上 下
10 / 70
公休日は予想外な一日!?

しおりを挟む
「あの、お金払います!」

「いいよ、俺が誘ったんだし…。それより、腹減らないか?」

私が預けていたバックを受け取っている時には既に、カード払いでスムーズに支払いを済ませてくれていた支配人。美容室を出た後に財布を取り出すと頑なに拒否をされた。

時刻は午後二時半に近い。

仕事上、お昼時間はまちまちで遅い食事も慣れっ子だったので気にはしてなかったが、言われてみればお腹が空いたかも?

助手席に座り、ベルトを締めた後に

「お昼は出します!」

と気合いを入れて支配人に言った。

「バーカッ!俺は女に払わせる事は致しません!」

と言われて、コツンと拳で軽く頭を叩かれる。

「それに…俺が誘ったんだから、大人しく着いてくればいい」

話の流れから私の方を見て、柔らかな笑みを落とす。

私はドキドキと鼓動が早くなるのを感じて返事も出来ずに顔を反らすと、頬に手を触れられて支配人の方向に顔を向けられた。

「綺麗になったな…」

顎に手を触れられ、上に少しだけ傾けられると親指で唇をなぞるように触れた。

「………っ、」

緊張し過ぎて、目を思い切り閉じると唇から親指が離されたので、うっすらと目を開けた。

「お前の上目遣いは男を煽る。俺を煽ってどうする気だ?」

「……煽って、など…いません」

何気なく目を開けた時に上目遣いで見ていたらしく、支配人に咎められ、絞り出すような小さな声で否定をした。

支配人の綺麗な顔が間近にあり、目と目が合って逃れられない。

耳まで赤くなっているのが自分でも分かる程、顔全体に火照りを感じる。

「……合意の上で"したい"から、嫌じゃなかったら目を閉じて」

これから"される"事が分からない程、子供ではない。

流されるままに目を閉じると、シートベルトを外す音が聞こえて唇同士が重なる。

誰も居ない二人だけの空間、二人だけの秘密。

愛しているかも、愛していないのかも分からずに交わしたキス。

大人の階段を登るという事は、好き合っているかどうかも確認をせずに発展してしまう事なのだろうか?

理屈では流されてはいけないのだと理解はしていても、理性に歯止めが効かなかった。

一度目は触れるだけのキス、二度目は吐息が漏れるようなお互いを確かめ合うキス。

「……っふぁ」

「ココが車内で良かったな。歯止めが効かなくなるところだった…」

解放された時には息も絶え絶えな私の頭を優しく撫でて、再びシートベルトをする支配人。

車が走り出し、駐車場から車道に出て少しだけ時間が過ぎた後に問いかける。

「…あの、えっと、」

「………?何だ?」

「…やっぱり何でもないです」

『恋人同士になれますか?』と聞いてみようと思ったけれど、支配人にとっては一時の迷いでキスをしただけかもしれないので、言葉を飲み込んだ。

キスぐらいで付き合えだなんて幼稚だって笑い飛ばされるかもしれないから、背伸びをして確認する事を我慢する。

キスぐらい大丈夫、キスぐらい平気。

ちょっと優しくされたからって、勘違いして好きになったりしない。

「…場の雰囲気に流されるのは俺だけにしとけよ。他の男が近寄っても自分自身で対処する事!」

「………?何でですか?」

「つまり、そのままの意味だ。仕事上、一ヶ月間の所有者は俺だ。他の男との恋愛沙汰は一切禁止だ」

「良く分からないのですが、支配人とは恋愛しても良いのですか?」

「……さぁな。自分で考えろ」

一筋縄では行かなそうな成り行き任せの恋愛もどきは、正直どうして良いのか分からない。

自分自身の恋心にセーブをかけているのに、崩壊寸前なのは横にいる支配人のせい。

今日は同僚としてのデートでも、明日からは上司と部下。

「……じゃあ、一ヶ月間は所有されます。延長は可能ですか?」

何となくだけれど、罠を仕掛けるかのように聞いてみた言葉。

どんな反応をするのだろう?

「仕事上の所有期間は一ヶ月だ。その他は延長可能だ」

「そうですか…」

淡々と会話が進んで行くが、肝心な話はしないままだった。

「とにかく仕事は一ヶ月間で覚えて、目標を探せ。その他はゆっくり考えてくれれば良い。さっきは先走って悪かったな…」

「先程からの"その他"とは何ですか?」

「……本気で分からないのか?」

「ふふふっ」

「………っ、篠宮のくせにからかいやがって。本当は分かってるんだろ?」

「何となく…」

お互いがお互いを気にかけている段階だからか好きだとか愛してるとか、そんな言葉はなく、駆け引きを続ける。

冷静さを保てないのか、普段は冷酷鬼軍曹のポーカーフェイスが崩れて、ほんのりと頬が赤い支配人が可愛い。

駆け引きは続き、食事を終えて、寮から少し離れた場所に送り届けられて車を降りる間際に、

「お前が遅番の時は起こしに来い」

と命じられた。

「寝起きが悪いので嫌です」とお断りをしたが、「却下」と即答される。

成り行き任せの恋愛関係もとい所有関係は今後はどう動くのか、自分でも想像出来ない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には "恋"も"愛"も存在しない。 高校の同級生が上司となって 私の前に現れただけの話。 .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ Иatural+ 企画開発部部長 日下部 郁弥(30) × 転職したてのエリアマネージャー 佐藤 琴葉(30) .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ 偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の 貴方を見つけて… 高校時代の面影がない私は… 弱っていそうな貴方を誘惑した。 : : ♡o。+..:* : 「本当は大好きだった……」 ───そんな気持ちを隠したままに 欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。 【誘惑の延長線上、君を囲う。】

ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編

タニマリ
恋愛
野獣のような男と付き合い始めてから早5年。そんな彼からプロポーズをされ同棲生活を始めた。 私の仕事が忙しくて結婚式と入籍は保留になっていたのだが…… 予定にはなかった大問題が起こってしまった。 本作品はシリーズの第二弾の作品ですが、この作品だけでもお読み頂けます。 15分あれば読めると思います。 この作品の続編あります♪ 『ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編』

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

社内恋愛の絶対条件!"溺愛は退勤時間が過ぎてから"

桜井 響華
恋愛
派遣受付嬢をしている胡桃沢 和奏は、副社長専属秘書である相良 大貴に一目惚れをして勢い余って告白してしまうが、冷たくあしらわれる。諦めモードで日々過ごしていたが、チャンス到来───!?

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。

私の婚活事情〜副社長の策に嵌まるまで〜

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
身長172センチ。 高身長であること以外はいたって平凡なアラサーOLの佐伯花音。 婚活アプリに登録し、積極的に動いているのに中々上手く行かない。 名前からしてもっと可愛らしい人かと…ってどういうこと? そんな人こっちから願い下げ。 −−−でもだからってこんなハイスペ男子も求めてないっ!! イケメン副社長に振り回される毎日…気が付いたときには既に副社長の手の内にいた。

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

処理中です...