上 下
8 / 73
糖度2*主回路の誤作動に要注意!

しおりを挟む
日下部さんとは二人で御飯を食べに行く事はごく稀にあったけれど、仕事の話とか会社の噂話とかをしていて恋愛の話なんてした事はなかった。

・・・・・・なのに、昨日は少しだけ恋愛の話になって、今日の行動も妙な優しさも違和感を感じる。

「本当は女の子の日なんて嘘だから…。昨日は飲み過ぎたのか、二日酔いで仕事にならなかっただけだから…」

黙っておくつもりだったが、いつもとは違う日下部さんの優しさが辛くて嘘を突き通せなくなった。

「…全く厄介な馬鹿真面目な奴だな、お前は。黙ってれば分からなかったのに…」

大きな手で優しく、私の頭を撫でる。

「…もう終わった事なんだから、泣くな」

泣いてるのは誰のせいだと思ってるの?

女の子の日だと信じて優しく接してくれたのに、二日酔いを隠していた罪悪感。

「…日下部さん、ありがとう…そして、ごめんなさい」

「別にいいよ、もう。その代わり…」

急に肩を抱き寄せられて、私は日下部さんに抱き抱えられるような体制になった。

「寒いから、少しだけ暖めて」

私はうなづきもせずにただじっとして、胸の高鳴りを静めようにしていた。

それから私達は何も話さず、助けが来てくれるのを待つ。

今までで一度もなかった、この距離感。

不思議と嫌じゃなく、体温の心地良さすら感じ始めた時、『大丈夫ですか?もうすぐ開きますね』と外側から声が聞こえた。

日下部さんの左腕を掴み、腕時計で時間を確認すると閉じ込められてから一時間以内だった。

「お前、腕時計位しろよ」

「仕事中、邪魔なんだもん。バッグにつけてるからいーのっ」

日下部さんの腕から解放されて立ち上がろうとしたら、力が抜けていたのか、上手く力が入らない。

思ったより、エレベーターの中でのダメージは大きかったようだ。

隣ではクスクスと笑っている日下部さんが居て、私だけがパニックを起こし、余裕がなかったんだと改めて気付かされる。

その後は10分もしない内にエレベーターの扉が開いて、日下部さんと二人きりの秘め事は終止符を迎えた。

普段からの日下部さんからは誰も想像出来ないような一面を垣間見たけれど、彼女にだけはそんな顔を見せていたのかな?と思うと、羨ましい様な気もする。

本当の顔はとても優しくて頼りがいのある男の人だったのかもしれない。

そんな人だから、若くして部長職なのだろう。

五年間も一緒に仕事していて気付かなかったのが失礼だったと反省。

会社の外に出ると帰宅途中のサラリーマンやOLが行き交っている。

オフィス街を通り抜けると飲食店が広がり、通りかかったラーメン店から良い匂いがした。

「日下部さん、ラーメン食べましょ!今日は私が奢りますっ」

「…二日酔いのクセに」

「何か言いました?」

「いや、別に…」

日下部さんが返事をしたのかしないのか分からないが、お腹が空いていた私は勝手にラーメン店に入る。

ラーメンを待つ間に、日下部さんは注文したビールを飲みながら、

「…そう言えば、お前は昨日、男と出かけたんだった。そして、二日酔いで仕事サボって昼寝して同僚にも迷惑をかけて…

上司が俺だったから良かったものの、他の人だったら大問題だからな」

と今更の説教じみた事を言う。

「さっきはもう気にするなって言ったのに、今更説教ですか!?」

「二日酔い良くなったからって、ラーメンに餃子を頼む気が知れない!少しは反省しろよっ」

「反省してますぅっ」

先程のエレベーターの中での激甘な日下部さんはどこに消えたのか、今はガミガミ煩い仕事中の日下部さんに戻った。

私にはコッチの方が気楽で居られるから、しょうに合っている。

「…エレベーターの中での事、セクハラ行為をバラしますよ」

「勝手にどうぞ。五年間も一緒に居たのに噂も立たないし、お前がいくら騒いだ所で誰も相手にしないでしょ?」

冗談で言ったのに相手の方が更に上手で、私は言い負かされた。

この後、香坂君の事を追求される訳ではなく、ラーメンを食べたら駅で別れた。

電車に乗り、スマホを手に取るとトークアプリに綾美からの多数の連絡があった。

着信もあった。

仕事中はサイレントにしていて、今日はずっとスマホを確認してなかったから気付かなかった。

今日の電話は長くなりそうな予感・・・。

あっ、香坂君からもメッセージ来てた・・・!!

綾美と香坂君に返信しながらも、エレベーターの中での出来事を思い出していた。

日下部さん、自宅に着いたかな?

複雑な思いを抱えながら、家路に向かう。

翌日、エレベーターの点検が入り、押しボタンや電源の主回路の接触不良だったのでは?との見解だったみたいだが、詳しい原因は分からなかったらしい───・・・・・・
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

約束のプロポーズ~幼馴染の年上御曹司は心に秘めた独占欲を募らせる~

春乃 未果
恋愛
成沢 綾芽(なるさわ あやめ)は八歳の時にホテルの屋上庭園で、幼馴染の七歳年上の久我咲 透也(くがさき とうや)からプロポーズされた。 子どもだった綾芽は事の重大さも分からず、両親に結婚のことを話して驚かせる。 透也の父はホテル業界トップクラスの久我咲グループを経営しており、息子である透也は後継者だ。ホテルに勤務していた綾芽の父は透也を補佐し、秘書をしている。その関係で二人は親しい間柄だったのだ。 綾芽の父は透也を恋愛対象として考えてはいけないときつく叱る。 そうして綾芽は、自らの感情を押し殺したまま大人へと成長した。 綾芽は大学を卒業し、久我咲グループの主要ホテルであるアリシアンホテルKYOTOのカフェテリアに栄養士として就職する。 二十四歳になったある日、綾芽の前に意外な人が現れて……。 恋愛に不慣れで、自分の本心が分からない綾芽。 綾芽に執着して、彼女との約束を果たしたい透也。 二人が交わした結婚の約束はどうなってしまうのか……。 幼い頃のプロポーズから始まる、年上幼馴染からの溺愛ストーリーです。 ★R18の文章と、それなりの表現のある文章には*が付けてあります。 ★途中シリアス展開もございますのでご了承ください。 ★気を付けて投稿していますが、誤字脱字がありましたらお知らせください(>_<) ★他サイトにも作品がありますが、内容を多少変更して加筆修正しています。

【R18】君にえっちな言葉でいじめられたい!

茅野ガク
恋愛
いや違うから!アイツとはただの体だけの関係だから。声が好きなだけであの王子様フェイスも高身長も金持ち過ぎる家庭環境も全然タイプじゃないから! 素直になれない(ならない?)声フェチ女子と、その先輩をなんとか落とそうとする後輩の話。 ※ムーンライトノベルズにも投稿しています ☆表紙イラストはかつゆさん(Twitter→@jyuto85rabbit )に頂きました!

婚約から始まる「恋」

観月 珠莉
恋愛
■イケメン御曹司(宝生院 直嗣) 29歳 × ジャジャ馬娘(霧ヶ谷 さくら) 25歳 【あらすじ】 突然母に決められた「お見合い」から全ては始まった。 「恋」だと気付いた相手は、優しいお見合い相手から一変…俺様ヤローだった。 嫌いだと思うのに気になるアイツ。 私のハチャメチャな恋は、いったい何処に向かっているの?????? 【注釈】 (☆): 軽度のスキンシップ表現があります。 (★): 濃厚な情交表現があります。 ※残念ながら、「アルファポリス - 電網浮遊都市 -」には、「前書き」のようなフリースペースがありませんので、次回以降の通常ストーリー展開時、必要に応じて「小説家になろう」内の「前書き」にて「いままでのお話」として簡易版でストーリーをご確認ください。 【ご案内】 「小説家になろう」にて同内容を掲載中です。

財閥の犬と遊びましょう

菅井群青
恋愛
 脱走した犬を家まで届けるとまさかの大金持ちの犬だった。  その屋敷のメイドになり特別な任務を授かる。 「是非調教していただきたい」 「……人間にしか見えないんですけど。私、犬のしつけの仕方しか知らない──」 「いや、この方は犬以下なんで大丈夫です」  突然人でなしの財閥の跡取り息子の根性を叩き直す任務を押し付けられた雫だったが……自分よりも何もかもが勝る相手に何をどう教えるか悩む。  そしてとある方法で調教する事を思い付いた。     性悪御曹司×超平凡お人好しの女×冷静沈着の眼鏡執事×遊び人妖艶社長  伝説の女総長メイド×元ハッカーSP  その他面倒臭い人達が登場し恋の嵐に巻き込まれながら調教が進みます。  さぁ、皆さんも遊びましょう。    完結しました。ありがとうございました!(2020/06/12)

初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる

ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。 だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。 あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは…… 幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!? これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。 ※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。 「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。

処理中です...