竜剣《タルカ》

チゲン

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第一幕 父の死

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 伝説の『赤の竜剣』の使い手。
 よろずの竜の頂点たる『五色の竜』のひとつ……赤竜の鱗で拵えた、別名『炎の竜剣』を持つ男。
 全ての竜剣使いのあこがれ。
 それがリベアン。
 我が師。
「…………」
 壁に背を預けて、ミランは脱力したように座っていた。
 グリンの母親は仕事に出ているらしく、姿がない。すみの方で、グリンが荒縄をう内職をしている。
 重い沈黙が立ち込めていた。
 正直なところ、まだ気持ちの整理がついていない。
 ミランは腰のベルトから、竜剣を一本抜いた。光輝く刀身に、自身の顔が映る。
 その向こうで、グリンがこちらの様子をちらちらと窺っているのが見えた。ミランの視線に気付くと、慌てて内職に戻るふりをする。
 ミランは右手で遊んでいた竜剣を、指で軽く弾いた。
 竜剣は鋭く飛んでいった。グリンを目掛けて。
 また様子を窺おうとして顔を上げたグリンは、目前に迫る刃に気付き、目を見開いた。
 ミランが、人差し指を曲げる。
 グリンの眉間に突き刺さる寸前で、竜剣は鋭角に向きを変え、壁に突き刺さった。
 一匹のを串刺しにして。
 蛾は数刻もがいていたが、すぐに動かなくなった。
「あ……」
 グリンは、唖然あぜんとしながら壁の竜剣を見つめた。
 ミランが指を動かすと、竜剣が壁から抜け、串刺しにされていた蛾が落ちた。
 竜剣が、見えない糸を辿るように、回転しながらミランの手元まで舞い戻っていく。その柄を掴むと、ハンカチで刀身を軽く拭きベルトに戻す。
 開けっ放しにしていた家の入口に、セカイが立っていた。
「!」
「待たせたわね」
「い…いえ……」
 まったく気配を感じなかった。
「あ、セカイ。いらっしゃい」
 グリンが、今頃気付いて能天気な声をあげた。
「夕べ、ミランを泊めてくれたんだって? ありがとう、グリン」
「お安い御用だよ」
 誇らしげに、胸を張るグリン。
 その額に竜剣を突き刺してやりたい衝動しょうどうこらえながら、ミランは立ち上がった。
「ここでは何ですので、外へ出ましょう、お嬢様」
「ぼくも……」
「おまえは引っ込んでろ」
 ついてこようとするグリンの肩を掴むと、後ろへ押しやる。グリンは渋々引き下がった。
「あいかわらず、子供嫌いなのね」
「そういう訳じゃありませんが……」
 潮風がセカイの髪をいたずらになびかせる。彼女は左手で目元をおおった。海岸の小さな砂粒が、舞っていたからだ。
 右の袖先が、風に大きくはためいていた。
「え……」
 ミランは息を呑んだ。
「まさか……」
 セカイが振り向いた。
 あの頃の面影はどこにもなかった。
 そして。
 彼女は右の手首を失っていた。
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