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7:聖女は第二王子に仕返しされる
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私は珍しく反省していた。
勢い余ってジェラルドにかなりひどいことを言ってしまった。さすがにそれくらいは私にも察することができた。
あれから数日経つが、ジェラルドとは顔も合わせる機会がない。彼はずっと部屋に閉じこもって書物と情報の海を渡っているし、私は無意味に彼の部屋の前をうろうろしたり、鍛錬をしたりして過ごしている。
そんな停滞した日々をぶち壊したのは、一人の急使だった。
「ジェラルド様! ご視察の奏上です!」
<黄昏の宮>の玄関を激しく叩く音に応対してみれば、鎧をまとった兵士が中に飛び込んできてそう叫ぶので、敵襲かと勘違いしてしまった。危うく手が出るところだった。
深呼吸して心臓を落ち着かせる私をよそに、のっそりとジェラルドが階段を下りてきて兵士の手から封書を受け取る。兵士は敬礼すると、くるりと背を向けて突風のように走り去ってしまった。
「な、なんだったんですか」
「俺に外に出ろってよ」
「どういうことですか」
ジェラルドは以前の諍いなどなかったかのように、自然に私に封書を見せた。少し背伸びをして、紙面を読む。王家の家紋の封蝋がなされているのを見逃さなかった。
「村の名前と今日の日付が書いてあるだけ……今からここに行けということですか」
「三、四年に一度ある。情勢の移り変わりが激しすぎて、直接現場に行かねえと判断できないときだな」
「この村……隣国との国境にありますよね。そのせいですか」
「だろうな。お前も来るか?」
軽く問われた言葉に、私は大きく目を見開く。
「いいんですか」
「世話係の一人くらい連れていっても問題ねえだろ」
これは彼なりの歩み寄りなのだろうか。私は世話係の単語に引っかかりつつも、はっきり頷いた。
「行きます。ご一緒させてください」
「しっかり働けよ」
「それはもちろん」
教会でも炊事洗濯は日常だったし、体力には自信がある。真面目に答える私に、ジェラルドが小馬鹿にしたように笑う。
「冗談だ」
「じゃあどうして私を連れていくんですか」
逆に問い返すと、彼は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「なんでもかんでも王宮の言いなりってのもつまらないだろ」
「そう、ですね」
虚を突かれて、一瞬返答が遅れてしまった。それから妙に愉快な気分になって、両手を握りしめた。
「それじゃあ早速準備をしましょう。なにが必要ですか? 荷物を小さくまとめるのは、行軍で慣れていますので」
「大したものは不要だ。着替えがあれば十分だろ」
「道中食べる軽食は? お菓子は?」
「……好きなものを持っていけ」
「承知いたしました」
私は精一杯優雅に一礼して、荷物の準備にかかった。
■■■
用意された馬車は真っ黒で、窓には分厚い布がかけられていた。御者は一言も話さず、寡黙に馬を操る。
私はジェラルドと共に、馬車に揺られていた。馬車の中には沈黙が漂っている。ジェラルドは目を閉じて窓に寄りかかり、私は向かいに座った彼の様子をぼんやり眺めていた。彼がまぶたを下ろしていると、鋭い光を宿した瞳が隠されるためかずっと穏やかに見える。なまじ美しい外見ということもあり、普段は必要以上に気圧されているのかもしれなかった。
「……おい」
「はい」
「視線がうるさい」
「す、すみません」
不躾に見ていることがバレていた。私は首を縮めて視線をそらす。
「何か用か」
「用というか……」
取り止めもないことを考えていただけだ。それに、私にはもっと言うべきことがある。私は背筋を伸ばし、閉じた膝の上に両手を揃えてジェラルドに向き合った。
「以前、ひどいことを言ってしまって申し訳ありませんでした」
頭を下げる。余計な言い訳は言わず、ただ謝罪のみを伝えた。
ジェラルドはしばらく黙っていた。馬車が道を行く音だけが響く中で、ぽつりと言葉が落とされた。
「……お前はどうしてそこまで魔獣にこだわる? もう聖女には戻れないだろ」
「だから、私の存在意義が」
「俺が聞きたいのはその先だ」
私の返答を遮って、ジェラルドが顔を覗き込んできた。
「なぜお前は魔獣を祓うことに存在意義を見出す?」
至近で見つめられて、心臓が跳ねた。その金の瞳が、心の奥底を見透かすようで掌に汗がにじむ。
「……それは」
声が震えた。その響きを逃さないというように、ジェラルドが私の隣に腰を下ろす。思わず体を引いて馬車の端に身を縮めると、覆いかぶさるように腕と壁で囲われた。
「聞かせろ」
「い、嫌です」
私は目をつむって首を横に振る。それと真正面から向かい合えば、今までの私ではいられなくなるような予感がしていた。
耳を塞ごうとする腕を一まとめに掴まれる。目を閉じていても、びっくりするくらい近くに他人の体があるのが分かった。熱い。
本気で蹴りを入れるしかあるまい、と覚悟を決めたところで、馬車の揺れが収まっているのに気づいた。涼しい風が髪を揺らすのを感じて、勢いよく目を開く。
「……目的地に到着いたしました」
馬車の扉を開き、脇に立った御者が重々しく言う。その視線が若干そらされており、私は盛大な誤解がなされているのではないかと危惧した。
「ここまでか、残念だったな」
ジェラルドが離れていく。私は額にかいた汗を拭いながら大きく息を吐き出した。
「全く残念ではありません」
ジェラルドが先に馬車を下りて、私が地面に足をつけるのを手伝うために手を差し出してくる。別に介添えがなくても下りられるが、無視するのも気が引けてその手を取った。
途端、ぐいと強く引き寄せられて、彼の胸に飛び込むような形になってしまう。青ざめる私の耳殻に、冷たい唇が寄せられた。
「お前をお前たらしめるものを、絶対に暴いてやるからな」
「そんなことしてなにが楽しいんですか」
思い切り体を捻って、拘束から逃れる。ジェラルドは薄い笑みを唇に乗せた。
「お前が怯えている様を見るのは楽しいな」
「最悪の趣味ですね」
もしかして、この男は私が言ったことをたいそう根に持っているんじゃないか?
私はジェラルドを睨みつけながら、荷物を持って歩き出した。
勢い余ってジェラルドにかなりひどいことを言ってしまった。さすがにそれくらいは私にも察することができた。
あれから数日経つが、ジェラルドとは顔も合わせる機会がない。彼はずっと部屋に閉じこもって書物と情報の海を渡っているし、私は無意味に彼の部屋の前をうろうろしたり、鍛錬をしたりして過ごしている。
そんな停滞した日々をぶち壊したのは、一人の急使だった。
「ジェラルド様! ご視察の奏上です!」
<黄昏の宮>の玄関を激しく叩く音に応対してみれば、鎧をまとった兵士が中に飛び込んできてそう叫ぶので、敵襲かと勘違いしてしまった。危うく手が出るところだった。
深呼吸して心臓を落ち着かせる私をよそに、のっそりとジェラルドが階段を下りてきて兵士の手から封書を受け取る。兵士は敬礼すると、くるりと背を向けて突風のように走り去ってしまった。
「な、なんだったんですか」
「俺に外に出ろってよ」
「どういうことですか」
ジェラルドは以前の諍いなどなかったかのように、自然に私に封書を見せた。少し背伸びをして、紙面を読む。王家の家紋の封蝋がなされているのを見逃さなかった。
「村の名前と今日の日付が書いてあるだけ……今からここに行けということですか」
「三、四年に一度ある。情勢の移り変わりが激しすぎて、直接現場に行かねえと判断できないときだな」
「この村……隣国との国境にありますよね。そのせいですか」
「だろうな。お前も来るか?」
軽く問われた言葉に、私は大きく目を見開く。
「いいんですか」
「世話係の一人くらい連れていっても問題ねえだろ」
これは彼なりの歩み寄りなのだろうか。私は世話係の単語に引っかかりつつも、はっきり頷いた。
「行きます。ご一緒させてください」
「しっかり働けよ」
「それはもちろん」
教会でも炊事洗濯は日常だったし、体力には自信がある。真面目に答える私に、ジェラルドが小馬鹿にしたように笑う。
「冗談だ」
「じゃあどうして私を連れていくんですか」
逆に問い返すと、彼は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「なんでもかんでも王宮の言いなりってのもつまらないだろ」
「そう、ですね」
虚を突かれて、一瞬返答が遅れてしまった。それから妙に愉快な気分になって、両手を握りしめた。
「それじゃあ早速準備をしましょう。なにが必要ですか? 荷物を小さくまとめるのは、行軍で慣れていますので」
「大したものは不要だ。着替えがあれば十分だろ」
「道中食べる軽食は? お菓子は?」
「……好きなものを持っていけ」
「承知いたしました」
私は精一杯優雅に一礼して、荷物の準備にかかった。
■■■
用意された馬車は真っ黒で、窓には分厚い布がかけられていた。御者は一言も話さず、寡黙に馬を操る。
私はジェラルドと共に、馬車に揺られていた。馬車の中には沈黙が漂っている。ジェラルドは目を閉じて窓に寄りかかり、私は向かいに座った彼の様子をぼんやり眺めていた。彼がまぶたを下ろしていると、鋭い光を宿した瞳が隠されるためかずっと穏やかに見える。なまじ美しい外見ということもあり、普段は必要以上に気圧されているのかもしれなかった。
「……おい」
「はい」
「視線がうるさい」
「す、すみません」
不躾に見ていることがバレていた。私は首を縮めて視線をそらす。
「何か用か」
「用というか……」
取り止めもないことを考えていただけだ。それに、私にはもっと言うべきことがある。私は背筋を伸ばし、閉じた膝の上に両手を揃えてジェラルドに向き合った。
「以前、ひどいことを言ってしまって申し訳ありませんでした」
頭を下げる。余計な言い訳は言わず、ただ謝罪のみを伝えた。
ジェラルドはしばらく黙っていた。馬車が道を行く音だけが響く中で、ぽつりと言葉が落とされた。
「……お前はどうしてそこまで魔獣にこだわる? もう聖女には戻れないだろ」
「だから、私の存在意義が」
「俺が聞きたいのはその先だ」
私の返答を遮って、ジェラルドが顔を覗き込んできた。
「なぜお前は魔獣を祓うことに存在意義を見出す?」
至近で見つめられて、心臓が跳ねた。その金の瞳が、心の奥底を見透かすようで掌に汗がにじむ。
「……それは」
声が震えた。その響きを逃さないというように、ジェラルドが私の隣に腰を下ろす。思わず体を引いて馬車の端に身を縮めると、覆いかぶさるように腕と壁で囲われた。
「聞かせろ」
「い、嫌です」
私は目をつむって首を横に振る。それと真正面から向かい合えば、今までの私ではいられなくなるような予感がしていた。
耳を塞ごうとする腕を一まとめに掴まれる。目を閉じていても、びっくりするくらい近くに他人の体があるのが分かった。熱い。
本気で蹴りを入れるしかあるまい、と覚悟を決めたところで、馬車の揺れが収まっているのに気づいた。涼しい風が髪を揺らすのを感じて、勢いよく目を開く。
「……目的地に到着いたしました」
馬車の扉を開き、脇に立った御者が重々しく言う。その視線が若干そらされており、私は盛大な誤解がなされているのではないかと危惧した。
「ここまでか、残念だったな」
ジェラルドが離れていく。私は額にかいた汗を拭いながら大きく息を吐き出した。
「全く残念ではありません」
ジェラルドが先に馬車を下りて、私が地面に足をつけるのを手伝うために手を差し出してくる。別に介添えがなくても下りられるが、無視するのも気が引けてその手を取った。
途端、ぐいと強く引き寄せられて、彼の胸に飛び込むような形になってしまう。青ざめる私の耳殻に、冷たい唇が寄せられた。
「お前をお前たらしめるものを、絶対に暴いてやるからな」
「そんなことしてなにが楽しいんですか」
思い切り体を捻って、拘束から逃れる。ジェラルドは薄い笑みを唇に乗せた。
「お前が怯えている様を見るのは楽しいな」
「最悪の趣味ですね」
もしかして、この男は私が言ったことをたいそう根に持っているんじゃないか?
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