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第二章

四十八 秋の舞踏会の大舞台

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「畏れ多くも、殿下に申し上げますけれど私よりローレン公爵家のジョーゼット様はお人柄も素晴らしく、王太子殿下には相応しいと存じ上げますわ」

 (意訳:伯爵子息のユリアン様なら愛があるからお貴族様の堅苦しさも耐えようと思えるけど王太子様にそこまでの愛は無いの)

「私もそう思うが……。宮廷内部もそなたの名声に期待を抱いておるのだ。そこに人柄などはとるに足らないことなのだろう」

「そんな!」

 この世界の貴族社会でも恋愛結婚は少ないのよね。やっぱり、家柄や財産や名誉とかが一番になっていしまう。それはどこともだから仕方が無いのかも。私は思わずハンカチを噛みしめて地団駄を踏みそうになりました。

「アベル様、私から見ても妹は国母としての重責は担えないと感じます。どうか今一度ご一考を」

 お兄様、見事なフォローです。だけどアベル王太子様は考えておくと言ってくれたものの、周囲の者の意向には逆らえないなどど仰ったのよ。

 呆然としたまま、私はお兄様と王宮を退室したわ。

 私が王太子様となんですって? ――ああ、婚約するのね。まさかの瓢箪からの駒。私達たちは終始無言で馬車を走らせた。そして下町に差し掛かり劇場の前を通り過ぎようとした。

『聖なるムチ使いが舞い降りた! サーベルタイガーとの死闘』

 ――そんな宣伝文句とともに広告が貼り出されていた。止めてよね。死闘というべきものなのか、それに他の衛兵やユリアン様もいましたのよ。

「どうやら世間はお前の能力を買い被っているのだろう」

 ルークお兄様がぼそりと呟いた。

「王太子様の婚約者など荷が重いです。お兄様は以前候補者となれと仰いましたけれど。小市民な私としてはとても……」

「確かに、あの時は、アベル様がお前に興味を示したのでお前には冗談で薦めてみたが、まさかの展開になったな」

「冗談だったのですか?」

「当たり前だろう。そなたごときが、一国の妃など笑止」

「……ルークお兄様の冗談は非常に分かりにくいです。でも仰ることには深く同意いたしますね」

「まあ、お前を本気で妃にするなら、もっと早くから手を打っている」

    ――ですよねー。将来の最年少宰相候補でいらっしゃるものね。

 丁度劇が終わったのだろう、劇場から人が出てきて馬車の流れが悪くなった。人々は興奮気味に何かを話していた。

『ステキだったわ。ムチ使いの君』

『そうそう、高らかに勝利の鳴り響くムチの音。猛獣までも従えて……』

『聖なるムチの鳴り響くのよ』

 きゃぁぁと甲高い歓声も上がっていた。……それはいろいろとおかしいと思うのよ。

「――どうだ。サインでもしてくるか? 我こそは聖なるムチ使いだと言って」

「ルークお兄様! もみくちゃになりますわ」

「冗談だ」

「だから、分かりにくいですって」

 ほぼ無表情に近いルークお兄様の顔を見てそれが冗談なのか分かりかねた。

「大丈夫だ。ローレン家だって、今まで婚約者の最有力候補として勝ち残ってきたのだ。お前の出番など許さないだろう。公爵と話はつけている。うちだって有力公爵家とことを構えることはしないさ」

 お兄様の言葉に私は少し安堵した。

「――だが、それゆえ反対勢力がどう動くかだ……」

 お兄様のそんな不吉な呟きに私は今日何度目になるか分からない溜息をつくしかなかった。

「そう言えば、お兄様もそろそろ恋人などはいらっしゃらないのですか?」

 私の問いにお兄様は言葉を詰まらせた。――あれ? ひょっとしてお一人様ですか? そう言えば夜会でも私につきっきりですし、恋人や女性の陰はあまり見かけませんよね。見た目はとてもよろしいし、高スペックなお兄様ですけど。あれれ? 私はルークお兄様の弱み発見と思わずガッツポーズをしそうになった。

「お前のことで手がいっぱいだ。とっとと片付いたら私のことなど瞬殺で見つかる」

「そんなこと仰っても。お兄様、本当はいないんでしょ?」

 ――やっぱり、高スペックでも、ご令嬢方は分かるのよ。お兄様の陰険度合がっ。

 私がそんなふうに喜んでいうとじろりと睨んできたけど私はここぞとばかりにお兄様の弱みをつこうとした。

「……ユリアンとの婚約破棄は決定だな」

「お、お兄様。それは……」

 私がそう言って黙り込むとにやりとルークお兄様は笑いになったわ。お兄様はローレン家と相談するとお話になって私だけ館で下すとまた出かけてしまった。


 そして、私は机に向かって好感度を確かめたのよ。


 アーシア・モードレット


 [スキル]
 
 聖なるムチ使い MAX NEW

 称号 猛獣使い MAX

 ――ムチ使いに何かついてるんですけど?


 [好感度]

 ユリアン・ライル MAX

 アベル王太子 UP ↑

 ジョーゼット・ローレン UP ↑

 ガブレイエラ・ミィーシャ UP ↑

 ルーク・モードレット…… 


 ――おお、王太子様にジョーゼットが上がってる。ガブちゃんもね。夏休みはバカンスを楽しんだものね。今年はぼっちじゃなくて。バカのスでもなく。有意義な夏の一ページでしたの。そんなことを思い返しながら私はベッドに入ったわ。その夜は、ムチをもったサーベルタイガーに追いかけられるという悪夢を見たような、見て無いような……。





 そして、夏の大舞踏会から二度目の舞踏会。いよいよ、世間では王太子の婚約破棄の噂が本格的になり、舞踏会当日を迎えた。二度目ともあり、ドレスも着なれて私はルークお兄様のエスコートで王宮に入ったの。貴族方の興味津々な視線が痛い。

 そして、穏やかに曲が流れダンスが始まった。王太子様のお相手は……。私では無く、ジョーゼット! 

 ――良かったわ。良く似合っている。

 私はお兄様とダンスを踊りながら、ユリアン様を探す、お兄様が終わればユリアン様と踊るのよ。ふふふ。そんな私の願いは叶わず。次のダンスは王太子様となったの。私と王太子様のダンスが始まると称賛の声が何故か聞こえてきた。

「王太子様と救国のムチ使い令嬢のダンス……。素敵だわ」

「お似合いだ。これで王国も安泰だ。素晴らしい。聖なるムチ使いの少女」

 ――いやぁぁ。そんな変な称号で呼ばれたくないぃぃ。踊り終わるとなんと拍手まで。どうして?

 見渡すと青ざめた表情のジョーゼットと同じように表情を曇らせたユリアン様を見つけた。だから、違うからね! そして、踊り終わると割れんばかりの拍手が起こり演奏を一度止める程になったの。

 アベル王太子様はそれに優雅に応じられた。そして――。

「――私は、ローレン公爵家の令嬢であるジョーゼットと婚約破棄をする」
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