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短編・中編や他の人物を中心にした物語
小覇王の暗殺者15
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魅音は茂みの中で、兎の首に縄を回していた。
別に殺そうというのではない。飼おうというのでもない。後で使おうと思っているのだ。
「孫策……早く来ないかな」
そんなことをポツリとつぶやいてみる。
まるで遊び友達を待つ子供のような台詞だが、待っているのは友達ではなく暗殺の標的だ。そして魅音はその暗殺者だった。
(絶対ここに来ると思うんだけどな)
その点に関しては多少の自信があった。
多くの武将が狩りを好むのはただ楽しむだけではなく、地理・地形を知るためだということを聞いたことがある。
それならば、今いるこの場所はかなりの有力地なはずだ。
少し小高くなっており陣地設営に重要な高さがある上、背に茂った林を背負っていて後ろから攻められにくい。また、泉も湧いているから水場にも困らない。
その上孫策の軍営からそれほど遠くはないし、昨日渡した雲嵐の地図でもお勧めの狩り場として印が付けられていた。
実際に鳥や兎、鹿や猪などがよくいる。
魅音が今縄を巻いた兎もすぐそこで捕らえたものだ。鏃を砂袋で包んだ矢で頭を射ち、脳震盪を起こしていたのを生け捕りにした。
兎は首に縄をかけられて、逃げられないようにされている。
(きっと来る。来たら、殺す)
魅音は孫策の顔を思い浮かべた。
直接会ったのは一度だけだが、何度も何度もあの男のことを考えた。だから顔を見れば間違えるはずはない。
それくらい、憎んでいるのだ。
(絶対に、殺す)
雲嵐から許貢の死を知らされたあの日、そう心に誓った。
魅音はそもそもサバサバした性格をしているから、怒りでも憎しみでも長く続くことはなかった。
そういう自分が自分でも好きであり、この方が生きるのが楽なのだということを自身でも感じている。
しかし、この憎しみを忘れるのは無理だ。これだけはどうしても無理だった。
孫策は自分の家族を奪った。
そこに善悪があるかとか、仕方ない事情があるかとか、そういうことは関係ない。完全にそういうことが振り切れた怒りだった。
山賊にいた時も、兄がいてくれたおかげでそれほど酷い幼少期ではなかったと思う。
しかし許貢に保護されてからの生活は、今思い返しても夢のようなものだった。
衣食住が足りていたというだけでなく、心が満たされていた。毎日抱きしめてもらえて、大好きだと言ってもらえる。家族はみんな優しくて、わがままな魅音にも笑いかけてくれた。
なんでこんなに幸せなんだろうと考えてみて、その理由に気がついた。自分が家族のことを大好きだからだった。
許貢に保護されてから、兄以外の大好きなものが増えた。それはとてもとてもとても幸せなことだった。
「父上……」
魅音はもういない大好きな人を呼んで、一粒の涙をこぼした。
それから孫策のことを考えて、あらためて思った。
(許さない。絶対に許さない)
兄と許安は心の中で折り合いをつけたようだったが、魅音の中では終わってなどいない。二人のために、ずっと我慢していただけだ。
そして今、孫策を殺すための絶好の機会がある。何もしないという選択肢は、魅音には選べなかった。
だから兄が狩場の地図を渡した翌日、一人で狩りに行くと言って出かけた。そしてここに潜んでいる。
このまま無事に孫策を殺して帰れれば、二人には何もバレはしないだろう。
(いや……これを持ち出したのが見つかったらバレるか)
魅音は矢筒に入った矢の羽を撫でた。以前に作った毒矢だ。
暗殺を諦めてから捨てることも考えたが、狩りにも使えるからという話になって一応取っておいた。確かに熊や虎などの大型動物を仕留めるには便利だ。
(……なんか、バレちゃう気もするけど。兄ちゃんも安ちゃんも私のことになると、なんでか勘がいいからな)
それは、二人とも自由人な魅音を心配して自然とそうなっただけだ。しかし本人はそこまで思いはしない。
ただ、今回は少なくとも家を出る時には気づかれなかった。許安はものづくりに集中していたし、雲嵐は雲嵐で今日は剥がした毛皮をなめすと言っていた。
一人で出かける魅音の背中に、遠出はしないよう言ってきただけだ。
(待っててよ、二人とも。私が仇を討って帰るから)
雲嵐も許安も、当然のことながら本心では孫策を憎んでいる。だからこの行動は、二人のためでもあるつもりだった。
魅音が決意を新たにしている時、その耳にやや硬い音が入ってきた。馬の蹄の音だ。
(……来た?一、二、三……四頭いるな)
魅音は音でそう判断した。
茂みからそちらの方を見ていると、思った通り四頭の騎馬が並足で歩いて来た。
その中に孫策の顔を見つけると、魅音はすぐに下を向いて視線をそらした。
(兄ちゃんが、孫策は周りの害意を敏感に感じ取るって言ってた。出来るだけ落ち着いて、平常心でいないと)
それを心がけ、視界から外したのだ。きっと見ていれば憎しみが募ってしまう。
下を向いたまま、深呼吸して心を落ち着かせた。
(大丈夫……少なくとも今は、大丈夫。でも、矢を放つ時には気づかれるんだろうな)
雲嵐がそう言っていた。
兄でそうなら、自分はなおさらだろう。感情を御すのは兄の方がずっと上手いはずだ。
(普通にやったんじゃ駄目。私一人じゃ無理。だから悪いけど、お願いね)
魅音は足元に置いた兎の体を撫でた。
兎は縄で逃げられないことが分かっているようで、大人しくしている。
魅音は耳を澄まし、騎馬たちとの距離を測った。だんだんと近づいてくる。
そしてそろそろと思った時、兎の縄を外した。茂みから押し出して、孫策たちの方へと駆けさせる。
「……いましたっ!孫策様、兎です!」
供回りの一騎が兎に気付き、声を上げた。
その一騎は馬を駆けさせて兎の前に回り込もうとする。進路を塞ぎ、孫策が射ちやすいようにしようというのだろう。
しかし兎一匹を相手に、小覇王にはそんな小細工は必要なかった。この戦人は騎射も上手い。
素早く矢をつがえ、最高速度で走る兎に直接狙いをつけた。弓を引き絞り、その弦を離す。
その瞬間、魅音もほぼ同時に矢を放っていた。孫策本人の殺気に自分の殺気を混ぜて隠そうとしたのだ。
普通には殺せないと聞いた小覇王を殺すために、魅音なりに考えた策だった。
そしてそれは、実際に功を奏していた。孫策は兎を射った直後に魅音の方を向いたが、雲嵐の矢を受けた時よりも明らかに反応が遅かった。
(当たる!!)
魅音は確信を持ってそう思った。
必殺の毒矢が仇の胴体に吸い込まれていく。
が、矢は刺さりはしなかった。孫策は飛んできた矢を片手で掴んだのだ。
(はぁ!?嘘でしょ!?)
魅音はまるで芝居でも見ているような気分になったが、残念ながらこれは現実だ。
だからすぐに次の対処をした。
供回りの騎兵たちへ、出来る限りの速度で矢を射ちまくった。
逃げるにしても、このまま孫策を狙うにしても、四対一では不利だ。
だからまずは護衛を倒すべきだと思った。今なら不意打ちの形で射てる。
しかし、さすがは小覇王の供回りの兵たちだった。それで倒せたのは初めに狙った一人だけで、残りの二人には防がれてしまった。
一人が落馬しながらよけ、もう一人は剣を抜いて矢を叩き落とした。
(……強い!!)
矢の当たった一人目は後頭部を射ち抜かれて即死だった。しかし残る二人はすぐに魅音の茂みめがけて駆けてくる。
魅音は背後の林へと走った。
当然逃げる算段も付けているから、後ろには樹の密度の濃い林を背負っていた。ここなら馬も走れない。
「追うぞ!逃がすな!」
「おう!」
二人の供回りは馬を降り、暗殺者を追って林に入った。
しかし魅音の姿は樹の陰に隠れてもう見えない。
「くそっ!どっちに行った!?」
「落ち着け。音を頼りに動くんだ。これだけ茂った林なら、移動すれば嫌でも音は立つはずだ」
一人がそう言った時、その右前方で草の動く音がした。
その兵がそちらを向いた瞬間、左の頸動脈に矢が突き立った。
血を吹き出しながら倒れる仲間を見て、もう一人の兵は剣を上に振った。
その剣に矢が弾かれて落ちる。
「樹の上か!」
矢は斜め上から刺さっていた。暗殺者は樹間に逃げたと見せかけて樹に登り、上から射撃してきたのだ。
その前に音が鳴ったのは、石でも投げたのだろう。
(だが、樹の上にいることさえ分かればこっちの勝ちだ。射ってくるのが分かれば、矢は防げる)
最後に一人残った兵は勝てるはずだと思った。矢には限りもあるし、あとは樹の上の暗殺者をじわじわと追い詰めればいい。
しかし魅音は魅音で、このままだとジリ貧になることは理解していた。
だから即座に樹から飛び降りて、着地と同時に弓を引いた。兵の顔へと真っ直ぐ狙いを付ける。
兵はそれを見て、勝利を確信した。
(この一撃をしのいで、斬りかかる!!)
距離はそう遠くない。一矢捌ければ自分の勝ちだ。
魅音はそう思っている兵の顔面へ向かって、これ以上ないほどの殺気を放っていた。その気迫はしっかりと矢に乗り、風を切る音と共に兵へと迫る。
飛んできた矢を、兵は首を反らして避けた。はっきりと顔を狙っているのが分かったので、そう難しい回避ではなかった。
が、次の瞬間、兵は自分の体に起こった異変に気づく。左の大腿部に衝撃と痛みを覚えたのだ。
見ると、矢が刺さっている。
「なっ……!?」
なぜだと思った時には、魅音の早業で次の矢が飛んで来ていた。
兵はそれを防ごうと、剣を横に振る。斬撃は見事に矢の真ん中に当たり、上手く切り払えた。
切り払えたはずなのだ。
(……なぜ矢が刺さってるんだ!?)
矢を斬る手応えは確かにあったのに、その手の甲に矢が刺さっていた。
兵は剣を落としながら、こうなった理由を理解した。魅音は矢を二本つがえ、同時に放っていたのだ。
かなり技術の要ることだし、こういう至近距離でなければ有効な攻撃手段ではないだろう。現実的に使えるような戦法とは思えない。
しかし、現に自分はそれで負けるのだ。
(こいつは……弓の天才だ)
兵は天才への敗北を認めながら、己の死を覚悟した。そしてその時に初めて自分の命を奪うのが、まだ幼さすら残る少女であることを知った。
兵はその秀麗な瞳と弓術とに見とれながら、心臓を射抜かれた。
(これで護衛は全部ね)
三人の供回りを全て倒した魅音は、急いで周囲を見回した。
(孫策は……!?)
魅音が見た時には二人の兵しか林に向かっていなかった。ということは、まだ先ほどの所にいるのだろうか。
そう思って、元の場所へ戻った。
二矢の同時射ちが状況によっては有効なことが分かったし、樹や地形なども利用してなんとか仕留められないかと思った。
しかし、孫策の姿は見当たらない。その馬もいなかった。
おそらくすぐにこの場から逃げ出したのだろう。暗殺されそうになったのだから、当たり前の行動かもしれない。
そう判断した魅音は悔しそうな声を漏らした。
「くっそー……逃がしたか……」
「逃げてないぞ。良かったな」
別に殺そうというのではない。飼おうというのでもない。後で使おうと思っているのだ。
「孫策……早く来ないかな」
そんなことをポツリとつぶやいてみる。
まるで遊び友達を待つ子供のような台詞だが、待っているのは友達ではなく暗殺の標的だ。そして魅音はその暗殺者だった。
(絶対ここに来ると思うんだけどな)
その点に関しては多少の自信があった。
多くの武将が狩りを好むのはただ楽しむだけではなく、地理・地形を知るためだということを聞いたことがある。
それならば、今いるこの場所はかなりの有力地なはずだ。
少し小高くなっており陣地設営に重要な高さがある上、背に茂った林を背負っていて後ろから攻められにくい。また、泉も湧いているから水場にも困らない。
その上孫策の軍営からそれほど遠くはないし、昨日渡した雲嵐の地図でもお勧めの狩り場として印が付けられていた。
実際に鳥や兎、鹿や猪などがよくいる。
魅音が今縄を巻いた兎もすぐそこで捕らえたものだ。鏃を砂袋で包んだ矢で頭を射ち、脳震盪を起こしていたのを生け捕りにした。
兎は首に縄をかけられて、逃げられないようにされている。
(きっと来る。来たら、殺す)
魅音は孫策の顔を思い浮かべた。
直接会ったのは一度だけだが、何度も何度もあの男のことを考えた。だから顔を見れば間違えるはずはない。
それくらい、憎んでいるのだ。
(絶対に、殺す)
雲嵐から許貢の死を知らされたあの日、そう心に誓った。
魅音はそもそもサバサバした性格をしているから、怒りでも憎しみでも長く続くことはなかった。
そういう自分が自分でも好きであり、この方が生きるのが楽なのだということを自身でも感じている。
しかし、この憎しみを忘れるのは無理だ。これだけはどうしても無理だった。
孫策は自分の家族を奪った。
そこに善悪があるかとか、仕方ない事情があるかとか、そういうことは関係ない。完全にそういうことが振り切れた怒りだった。
山賊にいた時も、兄がいてくれたおかげでそれほど酷い幼少期ではなかったと思う。
しかし許貢に保護されてからの生活は、今思い返しても夢のようなものだった。
衣食住が足りていたというだけでなく、心が満たされていた。毎日抱きしめてもらえて、大好きだと言ってもらえる。家族はみんな優しくて、わがままな魅音にも笑いかけてくれた。
なんでこんなに幸せなんだろうと考えてみて、その理由に気がついた。自分が家族のことを大好きだからだった。
許貢に保護されてから、兄以外の大好きなものが増えた。それはとてもとてもとても幸せなことだった。
「父上……」
魅音はもういない大好きな人を呼んで、一粒の涙をこぼした。
それから孫策のことを考えて、あらためて思った。
(許さない。絶対に許さない)
兄と許安は心の中で折り合いをつけたようだったが、魅音の中では終わってなどいない。二人のために、ずっと我慢していただけだ。
そして今、孫策を殺すための絶好の機会がある。何もしないという選択肢は、魅音には選べなかった。
だから兄が狩場の地図を渡した翌日、一人で狩りに行くと言って出かけた。そしてここに潜んでいる。
このまま無事に孫策を殺して帰れれば、二人には何もバレはしないだろう。
(いや……これを持ち出したのが見つかったらバレるか)
魅音は矢筒に入った矢の羽を撫でた。以前に作った毒矢だ。
暗殺を諦めてから捨てることも考えたが、狩りにも使えるからという話になって一応取っておいた。確かに熊や虎などの大型動物を仕留めるには便利だ。
(……なんか、バレちゃう気もするけど。兄ちゃんも安ちゃんも私のことになると、なんでか勘がいいからな)
それは、二人とも自由人な魅音を心配して自然とそうなっただけだ。しかし本人はそこまで思いはしない。
ただ、今回は少なくとも家を出る時には気づかれなかった。許安はものづくりに集中していたし、雲嵐は雲嵐で今日は剥がした毛皮をなめすと言っていた。
一人で出かける魅音の背中に、遠出はしないよう言ってきただけだ。
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魅音が決意を新たにしている時、その耳にやや硬い音が入ってきた。馬の蹄の音だ。
(……来た?一、二、三……四頭いるな)
魅音は音でそう判断した。
茂みからそちらの方を見ていると、思った通り四頭の騎馬が並足で歩いて来た。
その中に孫策の顔を見つけると、魅音はすぐに下を向いて視線をそらした。
(兄ちゃんが、孫策は周りの害意を敏感に感じ取るって言ってた。出来るだけ落ち着いて、平常心でいないと)
それを心がけ、視界から外したのだ。きっと見ていれば憎しみが募ってしまう。
下を向いたまま、深呼吸して心を落ち着かせた。
(大丈夫……少なくとも今は、大丈夫。でも、矢を放つ時には気づかれるんだろうな)
雲嵐がそう言っていた。
兄でそうなら、自分はなおさらだろう。感情を御すのは兄の方がずっと上手いはずだ。
(普通にやったんじゃ駄目。私一人じゃ無理。だから悪いけど、お願いね)
魅音は足元に置いた兎の体を撫でた。
兎は縄で逃げられないことが分かっているようで、大人しくしている。
魅音は耳を澄まし、騎馬たちとの距離を測った。だんだんと近づいてくる。
そしてそろそろと思った時、兎の縄を外した。茂みから押し出して、孫策たちの方へと駆けさせる。
「……いましたっ!孫策様、兎です!」
供回りの一騎が兎に気付き、声を上げた。
その一騎は馬を駆けさせて兎の前に回り込もうとする。進路を塞ぎ、孫策が射ちやすいようにしようというのだろう。
しかし兎一匹を相手に、小覇王にはそんな小細工は必要なかった。この戦人は騎射も上手い。
素早く矢をつがえ、最高速度で走る兎に直接狙いをつけた。弓を引き絞り、その弦を離す。
その瞬間、魅音もほぼ同時に矢を放っていた。孫策本人の殺気に自分の殺気を混ぜて隠そうとしたのだ。
普通には殺せないと聞いた小覇王を殺すために、魅音なりに考えた策だった。
そしてそれは、実際に功を奏していた。孫策は兎を射った直後に魅音の方を向いたが、雲嵐の矢を受けた時よりも明らかに反応が遅かった。
(当たる!!)
魅音は確信を持ってそう思った。
必殺の毒矢が仇の胴体に吸い込まれていく。
が、矢は刺さりはしなかった。孫策は飛んできた矢を片手で掴んだのだ。
(はぁ!?嘘でしょ!?)
魅音はまるで芝居でも見ているような気分になったが、残念ながらこれは現実だ。
だからすぐに次の対処をした。
供回りの騎兵たちへ、出来る限りの速度で矢を射ちまくった。
逃げるにしても、このまま孫策を狙うにしても、四対一では不利だ。
だからまずは護衛を倒すべきだと思った。今なら不意打ちの形で射てる。
しかし、さすがは小覇王の供回りの兵たちだった。それで倒せたのは初めに狙った一人だけで、残りの二人には防がれてしまった。
一人が落馬しながらよけ、もう一人は剣を抜いて矢を叩き落とした。
(……強い!!)
矢の当たった一人目は後頭部を射ち抜かれて即死だった。しかし残る二人はすぐに魅音の茂みめがけて駆けてくる。
魅音は背後の林へと走った。
当然逃げる算段も付けているから、後ろには樹の密度の濃い林を背負っていた。ここなら馬も走れない。
「追うぞ!逃がすな!」
「おう!」
二人の供回りは馬を降り、暗殺者を追って林に入った。
しかし魅音の姿は樹の陰に隠れてもう見えない。
「くそっ!どっちに行った!?」
「落ち着け。音を頼りに動くんだ。これだけ茂った林なら、移動すれば嫌でも音は立つはずだ」
一人がそう言った時、その右前方で草の動く音がした。
その兵がそちらを向いた瞬間、左の頸動脈に矢が突き立った。
血を吹き出しながら倒れる仲間を見て、もう一人の兵は剣を上に振った。
その剣に矢が弾かれて落ちる。
「樹の上か!」
矢は斜め上から刺さっていた。暗殺者は樹間に逃げたと見せかけて樹に登り、上から射撃してきたのだ。
その前に音が鳴ったのは、石でも投げたのだろう。
(だが、樹の上にいることさえ分かればこっちの勝ちだ。射ってくるのが分かれば、矢は防げる)
最後に一人残った兵は勝てるはずだと思った。矢には限りもあるし、あとは樹の上の暗殺者をじわじわと追い詰めればいい。
しかし魅音は魅音で、このままだとジリ貧になることは理解していた。
だから即座に樹から飛び降りて、着地と同時に弓を引いた。兵の顔へと真っ直ぐ狙いを付ける。
兵はそれを見て、勝利を確信した。
(この一撃をしのいで、斬りかかる!!)
距離はそう遠くない。一矢捌ければ自分の勝ちだ。
魅音はそう思っている兵の顔面へ向かって、これ以上ないほどの殺気を放っていた。その気迫はしっかりと矢に乗り、風を切る音と共に兵へと迫る。
飛んできた矢を、兵は首を反らして避けた。はっきりと顔を狙っているのが分かったので、そう難しい回避ではなかった。
が、次の瞬間、兵は自分の体に起こった異変に気づく。左の大腿部に衝撃と痛みを覚えたのだ。
見ると、矢が刺さっている。
「なっ……!?」
なぜだと思った時には、魅音の早業で次の矢が飛んで来ていた。
兵はそれを防ごうと、剣を横に振る。斬撃は見事に矢の真ん中に当たり、上手く切り払えた。
切り払えたはずなのだ。
(……なぜ矢が刺さってるんだ!?)
矢を斬る手応えは確かにあったのに、その手の甲に矢が刺さっていた。
兵は剣を落としながら、こうなった理由を理解した。魅音は矢を二本つがえ、同時に放っていたのだ。
かなり技術の要ることだし、こういう至近距離でなければ有効な攻撃手段ではないだろう。現実的に使えるような戦法とは思えない。
しかし、現に自分はそれで負けるのだ。
(こいつは……弓の天才だ)
兵は天才への敗北を認めながら、己の死を覚悟した。そしてその時に初めて自分の命を奪うのが、まだ幼さすら残る少女であることを知った。
兵はその秀麗な瞳と弓術とに見とれながら、心臓を射抜かれた。
(これで護衛は全部ね)
三人の供回りを全て倒した魅音は、急いで周囲を見回した。
(孫策は……!?)
魅音が見た時には二人の兵しか林に向かっていなかった。ということは、まだ先ほどの所にいるのだろうか。
そう思って、元の場所へ戻った。
二矢の同時射ちが状況によっては有効なことが分かったし、樹や地形なども利用してなんとか仕留められないかと思った。
しかし、孫策の姿は見当たらない。その馬もいなかった。
おそらくすぐにこの場から逃げ出したのだろう。暗殺されそうになったのだから、当たり前の行動かもしれない。
そう判断した魅音は悔しそうな声を漏らした。
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