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本日、総支配人に所有されました。

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現在、私は高級ホテル"Tasteful HOTELテェィストゥファルホテル"の支配人室に呼び出されている。

「またお前か、篠宮」

冷酷、鬼軍曹、仕事の鬼、その他、数々の異名を持つ男、総支配人の"真壁  一颯まかべ  いぶき"に叱責され、かれこれ15分以上は立たされている。

30歳を過ぎて色気が出てきたとも伺える風貌、切れ長の瞳、優雅な立ち振る舞いはホテルを牛耳るには申し分無く、更には頭の回転も良く戦略的で顧客獲得にも繋がっている。

支配人が顧客獲得数を増やす中、顧客満足度を下げているのがこの私、篠宮  恵里奈しのみや  えりなだと指摘された。

「鈴木様と野々原様には丁寧に詫びを入れておいた。連泊の御客様のカードキーを渡し間違えるなど前代未聞だな」

先程、連泊のお客様の鈴木様と通常のお客様の野々原様のカードキーを渡し間違えてしまい、野々原様が鈴木様のお部屋に入ってしまったのだ。

野々原様から『他の方の荷物がある』との苦情があり、事件は発覚した。

しかし、謎は残る。

あの時に並べられていたカードキーは別のお客様、野々原様名義になっていた。

何故?

「……差し出がましい事をお聞きするのですが、鈴木様のお部屋がダブルブッキングになっていませんよね?」

「そんなハズはないだろう。鈴木様は今日まで連泊だと誰もが知っている事だ。フロント業務をまともにこなせない奴が、口出しをするな」

椅子に偉そうにふんぞり返るように座っていた支配人だが、パソコンを開き、カチャカチャとキーボードを打ち始める。

「…あっ、」

キーボードを打つ手を止め、思わず声を漏らした支配人は「…ダブルブッキングだ!篠宮、一緒に来てくれ!」と慌てて部屋を出る。立ち尽くしていた私も急ぎ足で追いかける。

私が疑問に思っていた件は、やはりダブルブッキングだった。

鈴木様のお部屋に野々原様の予約が重なり、野々原様を違うお部屋に誘導したので、別なお客様のお部屋が足りなくなる。

本日空いているお部屋はエグゼクティブフロアのスイートルームのみ。どうするの、支配人?

「先程の件、篠宮のせいではなかったようだ。ダブルブッキングになっていたぞ。気付かなかったのか?」

フロント裏の事務所にマネージャーを呼びつけて注意を促す。

「申し訳ありませんでした。調べたところ、予約した者の手違いで鈴木様の連泊が昨日までになっておりました。そこに別なお客様を入れてしまったようです」

「ハウスキーパーに指示した時に気付かないから、そういう事になる。部下に任せっきりで確認を怠るから、こういうミスが起きるんだ」

「朝の時点では鈴木様は連泊の確認が取れていましたので、ハウスキーパーにはアメニティとタオル等の交換のみとお伝えしました。その後に発生したミスになります。申し訳ありませんでした」

支配人が叱責する中、何度も頭を下げて謝るマネージャー。事務所の中でパソコンを見つめながら、少し震え気味で目を泳がせている女子社員。

「…大体の事は分かりました。お客様に御迷惑をおかけしてしまうので、ミスがあったら勝手な対処をする前に速やかに報告して下さい。隠し通そうとする程、大事になる」

お互いの意見に納得したのか、支配人は穏やかな顔付きになったと思ったのが束の間…、

「ミスをした本人が謝らず、他人に擦りつける行為は卑劣で最低だ。今回の件で減給されたくなければ、支配人室まで後程来るように!

それから、篠宮  恵里奈は今日限りでフロントを解任する」

と冷酷そのものの睨みを効かせて、言い放った。

事務所内が静まり返り、お客様からの電話のベルが鳴り響いているが社員達は受ける事をためらっている。

「篠宮は私と一緒に来なさい」

「は、はいっ」

支配人に言われるがまま事務所を出た後は、背中を見て歩く。

背も高く、背筋を伸ばして足早に歩く姿は、とても凛としていて惚れ惚れする。

私のミスの疑いは晴れたが、フロントを解任されてしまったら、私はクビなのかな?クビにしたいから呼ばれたのかもしれない、と嫌な予感が頭を過ぎる。

当ホテルは二月に新規オープンしたが、人員が足りないとの事で、栄転と称し、同じ系列のリゾートホテルより三月から配属になったのは良いが…、

勝手も違うし、ミスばかりしている。

ヘルプに行ったレストランではグラスを倒す粗相をしてしまい、挙げ句の果てにはお客様とぶつかり、皿を割った。

予約をすれば日にちを間違え、コース料理の内容も間違えていた。

肝心なフロントでの仕事ぶりは自分的にはまずまずの出来だと思っていたが、他の社員から比べれば至らない点が多く、足を引っ張っていたに等しい。

そんな私だから、クビを言いつけられても仕方ないと思う。

例えばクビにされたとして、以前に働いていたリゾートホテルに戻れるかどうかを聞いてみよう。

あれ……?

覚悟を決め、ドキドキしながら支配人が言葉に出すのを待っていたが…一向に言われない。

それどころか、スイートルームの部屋の事前チェックを一緒にしている。

高級ホテルの最上階よりも1階下の34階に位置するスイートルーム、立ち入ったのは人生初だが、同時に人生最後になるかもしれない。

フカフカなクイーンサイズのベッド、窓から見える素敵な眺望、丸みを帯びた大きなお風呂、その他、全部が特別な部屋。

「よし、問題はないな。そろそろ、鈴木様がお戻りの時間だからフロントに戻ろうか…」

「鈴木様にまた謝るんですか?」

「……そうだな、頭を下げるのには変わらない」

………………?

良く分からないが、再度、鈴木様に頭を下げるらしい支配人。支配人が再度謝る事になるとは、鈴木様は相当御立腹なんだろうな。

私を傍に置いているのは、鈴木様に謝らせる為だったんだと解釈する。

「あ、あのっ、支配人っ!」

「何だ?」

34階に属するスイートルームを出て、エレベーターを待っている間に支配人に話をかけた。

「私が先に謝ります。鈴木様と野々原様に失礼な事をしたのは事実ですからっ」

「その件は了承済だから、蒸し返すな。謝りたければ明日のチェックアウトの時にしろ」

冷たく言い放ち、私は身体がゾクッとした悪寒を感じた。

冷酷、鬼軍曹……、異名がつけられるのも納得出来る。

「今日は黙って着いて来ればいい」

エレベーターが到着し、二人で乗り込むとそんな言葉をかけられた。

不敵な笑みを浮かべた支配人に心が反応して、胸がドキリとした。

さっきまでは、あんなに冷たかったのに、今の微笑みは反則でしょう───……
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