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第一部 三章

ソルライト商会 7 ★

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「や、舐め……な、で……」

 震える声でエルに懇願する。

 しかしアルトの言葉など聞こえていないというふうで、一度唇を離すと耳殼に軽く口付けられた。

 かと思えばすぐに舌先が耳の中に入り込み、ぴちゃぴちゃと濡れた音が直接鼓膜に届いた。

「ん、ぅ……」

 ぞくぞくとした快感が駆け巡る。

 まるで身体全体を犯されている錯覚に陥り、アルトは拘束されている手をぎゅうと握った。

 耳の中が感じるなどエルにされるまで経験した事がなく、奥歯を噛み締めて喘ぎを堪えようとする。

「こら、血が出るよ」

 しかし、アルトの様子に目敏めざとく気付いたエルが、耳を甘くみながら優しく囁いた。

「……っ」

 やや高い声が至近距離から聞こえ、アルトは知らず腰を揺らめかせる。

 どうしてか、エルの声はアルトの中にある官能を嫌でも呼び起こすのだ。

 艶を含んだそれは凄絶な色香を漂わせ、もし自分が異性であればそれだけで堕ちてしまうほどだった。

 快感を欲している身体の前でそんな声を出されてしまえば、アルトはもう抗えない。

 力を込めていた唇にエルの親指が触れる。

 そっと上下に撫でられ、アルトは魔法にかかったようにふっと肩の力を抜いた。

「……ん、いい子だね」

 にこりと微笑むのが視界の端に移り、手の平に柔らかな感触が伝わる。

 摑まれている両手首はいつの間にか外されており、アルトは無意識にエルの手を握っていたようだ。

 それがなぜか扇情的な仕草で、アルトの頬が熱を持つ。

「ここ、触るよ」

「え──、っ!」

 優しい口調が聞こえたのも束の間、エルの手がアルトの下腹部に触れる。

 衣服越しでもじわりと先走りで濡れた感触があり、そこがゆっくりと主張し始めたのを嫌でも理解させられる。

 二度だけならず三度も自身の半身に触れられ、羞恥心でアルトは泣きたくなった。

 そんなアルトの目の下に軽く口付けると、エルの手が形をなぞるように緩く動かされる。

 緩慢なそれはもどかしく、しかし紛れもない快感となって下半身に熱が集まっていく。

 もぞりと足を擦り合わせて快楽をやり過ごそうとするも、エルはそれすら許してくれないらしい。

「何、……を」

 小さくおののきながら言うアルトに、エルは口角を上げるだけだ。

 するとアルトの手を握ったまま自身の服を器用に脱ぎ、美しい顔に似合わず引き締まった裸体が現れた。

「っ」

 アルトはふいと目を逸らし、エルの身体を視界から遠ざけようとする。

 筋肉がある方ではと思っていたが、アルトの想像を遥かに超えていた。

 ほんの少し白い肌はランプの光にぼうっと照らされ、妖しい色香があった。

 よく見つめれば小さな傷がいくつもあり、あまり分からないもののそれもエルの身体の一部なのだと思うと、それすら際立って見えた。

 アルトがこちらをじっと見ているのに気付いてか、エルが小さく喉を震わせる。

「俺の身体、そんなに気になる?」

 くすくすと笑うエルの顔が間近にやってきて、アルトは硬直する。

(絶対、絶対からかわれてる……!)

 反射的に目を閉じてしばらく、手首にやや窮屈感があった。

「……は」

 アルトはそろりと視線を上向かせると、自身の手首に何かが巻き付いているのが見えた。

 どうやらエルの着ていたシャツのようで、緩く縛られているためきつくはない。

 少し手首を動かせば抜け出せそうだと思ったが、頭には疑問が生じる。

「これ、何……?」

 アルトは視線を元に戻してエルに問うた。

 手首を摑まれていた時に比べて、すぐに解けてしまいそうな拘束に目を白黒させるばかりだった。

 しかし、やはりエルはアルトの問い掛けに少しも答えてくれない。

「──抵抗、しないんだね」

 その言葉にアルトの身体がぴくりと跳ねる。

 まるでそうしてほしいとでもいうかのような口振りだ。

「俺としては殴ってくれてもいいんだけど」

 ぽそりと囁かれた言葉の意図は読み取れず、それを抜きにしても一国の王太子にあるまじき言葉だ。

 同時にエルの考えが更に分からなくなる。

(そんなの、出来るわけないだろ……!)

 仮に婚約者という身であっても、そんな事を一度でもすれば重罪だ。

 しかしエルは本気でそう言っているようにも捉えられ、アルトは唇を開こうとして止めた。

 今は何を言っても答えてくれないのであれば、言うだけ無駄でしかないのだ。

 エルが首を傾げ、ゆっくりと顔を近付けてくる。

 キスされそうな気配に、アルトはきゅっと瞳を閉じた。

「貴方は、本当に」

 唇が触れ合いそうで触れていない距離で、ふっと小さく笑われた。

「──ひ、っあ……」

 その言葉の意味を問うよりも早く、アルトは開きかけた口からあえかな喘ぎを漏らす。

 下半身はいつの間にか下着ごと脱がされており、透明な雫を垂らす切っ先にエルが手を這わせていた。

 緩く上下に扱かれ、その刺激だけでアルトは達してしまいそうだった。

「や、待って、エル……待っ」

 しかし、達せそうで達せないギリギリを攻め立てられ、次第にもどかしさで頬に涙が伝う。

 エルはそんなアルトのさまをじっと見つめるだけで、手を休めることはなかった。

 蜜を零す先端に触れられ、くちくちと淫らな音が立つ。

 全体に塗り広げるように何度も扱かれてしまえば、甘い快楽がひっきりなしにやってくる。

「や、も、あ……ぁ!」

 両手を拘束されているためベッドの上へ逃げる事も叶わず、そもそもエルに乗り上げられているため、アルトは首だけを左右に振って快感を逃がそうとする。

「──、アルト」

 その間にエルは小さな声で何かを言っていたが、与えられる快楽を受け入れるだけで精一杯で、頭の中がぐちゃぐちゃになっているアルトには聞こえていなかった。

 ただ、自身の名を甘く呼ぶ声だけがはっきりと耳に届き、それだけで目の前が白く弾ける。

「──っ!」

 アルトは声にならない声を上げて吐精した。

 熱い飛沫が腹にかかり、びくびくと意思に反して身体が跳ねる。

 頭がぼうっとして何も考えられず、アルトは愛おしそうにこちらを見つめるエルから逃げるように顔を背けた。

「……っ、ふ、ぁぅ……」

 はくはくと口を開いては閉じてを繰り返し、肩で息をする。

 脱がされていないシャツが汗で張り付き、気持ちが悪かった。

 そもそもエルは上裸で、こちらはしっかりと衣服を纏っている状況なのだ。

(脱ぎたい、って言っても……多分聞いてくれない)

 それ以上に自分の口から言うのは羞恥心が勝り、アルトはどうにもできなかった。

 するとエルはあろうことか、ひくりと未だ脈打つ雄茎の根元をきゅっと握った。

「っ、ぇ……?」

 何をするのか、という恐怖と期待とがぜになった視線をエルに向ける。

「もっと出せるよね」

 そう聞こえた瞬間手が絡み付き、緩慢な動きで雄芯を扱かれた。

「あぁ……!?」

 達したばかりの雄は少しの刺激にも敏感で、自由な脚ががくがくと不規則に揺れた。

 すぐ目の前に星が見え、アルトは二度目の吐精に向けて官能の階段を駆け上がった。

 しかしエルの手できゅうと根元を締められているため、ギリギリのところで寸止めをされている雄茎は痛いほど悲鳴を上げていた。

 ずくずくと熱がくすぶっており、達したいのにできないという奇妙な感覚を二度味わってしまっている。

 ある意味、強制的に刺激を与えられている方が遥かにマシだと思えた。

 もしくは一度達してしまった時、気絶するようにそのまま眠ってしまえたらどんなにいいか、そう願わずにはいられなかった。

「や、っ……それ、だめ、だめぇ……!」

 自分が何を口走っているのかも分からず、アルトは思うままに喘ぎ啼く。

 何かいけないものが出てしまいそうな、そんな恐怖が脳裏に掠めた。

 拘束されている両手を握り締め、涙と涎でぐちゃぐちゃの顔を左右に振って少しでも快感を逃がそうとする。

「大丈夫、そのまま──出していいよ」

「──あっ……!? あぁぁ……!」

 艶を含んだ声が一際大きく響き、アルトはきつく瞳を閉じた。

 瞬間、ぷしゃりと雄茎が精液ではない何かを吐き出す。

「あ……、あっ」

 ぴゅくぴゅくと断続的に噴き出されるそれは透明で、吐精以上の快感が頭の中を支配した。

「っ、ぁ……ごめ、おれ……」

 いつの間にかエルの腕までびっしょりと自身の放ったもので濡れており、アルトは薄く開いていた瞳を段々と見開いた。

(まさか漏らす、なん……て)

 エルの身体を汚してしまい、自分の身体がますます分からなくなった。

「ごめ、ごめん……俺、こんなで」

 呂律の回らない口を懸命に動かし、何度も謝罪の言葉を口にする。

 しかしエルはさして気にしていないようで、ぎしりとベッドから一度降りた。

「っ……」

 問い掛けに答えてくれない事も相まって、アルトは泣きそうになった。

 投げ出された四肢をそのままに、エルを視線で追う。

 すると外に出る扉以外にある二つのうちの一つに入り、すぐに出てきた。

 手には白いタオルを持っている。

「大丈夫だからもう謝らないで」

 柔らかい声で言いながらベッドまで戻り、アルトの身体を包むシャツのボタンを外していく。

 裸体をふわふわとしたタオルで拭われ、ほんの少しだけ不快感はなくなった。

 しかし拭われただけで手首の拘束は勿論、シャツもすべて脱がせてくれず、アルトは腕を上げたままエルをぼうっと見つめた。

 伏し目がちな瞳に感情はなく、しかし先程に比べて幾分か和らいでいた。

「……じゃあ上手に出来たアルトに、ご褒美をあげる」

 ふとエルが囁くように言い、それがなんなのか聞くよりも早く、がばりと両脚を大きく開かせられた。

「や、っ……!」

 下半身がすべて見える形のあられもない格好に、アルトは悲鳴じみた声を出した。

「嫌? でもさっきの、気持ち良かっただろう?」

「あ、っ……」

 笑いを含んだ言葉は図星で、アルトは一瞬息を呑む。

 そんなアルトの手首をひと撫でし、エルはゆっくりと身体を沈めてきた。

 目の前にエルの顔があり、その額には玉のような汗がいくつも浮かんでいる。

「もっともっと、貴方には素直になってもらわないと……ね」

 灼熱の楔が、ぬるぬるとアルトの秘めた場所を何度も往復する。

 その度にアルトの雄はぴくりと脈打ち、これからやってくる官能に打ち震えているかのようだ。

「……アルト」

 耳元で囁かれ、ぞわりと背筋が震える。

「貴方は俺の何よりも大事な人だって、ちゃんと覚えていて」

 耳朶に半ば触れるように甘い声で言われた瞬間、エルの剛直で貫かれた。

「っ、──あぁ……!」

 指よりも太く熱いそれは昨日知ったばかりで、加えてあまり濡れていないそこに一息で挿入されては堪らない。

 しかし、痛みよりも快感の方がずっと勝っていた。

「は、っ……きつかった、か」

 エルの官能を押し殺した掠れ声が耳元に入り、それだけでアルトは軽く達する。

 目の前がちかちかと瞬き、緩く出し入れされる屹立に追い立てられ、絶頂の波が止まる気配はない。

 断続的に雄茎が白濁を吐き出し、腹を汚していく。

 手首を縛られていたシャツはいつの間にか解けており、ベッドの上に投げ出していた。 

 自由になった両手にエルの手が絡み、しっかりと握られる。

 指を絡め合わせ、アルトは霞む視界の中でエルを見つめた。

 苦しげに眉根を寄せ、しかし快楽を得てくれているのか時折吐息を含んだ声が漏れている。

 対して自分は口を開けば喘ぎしか出ず、ゆだねられた分を享受していた。

 尻と腰がぶつかり合い、乾いた音が部屋に響く。

 陰茎が腹に付くほどの快感も、エルが自身で感じてくれていることも、すべてが混ざり合って狂おしいほどの快楽が背筋を駆け巡る。

「あ、あぁ……!?」

 緩く出し入れしていた抽挿は、やがてエルが腰を摑んだことで大きく変わった。

 腰を持ち上げられ、膨らんだ場所を執拗に貫かれる。

「やっ、エル……、エル……っ!」

 息も絶え絶えにエルの名を呼ぶ。

 もう出したいというアルトの思いを汲み取ってくれたのか、自身もそろそろ限界なのか、エルが喉の奥で低く唸った。

「あ、っ……や、また……ぁ──!」

 声にならない矯声を上げ、アルトは逐情した。

 その少し後にエルの腰がびくりと打ち震え、熱い飛沫が流れ込む。

 どくどくと吐精している間も、エルは小刻みに腰を動かした。

 まるで孕ませるとでもいうような仕草に、尻がきゅうとすぼまる。

「ふぁ、は……っ」

 雄茎が最後の一滴を吐き出すまで、アルトは小さな喘ぎが止まらなかった。

 やがてアルトは肩で大きく息をしながら、左右に手を突いて息を整えているエルの前髪をそっと上げた。

 さらりとした手触りのそれは女性のようでいて、その瞳はぎらぎらと獣のように輝いている。

「アルト……?」

 掠れた声が妙に色っぽく、それも相まって頬が熱を持っていく。

「ん」

 アルトはエルの首に腕を回した。

 男性にしてはやや細い首筋にそっと口付け、アルトはゆっくりと喉から声を絞り出す。

「もう……にげな、から。だから、おれのこと……おいてかないで──」

 そこから先の言葉は、自分でも何を言っているのか分からなかった。

「え……」

 はたと紡がれたアルトの言葉に、エルは小さく声を漏らす。

 返答を聞く間もなく唐突に睡魔に襲われ、アルトの意識がそこでぷつりと切れた。

 そのまま眠ってしまったアルトを起こさないよう、エルはそろりと腕を外させる。

 涙に濡れた頬を撫で、エルは小さく呟いた。

「ナツキ、って誰なんだ……?」

 その言葉は静まり返った部屋にゆっくりと消えた。

 窓の外の月が高く上り、エルの横顔をぼんやりと照らしていた。
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