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第五幕 リボン
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「まさか、向こうにも竜剣使いがいるたぁな」
農夫の扮装を解いた刺客は、溜め息交じりに呟いた。
名をフオウという。
年若く、均整の取れた体格をしている。不遜で高圧的な目をしているが、鼻梁も高い。
「なかなかの手練れのようだな」
木陰から、もう一人、男が姿を見せた。
弓を手にした、背の高い男だ。こちらは三白眼に不精髭で、いかにも粗野な野伏といった風体だった。
「あの野郎、スカしやがって」
フオウは憎々しげに吐き捨てた。
「油断したな、フオウ」
「うっせぇ。てめえだって、仕留め損なったじゃねぇか。ええ、イレハンドルさんよ」
「ああ。俺も油断した」
イレハンドルと呼ばれた男は、素直に失敗を認め、木の根元に腰を下ろした。
「まさか、あの状況で俺の矢に気付くとはな」
「……気付いたのは、連れのガキだよ」
「標的のか?」
「ちげぇ。もう一人、ちょいでけえガキがいただろ」
「ああ……何だ、あれは子供だったのか」
イレハンドルの潜んでいた位置からだと、相手の容姿までは把握できなかった。もちろんそれは、相手側も同じだろうが。
「面倒なことになったな」
「へっ」
「だがあの二人、昨日は確かいなかったはずだ」
「ああ。いつの間に合流しやがったんだか」
「まったく……情報はちゃんと回してもらわんと困る」
「いいかげんなもんだぜ。まっ、どうせ俺たちなんざ使い捨てだからな」
そう言って、フオウは芝居がかった仕草で肩を竦めた。
昨日、標的の馬車を襲ったまでは順調だった。
母子の拉致は仲間に任せて、フオウとイレハンドルは逃げた護衛たちを追った。当然、口封じをするためだ。
しかし役目を終えて戻ってみると、仲間は殺され、標的にはまんまと逃げられていた。
その後、足跡を辿って追跡していたが、にわかに発生した濃霧に阻まれ、途中で断念せざるを得なかったのだ。
今朝になってようやく発見したまではいいものの、今度は相手の寡勢を見て侮ってしまった。
「やはり仲間と合流するべきだったか」
「仲間ねえ……生き残ったんは何人だっけよ?」
「俺たちを含めて、六人だ」
「一応使ってやるか。必要ねえけどな」
フオウは不敵に笑う。
「あのスカし野郎……どっちが優秀な竜剣使いか教えてやるぜ」
「目的を忘れるなよ、フオウ。女と子供の、少なくともどちらかは生かして連れてこいと言われてるんだ。また安易に薬に走って……」
「うっせぇな、いちいち指図してんじゃねぇよ。おめえもキメてみるか? けっこうイケるぜ」
嘯くフオウに、イレハンドルは嘆息する。
付きあいが長いせいか、彼の不遜な態度にも慣れてしまった。
「…………」
「んだよ、まだ何か気になることでもあんのか?」
「もう一人の子供っていうのが、ちょっとな」
「おいおい、たかがガキだぜ。おまえの矢に気付いたのだって偶然だよ」
「だといいが……」
「邪魔なら殺しゃいいだけじゃねぇか。心配すんなって」
「……そうだな。考えすぎかもな」
イレハンドルは深い息を吐いて、実体のない不安を払拭した。
殺してしまえばいい。フオウの言う通りだ。
農夫の扮装を解いた刺客は、溜め息交じりに呟いた。
名をフオウという。
年若く、均整の取れた体格をしている。不遜で高圧的な目をしているが、鼻梁も高い。
「なかなかの手練れのようだな」
木陰から、もう一人、男が姿を見せた。
弓を手にした、背の高い男だ。こちらは三白眼に不精髭で、いかにも粗野な野伏といった風体だった。
「あの野郎、スカしやがって」
フオウは憎々しげに吐き捨てた。
「油断したな、フオウ」
「うっせぇ。てめえだって、仕留め損なったじゃねぇか。ええ、イレハンドルさんよ」
「ああ。俺も油断した」
イレハンドルと呼ばれた男は、素直に失敗を認め、木の根元に腰を下ろした。
「まさか、あの状況で俺の矢に気付くとはな」
「……気付いたのは、連れのガキだよ」
「標的のか?」
「ちげぇ。もう一人、ちょいでけえガキがいただろ」
「ああ……何だ、あれは子供だったのか」
イレハンドルの潜んでいた位置からだと、相手の容姿までは把握できなかった。もちろんそれは、相手側も同じだろうが。
「面倒なことになったな」
「へっ」
「だがあの二人、昨日は確かいなかったはずだ」
「ああ。いつの間に合流しやがったんだか」
「まったく……情報はちゃんと回してもらわんと困る」
「いいかげんなもんだぜ。まっ、どうせ俺たちなんざ使い捨てだからな」
そう言って、フオウは芝居がかった仕草で肩を竦めた。
昨日、標的の馬車を襲ったまでは順調だった。
母子の拉致は仲間に任せて、フオウとイレハンドルは逃げた護衛たちを追った。当然、口封じをするためだ。
しかし役目を終えて戻ってみると、仲間は殺され、標的にはまんまと逃げられていた。
その後、足跡を辿って追跡していたが、にわかに発生した濃霧に阻まれ、途中で断念せざるを得なかったのだ。
今朝になってようやく発見したまではいいものの、今度は相手の寡勢を見て侮ってしまった。
「やはり仲間と合流するべきだったか」
「仲間ねえ……生き残ったんは何人だっけよ?」
「俺たちを含めて、六人だ」
「一応使ってやるか。必要ねえけどな」
フオウは不敵に笑う。
「あのスカし野郎……どっちが優秀な竜剣使いか教えてやるぜ」
「目的を忘れるなよ、フオウ。女と子供の、少なくともどちらかは生かして連れてこいと言われてるんだ。また安易に薬に走って……」
「うっせぇな、いちいち指図してんじゃねぇよ。おめえもキメてみるか? けっこうイケるぜ」
嘯くフオウに、イレハンドルは嘆息する。
付きあいが長いせいか、彼の不遜な態度にも慣れてしまった。
「…………」
「んだよ、まだ何か気になることでもあんのか?」
「もう一人の子供っていうのが、ちょっとな」
「おいおい、たかがガキだぜ。おまえの矢に気付いたのだって偶然だよ」
「だといいが……」
「邪魔なら殺しゃいいだけじゃねぇか。心配すんなって」
「……そうだな。考えすぎかもな」
イレハンドルは深い息を吐いて、実体のない不安を払拭した。
殺してしまえばいい。フオウの言う通りだ。
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