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16:聖女は第一王子と再会する

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 ジェラルドが私のもとを訪れたのは、次の日の夜だった。私は燭台の灯りを頼りに、ベッドに上半身を起こして図書室から借りた本を読んでいた。

 気まずげに入り口に立つ彼に、私は笑ってしまった。

「もう来ないかと思っていました」

「……また来るって言っただろ」

 ジェラルドは私の方まで歩いてきて、そばにあった椅子を引き寄せて腰掛けた。

「以前、言ったことだが」

「ああ、それはもういいんです」

 自分でも驚くほど清々しい気持ちで、私は首を振った。読みさしの本を閉じ、ジェラルドに視線を向ける。

「仰る通りでした。私はずっと死に場所を探して彷徨っていたんです。家族を亡くした悲しみを受け入れられなくて、憎悪に身を焦がしていたんです」

 ジェラルドの返事はない。私は気にせず続けた。

「でも、私はもう見つけました。なんのために聖女になったのか。どうして魔獣を祓うのか。これからどうやって生きていきたいか」

 ジェラルドの方へ手を差し伸べる。

「だって」

 小さく笑みがこぼれる。

「あのとき、私が死を目前にしたとき、最後に思ったのはあなたのことなんですよ。──私を砂漠の国へ連れていってくれますか?」

 手を掴まれる。半身がよろけたところを、思い切り抱きすくめられる。

「……二度目はないぞ」

「ええ、私も一度で十分です。死にかけるなんて、そんな恐ろしいこと」

 それだけで伝わったようだった。少し身を離され、顔を覗き込まれる。彼の手が頬を包んだ。指が私の顔の輪郭をなぞる。その金の瞳に私が映り込んでいるのが分かるほど近づいて、吐息が唇に触れた。

 そっと目を閉じる。そして──。

「取り込み中すまないけど、そろそろ僕も登場していいかな?」

 突然部屋に響いた声に、私は思い切り彼の身体を突き飛ばした。
 それは聞き馴染んだ声。私の幼馴染みであり、元婚約者であり、この国の第一王子──。

「シルエス!? なんでここに!?」

 部屋の入り口に、穏やかに微笑むシルエスが立っている。控えめな薔薇の花束を持っているのが王子様然とした彼によく似合っていた。

「わざわざ邪魔しやがったな」

 ジェラルドが舌打ちして私から離れる。シルエスはゆったりとした足取りで私に近づくと、花束を差し出した。

「久しぶりだね、ロージー」

「なんの用?」

 おそるおそる花束を受け取り、私は尋ねた。深紅の薔薇の花が七本、黒色のリボンで束ねられていた。

「そろそろ種明かしをしようかと思って」

「話が見えないわ」

 眉根を寄せると、シルエスはすっと表情を消した。

「ロージーも見ただろう? あの一つ目の魔獣を。何かおかしいとは思わなかったかい?」

「何か、って……」

 一つ目の魔獣と対峙したときのことを思い出す。あいつは巨大で、二本足で……そうだ。

「急所を隠していたわ。それも鉄製の足輪とかで」

 よくよく考えればおかしい。魔獣に金属を精製する知能や技術があるとは思えない。あれは明らかに人為的なものだ。魔獣が人間とは全く異なる系統を確立した生命体なら、ヒトの技術が混ざることはないはずなのだ。

 まさか。

 突如として湧いた想像に、私は身震いする。シルエスが深く頷いた。

「そう。魔獣はこの国の人間が作り出して、解き放っているものなんだよ」

「な……っ」

 顔を歪める。それはおぞましい結論だった。魔獣のせいで、どれだけの人が苦しんだのか。痛みを受けたのか。それが全て、同じ人間のせいだったなんて。

 魔獣のせいならまだ諦めもつく。天災に襲われた、と自分を納得させることもできる。しかし、自分と同じ作りをした人間がやったとしたら──私はそいつを許せない。

「誰なの」

「ロージー」

「教えて。知っているんでしょう。魔獣を作ったのは誰!」

 悲鳴のような声に、シルエスが眉を下げた。ちら、とジェラルドに視線を向ける。ジェラルドが小さく首を振った。

「ロザリンド、よく考えてみろ。そいつはなんのために魔獣を作っているんだと思う?」

「なんの……?」

「魔獣が街を壊す。再建のために経済が回る。魔獣への対応のために特別に予算が組まれる。聖女なんてものを軍の要に据えて、軍務を握る。最近は近隣諸国との関係も安定しているからな。何かと争うことでしか儲けられない連中ってのもいるんだよ。──さあ、魔獣によって一番得をするのは誰だ?」

「宰相か……!」

 私は歯噛みする。あの意味不明な聖女追放騒ぎも、自分の娘を聖女にさせるためだったのだ。自分が作り出した生命体なら、当然それを御する技も開発しているだろう。だから、マリアベルは魔獣を祓うことができたのだ。

 シルエスとジェラルドが頷く。シルエスが説明を引き取った。

「そうだ。宰相は魔獣によって経済を回し、魔獣に対抗する軍の要職に聖女として自分の娘を任命して、内務も軍務も掌握するつもりだったんだよ。だけど、ここで宰相にとって予想外の出来事が起きた。なぜかロージーが魔獣を退ける技を発揮してしまい、聖女として祭り上げられてしまった。だから、軍事力を支配するのは諦めていたんだよ。こそこそ魔獣を製造し、街を襲わせて利益を得ていたわけだ。おかげでなかなか尻尾を掴めなくて苦労したよ」

 シルエスがやれやれとばかりに両手をあげる。私は顎に手を当てて、考え込んだ。

「けれど、聖女の座は今やマリアベルのものだわ。どうして今更、軍の方まで色気を出したのかしら」
「さあ? どうやら偶然、舞踏会で足をくじいたマリアベルを僕がたまたま介抱して、彼女はなぜか僕に恋したみたいだね。聖女であるロージーが、十六歳の誕生日に僕と婚約するということも、宰相の耳には当然入れていたからね」

 さらっと告げられた事実に、私とジェラルドは視線を交わした。

「へえ~、すごい偶然ね~」

「そう、全ては偶然だよ。運命と言ってもいいんじゃないかい」

 片目を瞑るシルエスに、私は脱力した。というか、この男が私を鬱にするほど婚約申込みしてきたのは、そのためなんじゃないだろうか。

「それで、なんのために私にそんな話を?」

 シルエスに尋ねる。彼は首を傾けて、私を見つめた。

「もうすぐ事態が大きく動くから、ロージーが憎しみに駆られて変な動きをしないようにと思って。でも、大丈夫だったみたいだね」

「事態が動く? どういうこと?」

「僕が上手いことやっておくからロージーに危険はないよ。……十六歳の誕生日を台無しにしてしまって、ごめんね」

 目を伏せて、シルエスは頭を下げた。私が驚いて何も言えないでいるうちに、「それじゃあね」と踵を返して去っていってしまった。

「あいつ……」

 ジェラルドがその背中を追いかける。私は贈られた薔薇を抱えて、呆然とするしかなかった。
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