上 下
302 / 391
短編・中編や他の人物を中心にした物語

選ばれた子、選ばれなかった子9

しおりを挟む
「……かぁ~、うめぇなぁ」

 と、幸せそうに酒をあおる張飛の顔を見て、桃花は幸せな気分になった。

 人が喜ぶ様というのは時に嫉妬に繋がりかねないが、張飛のは不思議と見ている方まで幸せにしてくれる。

 桃花はそのことに感心しながら、手に持った鳥の足にかぶりついた。

 張飛が焼いてくれたその肉は香ばしい焦げ目がつき、適度な加減で塩が振られている。

 これが不味いはずがない。

「美味しい~」

 その幸せそうな顔を見て、今度は張飛の方が感心した。

(この娘が喜んでると、見てる方まで幸せになるな)

 そう思いながらまた酒に口をつけ、桃花を幸せにしてくれる表情を浮かべる。

 要は、二人とも幸せだった。

 二人が出会ってから一月ほど経つが、毎日のように顔を合わせている。

 場所は今は使われていない山小屋だ。張飛が地形などの調査中に見つけていた。

 かなりボロになってはいるが、一応雨風をしのいで火を起こせる。ここを待ち合わせ場所にして二人は頻繁に会った。

 張飛は食べ物を、桃花は酒を持ってくる。そして二人は束の間の幸せを享受した。

(すっごく楽しい)

 桃花は美味しいだけでなく、楽しいとも思った。

 これまでは伯母を恐れて悪いことなどできなかった。それが今は酒をちょろまかし、禁を破って隠れ食いをしている。

 背徳的な楽しさだ。

 それに、張飛との会話は楽しかった。

「じゃあ張飛さんは軍の中でもかなり強い方なの?」

「おう、強いも何も最強だぜ」

「すごい」

「そうだろ?樽を相手にして飲み切れるってのは、軍の中でも俺くらいだ」

「……え?強いって、お酒のこと?」

「なんだ、腕っぷしの方か。まぁそっちも酒が賭けられてたら最強だぜ?」

 終始こんな調子で笑わせてくれる。

 敬語はすぐにやめるよう言われた。だから本当に友達同士のように話をしている。

『齢なんて関係ねぇよ。俺のことは友達だと思って話しな』

『そう言われましても……』

『そういう言葉遣いの方が桃花らしいって気がするんだよ。本当はもっと明るい娘なんじゃないか?それが伯母さんに押さえつけられて、うつむいちまってただけさ』

『そうでしょうか……張飛さんはどうしてそう思うんです?』

『目の奥に、そんな光がある気がするんだよ。俺の知り合いに目を見るだけで相手の本質が分かる男がいるんだが、確かに人の目を見てると感じるものってあるだろ?まぁさすがにその男みたいにはいかないが、俺も感じた時は結構当たるんだぜ?』

 そういう話をされると、桃花自身もそんな気がして自然と顔を上げられた。

 そして言われた通りにしてみると、確かにしっくりくるのだ。

 ただこんなふうに話せるのは張飛だけなので、毎日ここに来るのが楽しみになった。

 もちろん時間が合わずに会えないこともあるが、そんな時には食料とともに書き置きを残されている。

『酒の女神に奉納品。ご利益は酒池が良い』

 これを見て、逆に桃花が酒を置いて帰る時にも書き置きを残した。

『肉の神様に奉納品。ご利益は肉林が良い』

 こんな他愛のないやり取りが桃花にはたまらなく楽しかった。

「桃花は出会った時とえらく変わったな。いい笑顔をするようになった」

 張飛にそう言われ、自覚もある桃花は大きくうなずいた。

「自分でもすごくそう思う。最近は生きてるのが楽しいって思えるの」

「前までは楽しくなかったか」

「楽しくなかったっていうか、自分は生きててもいいんだろうか?生きてるのが許されるんだろうか?って思いながら生きてた」

「そりゃ辛いな」

「辛かったよ。でも張飛さんのおかげで自分の気持ちを口にできて、すごく楽になったんだ。死んじゃった従兄はやっぱり可哀想だけど、これからは『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』って思うことにする」

「そうだな。従兄だって、その方がずっと嬉しいさ」

 張飛は大きな体で小さくうなずく。

 その優しい仕草で桃花は心が暖かくなるのを感じた。

(これからもずっと、ずっとこうしていたいな)

 そのために、今後も細心の注意を払いながら酒をちょろまかしてやろうと思った。

 が、それからさらに一月が経った頃、養父である夏侯博カコウハクが突然桃花に告げた。

「桃花、お前はもう薪拾いには行かなくていい」

「……え?ど、どうしてでしょうか?」

 桃花は焦った。

 酒のことか、張飛との密会がバレたのではないかと思った。

 しかし養父の表情はそれにしては明るい。

「お前の縁談が決まったのだ」

「えっ!?」

 予想外の回答に、桃花は頭が真っ白になった。

 その白の中になぜか張飛の顔が小さく浮かんでいる。

「結婚前に山で傷でも作ったら大変だ。十日後の嫁入りまでは家でゆっくりしてて構わないぞ」

「と、十日後!?結婚まで十日しかないんですか!?」

 いくらなんでも早すぎる。ここまで時間的な余裕がないというのはどういうことだろう。

「色々事情があってな。落ち着いたら改めてちゃんとした式を挙げてやるから勘弁してくれ」

 夏侯博はその事情を話さず、それだけ答えた。

 しかし、さすがに十日というのは無理がないだろうか。

 結婚の早い時代なので、まだ十代の桃花でもいつ縁談があっても不思議ではない。

 しかし桃花は不思議と自分が見知らぬ誰かと結婚する様が想像できなくなっていた。

(結婚したら、張飛さんと会えなくなるのかな)

 まずそう思った。

 酒と食べ物を交換しているだけで別にやましいことなどないが、この時代の倫理観では許されることではないように思える。

(でも、もしこの近くに住むなら今みたいに薪拾いとかにかこつけて……)

 そういう希望のもと、尋ねてみた。

「あの……お相手はこの辺りの方ですか?」

「この辺りといえばこの辺りだが、一軍を率いる武人の方だからな。戦に合わせて住まいは変わるだろう」

「武人……ですか」

「武人といってもただの武人ではない。まぁ一応……中郎将ちゅうろうしょうだった方だからな」

(……一応?だった?)

 桃花は言葉の端に引っかかった。

 中郎将が高級官吏であることは知っているが、何か違和感のある言い方な気がする。

「どちらの軍の、どなたでしょう?」

 そう具体的に尋ねられた夏侯博は、なぜか一拍置いてから答えた。

 しかもどこか無理やり笑っているように見える。

「……まぁ、そういう立派な方だからお前は何も心配せずに嫁いだらいい」

 それだけ言って、背を向けて歩き出してしまった。

(え?どういうこと?)

 自分の結婚相手の素性を教えてもらえないということがあるだろうか。

 桃花は夏侯博の背中に訝しげな視線を送った。まだ頭が上手くついていかないが、明らかに何かおかしい。

 その視線に気づいたからではないが、夏侯博は去る前に一度振り返った。

「ああ。そういえばお前の食事だが、もう好きなだけ食べていいぞ。最近のお前はなぜかあの食事量でも肉付きが良くなっているしな」

 本来なら『好きなだけ食べていい』などという言葉は、この娘にとって跳ね回るほどに嬉しいものなはずだ。

 しかしこの時の桃花には、まるで空虚な言葉にしか聞こえなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私たち、幸せになります!

ハリネズミ
恋愛
 私、子爵令嬢セリア=シューリースは、家族の中で妹が贔屓され、自分が邪険に扱われる生活に嫌気が差していた。    私の婚約者と家族全員とで参加したパーティーで、婚約者から突然、婚約破棄を宣言された上に、私の妹を愛してしまったなどと言われる始末。ショックを受けて会場から出ようとするも、家族や婚約者に引き止められ、妹を擁護する家族たち。頭に血が上って怒鳴ろうとした私の言葉を遮ったのはパーティーの主催者であるアベル=ローゼン公爵だった。  家族に嫌気が差していた私は、一部始終を見ていて、私を気の毒に思ってくれた彼から誘いを受け、彼と結婚することになる――。  ※ゆるふわ世界観なので矛盾等は見逃してください※  ※9/12 感想でご指摘頂いた箇所を修正致しました。

アルファポリスという名の電網浮遊都市で歩き方がさっぱりわからず迷子になっているわたくしは、ちょっと涙目である。

萌菜加あん
エッセイ・ノンフィクション
三日ほど前にこちらのサイトに引っ越してきた萌菜加あんは、現在ちょっぴり涙目である。 なぜなら、こちらのサイトの歩き方がさっぱりわからず、かなり激しい迷子になってしまったからである。 この物語は、いや、このエッセイは、底辺作家の萌菜加あんが、 生存競争の激しいこのアルファポリスで、弱小なりに戦略を立てて、 アマゾンギフト券1000円分をゲットする(かもしれない)、努力と根性の物語、いや、エッセイである。(多分)

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

婚約破棄された落ちこぼれ剣姫は、異国の王子に溺愛される

星宮歌
恋愛
 アルディア公爵家の長女、ネリア・アルディアは、落ちこぼれだ。  本来、貴族の女性には必ず備わっているはずの剣姫としての力を一切持たずに生まれてきた彼女は、その地位の高さと彼女が生まれる前に交わされた約束のために王太子の婚約者ではある。  しかし、王太子はネリアよりも、優秀な剣姫としての才能を持ち、母親譲りの美貌を持つネリアの妹、ミリア・アルディアと恋に落ち、社交界のパーティー会場でネリアに婚約破棄を言い渡す。  無能と蔑まれ、パーティー会場から追い出されるネリア。  帰ることもできず、下町で働こうにも、平民達にすら蔑まれるネリア。  その未来は絶望的に見えたが……?  これは、無能だったはずのネリアが、異国の王子に愛され、その力を開花させる溺愛物語である。  だいたい、毎日23時に更新することが多いかと思いますので、よろしくお願いしますっ。

夫と妹が不倫関係でした。

杉本凪咲
恋愛
結婚三年目。 私は夫の不倫現場を目撃する。 相手は私の妹だった。

スパイス料理を、異世界バルで!!

遊森謡子
ファンタジー
【書籍化】【旧題「スパイス・アップ!~異世界港町路地裏バル『ガヤガヤ亭』日誌~」】熱中症で倒れ、気がついたら異世界の涼しい森の中にいたコノミ。しゃべる子山羊の導きで、港町の隠れ家バル『ガヤガヤ亭』にやってきたけれど、店長の青年に半ば強引に料理人にスカウトされてしまった。どうやら多くの人を料理で喜ばせることができれば、日本に帰れるらしい。それならばと引き受けたものの、得意のスパイス料理を作ろうにも厨房にはコショウさえないし、店には何か秘密があるようで……。 コノミのスパイス料理が、異世界の町を変えていく!?

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

処理中です...