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地獄体験~あれ? 思ったよりも~
『彼』のオンステージ 3
しおりを挟む『彼』は一身に注目を浴びていた。
(いや、視線がちょっと逸れてる……体じゃない。……その手前?)
『彼』のやや後方にいたボク――透明人間を試したくて一時的に離席していた――は、慌てて特等席に戻り、良い子のお客さんに戻る。そして、視線を『彼』の方へ戻し、周囲と同様に――掲げられた『彼』の両腕、さらにその先の十本指に注目した。
――『彼』のてのひら、その指先の全てに、煌びやかな炎が灯されていた。
観客の視線は、そこから外れない。――ボクの視線も釘付けだ!
男も女も老いも若きも、その場に集まった全ての観客が、『彼』の指先に注目していた。
そう、たった今! ここに来る直前!
ボクが目にしていた“七色の炎”――巨大なつららを照らす色鮮やかな炎が!
『彼』の全部の指に灯されていたのだ!
いや、十本の指なのだ、七色では数が合わない。それ以外の色もあったのだ!
そこから『彼』は色とりどりの炎を弄して、ボクたちを魅了しはじめた。
――指を鳴らすごとに、はじける炎。
――大きくしたり、小さくしたりするのは当然の如く。
――空に躍らせ、弧を描かせ、輪を創り、鳥を象らせ、火の輪くぐりさえさせた。
――炎の色ですら、最初に灯ったのはあくまで原色、とばかりに次々とその色味を変化させる。
大きさ、形、色、そして匂い。……匂いは、想定外だったみたいで、顔をしかめる観客に度々頭を下げて、苦笑いされていた。
けれど、その反応が笑いを誘った。ボクだけでなく、周囲の人々からも。
(……演出の一環かな? どうだろね?)
実際、そのやり取りですら楽しいんだから、意図があろうとなかろうと何も問題がなかった。
「――ちょっとの失敗は、笑いのエッセンス。
――ハプニングですら、少しパンチの利いたスパイスだ」
どんな“失敗”からでも“笑顔”を紡ぎ出す――それが『彼』にとっての『完璧』。
誰もが喝采を上げるような“凄み”は違う――『彼』の求める『理想』じゃない。
ボクは『彼』とは一心同体だったから『彼』の想いがわかった。
「――ただただ、大輪の“笑顔”を、世界中に咲かせたい。その一心なんだよね」
息をのむ瞬間の連続。
「観客たちは息も絶え絶え――は誇張が過ぎるかな?」
そう呟くも、引きも切らさぬパフォーマンスの数々は、次から次へと観衆の度肝を抜き続け、あながち間違いでもなかった。やがて、時を忘れて愉しんでいた観客たちの頭上に、突如打ち上げられた、大きな“ファイヤーフラワー”。
それは、お世辞にもきれいとは言い難く、ただただ大きく音がでかいだけの花火。
――観衆の注目を集めるためだけに作られた花火が、“フィナーレの始まり”を告げた。
‘いままでのは様子見でした’と言わんばかりに、次々と“炎のパフォーマンス”を披露していく。まさに変幻自在。『彼』と『炎』が一気呵成にその場の空気を熱くしていく。
縦横無尽に動き回る炎に、皆の視線も右往左往。
驚愕の顔。好奇心に満ちた顔。不思議がった顔。
色んな表情が、たくさん溢れた。
――そして最後に、これまでで一番大きな、万色の“炎の華”を魅せつけた。
みんなの視線が集まる中、『彼』は頭の“とんがり帽子”を手に取って、“真っ白”な鳥を次々に飛び立たせていった。
そのまま帽子を片手に、胸に手を添え、腰を折って「ありがとうございました」と小さく感謝の言葉を発したのだった。――その声はボクにしか聞こえない。きっとサイレントだから控え目なんだろうね。
「かっこいい……」
『彼』が顔を上げると同時――どっと拍手と歓声、それに口笛が、音の大洪水となって『彼』全身を叩き――『彼』とボクのつぶやきは、今日一番の熱気に吞み込まれた。
(どこもかしこも“笑顔”の一色になった!)
……万雷の拍手と大輪の笑顔に囲まれた、ホワイトフェイスの『彼』の表情はメイクのせいでわかり難い。けど、きっと心の内では、必死に喜びを嚙みしめている。
「きっとご満悦だね。今日一番の“笑顔”が鏡の前の『彼』にしか見れないのがちょっと残念だよね~♪」
ボクも、この場にいる人たちと同じように『彼』のパフォーマンスに心が躍った。
注目の的の『彼』の隣に立ち並ぶ。誰にも気づかれないのは――
「――そういえばこれって“記憶”なんだよね。一回見たことがあるような気がするから、きっとそうだね。この突然の“サプライズ”はだれからのプレゼントかなぁ?」
ニマニマしながら『彼』の肩にそっと手を添える。
そして感動に打ち震えている『彼』に向かって――
「ふふふふん~♪ ありがとうね。今まで忘れてたのが残念だけど。おかげでいろいろ思い出せたよ!」
鼻歌まじりに感謝の想いを伝えたのだった。
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