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交州
寒と暑
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「お二人とも良い人に見えましたけど」
袁徽と趙奉の不仲を聞いた花琳は、そんな素直な感想を漏らした。
士燮の用意してくれた新しい屋敷でのことだ。荷物の整理は終わり、夫婦の寝室で許靖と一息ついている。
屋敷は広く立派なもので、中の調度品もそれなり以上のものが揃えてあった。
加えて日用品や衣服なども揃えてあり、しかもそれらは交州産のものではなく中央から取り寄せた物のようだった。
中央から交州へ避難して来た人間が不安にならないようにという気遣いだろう。
士燮らしいといえば士燮らしい気配りだったが、それをできるだけの経済力は恐るべしという他ない。やはり南海貿易というものの利は凄まじいようだ。
「私も、二人とも良い人間だと思う。だから人の世は難しい」
「そう……そうなんですよね」
悟ったような許靖の言葉に、花琳も同意して相槌を打った。
「ですがあなた、お二人の不仲はお二人だけの問題ではないでしょう?」
花琳の言う通りだった。袁徽と趙奉との争いは、そのまま避難して来た知識人と現地人との争いにつながってしまう可能性がある。
許靖たちも第三者ではなく、当事者になってしまうかもしれない事案だった。
「そうなんだ。何とかしたいと思うが、なかなか難しそうだな」
「あなたから見た相性はどうなのです?」
「……控えめに言って、悪い」
袁徽は冬の湖畔で、趙奉が篝火だ。寒と暑、氷と火、普通に考えて正反対だ。
ただし、と許靖は付け加えた。
「ただし、もしお互いがお互いの極端な部分を抑え合えるなら、むしろこれ以上の組み合わせはないとは思う」
「でしたら希望はありますね」
「いや……現に今これほどまでに不仲なのだから、希望は薄いよ」
許靖は妻の期待を否定してから、深いため息をついた。
しかし、そこで今日の二人の様子が目に浮かんできて、つい思い出し笑いをしてしまった。それでため息はかき消された。
「二人とも、あんなに一人娘を可愛がっていたんだ。人として同じところもあるのにな」
花琳も許靖に釣られたように笑った。
「それは私も思いました。陶深さんもそうですけど、一人娘の父親というのは娘が可愛くて仕方ないんでしょうね」
その陶深と小芳は同じ屋敷の別の部屋で休んでいる。
芽衣と赤子たちはまた別の部屋だ。ただ、春鈴と許游がまだ夜泣きをするので、芽衣が辛そうな時には皆で助けて順番に休むことになっていた。
いや、陶深だけは休んでいないかもしれない。交州に来てからというもの、中華とはまるで違う文化に包まれて創作意欲が湧いていると言っていた。
こうなった陶深は雨が降ろうが槍が降ろうが、満足するか体力が尽きるかするまでひたすら宝飾品の創作を続ける。
ただしそんな陶深でも、赤子が泣いて芽衣が辛そうな時だけはそちらを優先してくれた。やはり一人娘が可愛いのだろう。
許靖は二人の娘、翠蘭と凜風の瞳の奥の「天地」を思い出した。
「しかし残念だな。娘同士は相性が抜群なのに」
翠蘭はナデシコの花、凜風が蜜蜂だ。
花と蜂。蜂は蜜を求めて花に惹かれ、花は蜜を吸われて種を実らせる。
お互いがお互いに良い影響を与える「天地」だった。
「そうなんですか?娘二人は、相性が良い……」
花琳は許靖の話を聞き、口元に手を当てて考え込んだ。
許靖は妻が何を考えているのだろうと疑問に思ったが、花琳の考えがまとまるまで待つことにした。
しかし、かなりの時間待っても花琳はその姿勢のままで停止している。
やはりそろそろ声をかけようかと思った時、花琳がパッと顔を上げて許靖の方を向いた。
「あなた、私に一つ考えがあるのですが……」
袁徽と趙奉の不仲を聞いた花琳は、そんな素直な感想を漏らした。
士燮の用意してくれた新しい屋敷でのことだ。荷物の整理は終わり、夫婦の寝室で許靖と一息ついている。
屋敷は広く立派なもので、中の調度品もそれなり以上のものが揃えてあった。
加えて日用品や衣服なども揃えてあり、しかもそれらは交州産のものではなく中央から取り寄せた物のようだった。
中央から交州へ避難して来た人間が不安にならないようにという気遣いだろう。
士燮らしいといえば士燮らしい気配りだったが、それをできるだけの経済力は恐るべしという他ない。やはり南海貿易というものの利は凄まじいようだ。
「私も、二人とも良い人間だと思う。だから人の世は難しい」
「そう……そうなんですよね」
悟ったような許靖の言葉に、花琳も同意して相槌を打った。
「ですがあなた、お二人の不仲はお二人だけの問題ではないでしょう?」
花琳の言う通りだった。袁徽と趙奉との争いは、そのまま避難して来た知識人と現地人との争いにつながってしまう可能性がある。
許靖たちも第三者ではなく、当事者になってしまうかもしれない事案だった。
「そうなんだ。何とかしたいと思うが、なかなか難しそうだな」
「あなたから見た相性はどうなのです?」
「……控えめに言って、悪い」
袁徽は冬の湖畔で、趙奉が篝火だ。寒と暑、氷と火、普通に考えて正反対だ。
ただし、と許靖は付け加えた。
「ただし、もしお互いがお互いの極端な部分を抑え合えるなら、むしろこれ以上の組み合わせはないとは思う」
「でしたら希望はありますね」
「いや……現に今これほどまでに不仲なのだから、希望は薄いよ」
許靖は妻の期待を否定してから、深いため息をついた。
しかし、そこで今日の二人の様子が目に浮かんできて、つい思い出し笑いをしてしまった。それでため息はかき消された。
「二人とも、あんなに一人娘を可愛がっていたんだ。人として同じところもあるのにな」
花琳も許靖に釣られたように笑った。
「それは私も思いました。陶深さんもそうですけど、一人娘の父親というのは娘が可愛くて仕方ないんでしょうね」
その陶深と小芳は同じ屋敷の別の部屋で休んでいる。
芽衣と赤子たちはまた別の部屋だ。ただ、春鈴と許游がまだ夜泣きをするので、芽衣が辛そうな時には皆で助けて順番に休むことになっていた。
いや、陶深だけは休んでいないかもしれない。交州に来てからというもの、中華とはまるで違う文化に包まれて創作意欲が湧いていると言っていた。
こうなった陶深は雨が降ろうが槍が降ろうが、満足するか体力が尽きるかするまでひたすら宝飾品の創作を続ける。
ただしそんな陶深でも、赤子が泣いて芽衣が辛そうな時だけはそちらを優先してくれた。やはり一人娘が可愛いのだろう。
許靖は二人の娘、翠蘭と凜風の瞳の奥の「天地」を思い出した。
「しかし残念だな。娘同士は相性が抜群なのに」
翠蘭はナデシコの花、凜風が蜜蜂だ。
花と蜂。蜂は蜜を求めて花に惹かれ、花は蜜を吸われて種を実らせる。
お互いがお互いに良い影響を与える「天地」だった。
「そうなんですか?娘二人は、相性が良い……」
花琳は許靖の話を聞き、口元に手を当てて考え込んだ。
許靖は妻が何を考えているのだろうと疑問に思ったが、花琳の考えがまとまるまで待つことにした。
しかし、かなりの時間待っても花琳はその姿勢のままで停止している。
やはりそろそろ声をかけようかと思った時、花琳がパッと顔を上げて許靖の方を向いた。
「あなた、私に一つ考えがあるのですが……」
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