52 / 59
新たな居場所
5
しおりを挟む
「とりあえず、場所を移動しようか?」
慌てている伊能さんは周りをキョロキョロと見渡して、ひらめいた様に近くのコーヒーショップへと私を連れて行く。伊能さんは座る場所を見つけて私を誘導してから、コーヒーを二つオーダーしてから戻って来た。
伊能さんは、スーツの裏ポケットからハンカチを取り出して私に手渡した。ハンカチを握り締めて使うのを躊躇している私に「あ、大丈夫ですよ。予備のハンカチなので、使用して無いものです」と言って慌てていたる。借りたハンカチが汚れているかも?と思った訳ではなく、化粧で汚してしまうかもしれないからと躊躇していたのだが……、逆に気を遣わせてしまった。
「そ、そうだ!こっちなら、さっき貰ったばかりで綺麗ですから大丈夫です」
営業バッグのチャックを開き、ガサガサと取り出したのはポケットティッシュ。広告の入った真新しいティッシュの蓋を開けた。ティッシュを一枚引き抜き、私の目尻へとポンポンと軽く押し当てる。昨日から泣き過ぎた為、瞼や目の縁が痛い。
無意識に顔が近付いた。俯き加減だった瞼をふと開いた時に目が合う。
「俺はすっごくドキドキしてますけど、佐藤さんはしてないでしょ?」
コツン、と頭を触れる程度にぶつけた伊能さんは突然、そんな事を聞いてきた。こんなに顔が近いのに嫌じゃないのは伊能さんに嫌悪感が無いだけで、確かにドキドキはしない。試す様に聞いてきた伊能さんは、きっと何かに気付いている。
「先日の電話、男の人の声が漏れちゃってたんだ。佐藤さんは悩んでるんでしょ、その男の人の事を。何だか、そんな気がしてきた」
思わせぶりな態度をして、私は伊能さんを傷付けている。感の良い伊能さんは全てをお見通しの様だった。
「率直に聞くね。佐藤さんはその人の事、好きなんでしょ?隠さなくて良いよ」
パッとくっつけていた額を離し、ニコッと笑った伊能さんが痛々しく見えた。
「本当に馬鹿だよね、俺。佐藤さんがクリスマスは俺の所に来てくれるって思い込んじゃって、プレゼントまで用意しちゃってさ……。こんなだから、元カノにも振られるんだよなぁ……」
私が口を開く間もなく、伊能さんは元カノの事を話し出した。元カノさんは大学時代の同級生で、中々結婚に踏み切らずにいた伊能さんは振られたらしい。その理由が、元カノさんが職場で管理職になったばかりで仕事に打ち込んでいたので結婚を切り出すのを躊躇っていたそうだ。しかし、早々に結婚をしたかった元カノさんと喧嘩になり、喧嘩別れになってしまったらしい。
「本当言うと、元カノは佐藤さんに似てるんです。雰囲気とか色々。だから、佐藤さんにどんどん惹かれていきました。重ねて見ていたのかもしれません……」
それを聞いてしまうと複雑かもしれない。日下部君に置き換えると、私と秋葉さんは全く似てないけれども、日下部君にとっては私は身代わりの様なものだから。伊能さんと付き合っても、結局は身代わりだったと言う事か……。
「短い間でしたけど、楽しい夢を見せて下さりありがとうございました」
伊能さんは営業スマイルの様な爽やかな笑顔を見せた。
「この場で佐藤さんを置いていくのも心苦しいんですが、俺もダメージを受けてるんで失礼します。今度はまた笑って話せるようにしときます。じゃ、佐藤さんの健闘を祈りますね!」
伊能さんは自分の事を話終えると席を立ち上がって、私に向かって一礼をしてからコーヒーショップを去ろうとした。
ガタンッ!私はハンカチを返してない事に気付いて咄嗟に立ち上がり、「伊能さん!ハンカチは洗ってお返しします」と声をかけた。伊能さんは戻って来て、「いや、大丈夫です。今日、返して下さい!当分、会うのは辛いかもしれないので……」と言い、私からハンカチを受け取った。
伊能さんが寂しそうだったのでお節介にも、「私の事を気にかけて下さり、ありがとうございました。伊能さんも後悔しないように……もう一度、元カノさんにアタックしてみては?」と語りかける。伊能さんは一瞬、驚いた表情をしたが、「検討してみます」と言って私に背を向けた。
私も伊能さんが去った後にコーヒーを飲み干し、心を落ち着かせた。伊能さんを傷付けてしまった。本当に申し訳ないと思ったが、今でも元カノさんを想っている様子だったので、私よりも元カノさんと幸せになって欲しいと心から願う。
慌てている伊能さんは周りをキョロキョロと見渡して、ひらめいた様に近くのコーヒーショップへと私を連れて行く。伊能さんは座る場所を見つけて私を誘導してから、コーヒーを二つオーダーしてから戻って来た。
伊能さんは、スーツの裏ポケットからハンカチを取り出して私に手渡した。ハンカチを握り締めて使うのを躊躇している私に「あ、大丈夫ですよ。予備のハンカチなので、使用して無いものです」と言って慌てていたる。借りたハンカチが汚れているかも?と思った訳ではなく、化粧で汚してしまうかもしれないからと躊躇していたのだが……、逆に気を遣わせてしまった。
「そ、そうだ!こっちなら、さっき貰ったばかりで綺麗ですから大丈夫です」
営業バッグのチャックを開き、ガサガサと取り出したのはポケットティッシュ。広告の入った真新しいティッシュの蓋を開けた。ティッシュを一枚引き抜き、私の目尻へとポンポンと軽く押し当てる。昨日から泣き過ぎた為、瞼や目の縁が痛い。
無意識に顔が近付いた。俯き加減だった瞼をふと開いた時に目が合う。
「俺はすっごくドキドキしてますけど、佐藤さんはしてないでしょ?」
コツン、と頭を触れる程度にぶつけた伊能さんは突然、そんな事を聞いてきた。こんなに顔が近いのに嫌じゃないのは伊能さんに嫌悪感が無いだけで、確かにドキドキはしない。試す様に聞いてきた伊能さんは、きっと何かに気付いている。
「先日の電話、男の人の声が漏れちゃってたんだ。佐藤さんは悩んでるんでしょ、その男の人の事を。何だか、そんな気がしてきた」
思わせぶりな態度をして、私は伊能さんを傷付けている。感の良い伊能さんは全てをお見通しの様だった。
「率直に聞くね。佐藤さんはその人の事、好きなんでしょ?隠さなくて良いよ」
パッとくっつけていた額を離し、ニコッと笑った伊能さんが痛々しく見えた。
「本当に馬鹿だよね、俺。佐藤さんがクリスマスは俺の所に来てくれるって思い込んじゃって、プレゼントまで用意しちゃってさ……。こんなだから、元カノにも振られるんだよなぁ……」
私が口を開く間もなく、伊能さんは元カノの事を話し出した。元カノさんは大学時代の同級生で、中々結婚に踏み切らずにいた伊能さんは振られたらしい。その理由が、元カノさんが職場で管理職になったばかりで仕事に打ち込んでいたので結婚を切り出すのを躊躇っていたそうだ。しかし、早々に結婚をしたかった元カノさんと喧嘩になり、喧嘩別れになってしまったらしい。
「本当言うと、元カノは佐藤さんに似てるんです。雰囲気とか色々。だから、佐藤さんにどんどん惹かれていきました。重ねて見ていたのかもしれません……」
それを聞いてしまうと複雑かもしれない。日下部君に置き換えると、私と秋葉さんは全く似てないけれども、日下部君にとっては私は身代わりの様なものだから。伊能さんと付き合っても、結局は身代わりだったと言う事か……。
「短い間でしたけど、楽しい夢を見せて下さりありがとうございました」
伊能さんは営業スマイルの様な爽やかな笑顔を見せた。
「この場で佐藤さんを置いていくのも心苦しいんですが、俺もダメージを受けてるんで失礼します。今度はまた笑って話せるようにしときます。じゃ、佐藤さんの健闘を祈りますね!」
伊能さんは自分の事を話終えると席を立ち上がって、私に向かって一礼をしてからコーヒーショップを去ろうとした。
ガタンッ!私はハンカチを返してない事に気付いて咄嗟に立ち上がり、「伊能さん!ハンカチは洗ってお返しします」と声をかけた。伊能さんは戻って来て、「いや、大丈夫です。今日、返して下さい!当分、会うのは辛いかもしれないので……」と言い、私からハンカチを受け取った。
伊能さんが寂しそうだったのでお節介にも、「私の事を気にかけて下さり、ありがとうございました。伊能さんも後悔しないように……もう一度、元カノさんにアタックしてみては?」と語りかける。伊能さんは一瞬、驚いた表情をしたが、「検討してみます」と言って私に背を向けた。
私も伊能さんが去った後にコーヒーを飲み干し、心を落ち着かせた。伊能さんを傷付けてしまった。本当に申し訳ないと思ったが、今でも元カノさんを想っている様子だったので、私よりも元カノさんと幸せになって欲しいと心から願う。
0
お気に入りに追加
124
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
2人のあなたに愛されて ~歪んだ溺愛と密かな溺愛~
けいこ
恋愛
「柚葉ちゃん。僕と付き合ってほしい。ずっと君のことが好きだったんだ」
片思いだった若きイケメン社長からの突然の告白。
嘘みたいに深い愛情を注がれ、毎日ドキドキの日々を過ごしてる。
「僕の奥さんは柚葉しかいない。どんなことがあっても、一生君を幸せにするから。嘘じゃないよ。絶対に君を離さない」
結婚も決まって幸せ過ぎる私の目の前に現れたのは、もう1人のあなた。
大好きな彼の双子の弟。
第一印象は最悪――
なのに、信じられない裏切りによって天国から地獄に突き落とされた私を、あなたは不器用に包み込んでくれる。
愛情、裏切り、偽装恋愛、同居……そして、結婚。
あんなに穏やかだったはずの日常が、突然、嵐に巻き込まれたかのように目まぐるしく動き出す――
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
冷たい外科医の心を溶かしたのは
みずほ
恋愛
冷たい外科医と天然万年脳内お花畑ちゃんの、年齢差ラブコメです。
《あらすじ》
都心の二次救急病院で外科医師として働く永崎彰人。夜間当直中、急アルとして診た患者が突然自分の妹だと名乗り、まさかの波乱しかない同居生活がスタート。悠々自適な30代独身ライフに割り込んできた、自称妹に振り回される日々。
アホ女相手に恋愛なんて絶対したくない冷たい外科医vsネジが2、3本吹っ飛んだ自己肯定感の塊、タフなポジティブガール。
ラブよりもコメディ寄りかもしれません。ずっとドタバタしてます。
元々ベリカに掲載していました。
昔書いた作品でツッコミどころ満載のお話ですが、サクッと読めるので何かの片手間にお読み頂ければ幸いです。
遠回りの恋の行方は
国樹田 樹
恋愛
――二年付き合った人に別れを告げた。告白されたからという理由だけで付き合える様な、そんな女だった筈なのに、いつの間にか胸には想う人が居て。
「お前、別れたんだって?」
かつての恋人と別れてから一週間後。
残業上がりのオフィスでそう声をかけてきたのは、私が決して想いを告げる事の無い、近くて遠い、上司だった。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる