竜剣《タルカ》

チゲン

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第二幕 女たちの饗宴

7頁

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 老婆に追い払われたシジュリアは、渋々地下通路を戻っていった。
 なお通路の反対側は外と繋がっており、非常時には脱出路となる。貴族の屋敷では珍しいことではない。
「お嬢ちゃん、一人で平気なんかね」
 残してきたセカイの身が、妙に気に掛かった。しかし、一応の雇い主に席を外せと言われたら、従うしかない。
 しばらくしたら、様子を見に戻ってみるか。それまでは……ミランとかいう名の男をいたぶって時間を潰すとしよう。
 そう考えながら地下室に戻り……息を呑んだ。
 手下の男たちが、血を流して倒れている。
 殺気を感じて、跳びすさった。
 曲刀が髪をかすめていく。
 ミランだった。
「外したか」
 続けざまに、ミランが二の太刀を放つ。
 シジュリアが自身の曲刀を抜き、受け止めた。
 甲高い音が、地下室に響く。
 どちらからともなく距離を取った。
「不意打ちかい、坊や。けっこう、やることがえげつないねえ」
 シジュリアが唇の端を片方、吊り上げる。
「黙れ、アバズレ」
 ミランが底冷えのする眼差しで、曲刀を構え直した。
「……剣も使えるなんて、聞いてないんだけどね」
 シジュリアは、ちらりと男たちに目をやった。事切れているようだ。
「お嬢様をどこへやった?」
「今頃、お花畑で花でも摘んでるさ」
「ふざけるな」
 ミランが打ちかかる。
 やはり速い。戦士としても、かなり修練を積んでいるようだ。
 シジュリアが刀身で受け止める。
 鍔迫つばぜりあい。
 さすがに膂力りょりょくでは、ミランに分がある。
 しだいにシジュリアが押されていく。
「くっ……」
 そのとき、背筋に悪寒が走った。
 ミランもシジュリアも、互いに跳びすさった。
「なっ!?」
 シジュリアが目を見張る。
 ミランが眉をしかめる。
 死んだはずの二人の男が、物臭な動作で起き上がってきたのだ。
 一人の男は、喉元をミランの隠しナイフに貫かれたままで。
 もう片方の男は、腹に刃を受け、血を垂れ流しながら。
 彼らは動いていた。
 虚ろな瞳で。
 死人シビト
 二人とも死人と化していた。
「なぜこいつらが……おまえ、いったい何をした?」
「し…知らな……」
 シジュリアは慌てて否定した。
 気が動転して、舌がうまく回らない。
「ガァ……!」
 喉にナイフを受けた方の死人が、ミランに襲いかかってきた。
 その腹に、容赦なく曲刀を突き入れる。ちなみにこの曲刀は、元々彼の腰から拝借したものである。
 それでも死人はもぞもぞと動いている。
「くそ、竜剣があれば……」
 竜鱗の力なら、この程度の異形など労せず始末できるのだが。
 曲刀を引き抜くと、死人がバランスを崩した。
 その側頭部を、得物の柄で殴りつけた。生ぬるい、肉をえぐるような不快感。
 さらに背後に回り込み、後頭部に柄を叩きつける。
 鈍い音がして、死人が床に突っ伏した。額が割れ、血が床に広がった。
 シジュリアが声にならない悲鳴をあげる。もう一体の死人が、彼女に迫っていた。
「く…るな……こないで……」
 シジュリアは、それだけ言うのが精いっぱいのようだ。刀の切っ先が震えている。
 ミランは舌打ちすると、曲刀を死人の脳天に叩きつけた。
 頭蓋骨が陥没かんぼつする感触とともに、死人が床に倒れた。
 頭からどす黒い血と体液を流しながら、痙攣し、やがて動かなくなる。
「うう……」
 強烈な血臭が、地下室に充満していた。
 シジュリアがその場でうずくまり、嘔吐おうとした。その吐瀉としゃ物の匂いも混ざり、地下室は地獄のような異臭に満ちた。
 さすがのミランも耐えられなくなり、ランプを取ると、廊下に出た。
 シジュリアが、這うようにして、その後を追ってくる。
 ミランが戸を閉めると、異臭は遮断された。だが戸の隙間から、悪意のように漏れているのが判る。
「な…何なんだよ、これ……」
 シジュリアが青白い顔で、閉じた戸を凝視している。腰が抜けたのか、その場にへたりこんだまま小刻みに震えていた。
「こっちが聞きたいんだがな」
 ミランは眉に皺を寄せた。
「死人を作りだし操る……呪術の一種か」
 信じられないが、そう考えざるを得ない。何しろ、あの死人たちは明らかに害意を持っていたのだから。
「こんなことができるのは……」
 似たような事例を、つい最近経験している。魔女の織り成す結界のなかで。
「まさかな」
 モリバラが、こんな手の込んだ真似をするとは思えない。
「それより」
 今は原因の究明より大事なことがある。
「おい女、答えろ」
 ミランはシジュリアの胸倉を掴むと、強引に引き寄せた。
「お嬢様はどこにいる」
「あうう……」
「答えろ。さっきまでの威勢はどうした!」
 シジュリアが、震える指で通路の先を指差した。
 ミランはシジュリアの体を乱暴に投げ捨て、通路の先の階段を上った。正面は壁だが、この手の建造物の構造は熟知している。
 隠された取っ手を発見すると、横に滑らせた。
「お嬢様!」
 室内に飛び込み、
「何……?」
 思わず目を疑う。
 廃墟のような部屋だった。
 家具や調度品は破壊され、壁の絵画はびりびりに切り裂かれている。天井には蜘蛛くもの巣が張り巡らされ、足を踏みだすたびに絨毯から埃が舞う。
 明かりが差し込む窓には、破れ色せたカーテンがぶら下がっていた。
「こいつは……」
 かび臭さが、鼻を突いた。
 盗賊か何かに襲われたのだろうか。どちらにせよ、長年放置されているようだ。
 隣室も似たようなもので、人の気配はなく、もぬけのからである。
「あの女……たばかったか」
 ふと窓際の花瓶に目をやって、ミランは目を剥いた。慌てて駆け寄り、使い慣れた四本の竜剣を抜き取る。
「ふざけた真似を……」
「何だこりゃ!?」
 声に振り返ると、シジュリアが部屋の様子に愕然としていた。
「嘘だろ……」
「おい、お嬢様はどこにいる」
 だがシジュリアは、狂ったように、部屋じゅうの家具や調度品をひっくり返している。
「確かに、さっきまで……」
 そのとき、表で馬のいななきが聞こえた。
 窓から身を乗りだして覗き込むと、屋敷の門の前に馬車が止まっている。
 そしてまさに今しも、セカイと、それに続いて杖を突いた見知らぬ老婆が乗り込むところだった。
「お嬢様!」
 ミランは叫んだ。だが声が届いていないのか、セカイは馬車のなかに消えた。
 老婆がこちらを向いて、にやりと笑った。
「くそ!」
 ミランは窓枠に足を掛け、荒れ放題の庭に飛び降りると、全速力で駆けた。
 だが門に辿り着いたときには、すでに馬車は走りだしていた。
「お嬢様……」
 ミランは歯噛みすると、拳を握りしめ、塀に叩きつけた。
 漆喰しっくいが剥がれ落ちた。
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