上 下
31 / 41
地獄体験~あれ? 思ったよりも~

再々出発~火炎旋風を追い風に~

しおりを挟む

大きな最初の一歩を踏み出し、

ニヒルな笑みと二回の「フッ」を繰り返したボクだったが……

「さて、どこに行けばいいものか。どちらから先に向かえばいいものか……」

早速、踵を返してもう一度、崖の上の周囲を一望できるところまで戻ってきた。

そして、現状を改めて確認していた。


……崖の先に見えるのは、トゲトゲの大天蓋、灼熱の大きな大きな湖。

 大轟音と大地震で、天井にあった鍾乳つららは全滅してたはず……。
 そして天井も割れ、赤い滝が絶えずナイアガラみたいになっていたはず……。
 なのに、その被害の爪痕が一切見られない……。

「よく思い出せないけど、遠くまで逃げ切ったんだね。グッジョブだよ、ボク! 結果オーライ!」

 好奇心ファースト状態はもう何度目かもわからない。だから、思考放棄はお手の物。精神が未熟なせいで、好奇心が抑えきれず、バカらしくなるくらいに体が言うことを聞かなくなるのは、ちぃちょいあることなのだ。

 だけど、今回のように、気が付くとどこにいるかもわからない程に遠くに足を運んだ経験は無かった。……気づいていないだけかもしれないが。
 
「ここにどうやって来たのかが、一切思い出せないのがつらいなぁ。どっちの方から避難してきたんだろ?」

 心の整理が完全にできていないから、先ほどまでの前向き姿勢とは裏腹に、不安が徐々に大きくなる。幸いにも、肉体はないから、空腹やエネルギーの枯渇はない。

 筋肉痛や成長痛、動悸や息切れなどは無用の心配だが、心の不安定さは徐々に深刻になっていく。


――そして、さしあたっての大問題。“迷い子”。

「……これは深刻だよ……全く無視できない、深刻に過ぎるね」

 保護者が探してくれない。お巡りさんがいない。お節介焼きがいない。――不審者すら。そして、唯一信頼できるのがボクだけ。結果、予断を許さない状況に追い込まれていた。

「…………すぐにでも打開策を‼」

 しばらく体の操縦は、“あどけないボク”の方にお任せして、思慮深い“お兄さんなボク”は、深く考え込むことにした。

 ――この“思考回路の分離”は『彼』の記憶を受け入れた副産物のようなものだと思われた。いつの間にやら、自分の行動を客観視できるボクを心の中に作れるようになっていたのだ。

 便利に思えるが、実はこれはこれで危険である。表層に幼いボクが出ているときに、自制心をを司る少しおませさんなボクが思考の海に沈んでいるのだ。

 二次災害ならぬ、迷子に迷子を重ねた、二次迷い子――遭難の可能性は非常に高くなる。

 興味の赴くままの“あどけないボク”が、行動の主導権を握ってしまうことはこれまでに輪をかけて危険な状態と言えたが、なぜか今は大人しいのだ。

 きっと、大人になったという勘違いを真に受けて、慎重なふりをしているに違いない。
 今回ばかりは、大丈夫そうだった。

 とはいえ、我慢の限界はいつ来るともしれない。
 気を取り直して冷静に考えてみることにした。

 ただでさえ薄い存在――魂の体。下手すると色んな場面で消滅の危機があった。

 まず始めが、あの降り注ぐ源泉かけ流しの溶岩風呂だ。どっぷり肩まで浸かると、そこから上がるまでには百を数えても足りなかったかもしれない。

 そもそも、危険な溶岩や酸などは体を透過するのだ。水をかいて泳ぐようなことはできるのだろうか? ……泳ぐこともままならず、ずっと沈みっぱなしの可能性まであった気もする。

「お腹がすくこともないし、熱くもないんだけけど、あんまり過信はできないね……」

 知識は豊富にあるけれども、それを活かす知能がボクには少し足りない。
 それに、泳ぐには練習が必須だと思った。
 なので『彼』の体の感覚と、ボクの体の感覚は違うから、いきなり泳げる前提は危険……と結論付ける。

 次が、さっきの火炎旋風。実際は全ての脅威はすり抜けていった……。けど、すり抜けない場合があるかもしれない。……ボクは石を手に持つことができる。なので、竜巻の時に周囲のものを触ろうと思っていたらどうなっていたのかわからない。

(……危機感が満足に働かないのだ、ある程度の予測は立てるべきだね)

 そう思ったタイミングで、“あどけないボク”が呟く。

「命の危機がわからなくなっちゃうのは、ほんと困りものだね。たぶん」

 そういえば、先ほどからちょいちょい口を挟んでいたのに気が付いた。

(……どの口で言ってるんだろう。…………あ! そういう魂胆か!)

 察されたのは、“もう辛抱ができなくなった”というサインである。

‘さっさと考えをまとめて、次の冒険に出かけよう!’と、暗に言っているのである。

「考えるばっかりじゃ、なにも始まらない! さぁ、出発だよ‼ 目指すは~………んっ⁉」

 『どっちに行こうかなぁ~』と『湖』の畔を見ていた時、……赤く揺れる水平線の向こう側に遠くにかすんで見える対岸を発見した! 両手で庇を作ってじっくり目を凝らすボク。 

「……遠すぎてわかんないよ⁉ 遠すぎ! かすれ過ぎ! 残念過ぎるぅ!! ……う~ん、あっちに向かうには……どうせなら、波打ち際を間近に見ながら、探検したいね!」

 後ろはごつごつした岩ばかり。それはもう、ここに来る前に見飽きたのだ。

 ひょっとするとあちら側から避難してきた可能性もあったが、記憶には無い。
 だから『初めて見る光景』――この場合は、湖の畔が最優先!

「さすがに泳いで向こうに行くのは無理だよね! これだけ広いと途中で飽きちゃう! せめてスイミングスクールの先生を見つけてからじゃないとね!」

 走る、歩く、飛び跳ねるというのは自然とできたこと。
 先ほども、泳ぐのは知識だけじゃ無理だと思った。

 溶岩遊泳や湖底散歩も楽しそうではあったが、そこに情熱は傾けてはいけない。
 おそらく、透明度はゼロ。徒労に終わるのは目に見えている。
 湖の上を走り抜ける案……もしできそうならGOだ。沈むようならNOである。

「よし、そろそろいける! 冒険の再開だ! 左は無理、陸が見えない! じゃあ反対だ! おぉう、陸地がちゃんとあるじゃない!」

 出発の掛け声とともに、陸路を確認する。

 少し回り込む必要はあるものの、ちゃんと地続きになっていた。

 ここに来てから特に何もせず。
 ぼーっと目の前ばっかり眺めてたから、体育座りしていた以外の情報がないのだ!

 そこしれない不安は過ぎるものの、湧きたつ衝動、新たな興奮が迸ってきた。
 心はずっと“早く行こうよ~!”と催促し続けている。これでこそボクだ!!

 行き先が右側に決まったから、もう一度だけ、注意深く先を確認する。
 ボクもちゃんと学習しているのだ! もう引き返さないように慎重になるのだ。

「途切れてたら嫌だしね。これだけ楽しい世界なんだから。来た時と同じ景色じゃなくて、ちょっとでも見たことない景色を楽しみたいじゃない! 一度でも通った道は、絶対に戻りたくないし。さあ、今度こそ本当に出発だ!」

 もう今のボクには「じっとしてなさい!」は通じない。……だって子供だし!

 ボクは、迷子の論理を振りかざし、未知との遭遇に向けて駆け出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので暗殺される前に国を出ます。

なつめ猫
ファンタジー
公爵家令嬢のアリーシャは、我儘で傲慢な妹のアンネに婚約者であるカイル王太子を寝取られ学院卒業パーティの席で婚約破棄されてしまう。 そして失意の内に王都を去ったアリーシャは行方不明になってしまう。 そんなアリーシャをラッセル王国は、総力を挙げて捜索するが何の成果も得られずに頓挫してしまうのであった。 彼女――、アリーシャには王国の重鎮しか知らない才能があった。 それは、世界でも稀な大魔導士と、世界で唯一の聖女としての力が備わっていた事であった。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

召喚アラサー女~ 自由に生きています!

マツユキ
ファンタジー
異世界に召喚された海藤美奈子32才。召喚されたものの、牢屋行きとなってしまう。 牢から出た美奈子は、冒険者となる。助け、助けられながら信頼できる仲間を得て行く美奈子。地球で大好きだった事もしつつ、異世界でも自由に生きる美奈子 信頼できる仲間と共に、異世界で奮闘する。 初めは一人だった美奈子のの周りには、いつの間にか仲間が集まって行き、家が村に、村が街にとどんどんと大きくなっていくのだった *** 異世界でも元の世界で出来ていた事をやっています。苦手、または気に入らないと言うかたは読まれない方が良いかと思います かなりの無茶振りと、作者の妄想で出来たあり得ない魔法や設定が出てきます。こちらも抵抗のある方は読まれない方が良いかと思います

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

処理中です...