三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地~ 家族愛の三国志大河

墨笑

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洛陽

劉備

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(……何だ、これは?)

 許靖は強烈な違和感に襲われて、一瞬思考を停止させた。

 その三人の若者たちを視界にとらえた瞬間のことだ。

 いや、『違和感』というのは少しおかしいかもしれない。許靖が感じたのは三人の若者の『一体感』なのだ。

 それも、これ以上ないほど強い一体感だ。それは本来、違和感とはまるで反対の感覚であるはずだった。

(あまりに一体感があり過ぎて、むしろ違和感を覚えたのか)

 許靖にとって、このような感覚は初めてだった。

 目の前にいる若者たちは間違いなく三人の人間であるのに、まるでそれらが一つのまとまった存在であるかのように感じる。

 三人の人間が一人に見えれば、それは違和感と言えるだろう。

(これは何だ?何なのだ?この三人の一体感は……いや、充足感とでもいうべきか?まるで、一つの世界が過不足なくここにあるような……)

「どうなされた、体調でもお悪いのか?」

 突然に固まってしまった許靖に、若者の一人が心配そうな目を向けた。

 許靖は場を取り繕うように頭を下げた。

「いえ、失礼いたしました。許靖と申します」

 声をかけた若者は許靖の自己紹介に対して丁寧に頭を下げ、静かな、それでいてよく透る声で挨拶をした。

「曹操殿から紹介を受けました、劉備リュウビと申します。こちらは義弟の関羽カンウ張飛チョウヒ

「関羽です」

「張飛だ」

 関羽は威風堂々といった挙措で礼を取り、反対に張飛は街中の若者のような挨拶をした。

 三人とも二十歳前後の若者で、張飛などはまだ縮れた髭が十分生え揃っていなかった。

 劉備が無頼漢のような態度をとる張飛をたしなめた。

「張飛、こちらの許靖殿は侍郎じろうといって、朝廷でも実務上最も重要な地位におられる方だ。失礼はならん」

 許靖は柔らかい笑顔を張飛と劉備に向けた。

「いえ、むしろ素のままでいていただいた方が皆さんのことがよく分かりますよ。少なくとも今日、この場では取り繕わない三人でいていただけると助かります」

 張飛はにやりと劉備を横目で見た。

「だとよ、兄貴。許靖殿は偉いのに、嫌味がない良い人だな。そうさせてもらおう」

「……かたじけない、許靖殿。正直なところ助かる。洛陽に来てから普段しないような虚礼や社交辞令で、もう疲れたというのが本音だ」

 劉備は張飛の様子に軽くため息をついたが、許靖の言葉が本当にありがたいようだった。

 戦果を上げて褒賞を待つ武人とはいえ、二十歳そこそこの若者たちだ。首都で地位の高い人間たちと会うのは確かに疲れることだろう。

「しかし先ほど様子がおかしかったが、大丈夫だろうか?もし体調が悪いようなら後日また出直すが」

「いえ、大丈夫です。失礼いたしまいた。なんというか……あなたがた三人があまりにも……」

 そう言いながら許靖は三人の瞳を交互に見回し、また黙り込んでしまった。

 劉備が怪訝な顔で尋ねる。

「我々三人が、なんだろう?」

「……とりあえず家に入ってお話ししましょう。どうぞ」

 許靖はそう言って三人を客間に通した。

 劉備、関羽、張飛と名乗ったこの若者達も、曹操から人物鑑定を依頼された者たちだ。

 三人が許靖宅を訪れたのは、孫堅たちが来たつい翌日のことだ。

 結局曹操、孫堅、劉備と、三日続けて三組の人間を鑑ることになったわけだが、忙しくて日程調整の余地がなかった曹操・孫堅と違い、劉備たちはこの日でないといけない、というわけではなかった。

 むしろ割と暇な日が多いようで、許靖自身が日取りを指定するよう曹操からの手紙で依頼された。そして特に延ばす理由もなかったので、三日連続だが今日来てもらうこととなったのだ。

 劉備たちも反乱鎮圧の英雄であることは間違いないが、曹操や孫堅と比べると地位も武功も数段は位が落ちる。

 特に地位に関しては、ただの義勇兵だ。

(しかし報告を見る限り、どの戦でもこれは、と思える働きをしている。将ではないため大きな武功にはならないが、どれもその戦の勝ち負けを決定づけるような働きだ)

 許靖は曹操に劉備たちの名を知らされてから、念のため役所に出向いてその戦果報告を確認しておいた。

 許靖は文官であるためあまり戦に詳しいわけではないが、劉備たちの働きはそれ自体小さくとも、その小さな勝ちが戦全体に大きな影響を及ぼすものに感じた。

 しかも、難度の高い任務が多かったようだ。

(曹操殿の目に止まっただけのことはある、ということか)

 許靖は報告書の内容を思い出しながら、三人の義勇兵を改めて眺めた。

(しかし……やはり報告書など、文字の羅列でしかないな。この若者たちはあんな小さな戦果だけで測れるような人間ではない)

 許靖がそんなことを考えているところへ、花琳が茶と菓子を持ってきた。

 花琳とも互いの自己紹介を済ませると、花琳は張飛に尋ねた。

「お酒が好きなのは、張飛様でよろしかったでしょうか?」

「なに、酒が出るのか?今日は茶の席だと聞いていたが、なんて気の利く奥方だ」

 張飛は顔に喜色を浮かべた。

 しかし、花琳は笑顔で首を振る。

「いいえ、残念ながらお茶はお茶ですよ。曹操様からその方が良いと伺っておりますので」

「なんだあのボンボンめ、余計なことを」

 不満そうに鼻を鳴らした張飛を関羽が横目で見た。

「いや、曹操殿のご判断は正しい。お前は酒が入るとろくなことにならん」

「まあ、そんな残念な顔をなさらず。こちらをご賞味ください」

 張飛は出された碗の茶をぐっと飲みこんだ。その目が驚きで見開かれる。

「これは……酒で茶を煎れてあるのか?」

「少し違いますわね。それだと薬酒のようになってしまいます。お茶は普通に煎れて、そこへ少量のお酒をたらしているのです」

「馬鹿な。そんなやり方じゃ、こんなに酒の匂いは出ねえだろう」

「特殊な方法で作ったお酒を使っています。なんでも九回に分けて醸造するそうで、普通よりもずっと強いお酒になります」

「そんな酒があるのか……この茶も美味いが、その酒自体が気になる。一口でいいから酒だけで飲ませ……」

「駄目だ」

 物欲しそうな張飛の横面をぴしゃりと叩くように、関羽の言葉が遮った。

「張飛。お前、洛陽に来てから何度酔って失礼をやらかした。今日は曹操殿の紹介の席でもある。許さんぞ」

 関羽の声には有無を言わせない威厳があった。

 まるで関羽の口にする事は、全て正しい事に聞こえてしまうような重さを感じる。力のある声だった。

 張飛は不承々々だが、要求を取り下げた。

「しかし、これは美味いぜ。兄貴たちも一口飲んでみなよ」

 言われた劉備と関羽は張飛の碗を受け取り、一口ずつ飲んだ。

 あまり品の良い振る舞いではないが、三人の若さも相まってむしろ微笑ましいものに映った。

 それに、戦で共に軍功を上げてきた三人だ。苦しい戦場でもこのように睦まじく生活していたのだろう、という様子が目に浮かぶようだった。

 劉備は張飛に碗を返した後、手元の茶をすすってから言った。

「確かに美味いが、私は茶だけの方がいい。ここの茶は今まで味わったことがないほど美味いからな。これだけでも今日、来た価値があるほどだ」

「私も兄者の意見に賛成だ。曹操殿が推すだけのことはある」

「奥方、兄貴たちが飲んだからだいぶ減った。もう一杯お願いできるかい?」

 劉備と関羽は閉口した。初めからそのつもりで一口勧めたのだろう。

 花琳も許靖も三人の様子に吹き出しそうになった。

「遠慮なさらずに飲んでください。お酒は帰りにお土産としてお持ちくださいな」

 張飛はその言葉に立ち上がり、拳を天に突き上げた。

「よかった!今日は来て本当によかった……」

 劉備はその様子にため息をつく。

「張飛……今日の目的は酒ではないだろう。許靖殿、申し訳ない。あなたのお話を聞きに来たのに」

 そう言って頭を下げた。

 そんな劉備へ許靖は微笑を向けた。

「いえ、茶も酒も喜んでいただければ幸いです。それに、お話しするのはあくまで茶の席の座興です。話半分にお聞きください」
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