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レストランの研修期間です。

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数日後の今日は体調不良の社員が居て、宿泊客の朝食ブッフェのヘルプに入る事になった。

支配人は挨拶をしたり、お客様と話をしたりしている。その間、私はお客様が食べ終わった食器を下げたり、テーブルを拭いたりして忙しく動いていた。

ホテルのサービススタッフの朝は早い。

朝7時オープンのレストランに合わせて、6時には出勤して準備をする。

私の仕事ぶりを確認する為に支配人も同じ様に6時に出勤し、レストラン内に居座っているので周りのスタッフからは迷惑がられている。

「あの人のせいで、支配人が6時から居るんだよ、最悪!」
「支配人が厨房にも顔出して来てさ、変な雰囲気になったよ」

所々で私を見ながらのヒソヒソ話が行われ、肩身が狭い。

支配人に所有されている私に直接、文句を言う人達は居ないが聞こえるようにわざと言うのだ。

このホテルに入ってからと言うもの、系列のリゾートからの栄転として来たとの噂が流れて、誰も仲良くしてくれないし、仕事上の事を聞いても素っ気のない答えしか返って来ない。

煌びやかな最高級ホテルの舞台裏は、ドロドロとした人間関係が隠されていた。

系列のリゾートホテルに働いていた時は、皆が仲が良くて、毎日笑っていた。

今は違う。

本店や系列の高級ホテルから、よりすぐりの人材が集められた当ホテルは、人を蹴落として高みを望む者ばかりだと気付いた。

入社当時より事態が悪化しているのは、私が支配人の後ろを歩き、常に一緒に行動を共にしているから。

気にしないようにしようと思いつつ、酷く成りうる事態が、そうはさせてくれない。

立て続けに耳に入って来るのは、精神的にキツいや……。気にしない為には、仕事に打ち込むしかない。

ひたすら動き、お客様に微笑みを向けて挨拶をして乗り切ろうとしていた時、

「あのっ…!」

と、急に話をかけられた。

「…はい」

話をかけてきたのは、私と同様にヘルプに来ていた方だった。

よく良く見ると、この方は先日の予約の件を指摘されて肩が震えてしまっていた方だと気付いた。

「こないだは御迷惑かけ…」

「中里さん、無駄話は駄目よ。まだお客様が居るんだから!」

「すみません…」

話をかけてくれた方は中里さんと言うらしく、中里さんは私に話をかけたばかりに目をつけられてしまい、直ぐに飛んできたレストランチーフに怒られた。

そんなに目くじら立てなくても、お客様だって残り少ないし、本当に小声で話をかけてくれただけなのに…。

そんなこんなで私は嫌われているので、評価は下がって行く一方だった。

朝食の時間が終わり、お客様を送り出してノーゲストになった後に何人かの社員が支配人に物申した。

「支配人が篠宮さんにつきっきりって、おかしくないですか?」
「そうですよ、支配人なんですから平等に接していただかないと…!」
「とにかく私達は面白くありません。ボイコットしたいくらいです!」

「へぇ、そうか…」

レストランの仕事が一区切りついたので、従業員食堂で朝食をとろうと支配人と話していたのだが、社員達に捕まった。

何人かで固まると女子社員は強い。レストランの社員だけではなく、ヘルプに来た社員達も居る。

投げかけられた言葉の数々に支配人は動揺などしない。

凛とした態度で頷き、社員達の欲求不満を聞き入れた後、一つ溜息をついてから口角を上げて微笑みを返す。

「ボイコット?…出来るなら、してみたらどうだ?…そもそも、お前達が篠宮や中里に嫌がらせしてるんじゃないのか?

仕事をまともに教えてやらないから、自分で育てる事にしただけだ。それが不満だと言うならば、ボイコットでも何でもしてみたら良い。

行くぞ、篠宮に中里!」

支配人が発する言葉に皆が圧倒されて、仕事の手を止める。

当事者達は唇を噛んで悔しそうにしていたり、涙を浮かべている者も居る。支配人の放つ絶対的な存在感に誰も抗えない。

「支配人、篠宮さん、先日は御迷惑おかけして申し訳ございませんでした…」

「…その件はもう謝らなくて良い。これからはミスがあった時は遠慮なく言う事。例えば、ミスしたのが"先輩"だとしても、だ」

レストランを出て、従業員食堂に向かう途中で中里さんは立ち止まり、私達に深々と頭を下げて謝った。

先日の中里さんのミスに対して支配人が思う事があったらしく、指摘すると中里さんの目には涙が浮かぶ。

「はい…」と小さく返事をした時にはもう、涙が床に零れ落ちていた。

詳しい事は分からないけれど、中里さんは先輩のミスを見つけて、罪を一緒に背負わされていたらしく、その事を誤魔化す為に先日のダブルブッキングなどが起きたそうだ。

「篠宮も中里も途中入社で仕事もろくに教えてもらえなかったんだろ?朝のレストランで一緒に仕事をしてみて良く分かった。けれど、心配するな。私の知る限りは仕事を教えてやる」

「はいっ」
「…はい、宜しくお願い致します」

私は元気良く返事をして、中里さんは礼儀正しくお辞儀をした。

話しながら歩いて従業員食堂に入ると、お味噌汁のふんわりとした良い匂いが漂っている。

ブッフェスタイルの従業員食堂で食べる分だけを皿に盛り付け、空いている座席に座る。

今の時間帯は空いていて、食事の間は気が休まりそうだ。

「いただきます」と言ってから、真っ先に口に運んだのは大根おろしを乗せた厚焼き玉子。

程よい甘さと大根おろしの辛さが合わさり、大好きな一品。

従業員食堂の調理人は、元々はレストランの厨房で働いていた方々。

定年後も現役で厨房にいる事も可能だが、体力に自信がない方々がパートになり、従業員の食事を作ってくれているから美味しさは格別。

「どんなに嫌な事があっても、従食の御飯を食べると元気になれます。日替わりなのも嬉しいです」

「そうだな。お前の面倒を見るようになってからは、ゆっくり食べれて有難い」

「うわぁっ!それって嫌味ですか?」

「…さぁ、どうだかなぁ?」

段々と支配人とも打ち解けてきたので、冗談混じりの多少の反発もする様になった。

意地悪を言ってニヤニヤと笑う支配人は、得意の流し目で私を見る。この人、自分が放つ特別なオーラに自覚しているのだろうか?

隣で食べている中里さんをチラリと見たら、顔が赤い。

ほらね、早速、支配人の毒牙(色気)にやられたらしい。

「何だ?中里は少食なのか?箸が全然進んでないようだが、取った分は残さず食べろよ」

指摘された中里さんは支配人を直視出来ない上に、動揺しているのか箸を落としてしまう。

仕事中は冷酷鬼軍曹だとしても、仕事を離れた休憩中などに見せる顔は、とても麗しく色気を放つのだ。

この人の裏の顔を知ってる人が、この職場では私達の他にも居るのだろうか?

「…そう言えば、ボイコット…大丈夫でしょうか?」

中里さんが新しい箸を持って来て席に座った時、支配人に問いかけた。

「問題ないだろう。好きにさせておけ。そもそも、本店のニューオープンの系列ホテルとして、当ホテルが今、メディアの脚光を浴びているのは知っているだろう?

あいつらにとっても、本店からの栄転なんだ。易々とその地位を手放さないだろうから、本気でボイコットはしないだろう」

「そうですかねぇ…?」

「ボイコット出来る勇気があるなら、ある意味、尊敬する。万が一、そうなったとしても、何とかするしかないだろう。厨房は無理だが…」

「まさかとは思いますが、自分で何とかするつもりですか?」

「そうだな、ここに三人もいるしな。厨房だって、従食の方々の手を借りれば一つのレストランなら平気じゃないか?」

冗談なのか、本気なのかは分からない返答に私達は困惑する。

従業員食堂の調理人さん達も笑って話を聞いていて、「その時は任せてくれよ、一颯君」とか言っている。

ボイコットされたとしても、よっぽどでなければ全員はしないだろうし、支配人なら穴の埋め合わせを人脈と行動力で何とかするだろう。

一緒に仕事をしてみて分かった事は毒牙(色気)だけではなく、仕事に対する情熱が半端ないのだ。

一人一人の事をよく見ていて、叱咤激励を常に行う。

会議、パーティー、婚礼の予約などを事前に必ず把握し、手隙の時は準備など率先的に手伝いをする。

ここ数日は私に合わせて行動してくれているので、休憩時間も共にしているが、私が居なかったら働きっぱなしで身体を壊しそうな気もする…。

今日は朝一の早番なので私の定時は午後4時だが、支配人は帰れないので、夜まで居るのかもしれない。

私達が帰ってから中抜けの休憩をするのかもしれないが、身体を壊す様な無理はしないで欲しい。

「中里はどうする?予約に戻るか?それとも、我々と一緒に行動するか?」

食事を食べ終わり、残り僅かな休憩時間の中で中里さんに確認する支配人。

中里さんは私より半月早い二月中旬に、私とは別な系列ホテルより栄転した一人だったらしい。

私同様に疎まれ、先日のダブルブッキングの件から些細な嫌がらせも受けていたのが発覚し、支配人が気にかけていた。

「わ、私も良いなら…一緒に仕事をしたいです。予約以外の仕事は経験が浅いので、違う世界も知りたいです」

「分かった。じゃあ、中里も篠宮同様に一ヶ月だけ面倒見てやる」

いつもの如く、一切の迷いもなく自信たっぷりに言い切る。

中里さんは嬉しそうに返答し、私と顔を見合わせてお互いに微笑んだ。

本日、支配人に所有される人数が二人に増えました。

当ホテルに移動してからは、話す人も居ずに心細い思いをしていた私だったけれど、同じ境遇に立たされている中里さんと一緒なら乗り越えて行けそうな気がする。

これを機会に仲良くなれたら良いな…。
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