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本日、総支配人に所有されました。

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支配人に案内され連れてこられたこの場所だけれども、頭の中に疑問が沢山並んだ。

「遠慮なく、入れ」

「こ、ここは……?」

ホテルの地下に位置する、この場所は何?

隠し部屋?休憩所?

8畳位の部屋にベッドとテレビ、小さなキッチンに小さな冷蔵庫、奥にシャワーもあるのかな?

「帰れない日は、ここに寝泊まりしてる。設計図の段階で出たデッドスペースに作って貰った支配人専用の部屋だ。ナイトフロントの仮眠室などはまた別の場所にある。誰も近付けない場所にあるのは、支配人の特権だな…」

「…はぁ」

呆気に取られて、相槌を打つ。

支配人専用の休憩室に呼ばれて、私はどこで休んだら良いのかも分からず、ただ立ち尽くす。

「…死角にあるから誰も近寄らないし、連れ込み放題だけどな!」

「………!?」

「うそ、嘘。とりあえず、座れ。飲み物ぐらいは出してやる」

目を丸くしたまま驚く私を見ながら、クスクスと笑う。

か、からかわれた!

からかわれたと思った瞬間に恥ずかしい気持ちがこみ上げて、顔が赤くなる。とりあえず、ちょこんとテーブルの脇に座らせて貰った。

座ると頭の上にコツンとした物が触れ、硬い感触を感じた。支配人がペットボトルのお茶で私の頭を軽く叩き、頭上から私の膝の上にパラパラと小さなチョコレートの包みがいくつか落ちて来た。

「頑張ったから御褒美。特別だからな」

「有難うございます…。このチョコ、大好きです、嬉しいっ!」

私の大好きなストロベリーチョコレートにミルクチョコレートがコーディングしてある、生チョコの様な食感のチョコレート。

「そうか…」と小さく呟き、ゴロンとベッドに横になる支配人。

「30分たったら、必ず起こせ。起きなかったら叩いてでも起こせよ。分かったな?」

「は、はいぃっ…」

若干、脅しの入ったような低い声で言い切り、私に背を向けて、横向きになった支配人はすぐに寝息を立てた。

何故に今、寝るのか?と思ったけれど、支配人の休憩時間をなくしてしまったのは度重なったミスのせいだと思い直した。

よっぽど疲れてるのかな、眠るの早いなぁ…。布団をかけてあげた方が良いかな?

少し迷ってから、ベッドの端に畳んであった布団をかけようと近寄った時、寝ぼけているのか…、寝言を言っていた。

『よりこ』って───……

「支配人、30分たちましたよー。しーはーいーにーんってば、起きて下さいー」

約束の時間になったので起こしても、起きようとしない。

本当に叩く訳にもいかずに耳元で言ってみても起きる気配はなく、困り果てて、顔を覗き込んでみたら…

横向きで寝ていた身体が反転し、私の顔の真下に支配人の顔があった。

うっすらと目を開けた支配人は、「おはよ、依子…」と言って、私を引き寄せた。

寝ぼけている上に勘違いしている。

人違いだし、業務中だし、汗をかいた後だし、色々な思いが頭の中をグルグルと駆け巡りながら、

…早まっていく鼓動。

ドキドキが支配人に伝わってしまうのではないか?と思うぐらいに、強く跳ね上がっている。

そんな私の事なんかは気付くはずもなく、また寝息を立てて寝てしまっている。

離れるには…、起こさなきゃ!

まずは腕をほどき、自分の身体を解放した後に「ごめんなさいっ」と一言お断りしてから、バチンッと頬を叩いてみた。

不機嫌そうに「痛ってぇなぁ…」と呟き、起き出した支配人の髪の毛が乱れていた。

「お前、叩くの強すぎ!」

「すみません…、何度も起こしたのですが起きなかったので…」

「ほら、身支度整えたら行くぞ。お前は化粧直しをしてから、支配人室に集合な」

「分かりました…」

ベッドから立ち上がり、乱れた髪の毛をかきあげながら私を見下ろし、指示を出す姿にキュンとしてしまった。

仕草と伏し目がちな目線が大人の色気のようなものを感じて、胸を締め付ける原因になった。寝起きが悪すぎて、不機嫌そのものなのに…。

「失礼致しました。お茶とチョコレートありがとうございました」

私は一礼をし、支配人の休憩室を出た。

支配人にドキドキさせられた後は、違うドキドキが待っていた。

どうやら、迷子になったらしい…。

あれ?

地下から階段で上がって、右に曲がって良かったんだよね?

ボイラー室の前なんて通った?

薄暗い廊下を通り、ウロウロしていると…後ろから声をかけられて肩がビクッと縮こまる。

「お前、そっちは違うから!」

「…すっ、すみません」

「まさか、とは思って急いで部屋を出たんだが、そのまさか…だったとはな。お前は期待を裏切らなくて面白い奴だな」

「………?」

「こっちだから、着いて来い」

支配人は笑いを堪えているのか、拳を口に当てがい、肩が震えてる。

"期待を裏切らなくて面白い奴"───良い意味にとって良いのか、悪いのか…。

良く分かりません。

───頭の中をグルグル駆け回る思想を他所に支配人の休憩室を出てから急いで身支度を整え、再び支配人の元へと向かった。

「失礼致します。先程は有難う御座いました」

ノックをして、返事を頂いてから支配人室へと足を踏み入れる。

「…あぁ。化粧直しをしてきたんだな?さっきは化粧が溶けるほど、頑張ってくれて有難う」

無我夢中で制服のままでお風呂掃除をして、汗だくになったのは仕方ない事。熱気で蒸し風呂状態の中、お風呂の水滴を拭きあげるんだから、化粧もとろけます。

オマケにブラウスも少し濡れてしまい、ジャッケットで濡れたブラウスを隠せたのが救い。

支配人…、褒めてるのか、けなしてるのか、分かりませんよ?クスクスと笑う支配人にムッとして、顔に出してしまう。

パソコンを操作しながら、「明日、明後日の宴会場の予約だ」と言い、手招きされたので画面が見える場所まで近寄る。

「会議、夜はパーティブッフェが入っていたりして、レストランのセッティングスタッフが足りないので、明日は一日、レストランヘルプに一緒に行くぞ。……何だ、不満か?」

「いえ、そうではありません。ただ…」

気になる事があって言葉に詰まり、すぐには返答出来ずにいると支配人が不審そうに聞いてきた。

レストランヘルプに行く事に不満はない。不満はないのだが、支配人ともあろう方が私に構っていて良いのだろうか?

他にも仕事があるのではないか?

「…お気遣い頂いて有難いのですが、支配人には支配人の仕事があるのではないですか?お荷物になるなら、私…辞めます。辞めたら元の…」

『元のホテルに戻りたい』と言うつもりだったが、最後まで言えずに言葉が遮られた。

「お前に辞めると言う権利はない。何故なら、系列ホテルにヘルプ要請をした私のメンツも潰れるからだ。私がお前ごときを一人囲ったぐらいで他の仕事が疎かになるなど、あるハズがない」

椅子の背もたれに仰け反りながら言い切る支配人は、自信に満ち溢れている。

支配人が私の目を真っ直ぐに見て、目が反らせなくなった。

「俺がお前を一人前のサービススタッフにしてやるよ。だから、お前は…黙って、俺に所有されていれば良い。分かったか?」

「……はい」

俺?先程までは敬称が"私"だったのに。

まだ私を見ながら話しているので、恥ずかしくなり、身体が固まる。

唇を少しだけ噛んで、返事をした。

『所有されていれば良い』という言葉が仕事上の事だと理解はしているが、ザワザワと心の中を掻き乱した。

三月に入社して一ヶ月と少しが過ぎた今、今日一日で支配人に心が奪われて行った気がする。

冷酷、鬼軍曹、…数々の異名を持つ裏側の顔はお客様に誠実で社員思いの優しい支配人なのかもしれないと思った。

「一ヶ月間だけ、面倒見てやる。ピークのゴールデンウィークが無事に乗り切れて一人立ち出来ると判断したら好きな部署に配属してやる。出来なかったら…その時は、

クビだな。

まぁ、俺が付いていて満足に仕事をこなせないなら、よっぽどお前がポンコツと言う事だな」

ニヤリと笑って流し目で断言する辺り、鬼畜な冷酷鬼軍曹です。

からかっているとしか思えません。

前言撤回、心が奪われそうになったのは気の迷いだったみたいです───……
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