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甘麦大棗湯、芍薬甘草湯6

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「……ふう。あとは子供の細い蛇たちにとどめを刺せば討伐完了だな」

 景は武器を甘麦大棗刀に戻し、無力化していた細い蛇たちをあっさり倒した。パン切り包丁のくせに、蛇たちの体はサクサクと切れた。

 そうして病邪の討伐は無事に完了したのだが、部屋の中はまるで無事ではない。グッチャグチャになっていた。

 景と大蛇が大立ち回りしたせいで、家具も家電も倒れ放題の壊れ放題だ。

「神術、原状回復!」

 輝く粒子によって部屋が元通りになっていく中、瑤姫は己の医聖たちに労いの言葉をかけた。

「お疲れ様。今回は月子の金星だったわね」

 景もそれには同意だ。これまで戦力としては正直頼りなかった月子だが、今回は本当に助けられた。

「ああ、月子がいなかったら倒し切れなかったかもしれない」

 口々に褒められて、月子は恥ずかしそうにうつむいた。

 褒められ慣れていないのだ。しかし嬉しい。

 引きこもるということは、自分が何の役にも立っていないという不安に耐えることとほぼ同義になる。

 月子の場合は神社の仕事を手伝うことで少し緩和されていたが、それでも頭の片隅をずっとその不安が占拠していた。

 だから二人からこんな言葉をかけられて、本当に嬉しかった。

「お、お役に立てて良かったです……」

 浮ついた、しかし消え入りそうな声でそう答えた。やはり嬉しくて恥ずかしい。

「ああ、そうだ」

 景は一つ思い出して自分のリュックを手に取り、中から紙袋を取り出した。

 それを月子へと真っ直ぐ差し出す。

「これ、お礼」

「え?」

「今日のことだけじゃなくて、今日まで子供たちの世話とか片付けとか色々やってくれたろ?そのお礼だよ」

「そ、そんな……お礼をもらえるほど大したことしてないよ」

「いやいやいや、あれだけの子供たちの相手を何日もだぞ?むしろこんな物で申し訳ないくらいだよ」

 景がそう言うので、月子は恐縮しながら受け取った。

 そして紙袋の中を見る。

「ありがとう。お菓子と……なんだろ?」

 月子も知っている菓子メーカーの包みと、ちょっとお洒落な小箱も入っている。

「開けてみてくれよ」

 景に言われて開けると、某有名RPGのスライムが顔を見せた。愛らしいチャームだ。

「わっ!可愛い!」

 景はその反応に満足した。

 喜んでもらえたことも嬉しいが、同じゲームをやった人間として気持ちを共有できたのも嬉しい。

 そして月子はというと、どうしていいか分からないほど高揚していた。

 何と言っても好きな相手からの初プレゼントだ。しかもアクセサリーのようなものである。

 月子はチャームを熱っぽい瞳で見つめ、胸にギュッと押し付けた。

「い、一生大事にするね!」

「ハハハ、一生は大げさだろ」

 景は軽く笑いつつ、修に頼って正解だったとあらためて思った。

 そのことに感謝しつつ、仁美とのことで恩も返せただろうと安堵もした。

 そんな風に良い気分になった景、そして月子の間に瑤姫がすっと割って入った。

 そして無言で景のことをじっと見てくる。何か物言いたげな視線だ。

「……な、何だよ?」

「私には?」

「は?」

「お礼。もちろん私にも用意してるんでしょ?」

「はぁ!?」

 景は思わず頓狂な声を出してしまった。この駄女神は一体どんな思考をしているのか。

「瑤姫はただ遊んでただけだろうが!なんなら一緒になって荒らしてたぞ!」

 景の見たところ、瑤姫の行動はそれ以外の何物でもなかった。はっきり言って迷惑だ。

 しかし景の言い草は瑤姫にとって大変不満なものだった。

「何言ってるの!子供たちを一番楽しませたのは私よ!?その功績を無視するわけ!?」

 功績、と言われて景は少し考えた。

 子供たちを楽しませた。言われてみれば、これも確かに功績かもしれない。

 どうしても大人の立場からすると世話こそが仕事のように感じてしまうが、楽しませるのも功績と言えば功績だろう。

 しかし、ただそれを受け入れるわけにはいかないとも思う。

「功績だって言うなら、せめてちゃんと子供たちのためになるような遊び方をしろよ。ただ一緒に遊ぶだけってのは無責任過ぎる。月子は人んちに来た時のマナーみたいのを教えてたぞ」

「私だって色々教えてたわよ!一緒にすごろく鉄道ゲームをやってたの見たでしょ!?日本の地理に地域産業、投資の基礎、果てはキングな貧乏神にやられて人生転落するリスクまで教えてあげたわ!」

「小二に何を教えてるんだよ!っていうな現実にボンビーはおらんわ!」

「似たようなことはあるかも知れないじゃない!」

「ま、まぁまぁ……」

 月子が瑤姫の後ろからなだめようと声をかけてきた。

 瑤姫はそれを振り返り、キッと睨みつける。

「そのチャームは没収!私がもらうわ!」

「えっ!?だ、駄目ですよ!これは絶対、絶対に渡しません!」

「これくらいいいじゃない!あなたうちのお父様を祀る神社の娘でしょう!?」

「たとえ神農様ご自身に命じられてもこれだけは渡せません!」

 チャームを抱き込んで隠す月子に掴みかかる瑤姫。腕をグイグイ引いて開こうとするが、月子は必死に抵抗した。

 景はその様子に『小学生か』と小さくつぶやき、やれやれといった顔で間に入った。

「馬鹿やってないで、一息ついたんだから考えるべきことを考えようぜ」

「な、何よ?考えるべきことって」

 肩を押さえられた瑤姫は押し返しながら聞き返す。

「さっきの突風みたいな邪気のことだよ。あれは一体何だったんだ?」

 瑤姫もそれは当然気にかかっていた。

 だから不承不承という顔ではあったが身を引き、難しそうな顔をして腕を組んだ。

「んー……少なくとも、自然発生した邪気には見えなかったわね」

「やっぱりそうだよな。じゃあまた蚩尤しゆう関連かな」

「それはどうかしら?もちろん神具を使えばあんなふうに邪気を操作できるけど、蚩尤が意図的にアレをやる目的が分からないわ。あの子は間違えてあんなことする間抜けでもないし……」

(お前はやりそうだけどな)

 景はそう思いつつも、無為な文句は心の中にしまって建設的な推察を述べた。

「なら……例えば落ちてた神具を拾った人間がよく分からずやったとか?」

「それは無い話じゃないわね。蚩尤しゆうの医聖は隊ごとであの神具を持ってるみたいだったし、意図しない紛失があってもおかしくはないわ」

「数が増えればそういうこともあるだろうな。あとは蚩尤の医聖自身が操作をミスってあんなことになったとか」

「それもありえないとは言い切れないわね。でもまぁいくら考えたところで可能性の話しかできないし、とりあえずお父様に報告に行きましょうか」

「それもそうだな。でもその前に修たちを送らせてくれ」

 瑤姫もそれはもっともだと思い、あらためて原状回復の神術で修たちの記憶を操作することにした。

「二人とも感極まって一瞬だけ失神のような状態になった、ってことでいいわよね」

 そういう記憶を上書きしてから軽く頬を叩き、二人を起こす。

「あれ?私……」

「俺、どうしたんだっけ?」

 二人とも初めはそんな反応を見せたものの、瑤姫が、

「あなたたち興奮しすぎよ。嬉しいのは分かるけど、クラっとするほど盛り上がるのは二人きりの時にしなさい」

などと言ってやると、すぐに納得して恥ずかしそうに頭や首筋をかいた。

 そして後は二人だけで話し合う方がいいだろうと言う景に従い、二人とも帰ることになった。

 景、瑤姫、月子の三人は家の外まで出て修たちを見送った。

 帰り際、修も仁美も晴れ晴れとした顔で手を振っていたし、甘麦大棗刀のおかげか子供もスヤスヤとよく眠っていた。

 景はその様子に安堵してホッと息を吐いた。友人に関してはこれで一件落着だ。

 そしてその後ろで、月子もまた同じように安堵の息を吐いていた。といっても月子が安堵したのは修たちのことではない。

(良かった。チャームから上手く話がそれてくれて)

 どうやら景からの初めてのプレゼントは瑤姫に奪われずに済みそうだ。本当に良かったと思う。

 こっそりとチャームを握りしめた月子の顔はついニヤけてしまっていた。気持ちが抑えきれない。

 だからだろう、景と瑤姫が家の中へと戻っても、月子だけはすぐに動かず手の中のチャームの感触を楽しんでいた。

 そうしていたのはさして長い時間ではなく、ほんの十秒といったところだろう。

 しかしその十秒で、月子の背後に忍び寄った者たちがいた。

 いきなりだ。一人がいきなり後ろから手で口を塞ぎ、もう一人が両手両足を縛った。

 本当に一瞬のことで、月子は抵抗することすら頭に浮かばなかった。あまりに手際が良い。

 そして拘束が済むと、口を塞いでいた手をテープに変えた上でヒョイと肩に担ぎ上げた。

(え?な、何?)

 混乱する月子の視界に映っていた地面が急に遠ざかる。それと同時に体に軽い負荷がかかり、直後に浮遊感に包まれた。

 そして気づけば月子は担いだ人間とともに、屋根の上にいた。月子を抱えたまま屋根までジャンプしたようだ。

 もちろん普通の人間にそんな事できるはずもない。

(闘薬術?……この人、医聖だ!)

 すぐにそう理解できた。

 しかし月子には何もできない。口を塞がれていて構成生薬を唱えられないから、闘薬術が発動できないのだ。

 為すすべもない月子は屋根の上を素早く運ばれた。見る間に景の家が遠くなっていく。

(これって誘拐……だよね?)

 誘拐。

 そんな現実感のない事態に晒されながら、月子は手の中のチャームだけは絶対に落とすまいと指に力を込めた。
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