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所有者に決定権があり、お断り出来ません。

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今日は言われた通りにお泊まりセットを持ち、夕方には支配人のマンションへと移動した。相変わらず殺風景な部屋で、必要最低限の物しか置いてはいない。

待っている間に夜食とおつまみを作る。食器棚の扉を開けると皿の枚数が増え、カトラリーの本数も増えていた。

お茶碗も二つ、お椀も二つ、箸、様々な食器が増えていて尚且つお揃いだった。

支配人が一人で買い揃えたのか、それとも美容室の店長さんと一緒に買いに行ったのか…、あれこれ想像すると楽しい。

もしかしたら、もしかしなくても、私の為に用意してくれた物なのかもしれない。

完全に付き合ってもいないくせに、新婚さんみたいだと想像し、食器に盛り付けながらニヤけてる自分がいる。

ピンポンと来客のチャイムがなり、インターフォンで確認すると支配人だった。
緩みっ放しの顔のまま、鍵を解除してドアを開ける。

「おかえりなさいっ」

「ただいま…。お前、ニヤケすぎ…」

「…らって、…しょっきが…」

帰って来るなり、頬っぺたを軽くつねられて、上手く話す事が出来なかった。

「折角、食事を用意してくれてるのに食器も揃ってないんじゃ失礼だと思い、買った」

「一人で?」

「……違う。星野と二人だ。レストラン向けの食器の展示会があって、その帰りに付き合って貰った。そもそも百貨店の皿も見て行きたいと言ったのは星野だったが…」

「そうでしたか…」

意外や意外、そう来るとは思わなかった。

星野さんはレストランマネージャーなので、取り扱っているお皿に詳しいし、支配人も信頼しているのだろうけれど…料理を盛り付ける内に一枚一枚が高級なお皿だと言うことに気付き、浮かれ気分が半減してしまった。

「軽くて良さげだろ?」

「はい。でも、このメーカーって高いですよね…?」

「多少、根は張るが使い勝手が良さげな物を選んだ。それにその方が愛着も湧くだろ」

「大事に使いますね…」

「そうしてくれると有難い」

会話を交わしながら盛り付けをしている私の側で、摘み食いをした支配人は「お前、やっぱり料理上手だな」と言って指についた調味料を舐めた。

その仕草が妙に艶っぽくて支配人室で指に舌が触れた時の事を思い出し、何故だか急に恥ずかしくなる。

キスだって何度もしているし、キスの方が恥ずかしいのに…、何故だろう?支配人の仕草にいちいち反応してしまう私。

これだから支配人の毒牙をばら撒かれると危険なんだ。

「どうした?」

「な、何でもありま、…」

私の頬の赤さに気づいたのかは分からないが、からかい出す支配人。

「コッチも摘み食いな。お楽しみは取って置くから…」

「支配人の馬鹿…」

無理矢理に自由を奪われ、唇を重ねられた。重ねるだけのキスだったが、久しぶりの感覚に酔いしれる。

子供をからかうのが面白いかの様に、私を見てはクスクスと笑う。

経験の浅い私にとって、キス一つでもあたふたしてしまい、余裕がない。今まで一人しか付き合った事がなく、以前までの職場の同期で同い年の男の子だけ。

それでも、三年は一緒に居ただろうか?

彼はホテルの仕事に嫌気がさして先に辞めてしまい、私は忙しさにかまけて疎遠になり、自然消滅した。

ただ何となく付き合ってただけなのかな?

今振り返れば、支配人みたいに心臓が破裂しそうな程にドキドキもせず、職場で会えるからと言って無理して会おうともしなかった。

支配人は職場では手の届かない存在するだし、職場ですれ違うだけでキュンとするし、プライベートでも沢山会いたいって思う。

完全に恋してる。

「よし、出来ましたっ」

最後にガトーショコラに添える生クリームを泡立てて完成。

二時間以上も夢中で台所に立っていた私は、完成した途端に気が抜けた。

先にシャワーを浴びた支配人がキッチンに立ち寄り、私を見る。

「ココに生クリームついてる」

頬に生クリームが付いていたらしく、支配人は指で絡めとり、指先を私の口元に運ぶ。

唇に生クリームを運ばれたので、仕方なく舐めたのだが…、その指にまた生クリームを付けて自分で味見をした。

「丁度良い甘さだな。合格」

いつもみたいに子供扱いするような頭ポンポンをして、微笑む。

そんな支配人を目で追ってしまい、失敗したと思った。

目が合うと先に反らすのは私で、支配人は私を見つめたままだから。恥ずかしさから下を向き、生クリームを見つめるしかない。

「顔が赤いな…。これじゃ、当分、子供のお守りと同じだな…」

意地悪そうに呟き、顎に指を触れて、上向きにさせられたが、やっぱり目は合わせづらい。

「少しずつ慣れさせてるのに、全然慣れないな…」

そう言うと私にキスをする様な仕草をしたが、寸止めで顎から指を離した。

一瞬のトキメキを返して欲しい。

「うぅっ…。こ、こないだだって、チョコ食べた時に…指を舐めませんでした?」

何事もなかったかの様に振る舞い、ソファーに座る支配人が憎たらしくなり問いかけた。

「わざと、だ。だが、こないだは反応が薄くてつまらなかった。からかうのは楽しいが、そろそろ慣れろ」

やっぱりね、そうだと思った。わざとでなかったら、触れる位置ではなかったはずだ。

「………支配人は大人で経験値も高いかもしれませんが、…私は経験値が低いですから、早々慣れません。それに…私達の関係って何ですか?」

支配人の傲慢な態度に対して、抱えきれなかった思いが爆発し、勢いだけで責める。

何て答えが帰って来るだろう?

聞きたいけれど、怖い。

出来上がった料理を運びながら、良からぬ考えばかりが頭に浮かぶ。

しばしの沈黙の後、「お前は、どんな関係だと思ってるんだ?」と逆に聞かれた。

「ズルいです。私が先に質問したのに…」

カチャリ、と支配人が座る横からテーブルにお皿を置いた時に呟いてしまって、キッチンに戻ろうとしたら腕を掴まれて捕獲された。

捕獲された後、支配人の脚の間にちょこんと座らされて、私のお腹を両腕でしっかりとガードしているので逃げられない。

「お前、本当に度胸あるよな…。俺に口答えはするし、本店行けって言えば本当に行くし…。

まぁ、そんなところが好きになったんだが…」

「………!?」

「俺は付き合ってるつもりだったけど…、お前はバトラー研修のつもりだったか?」

背後から聞こえる職場に居る時とは違う優しい声と首筋にかかる吐息に鼓動が反応して、速度が早まる。

「…わ、わ、…私は、好きって言われてないし、言ってもないし…曖昧な関係だな、…って思ってました。…っひぁっ…」

突然、チュッと首筋に唇が触れて、変な声を出してしまった。

「ふふっ、可愛い反応だな。前にも言っただろ?俺は口説かれた事はあっても口説いた事はないって。だから、口説いたのはお前が初めてなんだって」

「………?口説かれてたんですか、私?」

本気で口説れてるとも知らずに、キョトンとした顔で、下から顔を斜め横に上げて問う。

からかわれているだけで、口説かれてるとは思いもしなかった。

「お前、本気で言ってるのか?経験値ないにも程があるだろ!
俺が系列ホテルにいるお前を見つけて、指名したんだ。
お前のような純粋バカみたいな女、口説いた事なんかないから、とりあえず近付きたくて、何かやらかす度に呼び付けて…」

取り乱している支配人が面白くて、ついつい笑ってしまう。

「何笑ってんだよ、人が必死に恥を偲んで話してやってるって言うのに!」

支配人は悔しそうに唇を噛み締め、私を睨みつけたが、ほんのりと頬が赤く染まっていたので率直な感想を述べる。

「…だって、いつもと違って可愛いから」

「お前、ふざけんな。もう絶対許さないからな。寝落ちするなよ。嫌だって言っても、帰さないからな!」

「…はぁい」

焦っている支配人の目を見て、ニッコリと微笑む。

毒牙(色気)がない支配人の顔なら、まともに見る事が出来る。

「お前と居ると本当に調子が狂うんだよ…」と溜め息混じりで呟いて、私の肩にコツンと頭を乗せて項垂れた。

シャワーの後で下ろしている前髪が、首筋に触れてくすぐったく、指で無造作に掻き分けるととてもサラサラしていた。

「髪の毛、サラサラですね…」

「…っるさい。…そうだ、同じシャンプーで俺が洗ってやろうか?」

「遠慮します…」

サラサラの髪の毛に触れていると、ここぞとばかりにニヤリとして、私のまとめている髪を解いた。

「シャワー浴びて来い。湯船も溜めて置いたが、ぬるくなってしまったかもしれない。なんなら、追焚きしながら一緒に入るか?」

「………!?それは、嫌です。一人で入ります!」

解いた髪を撫でていたと思っていたら、いきなりトップスの中に手を入れて来たので、手を振りほどき、立ち上がった。

ドキドキドキドキ…。

ビックリした。

形勢逆転してしまいそうになったので、振り切って急ぎ足で浴室に来た。

落ち着け、心臓…。

夜はまだまだ始まったばかりだが、ドキドキは加速度を増すばかり───……
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