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短編・中編や他の人物を中心にした物語

短編 凛風と翠蘭の益州合流2

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「おい、てめぇら。村一つを襲った収獲が五歳児二人ってのはどういうことだ?」

 弘林コウリンは目を凄ませ、十人の部下たち睨みつけた。

 かなり怒ってみせたつもりなのだが、それで怯えた部下はいなかった。

 緊張感を欠いた声を返してくる。

「でも正規軍が来たんじゃ仕方ないでしょ。弘林さんだって手ぶらで帰ってきたじゃないですか」

 痛いところを突かれた弘林は言葉を詰まらせかけたが、別のことを口にするという選択でそれを避けた。

「……ば、馬鹿野郎!俺のことは『お頭』って呼ぶように言っただろうが!俺たちゃもう山賊なんだからな!」

 それを聞いた別の一人がため息混じりに答える。

「その第一日目でいきなり失敗ですよ?やっぱり俺らには無理なんじゃ……」

「…………」

 その懸念に、弘林も含めて一同が沈黙した。

 ほったて小屋のような粗末な家屋を痛い静寂が支配する。

 外では少し強めの風が吹き、立て付けの悪い戸がガタガタと揺れた。

 誰もが居づらそうに身じろぎしていたが、その空気を場違いな幼い声が壊してくれた。

「ねぇ、もう遊びに行っていい?」

 まったく空気を読まずにそう言ったのは、テンだ。

 頭の後ろで手を組み、『退屈だ』という感情を全面に出した顔をしている。

 その横で馬恭バキョウは大人しく黙っていた。

 弘林はあらためて二人を眺め、ため息をついた。

「……ってゆーかよ、なんでこいつらを連れてきたんだ?」

 甜たちを馬に乗せてきた男が申し訳無さそうに頭をかいた。

「いやぁ……山賊っていったら人をさらったりとかしないといないかな、とか思って」

「意味不明な義務感で五歳児連れてくるなよ……」

 弘林は頭を抱え込んで、またため息をついた。

「どうすんだよこれ……」

 全くもって扱いに困る。ただ置いておいても食料の消費が増すだけだ。

「あの……人買いに売る、とか……」

 連れてきてしまった男がおずおずとそう言った。

 それは真っ当な山賊のすることとしては、完全に真っ当な行為のはずだ。

 しかしお頭を自称する弘林はその男のことを睨みつけ、鼻筋にシワを寄せた。

「……ぁあ?そんなことしたら、こいつら酷い目に遭っちまうじゃねぇか」

「す、すいません……そうですよね」

 男はそう言ってすぐに頭を下げたし、周囲の男たちも誰もが非難するような目を向けている。

 要は、そういう連中なのだ。

 そして五歳児にしては聡すぎる馬恭は事情を察し、控えめに手を上げた。

「あの……よろしいでしょうか?」

「ん?なんだ?」

(子供にしてはやけに言葉遣いがいいな)

 と思いながら、弘林は問い返した。

「今のお話から察するに、皆様は今日から山賊を始めようとされていた、ということで間違いないでしょうか?」

 やはり五歳児の喋る言葉ではない、ということに戸惑いながらも、弘林はうなずいて答えてやった。

「あ、ああ……そうだよ。俺たちはついこの間まで普通に故郷で畑をやってた。でも山賊に襲われて蓄えをかなり取られちまってな。それで食ってける人数だけ残して、俺らは口減らしに村を出ることにしたんだ」

「なるほど、それでやむにやまれず山賊を。心中お察しします」

「……お前本当に五歳か?」

「よく言われます」

「まぁ……そういうことだ。口減らしに出て来たわけだから物凄く貧しい。売れるものは全部売って飯にした。それでも明日食う飯も無いんだ。それで仕方なく、自分たちが山賊になったわけだよ」

 そう説明した弘林に、男たちの一人が付け加える。

「その山賊もまともに出来なかったわけですけどね」

「……なんだとコラ」

 弘林はジロリとそちらを見た。

 しかし言った男はなんの威圧感も感じなかったらしい。ごく平然と返答される。

「いや、睨んだって駄目ですよ。弘林さんも女に悲鳴を上げられただけで穀物の袋を下ろしてたじゃないですか」

 確かに弘林はそうしていた。

 自分たちの村も略奪に遭って苦しんだのだ。それを思うと奪うのは辛かった。

「う、うるせぇな」

「やっぱり俺らには無理なんですよ」

「じゃあ今後どうやって食ってくんだよ」

「あの……すいません」

 と、また馬恭が手を上げて口を挟んだ。

「食糧事情が悪いとのことですが、それだと僕たちがいるだけで迷惑になると思います。お手数ですが、あの村まで戻していただけないでしょうか?」

 弘林としてもそうしたいのは山々だが、なかなかそうもいかない。

「悪いが、今帰ったら軍に捕まえてくださいと頼んでるようなもんだ。ほとぼりが冷めるまでしばらくここにいてもらう」

 軍が来たというのはハッタリだったわけだが、村が賊に襲われそうになったのは間違いない。

 ならば軍が現場付近を警戒している可能性は高いだろう。

「まぁ明日食う飯も無いとは言ったが、そもそも病人が多いからその分は多少は取ってあるんだ。その中からなんとかお前らの分は用意してやるよ」

「病人?たくさんいらっしゃるのですか?」

「ああ、実はここにいるのは半分だ。もう十人ほどが隣りの部屋で寝込んでる」

「半分も……」

「初めは一人だけだったんだが、そこからどんどん増えてな」

「医師には診せていらっしゃいますか?」

「診察代なんて払えない」

「では治療は?感染対策は?」

「いや、薬もないし安静にして寝かせてるだけだよ。感染対策って言ったって、別にな……」

「…………」

 馬恭は無言で懐から手ぬぐいを取り出すと、それを自分の顔を巻いて口と鼻とを覆った。

 それから隣りの部屋との仕切りになっている戸に向かう。

「おいおい、どうするんだよ?」

 小さな背中に弘林が尋ねた。

 しかし馬恭は答えず、逆に質問を返す。

「どのような症状でしょうか?」

「いや、お前……」

「お答えください」

「……人によって多少違うが、熱は全員が出てる。あとは咳があったり、腹を下してたり、吐いてるやつもいるな」

「何らかの傷寒で、伝染るもの……流行性感冒かもしれないし、食中毒のようなものかもしれない……」

 小さくつぶやきながら戸を開けた。

「……今寝ている方以外の寝具もありますが、もしかして元気な方も一緒に寝てらっしゃるのですか?」

「ああ、そこは寝る部屋だからな」

「……駄目だこれは……一から全部教えないと……」

 苦い顔をしてまた小さくつぶやいた。

 そしてやるべきことを一気にまくし立てる。

「まず感染対策を徹底しましょう。元気な方は今日から寝る部屋を分けてください。定期的な換気もお願いします。それと病人の使ったものは共有を避け、よく洗い、煮たり熱湯をかけられるものは出来るだけそうしてください。病人の世話をする時は今僕がやっているように手ぬぐいで鼻と口を覆い、終わったらよく手を洗ってうがいもしてください」

 突然たくさんのことを言われた弘林は何から答えていいか分からなくなり、口をパクパクとさせた。

 たっぷり十秒そうしてから、ようやく声を出す。

「……えっと、そうするとどうなるんだ?」

「絶対ではありませんが、病人が増えるのを予防できます」

「そりゃ効果があるんならやってもいいが……」

「それと、来る途中で薬になる植物を多く見かけました。今からそれを採りに行きましょう」

 それは大変にありがたい事ではあるのだが、さすがに弘林はこの小さな生き物が気味悪くなった。

「い……一体なんなんだ。どういう子供なんだよ」

「医師の子供です。それで多少の知識があります」

「そうだとしても……お前本当に五歳か?」

「よく言われます」


***************


「やったぁ~、私の勝ち~!!」

 そんな明るい声が山中に響き、山賊初日の男たちは顔をほころばせた。

 泥だらけのテンが自分の引き抜いた根っこを掲げ、そばにいる男の根よりも長いということを誇っているのだ。

 口減らしに村を出た男たちは皆独り身だったが、それでも子供の笑い声は心を明るくする。

 捨てざるを得なかった村での日常が思い出され、心が温まった。

 甜は馬恭バキョウのところへ走っていき、その根を自慢した。

「すごいでしょ!?今日抜いた中で一番の長さだよ!!」

「本当にすごいね。でもさっき弘林コウリンさんがもう少し長いのを抜いてた気がするけど……」

「えっ!?じゃあもっとすごいの探す!!」

 そう言って甜はまた駆けていった。

 その背中を見送りながら、馬恭は少し申し訳ない気持ちになった。

 というのも先ほど甜には、

『誰が一番長い根っこを抜けるか勝負だ』

と言ったものの、実際にやっているのは薬用植物の採取なのだ。

 採っているのはくずという植物の根で、葛根かっこんという生薬になる。

 風邪っ気な時に葛湯を飲む方も多いからご存じかもしれないが、身体を温める作用がある。

 山賊たちに連れて来られる途中にその群生地を見つけていたので、採りに来たのだ。

「おい、仲間が他のも採って来たぞ。こんな感じでいいのか?」

 そう言われて馬恭が振り向くと、そこには弘林が立っていた。

 その両手に植物が握られている。

「マオウの茎とキハダの樹皮でよかったんだよな?」

 これらは麻黄まおう黄柏おうばくという生薬になり、麻黄には鎮咳作用、黄柏には抗菌・止瀉作用がある。

 馬恭は自分の注文通り薬用植物が揃えられたことに満足して、大きくうなずいた。

「結構です。ありがとうございます」

「しっかし……いくら医者の息子だからって、お前の齢でこんな知識があるもんかね」

「よく言われます」

 弘林が苦笑しているところへ甜がまた帰ってきた。

「恭!もっと長いの取れたよ!これなら私の勝ちでしょ!?」

 甜の右手に握られている根は確かに長く、今日一番の大物と思われた。

「本当だ。これなら今日の一番は甜だね」

「やった!!」

 甜は飛び跳ねて全身で万歳をしてから、大きく伸びをした。

「あ~、今日もいっぱい遊んだ。ご飯をたっくさん食べよっと」

 それを聞いた弘林は、

『さっきの話を聞いてなかったのか』

とは思わなかった。

 むしろこれが五歳児の普通であり、異常なのは馬恭の方だ。

 申し訳ない気持ちでなんと言おうか悩んでいると、馬恭の方が気を利かせて甜に話してくれた。

「あのね、残念だけど弘林さんの所にはあんまり食べ物がないんだ。だからお腹いっぱいは食べられないと思う」 

 それを聞いた甜は不思議そうな顔をした。

「なんで?」

「なんでって……だから食べ物が少なくて……」

「でも来る途中にいっぱい転がってたよ?」

「……え?……転がって?」

 言っている意味がよく分からず眉を寄せる馬恭に、甜はごく普通に教えてくれた。

「だって、カエルがものすごくたくさんいる池があったもん」

「「えっ!?」」

 馬恭と弘林の声が重なった。

 そして弘林が勢い込んで尋ねる。

「おい、お嬢ちゃん!そりゃ本当か!?見たのか!?」

「見てないけど、絶対いっぱいいるよ。そういう池だったもん」

 五歳児のあやふやな言葉に弘林は半信半疑になったが、馬恭の方は血相を変えて弘林の裾を引っ張った。

「弘林さん。甜がこう言っているということは、絶対にたくさんいます。薬はある程度集まりましたし、すぐにそこに行きましょう。甜、場所は覚えてる?」

「うん」

 普通なら五歳児にこう言われても動く大人は少ないだろうが、弘林はすでに馬恭の異常さを知っている。

 だから言われた通り、仲間たちと一緒に甜の言う池まで来てみた。

 すると、いた。

 見たことがないほど大量のカエルが。

「す、すげぇ!!取り放題だ!!」

「食い放題だぜ!!」

「これならしばらく食いつなげるな!干したり燻したりして保存しておくぞ!」

 弘林たちはびしょ濡れになりながらカエルを追った。

 甜と一緒にはしゃぐその様子は、まるで少年の集まりのようだ。

 池に着いた時点ですでに夕方だったのだが、かなりの量を捕まえることができた。

 そして帰路、甜と馬恭は弘林の馬に乗せてもらい、男たちからの絶賛を受けていた。

「いやぁ甜ちゃんも馬恭君もすげぇなぁ」

「本当だよ。二人のお陰でなんとか生きていけそうだ」

「そうだな。二人は俺らの命の恩人だぜ」

「馬恭君の知識なんてもはや子供のもんじゃないよな。君付けで呼ぶのが悪いほどだよ」

「んじゃ先生って呼ぶか。馬恭先生」

 そう言われても、謙虚が正しいことだと教わっている馬恭は困ってしまう。

「いえ、そんな大したものでは……」

 そう謙遜した馬恭だったが、甜は単純に自分もすごい呼ばれ方をしたいと羨ましがった。

「甜は!?甜も何か呼び方が欲しい!!」

 男たちはそれを微笑ましく思いながら、呼称を考えてやった。

「うーん……甜ちゃんは……なんだろう?」

「そうだな、じゃあもう甜ちゃんが『お頭』ってことでどうだ?」

「あはは!確かに穀物の袋一つ取ってこれない弘林さんよりも、お頭の資格はあるかもな!」

 男たちはそう言って笑い声を上げた。

 しかしただ一人、弘林だけは憮然とした顔をしている。

「ふ、ふん……カエルだけじゃお頭とは認められねぇな。もっと貢献してもらわねぇと」

 その言葉に、甜は賢い従兄のことを振り返った。

「こーけんって何?」

「貢献っていうのはね、相手が喜ぶことをしてあげることだよ」

「喜ぶこと……」

 甜はこの男たちに会ってからのことを思い出し、一番喜ばれたことは何だったかと考えた。

 そしてこの山賊たちに貢献しようと思い、可愛らしい口を開く。

「食べ物だったらさぁ、カエルだけじゃなくてウサギの巣穴もたくさん見つけたよ」

「「「えっ!?」」」

 男たちの声が重なった。

 しかも甜はさらに貢献を続ける。

「それとね、イノシシの通り道とか、クマの洞穴ほらあなとか、鳥の巣とか、食べられる草とか木の実とかもたくさんあったよ」

「「「…………」」」

 男たちは驚き過ぎて、むしろ言葉が出てこなかった。

 山道には沈黙と馬蹄、そして足音だけが続く。

 そんな中、弘林がポツリとつぶやいた。

「……もう甜さんがお頭でいいです」


***************


 凛風と翠蘭は目に涙を浮かべながら坂道を登っていた。

 その目の下には大きなクマができている。

 甜と馬恭が連れ去られて、もう十日あまりが経った。

 当然のことながら、家族は二人を探したが一向に見つからない。

『山賊に攫われたのだから、軍に山賊を討伐してもらえれば助けられるはずだ』

 誰もがそう思ったのだが、なんとこの周辺には村を襲撃するような山賊はいないらしい。

 唯一結構な距離を離れた地域に一組織あったらしいのだが、それもしばらく前に軍に攻められて壊滅したという話だった。

 この辺りにいる犯罪者集団といえば、ガラの悪い数人から十数人が徒党を組んでいる程度なのだという。

 その起こす犯罪も通行人に難癖をつけて小銭をせびるくらいなので、軍も本気で相手をしていなかった。

 が、とりあえず凛風と翠蘭、そして趙奉はそういう連中の情報を集め、片っ端から襲撃した。

 可愛い子供と孫のため、三人は鬼になった。

 チンピラ風情が鬼を相手に勝てるわけがない。例外なくボコボコにされ、胸ぐらをつかまれて五歳児二人の行方を聞かれた。

 しかし甜も馬恭も見つからない。どの連中も全く身に覚えがないと泣きながら言うのだ。

 そんな中、昨日凛風と翠蘭が顔の形を変えてやった男が微かな情報を漏らしてくれた。

『そ、そういえば他所から流れてきた変な連中がいました。山賊になりたいからやり方を教えてくれ、とか言うふざけた連中で』

『山賊!?』

『い、いやでも……人から奪ったり襲ったりはやりたくねぇって言うんですよ。馬鹿にされたと思って、怒鳴りつけて別れました。実際、その後もそいつらが何かやらかしたって話は聞きませんし』

 聞くからにハズレくさい情報ではあるが、藁をも掴む思いで凛風と翠蘭はその連中の元へ向かっている。

 ちなみに趙奉や袁徽、馬雄、馬修は村や街に出て情報を集め続けている。案内の兵も軍に当たって調べてくれた。

 甜と翠蘭はあの日からずっとまともに眠れていない。

 当たり前だろう。こんな状況でまともに眠れる親などいるわけがない。

 目を閉じれば子供の明るい笑顔が浮かんでくる。

 静かになれば楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

 そのたびに胸を締め付けられ、息が出来なくなるほどに苦しくなった。

 自分の子供は今、泣いているかもしれない。大変な苦痛を受けているかも知れない。

 もしかしたら、もうこの世にはいないかも知れない。

 そんなことを考え、二人とも涙を溜めながら情報のあった所へ向かっているのだ。

「恭……」

 つぶやいた翠蘭の涙がついに重力に耐えられず、ポロリとこぼれた。思わず喉を震わせてしゃくり上げる。

 凛風は素早く翠蘭の手を握り、自分の涙を指で弾いた。

「大丈夫。きっと大丈夫だよ。私たちがそう信じないでどうするの」

「お姉様……そう、そうですわね。きっとあの子たちは大丈夫ですから、私たちが見つけてあげないと」

 翠蘭が口元を引き締めた時、山道から少し降りた川で大きな水音がした。

 見ると、一人の男が川で桶に水を汲んでいる。

 その顔を見た凛風はハッとした。

 なんとなくだが、見覚えがある気がしたのだ。あの日、村を襲っていた賊たちの一人なのではないかと思った。

 凛風はほとんど飛び降りるようにその男のそばへと降りた。

「あ……あなた、山賊!?」

 突然現れた凛風に男は驚いて桶を倒した。

 それを慌てて拾い上げながら答える。

「……え?いや……まぁ……一応山賊かな?今の俺たちは山賊『甜恭団てんきょうだん』を名乗っちゃいるが」

「甜恭……?と、とにかく山賊なのね!?」

 凛風はそれだけでこの男を動けなくすることに決め、拳を固めた。

 が、それを実行する前に男の方が凛風を指さして大きな声を上げた

「……あっ!?あんた!!」

「な、何?」

「もしかしてお頭の母親じゃないか!?」

 言われた凛風はあまりの困惑に、かなり変な顔をしてしまった。

 なぜいきなり自分が山賊のお頭の母になるのだろう?

 というか、そんな齢に見えたのだろうか?

「いやいやいや……そんなわけないでしょ」

「でも目元がまんま甜さんの目元だぜ!絶対母親だよ!」

「て……甜!?」

 いきなり娘の名前が出てきた凛風は驚きながらも困惑を深くした。

 そこへ翠蘭もやって来る。

「お姉様、この方は……」

「あっ!あんたの方は馬恭先生の母親だな!?」

 翠蘭の方も凛風と同じように困惑し、同じような顔をしてしまった。

「……馬恭……先生?確かに息子の名前は馬恭といいますが……」

「やっぱりだよ!耳の形とかそっくりだもんな!」

 状況が分からず顔を見合わせた二人だったが、男の方はニコニコと嬉しそうに笑っている。

 そして桶に水を汲み直すと、上機嫌に歩き出した。

「ほら、ついて来なよ。今日は今から宴会だから、一緒に騒ごう。二人とも喜ぶぞ」

 背中越しに軽く振り返ってから、さっさと歩を進めてしまう。

 凛風と翠蘭はよく分からないなりに男を後を追った。

「ど、どういうこと?」

「少し前からこの辺の家畜を襲ってた虎がいたんだけどさ、お頭がそれを倒したんだ。その祝いで宴会なんだよ」

「虎?いや、でも……さっき甜がお頭って」

「そうだよ、甜さんがうちらのお頭だ。……あぁ、もちろんお頭自身が武器持って虎を仕留めたわけじゃないぜ。俺らの指揮を取って虎を追い詰めて、倒しちまったんだ。まぁそれでも実質お頭の手柄だよ」

 二人が頭に混乱の糸をこんがらがらせながら歩いて行くと、確かに広場で宴会の準備がなされていた。

 むしろが円形に敷かれ、食べ物と飲み物が並べられているところだ。

 筵の中心には倒れた虎が据えられている。

 そしてその虎の上に、凛風と翠蘭が求めていたものが乗っていた。

 甜と馬恭だ。

「まいったか!?牛さんを食べちゃう悪い虎め!!甜恭団のお頭が退治してやったぞ!!」

 甜は手をビシッと上げて良い格好を決めている。

 馬恭の方は虎を踏む感触が気味悪いのか、不安そうな顔をしていた。

「甜……グニャグニャするし、落ちたら危ないから降りようよ」

「へーきへーき、このくらい」

「それに、悪い獣だからって死体を踏みつけるのは良くないと思う」

「えー?でもこの後は皮をはいで敷物にするんでしょ?そしたらどうせ踏むよ?」

「あぁ……まぁ……確かにそうだけど……」

 凛風と翠蘭はいつも通りに元気な二人の姿を目にして、思わずその場にへたり込んだ。

 そうもなるだろう。この十日あまりの心労から一気に開放されたのだ。

 それに気づいた甜が大きな声を上げた。

「あっ!!お母さん!!ひさしぶり!!」

「え?……母上?母上!!」

 二人はさすがに嬉しかったようで、虎から飛び降りると全速力で駆け出した。

 そして弾丸のようになって母親の胸に飛び込む。

 母親たちはそれを受け止め、涙を流しながら抱きしめた。

「甜……甜……大丈夫?元気だった?」

「元気だよ!私ね、この人たちのお頭になったんだ!すごいでしょ!?」

「いや、そのお頭ってのがよく分からないんだけど……」

「お頭は一番えらい人!!」

 そういうことを聞いているのではないのだが、自慢げに胸を張る娘を見てもうどうでもいいかと凛風は思った。

「恭……怪我や病気はしていませんか?」

「僕は健康そのものですが、ここの方たちにはまだ体調が万全でない方がいます。大体は良くなったのですが、どうしても無い薬があるので父上の手持ちから拝借したいのですが」

「お父様は今日いらしていませんが……それよりまずは事情を話してくれますか?」

 賢すぎる五歳児は、母の望んだ以上に簡潔な説明をしてくれた。

「僕たちは勢いで攫われてしまいましたが、ここの方々は山賊などできないほど心の優しい方たちです。村を襲いかけたのも病人を多く抱え、飢えぬために仕方なくやったこと。僕たちにも良くしてくださいましたし、あと数日で元の村へ戻される予定でした」

 それを聞いた甜が馬恭に噛みつくような声を出した。

「いや!帰らない!私ここでお頭やるんだもん!」

 その反応に、馬恭は子供らしくない苦笑いを浮かべて凛風を見た。

「もうずっとこういう感じなので……いつも通り凛風おば様に抱えて帰ってもらえればと思います」

「いやーーー!!」

 甜は神経に障る金切り声を上げたが、凛風にはそれすら愛おしい。

 甜を優しく抱きしめてから、頭を撫でて諭した。

「甜、ここの人たちも生活があるんだからね。そんなわがまま言っちゃ駄目よ」

 しかしその説諭には馬恭が異論を申し立てた。

「あの……生活ということでしたら、むしろここの方たちも一緒に連れて行った方がいいのですが……」

「え?どういうこと?」

「甜のお陰でそれなりに食べていけるようにはなったのですが、今後の生活を考えると不安定すぎると思うのです。巴郡まで来てもらい、許靖様にお願いしてお仕事を紹介していただくのが一番かと」

 事情の全てが分かったわけではないが、凛風と翠蘭はその提案には腹が立った。

 大事な子供たちを攫った連中に対し、なぜそこまでしてやらねばならないのか。

 その顔色を見て取ったわけではないが、一人の男が二人の前でひざまずいた。

 弘林だ。

 元お頭として地面に両手をつき、額をこすりつけ、大声で凛風と翠蘭に謝ってきた。

「今回のこと、本当に申し訳なかった!うちの馬鹿が勢いでやった事とはいえ、子供を攫うなんてクズのすることだ!しかもその子供たちに助けられて、俺たちは大人として立場もねぇ……」

 弘林は心から謝罪した。

 それは爪が剥がれるのではないかと思うほど強く掻かれた土を見ればよく分かる。

 他の男たちも集まってきて、弘林と同じようにした。

 それでも凛風と翠蘭は許す気になどならなかったが、さらに子供たちが重ねた言葉には心が動いた。

「お母さん。私はお頭だから、この人たちを守ってあげないといけないの」

「母上、ここの方たちは僕の患者でもあります。父上は以前、どんな悪人でも自分の患者であるうちは精一杯の治療をせねばならないと仰っていました」

 凛風と翠蘭は顔を見合わせて、同時に諦めのため息をついた。

 こういうことを言われては、拒否すれば自分たちの方がわがままな子供になってしまう。

 こうして『甜恭団』は巴郡でもその活動を続け、許靖は面倒な仕事を一つ増やされたのだった。
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