃねぇか。心配すんなって」
「……そうだな。考えすぎかもな」
 イレハンドルは深い息を吐いて、実体のない不安を払拭ふっしょくした。
 殺してしまえばいい。フオウの言う通りだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

処理中です...