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二章
探し人 2
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◆◆◆
太陽が燦々と照り付け、道の所々に光の影を作っている。
「……あと買ってないものってあったっけ」
アレンは片手に袋を持ちながら、手元の紙に視線を落とす。
文字は読めないが地図が読めるのを幸いにして、セオドアからお使いを頼まれているのだ。
レオに街──昼夜問わず民が集まる市場に案内されてから、数日が経っていた。
思っていたよりも歩かされる事はなかったが、それ以上にレオが店に姿を現すと皆が皆何かを持たせてくれ、ありがたかった。
断るのも悪いためすべて受け取ってしまい、酒場に戻るとセオドアだけでなく凛晟にまで苦笑されたのはいい思い出だ。
『レオは人気者だからなぁ……仕方ないっちゃ仕方ないけど、いつもより多くないか』
やや引いている凛晟の声に、レオはバツの悪そうな顔でさっさと入り口付近のテーブルに荷物を置いた。
持っていた四つのそれがどさりと音を立て、木製のテーブルが大きく軋む。
『俺だってこんなになるとは思ってない。……皆初めて見る顔が珍しいだけだ、多分』
はぁ、と小さく息を吐き、レオはぐるぐると肩を回す。
アレンが持っているのは最初に貰った袋のみで、あとはレオがすべて持ってくれたのだ。
申し訳ないと固辞しようとしたものの、レオの有無を言わさぬ視線に早々に折れてしまった。
(もう二つくらい持つ、って言ったらよかったかもしれない)
己は他の肉食系獣人より非力という自覚がある。
仮に言ったとしてもレオは笑みを浮かべて断るだろうが、言わないよりはマシなのでは、と今更ながら思った。
『……にしてもえらく気に入られたみたいだな。普通はこんなに貰わないぞ』
セオドアの声が聞こえたかと思えば、アレンの目の前に影がさした。
おもむろに顔を上げるとセオドアその人が立っており、ふっと両手の重みが無くなる。
『重いだろ。向こう行って休みな』
自然な動きでセオドアが片手で袋を持ち直し、ちらりと椅子に視線を向ける。
『アレン、ここ! オレの隣り!』
ぽんぽんと凛晟が自身の隣りの椅子を叩き、それと同時に尻尾がちぎれんばかりに揺れている。
『あ、うん……』
アレンは促されるまま椅子に浅く腰掛けた。
『なぁなぁ、どうだった? 何か面白いものとかあったか?』
すぐさま椅子からずり落ちそうな勢いで凛晟が顔を覗き込んでくる。
『これってやつはあんまり……でも、活気があっていい所だな』
『だろ! オレ、ここが好きなんだ。皆優しいし、たまに怒られるけど離れらんなくてさ──』
アレンは小さく微笑みながら凛晟の言葉に耳を傾け、頭では別のことを考える。
レオと歩いている時に思ったが、そう長くはない間をこの街で過ごすのだ。
だから早く屋根のある場所を探し、皆とは別れなければならない。
元々こちらの不注意で倒れ、介抱してくれただけでなく泊めてくれた。
何度感謝しても足りないくらいで、加えてこの街の地理にも少しだが詳しくなった。
(でも犯人を見つけて、それから……俺はどうしたいんだろう)
たとえ見つかったとしても、そこから先の事は考えていない。
しかしアンナが殺された、という現状を知った時と同じく怒り狂ってしまう未来はしっかりと見えている。
その時の自分の周囲に止めてくれる者がいれば別だが、一人きりになるのが心細いのも事実だ。
(スラムからここまで長かったのに……何を今更寂しいとか思ってるんだ)
するとレオが隣りに座った気配がし、ゆったりと頬杖を突く。
『──なんなら住み込みでもよくないか? ほら、セオも前から人手が欲しいって言ってただろ』
『確かに言ってたっちゃ言ってたが……アレンの考えもあるだろ、馬鹿が』
なぁ、とセオドアが呆れたようにカウンターに肘を突き、こちらに視線を向けてきた。
『え……?』
唐突に放たれた言葉の意味はもちろんだが、真正面からセオドア、左右には凛晟とレオがこちらを見ている状況に理解が追い付かない。
けれどアレンが物思いに耽っている間、何かが進められてしまったのだと漠然とながら分かってしまった。
「……一ヶ月経つ前に発たないとな」
ぽつりと紙に視線を落としながらアレンは呟く。
あれよあれよという間に酒場の二階に住む事になり、朝から晩まで何かしら身体を動かしている毎日だ。
街で貰った食料はその日のうちにセオドアの手によって料理になり、夕方からやってきた客に振る舞われた。
加えて『新しい仲間になった記念だ』という名目で、発起人の獣人から酒を半ば強制的に飲まされ、自分は誰よりも酒に弱いのだと知った。
その翌日は立とうにも立てなかったが、回復するとすぐにセオドアから『こっから何日かは働いてもらうが構わないか』と言われ、二つ返事で引き受けたのがつい三日前。
加えて地図だけでなく文字も読めた方がいいだろう、ということで閉店後はセオドアに文字や簡単な計算を教えてもらう日々だった。
『文字が読めて損はない。──ちなみに店の名前、ブーケオブローズっていうんだ。バラの花束、って意味な』
セオドアは博識で、アレンの疑問にもすぐ答えてくれた。
お陰で少しずつではあるが簡単な読み書きや計算が出来るようになり、何度頭を下げても足りないほどだった。
「あ、酒買わないと」
はたと店を出る前に口頭で言われたことを思い出し、アレンは来た道を戻る。
酒場に集う獣人は酒豪が多く、定期的に買い足さねば間に合わないとボヤいていたのだ。
『重かったらすまんが、手伝ってもらってくれ。俺の名前を出せば通るから』
やや苦笑いした顔は完全に子どもに対するそれで、しかしアレンの中で別な感情が頭をもたげる。
「セオドアさんにも非力って思われてるとか……間違ってはない、けど」
失礼だなと思う反面、こればかりは反論できないのが悔しい。
スラムでは草食系獣人が大半で、その中でもアレンは力がある方だった。
しかし街へ近付くにつれ肉食系獣人が増えていき、その者たちはアレンが想像していたよりもずっと力持ちで、身体も大きい。
そのため、同族から見れば自身はあまりにも貧相だと気付くのにそう時間は掛からなかった。
「……鍛えよう」
今のお使いですらアレンの負担にならないよう、ぎりぎり持てる重さだ。
セオドアの観察眼のなせる技なのか分からないが、己の身体よりも理解されている気がしていっそ空恐ろしさすら感じる。
「あ」
手始めに袋を上げ下げしているうちに、目的の場所に着いた。
見た目こそ古い建物だが、中は清潔に保たれていて様々な種類の酒が棚や床に置かれている。
アレンはその中に小さな黒い耳を持つ獣人を見つけ、無意識に尻尾が揺れた。
「……レオ!」
気難しい顔で酒を物色している獣人──レオの元に駆け寄った。
「ん? ──ああ、アレンか。今日もこき使われてるみたいだな」
向かってくる足音に気付いたレオがアレンの姿を認めると、ふわりと口角を上げた。
偉いな、と自然な仕草で手を伸ばされ、わしわしと耳ごと掻き混ぜるように撫でられる。
「俺がやりたくてやってるんだから、そんなこと言うな。あと、毎回撫でるな……!」
どうしてかレオは顔を見ればすぐに頭を撫でてきて、それだけでなく時折菓子を渡そうとしてくる。
幸い今日は何もないようだが、レオと会うのは特に頻繁だからか嬉しさを抑えきれず、毎回己の意思に反して尻尾が揺れてしまう。
「すまんすまん。で、あいつから何を頼まれたんだ?」
アレンの背後で動くふっさりとした尻尾の動きに軽く笑みを浮かべ、レオが問い掛けてくる。
(またはぐらかされた)
一度もレオの口から『もう撫でない』という言葉を聞いたことはないが、この男を見ているとなぜか心臓が痛くなってしまう。
アレンはそれに気付かないふりをし、深呼吸をすると袋を抱え直しながら、そっと唇を開いた。
「えっ、と……適当に見繕って来いって。けど、あんまり分からないからお勧め聞こうかなって」
「なるほどな、じゃあ……」
「あー! こんな所にいた!」
レオの言葉に被せるように、少し甘く高い声が出入口から響いた。
「っ!」
唐突な声にアレンは図らずも肩を竦ませ、身体を強ばらせる。
どこかから甘い花の香りがしたかと思えば、白い衣服を身に纏った少女が瞬きのうちに酒屋に入ってきた。
「もうっ、一瞬でも目を離したらすぐにいなくなるんですから……! 私がどれだけ探し回ったか、貴方はぜんっっっぜん分かってない!」
「ホウッ」
怒りの感情に呼応するように、少女の頭に乗っている小さなフクロウも声を荒らげる。
「へ、え、誰……?」
腰まである鴇色の髪に、緩やかなウェーブのかった毛先はやや赤い。
スミレ色の瞳はかっと見開かれており、きゅっと上がった眉はレオに対する批難の色を隠し切れていなかった。
フクロウは少女の頭から肩に降り、尚もレオに向けて威嚇している。
「聞いてますか、ベイ……レオさん!」
だん、と少女が大きく足を踏み鳴らす。
きんきんと高い声は不快ではないが、どこか歌っているようにも聞こえるから不思議だった。
「あー、聞いてる聞いてる。……にしてもえらくお早いご到着で」
もう少し遅くてもよかったんだがな、とレオは少女に向けて悪態を吐く。
つんと澄ました男の表情はアレンが知らないもので、普段以上に新鮮な気持ちだった。
「ティアラがすぐに気付いてくれたからよかったものの……貴方って人は、本当に……ほんっとうに! どうしてそんなに自由なんですか? 前世で何をしていたんですか?」
尚も少女は食い入るように言い募り、レオは少しずつ後ろに後退る。
次第にアレンとの距離も近くなり、レオが近付いた分無意識に脚を後ろへ進めていた。
加えてちらちらと周囲の視線が未だ言い合いをしている二人に向けられ、ほど近くにいるアレンは居た堪れなくなった。
(酒、買いに来ただけなんだけど)
早いところ買って帰らねば、とそれとなくどこかにいる店主を探す。
すぐに前掛けをした店主らしき獣人を見つけたはいいものの、他の客以上に目を丸くしておりどうしていいか困惑しているといったふうだった。
これではアレンが尋ねても、二人の言い合いに紛れて声が聞こえないだろう。
「あのな、俺は『ちょっと酒見てくる』ってしっかり言ったんだぞ? 聞いてなかったのはお前の方だろ」
「知りませんが!? むしろティアラが教えてくれなければ、あと少しで見失うところだったんですが!?」
言いがかりは止めてください、と少女が鼻息荒く続ける。
ここまで来ると最悪の場合摑み合いになりそうで、アレンは気が気ではなかった。
太陽が燦々と照り付け、道の所々に光の影を作っている。
「……あと買ってないものってあったっけ」
アレンは片手に袋を持ちながら、手元の紙に視線を落とす。
文字は読めないが地図が読めるのを幸いにして、セオドアからお使いを頼まれているのだ。
レオに街──昼夜問わず民が集まる市場に案内されてから、数日が経っていた。
思っていたよりも歩かされる事はなかったが、それ以上にレオが店に姿を現すと皆が皆何かを持たせてくれ、ありがたかった。
断るのも悪いためすべて受け取ってしまい、酒場に戻るとセオドアだけでなく凛晟にまで苦笑されたのはいい思い出だ。
『レオは人気者だからなぁ……仕方ないっちゃ仕方ないけど、いつもより多くないか』
やや引いている凛晟の声に、レオはバツの悪そうな顔でさっさと入り口付近のテーブルに荷物を置いた。
持っていた四つのそれがどさりと音を立て、木製のテーブルが大きく軋む。
『俺だってこんなになるとは思ってない。……皆初めて見る顔が珍しいだけだ、多分』
はぁ、と小さく息を吐き、レオはぐるぐると肩を回す。
アレンが持っているのは最初に貰った袋のみで、あとはレオがすべて持ってくれたのだ。
申し訳ないと固辞しようとしたものの、レオの有無を言わさぬ視線に早々に折れてしまった。
(もう二つくらい持つ、って言ったらよかったかもしれない)
己は他の肉食系獣人より非力という自覚がある。
仮に言ったとしてもレオは笑みを浮かべて断るだろうが、言わないよりはマシなのでは、と今更ながら思った。
『……にしてもえらく気に入られたみたいだな。普通はこんなに貰わないぞ』
セオドアの声が聞こえたかと思えば、アレンの目の前に影がさした。
おもむろに顔を上げるとセオドアその人が立っており、ふっと両手の重みが無くなる。
『重いだろ。向こう行って休みな』
自然な動きでセオドアが片手で袋を持ち直し、ちらりと椅子に視線を向ける。
『アレン、ここ! オレの隣り!』
ぽんぽんと凛晟が自身の隣りの椅子を叩き、それと同時に尻尾がちぎれんばかりに揺れている。
『あ、うん……』
アレンは促されるまま椅子に浅く腰掛けた。
『なぁなぁ、どうだった? 何か面白いものとかあったか?』
すぐさま椅子からずり落ちそうな勢いで凛晟が顔を覗き込んでくる。
『これってやつはあんまり……でも、活気があっていい所だな』
『だろ! オレ、ここが好きなんだ。皆優しいし、たまに怒られるけど離れらんなくてさ──』
アレンは小さく微笑みながら凛晟の言葉に耳を傾け、頭では別のことを考える。
レオと歩いている時に思ったが、そう長くはない間をこの街で過ごすのだ。
だから早く屋根のある場所を探し、皆とは別れなければならない。
元々こちらの不注意で倒れ、介抱してくれただけでなく泊めてくれた。
何度感謝しても足りないくらいで、加えてこの街の地理にも少しだが詳しくなった。
(でも犯人を見つけて、それから……俺はどうしたいんだろう)
たとえ見つかったとしても、そこから先の事は考えていない。
しかしアンナが殺された、という現状を知った時と同じく怒り狂ってしまう未来はしっかりと見えている。
その時の自分の周囲に止めてくれる者がいれば別だが、一人きりになるのが心細いのも事実だ。
(スラムからここまで長かったのに……何を今更寂しいとか思ってるんだ)
するとレオが隣りに座った気配がし、ゆったりと頬杖を突く。
『──なんなら住み込みでもよくないか? ほら、セオも前から人手が欲しいって言ってただろ』
『確かに言ってたっちゃ言ってたが……アレンの考えもあるだろ、馬鹿が』
なぁ、とセオドアが呆れたようにカウンターに肘を突き、こちらに視線を向けてきた。
『え……?』
唐突に放たれた言葉の意味はもちろんだが、真正面からセオドア、左右には凛晟とレオがこちらを見ている状況に理解が追い付かない。
けれどアレンが物思いに耽っている間、何かが進められてしまったのだと漠然とながら分かってしまった。
「……一ヶ月経つ前に発たないとな」
ぽつりと紙に視線を落としながらアレンは呟く。
あれよあれよという間に酒場の二階に住む事になり、朝から晩まで何かしら身体を動かしている毎日だ。
街で貰った食料はその日のうちにセオドアの手によって料理になり、夕方からやってきた客に振る舞われた。
加えて『新しい仲間になった記念だ』という名目で、発起人の獣人から酒を半ば強制的に飲まされ、自分は誰よりも酒に弱いのだと知った。
その翌日は立とうにも立てなかったが、回復するとすぐにセオドアから『こっから何日かは働いてもらうが構わないか』と言われ、二つ返事で引き受けたのがつい三日前。
加えて地図だけでなく文字も読めた方がいいだろう、ということで閉店後はセオドアに文字や簡単な計算を教えてもらう日々だった。
『文字が読めて損はない。──ちなみに店の名前、ブーケオブローズっていうんだ。バラの花束、って意味な』
セオドアは博識で、アレンの疑問にもすぐ答えてくれた。
お陰で少しずつではあるが簡単な読み書きや計算が出来るようになり、何度頭を下げても足りないほどだった。
「あ、酒買わないと」
はたと店を出る前に口頭で言われたことを思い出し、アレンは来た道を戻る。
酒場に集う獣人は酒豪が多く、定期的に買い足さねば間に合わないとボヤいていたのだ。
『重かったらすまんが、手伝ってもらってくれ。俺の名前を出せば通るから』
やや苦笑いした顔は完全に子どもに対するそれで、しかしアレンの中で別な感情が頭をもたげる。
「セオドアさんにも非力って思われてるとか……間違ってはない、けど」
失礼だなと思う反面、こればかりは反論できないのが悔しい。
スラムでは草食系獣人が大半で、その中でもアレンは力がある方だった。
しかし街へ近付くにつれ肉食系獣人が増えていき、その者たちはアレンが想像していたよりもずっと力持ちで、身体も大きい。
そのため、同族から見れば自身はあまりにも貧相だと気付くのにそう時間は掛からなかった。
「……鍛えよう」
今のお使いですらアレンの負担にならないよう、ぎりぎり持てる重さだ。
セオドアの観察眼のなせる技なのか分からないが、己の身体よりも理解されている気がしていっそ空恐ろしさすら感じる。
「あ」
手始めに袋を上げ下げしているうちに、目的の場所に着いた。
見た目こそ古い建物だが、中は清潔に保たれていて様々な種類の酒が棚や床に置かれている。
アレンはその中に小さな黒い耳を持つ獣人を見つけ、無意識に尻尾が揺れた。
「……レオ!」
気難しい顔で酒を物色している獣人──レオの元に駆け寄った。
「ん? ──ああ、アレンか。今日もこき使われてるみたいだな」
向かってくる足音に気付いたレオがアレンの姿を認めると、ふわりと口角を上げた。
偉いな、と自然な仕草で手を伸ばされ、わしわしと耳ごと掻き混ぜるように撫でられる。
「俺がやりたくてやってるんだから、そんなこと言うな。あと、毎回撫でるな……!」
どうしてかレオは顔を見ればすぐに頭を撫でてきて、それだけでなく時折菓子を渡そうとしてくる。
幸い今日は何もないようだが、レオと会うのは特に頻繁だからか嬉しさを抑えきれず、毎回己の意思に反して尻尾が揺れてしまう。
「すまんすまん。で、あいつから何を頼まれたんだ?」
アレンの背後で動くふっさりとした尻尾の動きに軽く笑みを浮かべ、レオが問い掛けてくる。
(またはぐらかされた)
一度もレオの口から『もう撫でない』という言葉を聞いたことはないが、この男を見ているとなぜか心臓が痛くなってしまう。
アレンはそれに気付かないふりをし、深呼吸をすると袋を抱え直しながら、そっと唇を開いた。
「えっ、と……適当に見繕って来いって。けど、あんまり分からないからお勧め聞こうかなって」
「なるほどな、じゃあ……」
「あー! こんな所にいた!」
レオの言葉に被せるように、少し甘く高い声が出入口から響いた。
「っ!」
唐突な声にアレンは図らずも肩を竦ませ、身体を強ばらせる。
どこかから甘い花の香りがしたかと思えば、白い衣服を身に纏った少女が瞬きのうちに酒屋に入ってきた。
「もうっ、一瞬でも目を離したらすぐにいなくなるんですから……! 私がどれだけ探し回ったか、貴方はぜんっっっぜん分かってない!」
「ホウッ」
怒りの感情に呼応するように、少女の頭に乗っている小さなフクロウも声を荒らげる。
「へ、え、誰……?」
腰まである鴇色の髪に、緩やかなウェーブのかった毛先はやや赤い。
スミレ色の瞳はかっと見開かれており、きゅっと上がった眉はレオに対する批難の色を隠し切れていなかった。
フクロウは少女の頭から肩に降り、尚もレオに向けて威嚇している。
「聞いてますか、ベイ……レオさん!」
だん、と少女が大きく足を踏み鳴らす。
きんきんと高い声は不快ではないが、どこか歌っているようにも聞こえるから不思議だった。
「あー、聞いてる聞いてる。……にしてもえらくお早いご到着で」
もう少し遅くてもよかったんだがな、とレオは少女に向けて悪態を吐く。
つんと澄ました男の表情はアレンが知らないもので、普段以上に新鮮な気持ちだった。
「ティアラがすぐに気付いてくれたからよかったものの……貴方って人は、本当に……ほんっとうに! どうしてそんなに自由なんですか? 前世で何をしていたんですか?」
尚も少女は食い入るように言い募り、レオは少しずつ後ろに後退る。
次第にアレンとの距離も近くなり、レオが近付いた分無意識に脚を後ろへ進めていた。
加えてちらちらと周囲の視線が未だ言い合いをしている二人に向けられ、ほど近くにいるアレンは居た堪れなくなった。
(酒、買いに来ただけなんだけど)
早いところ買って帰らねば、とそれとなくどこかにいる店主を探す。
すぐに前掛けをした店主らしき獣人を見つけたはいいものの、他の客以上に目を丸くしておりどうしていいか困惑しているといったふうだった。
これではアレンが尋ねても、二人の言い合いに紛れて声が聞こえないだろう。
「あのな、俺は『ちょっと酒見てくる』ってしっかり言ったんだぞ? 聞いてなかったのはお前の方だろ」
「知りませんが!? むしろティアラが教えてくれなければ、あと少しで見失うところだったんですが!?」
言いがかりは止めてください、と少女が鼻息荒く続ける。
ここまで来ると最悪の場合摑み合いになりそうで、アレンは気が気ではなかった。
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