上 下
11 / 49

十一 ヒロインがあらわれた!

しおりを挟む
 私はなんだか妙な高揚感のまま自分のテーブルに向かうとテーブルにはお茶が用意されていた。そして、次の演目までは小休止となり、それぞれ歓談の時間となった。

「……アーシア、素晴らしかった。兄は、兄は……」

 ルークお兄様は頬を紅潮させて私を褒め称えてくれていた。そうしながらお兄様はさりげなく周囲に視線を流している。

 お兄様のその仕草は優雅に洗練されていた。その視線に当てられたご令嬢方はほんのりと頬を染めている。

 だがしかし! 私だけは気がついていた。お兄様は私に熱い視線を送る方々をチェックしているのよ。私の〈お兄様センサー〉がそう告げている。お兄様のそんな残念な考えが読みとれるのはこの会場では私だけ。本当にどれだけなのですか? その兄馬鹿具合は?

 私は内心でそっと溜息をついた。
 
 幸いなことにこのテーブルは両親と兄だけで、近くに王太子様とプリムラ学園生徒会の御一行様もいるけどテーブルがそれぞれ違う。そのお陰で無理にお話をしなくていいのでちょっとほっとしている。

「もう、アーシアたらお母様もびっくりしたわ。ルークの服を着ているのですもの」

 お母様はそう言いつつも満足そうだった。やっぱり、王太子様の絶賛を受けたからせいだと思う。お父様はその隣でにこにこしながらお茶を口にしている。実のところ、私はお父様の怒ったところを実は見たことが無い。

 うちは貴族の割に優しくて穏やかだし、夫婦仲も良くて、結構良い家族だと思う。だから家族じゃなくなるのはちょっと寂しいなぁ。……くすん。



 そう思いながら私はお手洗いのために席を立った。しかし、化粧室から出ようとすると私は誰かに肘を掴まれそうになったので、思わず私はその相手に肘鉄を食らわしかけた。

    ――これでも護身術も少し心得があるの。令嬢としての身だしなみだとルークお兄様にしごかれたから。その上ムチを持たせたら最強……。あっと。こほん。いいえ、なんでもございませんっ。

「危ないじゃないの!」

 その人物はそう声を上げた。相手が女性だと思って咄嗟に肘鉄を止めたけれどそこにはなんと『ゆるハー』のヒロイン様がいらっしゃったのだ。

 彼女は私の前に仁王立ちになっている。『ゆるハー』のプリムラ学園の制服を着ている彼女を私はつい見つめてしまった。

 そんな私に彼女は苛立たしげに怒鳴り散らした。

「あなた。一体どういうことなのよ!」

 え? それって私が言うセリフじゃない?

 そのセリフは『ゆるハー』のゲーム内でヒロインがライバル役の私に言われるセリフの一つ。

「どういうって仰られても……」

 私はそんな間抜けな言葉を言い返すしかなかった。私の方がゲームのヒロインのセリフを言う羽目になっている。

「あんたの方が邪魔しに来る筈でしょう? どうして先に会場にいるのよ!  それにその格好……」

 彼女が矢継ぎ早に私を問い詰めてくるものだから、私は正直に言うしか無かった。

「先にも何も、そもそも私はここの生徒ですから」

 ここがあのゲーム序盤のイベントの会場とは思ってもみなかったし。

「はあ? あんた、ライバルキャラのくせに何言ってるの。ライバルの悪役令嬢なんだから、ちゃんとしてよ!」

 腕を組んで仁王立ちで睨む彼女は私より背が小さいのでやや迫力に欠けていた。

 ――でも今、何て仰いました? ライバルキャラ? ワンモア・プリーズ!

 私は動揺のあまりに彼女を揺さぶりそうになったがぐっと我慢した。今はまだ侯爵令嬢の品位を持たないとね。

「それって、何のお話かしら?」

「だからさあ、ここは乙女ゲームの『ゆるハー』の中で、私がヒロインだと言ってるの!」

 ゲームの中? 一体どういうことなの? 私は乙女ゲーム『ゆるハー』に似た世界に転生したと思っていました。

 私は彼女の言葉に少し混乱してしまった。彼女は大袈裟な溜息をついた。

「まあ、多少はセリフが変わるかもしんないけど、流石にこんな展開は今までに無かったから、ゲームの攻略が出来なくなると困るじゃない?」

「ちょっとお待ちになって、 ゲームとか攻略とか何のことか分かりませんわ」

    私は動揺する気持ちを押さえつつ、ここがゲームの中というのは考えてなかったし、彼女がヒロインというなら、誰を攻略するとか聞きだしておこうとした。
 
 彼女は今度はせせら笑うようにして私を眺めている。

「何度も言わせないでよ。馬鹿じゃないの? 乙女ゲームで攻略と言えばお目当てのキャラを落とすのに決まってるじゃん」

「……乙女ゲームとあなたは仰ってますけど」

 私は彼女にもう一度確認するように訊ねてみた。

「そうよ。乙女ゲームの許されないあなた……、略して『ゆるハー』じゃない」

 どやああと言う感じで彼女は宣言していた。私は思わず彼女の肩を思いっきり揺さぶって尋ねたい衝動にかられたけど今は品位を保って返した。

「ゲームの中などとあなたが仰ることは穏やかでありませんわね。ましてや殿方を攻略ということを口に出すなんて……」

「はあ?    何言ってるの?    何なのあんた?」

 ヒロイン様は再び奇声を上げ始めた。

 ――正直、ここでは誰がいつ入ってくるかもしれないのであまり詳しく話せない。私は空いている教室へでも彼女を連れて行って話をしたかった。

    私がさりげなく廊下に出ると彼女もついてきた。廊下に人影は無いけれど会場からは人の出入りが感じられる。

「兎も角、あんたは悪役令嬢なんだから、ちゃんとやってよね!」

「悪役令嬢などと言われても……」

 ――え、でも、何これ? 私の勘違い? ここはゲームの中だったの? でも私もあのゲームをしたけどバーチャルでは無かったように思う。

「そもそも、あなたのお名前も存じませんし……」

「あら、そうだったかしら? 私はこの乙女ゲーのヒロイン名のままやってるから、ガブリエラ・ミーシャよ」

 そう言われても本来は身分の上の者が名乗ってからが、この国の正式なマナーなんだけど……。転生者と言うべきかどうしよう。それとも彼女のいう様に私はゲームの中の登場人物なの?

「私の方はこれで三周目だからさ、ちゃっちゃと済ませたいのよね」

「三周目?」

 ……あれを二回もやったんだ。

「とりあえず一周目はメインの伯爵子息のユリアンでしょ、その次は王太子様」

「……」

「で、今は隠れキャラのお兄様!」

 ――はい? 

 彼女の言葉にとうとう私は彼女の二の腕を掴んでしまっていた。

「いやいや。隠れキャラは王太子様でしょ。一周目終わると解放されて二周目からでないと攻略できないってやつで……」

「あんた、何言ってるの?」

 ガブリエラちゃんが大きく目を見開いて私を見返していた。

「え、あの、私はゲームでなく、それに似た世界に転生したと思ってて……」
 
「そんな、馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。これは乙女ゲームの中よ」

「じゃ、じゃあログアウトはどうするんですか? それに私がしていたのはⅤRとかじゃあ無かったんです」

 そう思って私は彼女答えを待った。彼女はこともなげに話した。

「ああ、これ『ゆるハー』だし、向こうで二、三時間もすれば最終までいく緩いゲームだからエンディングまでいけば自然ログアウトできるわ」

「じゃ、じゃあ、途中でログアウトとかは……」
 
「それが……」

 ガブリエラちゃんの表情が曇り、彼女の方の方は困惑しているようだった。

「それがログアウトボタンが見つからないの。それに好感度画面もね。選択肢も出ないし……。何かおかしいのよね」

「……やっぱり、そうなんですね。だからこれは転生だと私は思っていたんです」

「転生者。――そういうのもネット小説に掃いて捨てるほどあるけど……」

 彼女もネット小説は読んでいるらしい。私は自分以外にも転生者がいる可能性に少し安堵を覚えた。改めて彼女に訊ねてみた。本当はもっといろいろ聞きたい。

「……攻略候補って、プリムラ学園の現生徒会のメンバーですよね?」

「はあ? 騎士団長の息子は違うじゃん。でも、彼は人気があるのよね。ダークで格好良いって、どうして彼が攻略キャラじゃないのとか意見もあってさ」

「ええ? 騎士団長の息子は体育会系のテンプレの爽やかイケメンですよね?」

 ――ダークで残念なのはお兄様で……。いえ、そもそも私のした『ゆるハー』はお兄様が攻略対象じゃ無かったし。

「じゃ、じゃあ子爵は?」

「ああ、それね。子爵の息子は実は女性だから、それの許されない展開になるじゃん」

 ――女性? いや、いや! それは私の覚えているのとかなり違う。子爵家では侯爵家とは流石に身分が釣り合わないということで周囲から反対を受けるのよ。それでも二人は愛を貫くエンドだった筈。私の記憶違い?

「私の記憶と違うみたいだわ」

「私だって、最近気が付いたの。ここが『ゆるハー』の中だとね。私もあんたに言われるまでてっきりゲームとしか思ってなかったから。今まで基本名のガブリエラ・ミーシャのままでやっていたけど、本名は牙芳がほうみちるっていうの。よろしく」

 彼女は小首を傾げてみせた。

「あ、私は遠山明日香とおやまあすかです。よろしくと言っていいのか」

 ――私達たちはライバルの上取り違えられているのよ。何れは……。

「そうよね! ライバルよね。今度こそクリアーしてみせる! ルーク様とね!」

 みちるさんは力瘤を作って私に力説していた。

 ――え? そもそもルークお兄様はゲーム内にキャラ自体は出てこなかった覚えが……。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結 お飾り正妃も都合よい側妃もお断りします!

音爽(ネソウ)
恋愛
正妃サハンナと側妃アルメス、互いに支え合い国の為に働く……なんて言うのは幻想だ。 頭の緩い正妃は遊び惚け、側妃にばかりしわ寄せがくる。 都合良く働くだけの側妃は疑問をもちはじめた、だがやがて心労が重なり不慮の事故で儚くなった。 「ああどうして私は幸せになれなかったのだろう」 断末魔に涙した彼女は……

どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら

風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」 伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。 男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。 それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。 何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。 そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。 学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに! これで死なずにすむのでは!? ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ―― あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?

三度目の結婚

hana
恋愛
「お前とは離婚させてもらう」そう言ったのは夫のレイモンド。彼は使用人のサラのことが好きなようで、彼女を選ぶらしい。離婚に承諾をした私は彼の家を去り実家に帰るが……

他人の人生押し付けられたけど自由に生きます

鳥類
ファンタジー
『辛い人生なんて冗談じゃ無いわ! 楽に生きたいの!』 開いた扉の向こうから聞こえた怒声、訳のわからないままに奪われた私のカード、そして押し付けられた黒いカード…。 よくわからないまま試練の多い人生を押し付けられた私が、うすらぼんやり残る前世の記憶とともに、それなりに努力しながら生きていく話。 ※注意事項※ 幼児虐待表現があります。ご不快に感じる方は開くのをおやめください。

生真面目君主と、わけあり令嬢

たつみ
恋愛
公爵令嬢のジョゼフィーネは、生まれながらに「ざっくり」前世の記憶がある。 日本という国で「引きこもり」&「ハイパーネガティブ」な生き方をしていたのだ。 そんな彼女も、今世では、幼馴染みの王太子と、密かに婚姻を誓い合っている。 が、ある日、彼が、彼女を妃ではなく愛妾にしようと考えていると知ってしまう。 ハイパーネガティブに拍車がかかる中、彼女は、政略的な婚姻をすることに。 相手は、幼い頃から恐ろしい国だと聞かされていた隣国の次期国王! ひと回り以上も年上の次期国王は、彼女を見て、こう言った。 「今日から、お前は、俺の嫁だ」     ◇◇◇◇◇ 設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。 R-Kingdom_6 他サイトでも掲載しています。

私の婚約者と姉が密会中に消えました…裏切者は、このまま居なくなってくれて構いません。

coco
恋愛
私の婚約者と姉は、私を裏切り今日も密会して居る。 でも、ついにその罰を受ける日がやって来たようです…。

寵妃にすべてを奪われ下賜された先は毒薔薇の貴公子でしたが、何故か愛されてしまいました!

ユウ
恋愛
エリーゼは、王妃になる予定だった。 故郷を失い後ろ盾を失くし代わりに王妃として選ばれたのは後から妃候補となった侯爵令嬢だった。 聖女の資格を持ち国に貢献した暁に正妃となりエリーゼは側妃となったが夜の渡りもなく周りから冷遇される日々を送っていた。 日陰の日々を送る中、婚約者であり唯一の理解者にも忘れされる中。 長らく魔物の侵略を受けていた東の大陸を取り戻したことでとある騎士に妃を下賜することとなったのだが、選ばれたのはエリーゼだった。 下賜される相手は冷たく人をよせつけず、猛毒を持つ薔薇の貴公子と呼ばれる男だった。 用済みになったエリーゼは殺されるのかと思ったが… 「私は貴女以外に妻を持つ気はない」 愛されることはないと思っていたのに何故か甘い言葉に甘い笑顔を向けられてしまう。 その頃、すべてを手に入れた側妃から正妃となった聖女に不幸が訪れるのだった。

さっさと離婚したらどうですか?

杉本凪咲
恋愛
完璧な私を疎んだ妹は、ある日私を階段から突き落とした。 しかしそれが転機となり、私に幸運が舞い込んでくる……

処理中です...