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序幕
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夜更けの静寂が煩わしくて、セカイは目を覚ました。
二年前に、父の生まれ故郷……この寂れた漁村に越してきてから、深い眠りに就いたことなど一度もない。
だからセカイは、すぐに目を覚ましてしまった。
粗末なベッドから下りると、左手で上着を羽織った。
散らかった居間には、誰の姿もなかった。父は眠っているようだ。
隙間風が、頬を撫でる。暦の上では春のはずだが、夜はまだ冷える。
セカイは戸を開け、表に出た。
湿った潮風が、高台にひと際強く吹きつけ、襟元まで伸びた髪を打った。ボタンを止めていなかったので、上着の裾が激しくはためいた。
父が目を覚まさないように、戸を閉める。
暴れる髪を左手で押さえつけながら、下界の様子を窺った。
浜辺に無数の松明が群がっていた。村の男衆が集まっているようだ。
「また死人が出たのね」
遠くて判然としないが、松明のたかりは波打ち際に近かった。あの位置で上陸を防いだのだろうか。だとしたら随分手際がいい。
父に助力を乞うこともなく。
「ますます、身の置き所がなくなってくるわね」
セカイは上着の襟を、左手で合わせた。支えを失った髪が、風に煽られ、暴れた。
近隣の住人が起きてくる気配はない。無人の家も多く、それらは墓標のように、彼女の目には映った。
墓から出てきてこその死人である。
セカイは少しの間、海岸を漂う松明のたかりを眺めやり、それから墓に戻った。
(序幕 完)
二年前に、父の生まれ故郷……この寂れた漁村に越してきてから、深い眠りに就いたことなど一度もない。
だからセカイは、すぐに目を覚ましてしまった。
粗末なベッドから下りると、左手で上着を羽織った。
散らかった居間には、誰の姿もなかった。父は眠っているようだ。
隙間風が、頬を撫でる。暦の上では春のはずだが、夜はまだ冷える。
セカイは戸を開け、表に出た。
湿った潮風が、高台にひと際強く吹きつけ、襟元まで伸びた髪を打った。ボタンを止めていなかったので、上着の裾が激しくはためいた。
父が目を覚まさないように、戸を閉める。
暴れる髪を左手で押さえつけながら、下界の様子を窺った。
浜辺に無数の松明が群がっていた。村の男衆が集まっているようだ。
「また死人が出たのね」
遠くて判然としないが、松明のたかりは波打ち際に近かった。あの位置で上陸を防いだのだろうか。だとしたら随分手際がいい。
父に助力を乞うこともなく。
「ますます、身の置き所がなくなってくるわね」
セカイは上着の襟を、左手で合わせた。支えを失った髪が、風に煽られ、暴れた。
近隣の住人が起きてくる気配はない。無人の家も多く、それらは墓標のように、彼女の目には映った。
墓から出てきてこその死人である。
セカイは少しの間、海岸を漂う松明のたかりを眺めやり、それから墓に戻った。
(序幕 完)
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