上 下
33 / 49

三十三 ミーシャ商会にて

しおりを挟む
 ミーシャ商会へ行くことは反対はされず、侍女や付き添いの者の出かけることに。付き添いは勿論ルークお兄様よ。何でも今までこのために頑張ったらしく長期の休暇が取れたみたい。だから、夜会にお茶会とルークお兄様がいらっしゃるのでユリアン様とはろくろくお話も出来ず、ジョーゼットや他のご令嬢方に囲まれ王太子様とお話する羽目になってしまっている。

 ――王太子様は絶対無理だって。そもそもユリアン様さえも無理なんだからね。



 お茶会の合間にミーシャ商会に行くとこができた。そこは街の広場前の大きなお店だった。『ゆるハー』では街イベントの場所になるところよ。

「これはようこそ、ルーク様。今日はこちらまでご来店頂き光栄の極みであります」

「いつもは来て貰っているが、アーシアがお店に行きたいと言ってね」

「おお、これはお美しい妹君もご一緒で益々……」

 お店の方は破顔していた。含みの有りそうなのは連日の記事で、私が王太子妃候補に入ったなどと恐ろしいことが書きたてられていたのよ。勘弁してよね。

「あの、孔雀の扇とか、その……、ガブリエラちゃんに会いたくて」

「おお、流行には敏感でいらっしゃる。早速特別の物をいくつかお持ちしましょう。それとガブリエラ様ですね。お呼び致しますがこちらにおいでになるかは……」

 曖昧に誤魔化されたけれど私はダメもとで言っただけだから。だけど暫くして足音高らかにドアをけ破るようにガブちゃんはやって来た。

「ルーク様がいらしてるって?」

 その勢いに流石のルークお兄様も目を細められたけれど貴公子然とした態度を崩さなかったのは流石だわ。

「ご令嬢とは初めてお会いすると思いますが、以前どこかでお会いしたことが?」 

「は、はい! お茶会のときに。私はガブリエラ・ミーシャと申します。お見知りおきを」

 顔を真っ赤にしてちょこんと挨拶するガブちゃんはなんというか、恋する乙女って感じで可愛かった。恋は人を変えるのね。ガサツな感じのガブちゃんったのに……。

 私はついほくそ笑んでしまいそうになり、出されたお茶を飲むふりをして誤魔化した。

「今日はどういったご用ですか? うちに無い物でもルーク様のためにはどんなものでもお取り寄せ致しますわ」

 商談にかなりの私情が入っている気もするけれどルークお兄様もご機嫌よさそうだし、私はガブちゃんをうちの別荘に誘ってみた。

「あの、ガブリエラちゃんが良かったら、この夏、うちの別荘にお誘いしようかと」

「夏の別荘に……、素晴らしいお誘いですわね。それにご挨拶が遅れましたわ。アーシア様。私はガブリエラ・ミーシャです。どうぞ、宜しくお願いします。ルーク様の妹君で今王太子様のお妃候補として話題のアーシア様から、直接のお誘いを断るなど、是非私で宜しければ伺わせて頂きますわ」

    ガブちゃんのにたりとした笑い顔に私も良かったと微笑み返したの。お店の方も黙ってこのやり取りを見ていてくれた。



 無事、孔雀の扇やらなにやら手に入れて、お店を出るとルークお兄様が馬車の中で話し掛けてきた。

「どうやら、お前はあのお嬢さんと知り合いらしいな。何を企んでるのだ? まあ、お前の浅知恵では大したことはないだろうが、くれぐれも身の振り方には気を付けなさい」

「べ、別に企んでなんか……。ただ、彼女と話するのは何と申しましょうか、ユニークで安心致します」

 私がそう言うとルークお兄様は思う節があるのだろう、黙ってしまわれた。そして、目をお閉じになったのですが、その目元にはお疲れのようでクマができていた。ルークお兄様も私の王太子妃候補のことでさぞかしお忙しいことでしょう。お父様は苔のことしか頭にないから実質の領地のことや今回のデビューのもろもろはお兄様の負担ですものね。その上、外交職として諸外国を回られていたのだから……。

「お兄様……。ご無理なさらず。私は王太子様の候補など望みません……。ユリアン様だって、私にはもったいなく……」

 揺れる馬車の音に紛れてそっと呟いてみた。ルークお兄様の耳に届いてはないだろうけどね。ただ、それから、あまりルークお兄様は煩く言わなくなったのよ。それどころか、早めに夏のバカンスに行くことになったわ。私には良かったんだけどね。



 それは夏のバカンスの準備を考えてベッドで寝ころんでいた夜にお母様が部屋にいらしたのよ。

「アーシア、ちょっといいかしら?」

「はい。海辺の別荘に行くので準備とかを考えていただけです」

 お寝間着姿のお母様は美しかった。お手入れもさることながら、成人女性というか母の輝きでしょうか。私の側にいらして私の頭を撫でてくれました。

「アーシアが嫌なら、ルークが言ってもしなくていいのよ。あなたが幸せに過ごせるのが一番なのですからね」

「は、……」

 突然のことに私は起き上がって美しいお母様のお顔を見返した。そこにはただ私を心配するといった表情しかなかった。

「……お母様。私は……」

 優しい言葉につい言葉が詰まってしまいました。だって、本当にこんなに優しくされたのは久しぶり……。日本での母親を思い出してしまった。お母様は私をぎゅっと抱きしめてくださいました。お母様ってもう呼べないかもしれない。そう思うと私は鼻がつんとしてしまった。

「私の可愛いアーシア。難しく考えないであなたの好きなように……。別荘には後から行くことになるけど、気を付けなさいね」

 私は涙が零れないようにそっと肯いた。お母様の優雅で素敵な香りが私を小さい子に戻してくれた気がした。



 そして、いよいよ。海辺の別荘に私はお兄様と向かった。ガブちゃんやジョーゼットもくるのよ。楽しみだわ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結 お飾り正妃も都合よい側妃もお断りします!

音爽(ネソウ)
恋愛
正妃サハンナと側妃アルメス、互いに支え合い国の為に働く……なんて言うのは幻想だ。 頭の緩い正妃は遊び惚け、側妃にばかりしわ寄せがくる。 都合良く働くだけの側妃は疑問をもちはじめた、だがやがて心労が重なり不慮の事故で儚くなった。 「ああどうして私は幸せになれなかったのだろう」 断末魔に涙した彼女は……

どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら

風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」 伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。 男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。 それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。 何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。 そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。 学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに! これで死なずにすむのでは!? ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ―― あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?

三度目の結婚

hana
恋愛
「お前とは離婚させてもらう」そう言ったのは夫のレイモンド。彼は使用人のサラのことが好きなようで、彼女を選ぶらしい。離婚に承諾をした私は彼の家を去り実家に帰るが……

他人の人生押し付けられたけど自由に生きます

鳥類
ファンタジー
『辛い人生なんて冗談じゃ無いわ! 楽に生きたいの!』 開いた扉の向こうから聞こえた怒声、訳のわからないままに奪われた私のカード、そして押し付けられた黒いカード…。 よくわからないまま試練の多い人生を押し付けられた私が、うすらぼんやり残る前世の記憶とともに、それなりに努力しながら生きていく話。 ※注意事項※ 幼児虐待表現があります。ご不快に感じる方は開くのをおやめください。

生真面目君主と、わけあり令嬢

たつみ
恋愛
公爵令嬢のジョゼフィーネは、生まれながらに「ざっくり」前世の記憶がある。 日本という国で「引きこもり」&「ハイパーネガティブ」な生き方をしていたのだ。 そんな彼女も、今世では、幼馴染みの王太子と、密かに婚姻を誓い合っている。 が、ある日、彼が、彼女を妃ではなく愛妾にしようと考えていると知ってしまう。 ハイパーネガティブに拍車がかかる中、彼女は、政略的な婚姻をすることに。 相手は、幼い頃から恐ろしい国だと聞かされていた隣国の次期国王! ひと回り以上も年上の次期国王は、彼女を見て、こう言った。 「今日から、お前は、俺の嫁だ」     ◇◇◇◇◇ 設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。 R-Kingdom_6 他サイトでも掲載しています。

私の婚約者と姉が密会中に消えました…裏切者は、このまま居なくなってくれて構いません。

coco
恋愛
私の婚約者と姉は、私を裏切り今日も密会して居る。 でも、ついにその罰を受ける日がやって来たようです…。

寵妃にすべてを奪われ下賜された先は毒薔薇の貴公子でしたが、何故か愛されてしまいました!

ユウ
恋愛
エリーゼは、王妃になる予定だった。 故郷を失い後ろ盾を失くし代わりに王妃として選ばれたのは後から妃候補となった侯爵令嬢だった。 聖女の資格を持ち国に貢献した暁に正妃となりエリーゼは側妃となったが夜の渡りもなく周りから冷遇される日々を送っていた。 日陰の日々を送る中、婚約者であり唯一の理解者にも忘れされる中。 長らく魔物の侵略を受けていた東の大陸を取り戻したことでとある騎士に妃を下賜することとなったのだが、選ばれたのはエリーゼだった。 下賜される相手は冷たく人をよせつけず、猛毒を持つ薔薇の貴公子と呼ばれる男だった。 用済みになったエリーゼは殺されるのかと思ったが… 「私は貴女以外に妻を持つ気はない」 愛されることはないと思っていたのに何故か甘い言葉に甘い笑顔を向けられてしまう。 その頃、すべてを手に入れた側妃から正妃となった聖女に不幸が訪れるのだった。

さっさと離婚したらどうですか?

杉本凪咲
恋愛
完璧な私を疎んだ妹は、ある日私を階段から突き落とした。 しかしそれが転機となり、私に幸運が舞い込んでくる……

処理中です...