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第二部 三章

秘め事と思惑 4 ★

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「あ……っ」

 想像しただけでぞくりと背筋が震え、無意識に爪先がシーツを蹴る。

 小さな衣擦れが聞こえると同時に、エルの大きな手が衣服に伸ばされた。

 もったいぶるように着ていたものを一つ一つ脱がされていき、上半身に冷気が当たる。

 何をするでもなくじっと見つめられ、どくどくと心臓がうるさい。

「エ、ル……?」

 アルトが名を呼んだのを合図に手首を摑まれ、頭上でひとまとめに固定される。

 緩い拘束はすぐに抜け出せそうで、しかしそれ以上の期待とわずかな恐怖が身体を支配した。

 エルはふっと小さく笑うと、赤い舌先を見せつけるようにして胸元に顔を埋める。

「や、待っ、あぁ……!」

 静止する暇もなく小さな飾りを口に含まれ、きつく吸い上げられた。

 何度も舌先で執拗に弾かれ、転がされる。

 時折甘く噛まれては引っ張られ、アルトは声を抑えられなかった。

「ん、ふぁ……っ、ぅ……」

 快楽を逃がすために弱々しく首を振る。

 手は拘束され、身体もエルにのしかかられているため自由に動かせない。

 しかし一時の気休めでしかないとしても、楽になるのならば何もしないよりはマシだった。

「っ、ぁ……!?」

 エルは主張して硬くなりつつある飾りに吸い付いたまま、反対のそれもおざなりにすることなく、指先できゅうと摘んだ。

 かと思えばぐりぐりと捏ねられ、軽く爪で引っ掻いてを繰り返す。

「やっぁ、エル、まって、まっ……て、ぇ……」

 指と舌で狂おしいほどの刺激を与えられ、堪らず口を開けば甘い喘ぎしか出ない。

 だというのに止める気配はなく、どんどん刺激が強くなっていく。

「……ふっ」

 ふとエルが顔を上げ、掠れた吐息と共に上目遣いで見つめられた。

 こちらを見つめる瞳は雄としての情欲を灯しており、形のいい唇は唾液で濡れ光り、それがやけに扇情的だった。

「っ……?」

 アルトは何も言わずエルをぼうっと見つめていると、大きな手の平が薄く筋肉の着いてきた腹に触れてくる。

 それまではやや貧弱だったが、ひそかにミハルドと鍛錬をしていた成果だろうか。

 エルには遠く及ばないながらも、出会った頃に比べて身体付きはしっかりとしてきていた。

 エルは身体の曲線を確かめるように何度も撫でる。

「くすぐった、い」

 触れるか触れないかのところを両の手が這い、アルトは身をよじった。

 熱い視線を一身に浴び、瘙痒感そうようかんと羞恥心がい交ぜになった。

 やがて顔を伏せ、そっとへその近くに口付けられる。

「ひ、ぅ」

 図らずもびくりと身体が跳ねる。

 ここから先は何をするのか分からず、いや分かりたくないというのが正しいのかもしれない。

 けれどこちらの内心などお構い無しに、腹から下に向けて唇が降りていく。

 どくん、と心臓が次第に高鳴っていくのを抑えられない。

 分かってはいたが、エルは繋がろうとしているのだ。

 これはそういう意味で、アルトが強く拒めば止めてくれる──はずなのだ。

『夜、もっと触ってもいいかな』

 昼間の馬車の中でのやり取りが脳裏によみがえる。

 エルは一度決めた事を反故ほごにはしない、と既に知っているからだ。

「っ……ぅ」

 スラックスに手が掛けられ、アルトは無意識に腰を上げる。

 その一瞬で下着ごとずるりと脱がされ、半分ほど主張した雄がまろびでた。

 口では嫌だと言っても、たとえ酒が入っていても、身体が反応してしまう己が恥ずかしい。

「ひ、っぁ……!」

 不意に熱い吐息を雄茎に感じ、アルトは短い悲鳴を上げる。

 アルトがそちらに目を向けたのと同時に、エルは半ば勃ち上がった陰茎を口に含もうとしていた。

「な、エル……!?」

 アルトが静止するよりも早く熱い口腔に迎え入れられ、得も言われぬ快感が走った。

「まっ、て……やだ、きたな、いから……ぁ」

 拒否する心とは裏腹に身体は次第に高まっていき、こんな時でも快楽を感じてしまう己が情けなく感じた。

 形のいい唇が丸く滑らかな先端を舐めたかと思えば、根元まで深く咥えられる。

 熱くぬるついた舌が雄茎に絡みつき、上下に扱かれればぐちゅぐちゅと濡れた音が響いた。

 エルはこちらを甘く見つめながら愛撫し、時として太腿や腹をあやすように撫で回す。

 だらだらと零れる先走りを竿に塗り込めるように擦り立てられ、しかしすぐに口腔内に迎えられる。

 瞬く間に部屋がせ返るほど淫猥な空気で満ちた。

「ゃ、それ、だめ……、だ……って」

 ぐいと頭を抑えて止めさせようにも、力が出ない。

 むしろ強い快感が背後からやってきて、無意識にエルの黒髪を摑んで自分から腰を押し付ける形になっていた。

「ん、ふ……っ」

 エルの掠れた吐息がこだまする。

 それは艶やかで、ほんの少し笑っているようにも聞こえた。

 アルトの仕草に応えるように腰をきつく摑まれ、もっと深くまで咥え込まれる。

「ゃ、っあ……!」

 瞬間、あえかな嬌声が口から零れた。

 ねぶるように何度も舌を絡められ、血管の浮き出た竿を上下に扱かれる。

 時折二つの果実を掠めるように撫でられては、我慢できなかった。

 胸元を愛されていた時とはまた違った、それ以上の快感に身体が悦楽に向けて駆け上がる。

 じゅる、と一際強く吸われて、その刺激で目の前をちかちかといくつもの星が瞬いた。

「──は、っ」

 艶を含んだ声はどちらのものなのか、アルトには判然としない。

「っ、ぁ……?」

 どく、と白濁が吐き出される感覚に、反射的に閉じていた瞼を押し上げる。

 薄く膜を張った瞳を向けると、エルの頬が白く汚れていた。

 ぼんやりとした視界の中でも目の前の男が美しく感じ、しかし頬を汚すものが自身の放ったものであるとすぐには気付けなかった。

「ぁ、や……ごめ、エル……ごめ、っ」

 ひく、としゃくり上げて謝罪の言葉を繰り返す。

 そして自分が何をして何をされていたのか、はっきりと理解して羞恥が込み上げた。

 けれどエルは柔らかく微笑んで顎や頬を拭うと、唇をそっと動かす。

『大丈夫、可愛かったよ』

「え……っ?」

 唇を読み間違えたのかと思ったが、エルはアルトの反応に更に笑みを深めると、そろりと頭を撫でてきた。

 優しい手つきに涙が引っ込み、ぱちくりと瞳を瞬かせる。

 そんなアルトの頬に軽く口付けると同時に、小さな蕾に指先が触れた。

 拭った精と唾液とを塗り広げるように何度も往復し、やがて期待でひくつくそこに指先が添えられた。

「っ、ん……ぅ」

 人差し指をすげなく飲み込み、続いてゆっくりと中指が入り込む。

 浅い場所を抜き差しされ、小さな喘ぎが抑えられない。

「する、のか……?」

 恐る恐る問い掛けると、エルは口元に笑みを浮かべた。

 水色の瞳には既に情欲の炎が燃え盛っており、加えてこのまま逃げられそうもない。

 そもそも静止してしまえば、後からこれ以上の『お仕置き』をされてしまうのだが。

『いや?』

 緩く首を傾げられ、アルトはやや視線を下げて呟いた。

「や、じゃな……あっ、ぅ……!?」

 最後まで言い終わる前に、ずぷりと指よりも太く熱いもので貫かれる。

 その反動で新たな白濁がほとばしり、自身の腹を汚した。

「ぁ、ぁ……や、ぁっ……!」

 すぐに肌と肌がぶつかり合う音と、粘着質な音がひっきりなしに響く。

 部屋の中は特有の匂いや汗で充満し、それも相俟って知らず官能が高まっていく。

「ぁ、エル、まって……とまっ、て……ぇ!」

 激しい抽挿に口を開けば甘く喘ぎ、もしくは静止の言葉が途切れ途切れに出るばかりだった。

 しかし自分が何を言っているのか既に分からず、アルトはきつく瞳を閉じて首を振り、快感を逃がそうと試みる。

「っ、あ……あぁぁ……!」

 ごつごつと奥深くを突き上げられ、時折胸の飾りを掠めるように舐められて吸われる。

 両手は深く絡められ、もう離れないというようにきつく握り締め合った。

「っ、は……ぁ」

 アルトの感じる場所を執拗に突き上げ、エルの眉間は苦しそうに顰められている。

 限界が近いのだというのを漠然と感じ、無意識に脚を引き締まった腰に回す。

 隙間なく密着してどちらからともなく唇を重ねると、苦みと少しの甘さが舌に伝わった。

 上だけでなく下からも淫猥な音が響き、耳まで犯されている心地になる。

「ん、っぐ……んぁ、ふ……ぅ」

 ぞくぞくとした愉悦が走り、深く口付けたままアルトは絶頂を迎えた。

「……っ!」

 少し遅れてエルが唸るような掠れた声を絞り出し、一際強く突き上げると奥深くに熱い飛沫が走った。

「ふっ、ん……ぅ」

 その余韻にすらアルトは甘く達し、ぱちぱちと頭の中が弾ける。

 今ばかりは息が苦しいことすら心地よく、このまま溶けてひとつになってしまいたい衝動に駆られた。

「エル、っ……エル……」

 アルトはぎゅうと首に腕を巻き付け、首筋に口付ける。

 汗が伝って塩辛い味が口に広がったが、それすらも愛おしかった。

 しばらく抱き合っているとエルは小さく息を吐き、そっとアルトの腕を外させる。

「っ、んぁ……?」

 中に収まっていた肉槍をずるりと引き抜かれ、小さな喘ぎが漏れる。

 ぼんやりとした瞳でエルの行動を追うと、中途半端に身にまとっていた衣服をすべて脱ぎ、引き締まった裸体が姿を現した。

「あ……」

 それをぼうっと見つめるアルトの手を取り、ゆっくりと指先を手の平に滑らせる。

『もう少し頑張って』

 にこりと美しい笑みを向けられ、そこでアルトは思った。

(これ、朝まで寝られないやつじゃ……)

 己の行動を後悔しても遅い、とはこういうことを言うのだろうか。

 秘めた場所から飲み込みきれなかった白濁が零れ落ち、尻に伝う。

 先程出したばかりだというのに、蕾を何度も往復する雄槍は既に硬く張り詰めていた。

 自身のそれは力なく萎えているものの、やがてやってくるであろう甘い悦楽を想像し、図らずも芯を持っていくのが分かる。

 羞恥に加えて終わりが見えないのが怖くて、アルトは傍にあるエルの腕を摑んだ。

「も、終わりって、おも──っ、ぁ……!」

 アルトが最後まで言い切る前に、ごちゅん、と最奥まで一息に雄槍が突き立てられる。

 そこからは狂うほどの快楽にき喘ぐしかできず、アルトは何度達したか分からない。

 最後は気絶するように眠りに就き、起きた時には太陽が高く昇っていた。



「ん……」

 ゆっくりと目開けると目の前にはエルがいて、こちらを愛おしそうに見つめている。

『おはよう』

 アルトが目覚めたのに気付き、エルはゆっくりと口を動かした。

 声にはなっていないが、確かに聞こえた言葉にアルトも返そうと口を開く。

「……、エル」

 掠れた声は少しも言葉にならず、どれほど声を上げたのかをまざまざと感じてしまい、アルトは羞恥で顔を伏せた。

 視線を下げると服を着ており、エルがすべて整えてくれたのだと思うと、申し訳なさでますます萎縮してしまう。

 身体の怠さもあり、このまま消えてしまいたい衝動に駆られる。

(俺、結局どれくらい……)

 酒も入っていたため何を口走ったのかあまり覚えていないが、乱れていたのは確実だろう。

 その証拠にエルはいつにも増して機嫌がよく、花の幻覚すら見えるほどだ。

 こちらを愛おしそうに見つめる視線も、優しく撫でてくる手つきも、アルトを包み込むすべてが甘かった。

「──随分とお楽しみだったようですね」

 不意に扉の方から地を這うような低い声が聞こえ、ひゅうと喉が鳴った。

「……おはようございます、お二人とも」

 ぎぃ、と殊更ゆっくりと扉が開き、珍しく笑みを浮かべたアルバートが姿を現す。

「あ、っ……」

 ひくりと頬が引き攣った。

 これは叱られる合図だ、とアルトが思うと同時に、エルが普段と変わらない身のこなしでアルバートに近付いていく。

 紙を見せているようだが、こちらからは何も見えない。

「……貴方様がそう仰るのならば、今日のところは大目に見ましょう。しかし次はございませんゆえ、くれぐれも貴方様が病人であることはお忘れなきよう。くれぐれも、お願いしますぞ!」

 やがて頭を抱え、ぶつぶつとエルに向けて言いながらアルバートは退室していった。

「……なに、見せたんだ?」

 掠れる声はそのままに、問い掛ける。

「ん……?」

 アルトをベッドから起き上がらせ、エルは紙面を差し出した。

『昨夜は私の不注意で無理をさせてしまった。すまないが何か消化にいいものを持ってきて欲しい。あとは叱らないでやってくれ』

 流麗な字でそう書かれており、何度も目を瞬かせる。

 聞けばアルバートに何か言われると思い、起きてすぐに用意したものらしい。

「もうあいつの性格が分かってるのか……」 

 恐れ入る、と小さく続ける。

 アルトの言葉にエルは口角を上げると、そろりと手を取った。

『頑固なところとか、貴方が好きなところとか。あの方はずっと分かりやすいよ』

 それにアルトは小さく笑った。

「確かに、な。あいつ、俺のことになるとすっ飛んでくるから」

 ウィルよりも早く気付くんだ、と言うとエルは顔を綻ばせた。

 アルバートが食事を持ってくる間、他愛もない話に花を咲かせる。

 こうしてゆっくりと話すのも、心地いい気だるさも久しぶりで、時間が早く過ぎていった。
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