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当帰建中湯、桂枝茯苓丸5
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「四診ビーム!」
動きを止められたことで、今度こそ桃香に瑤姫の神術が当たった。
そして光の枠を通し、桃香の症状と体質の情報が瑤姫の頭へ流れ込む。
「舌裏の静脈怒張、へそ周りの圧痛、肩こり、頭痛、冷えのぼせ……典型的な瘀血の証ね。そして体力はやや充実の実証」
瑤姫は何度かうなずきながら処方を決めた。
「これなら瘀血の代表処方で間違いなさそうだわ。それに母娘で体質が似てるなら母親も同じでいいはず……」
「おケツおケツって、尻も悪かったのか」
景の小さなつぶやきに、瑤姫は顔を赤くして怒鳴った。
「そのおケツじゃないわよ!瘀血のってのは東洋医学的に血の流れが悪いことを言うの!それくらい講義で習ったでしょ!」
「え?……ああ、あのやたら難しい漢字のやつか。あれって血の滞りのことなんだな」
景の脳にはその程度の記憶しかなかったが、そういえば習ったのは習った。
「そうよ。ただし東洋医学でいうところの血は物質としての血液のみを指すわけじゃなくて、もう少し広い範囲を指すものだからそこは注意ね」
瑤姫が解説している間に桃香は起き上がり、傷ついた翼で再び空へと飛び上がろうとした。
片羽根はもうあまり動かないが、病邪の驚異的な力をもってすれば無事な方の羽根が起こす風だけでも空を飛べるようだ。足はすぐに地面から離れた。
しかし景にとって空は攻撃の範囲外なのだ。飛ばれるのは困る。
「そんな事より早くしてくれ!攻撃が届かなくなる!」
「そんな事とか言わずにちゃんと学びなさい!それに今回は飛ばれても全然大丈夫だから安心していいわよ!」
瑤姫は説教しつつも、距離に関しては自信満々に受け合った。
そして舞うように腕を振りながら新しい闘薬術を発動する。
「桃仁、牡丹皮、桂皮、芍薬、茯苓……」
瑤姫が生薬の名を口にすると、その数の分だけ光の玉が現れて飛んでいく。
それらは景の左腕に輝く腕輪へと吸い込まれていった。
「いでよ!魔銃 桂枝茯苓GUN!」
「……は?魔銃?」
聞き返す景の左手から当帰建中刀が消えた。
そして新たな武器、桂枝茯苓GUNが現れる。
「拳銃……だな……」
意外なことに、それは拳銃だった。『魔銃』『GUN』という単語の通り、刀ではなく銃だ。
「闘薬術って必ず刀が出てくるわけじゃないのか」
てっきりそうだと思っていた景には意外だったが、瑤姫としてはそんな説明していない。
腕を組んで自慢気にフフンと鼻を鳴らした。
「刀が多いのは確かだけど、そればかりだと思うのはまだ闘薬術の奥深さを知らない証拠ね。桂枝茯苓GUNはその名の通り、桂枝茯苓丸の力を宿した銃よ。闘薬術は遠距離攻撃だって出来ちゃうんだから」
確かにそれはすごいと思う景だったが、しかしこの場合役に立つのだろうかと疑問にも思った。
「いや、でもこれ拳銃だぞ?銃は銃でも遠距離用の銃じゃないだろ。さっき飛ばれても大丈夫とか言ってたけど、上空の敵に当たるか?」
桂枝茯苓GUNの見た目はいわゆる自動式の拳銃だ。しかも大型のものでもない。
ピストル、ハンドガンなどとも呼ばれるこの種類の銃器は最大射程でも五十メートル程度、実際に有効なのはせいぜいその半分くらいだと、景が読んだ漫画に書いてあった。
「フフン、疑うなら撃ってみなさいよ」
瑤姫はそれでも自信を崩さず、口元には笑みすら浮かんでいる。
景は疑わしげに銃を構え、素人なりに狙いをつけようとした。
すると、突然ドクンと心臓が大きく脈打った。そして体中の血液が加速し、凄まじい速度で全身を巡るのが感じられる。
(な、何だこれ?)
景は加速した血のもたらす感覚に戸惑った。
というのも、血の流れが早くなればなるほど周囲の動きが遅くなったように感じられたからだ。
(全部がゆっくりに見える……)
つまり、自分だけ時の流れが早い。
ただしそれは感覚だけの話のようで、景自身の体が速くなっているわけではなかった。ゆっくりと、まるで水の中を動いているようだ。
少々もどかしくもあるが、今の状況ならそれもありがたい。狙いを正確に定めるには自分の腕もゆっくり動いてくれた方いいからだ。
(これなら落ち着いて狙えるな)
景はまず片翼に傷を負った桃香の方に銃口を向けた。
拳銃の照準器、フロントサイトとリアサイトの先に桃香のもう片翼が入るようにする。
そして引き金を引いた。
パンッ
という破裂音と共に、銃口から弾が射出される。
本物の拳銃であれば弾丸の初速は遅くとも亜音速以上らしいが、この桂枝茯苓GUNはどれくらいの速さなのだろう。
景がそんなことを考えた時にはすでに桃香の無事だった片翼は撃ち抜かれていた。
「……当たった?当たったぞ!」
「油断しない!まだ倒し切れてないわよ!」
瑤姫にもっともな注意をされ、景は浮ついた心を抑え込んだ。
素人が長距離射撃を命中させたのだからテンションくらい上がろうというものだが、ここは瑤姫が正しい。
両翼をやられた桃香は落下を始めたものの、まだ病邪としての脅威は残っている。特に足の鉤爪は鋭そうで、きちんと無力化しなければ安心できないだろう。
「今度は胴体に……」
景が再び銃を構えて集中すると、先ほどと同じ様に血液の流れが加速して時の流れがゆっくりになった。やはりこれが桂枝茯苓GUNの力らしい。
目に見えて遅くなった桃香へと照準を合わせる。
素人なのでヘッドショットという言葉に憧れはあるものの、それが簡単でないことは理屈で分かる。無難に胴体を狙った。
そして引き金を引く。今度は確実に倒すため、連続で引いた。
小気味のいい破裂音が何度も起こる。
「……よし、全弾命中だ!」
またしても弾は狙い通りのところへ全て飛び、しかも当たった。
こうなると、桂枝茯苓GUNの能力は単純な時間感覚の引き伸ばしだけではなさそうだと景も気づいた。
(器用さのアップと、多分だけど力場による命中補正ってとこか)
他の闘薬術でも無意識に力場が発生していたことから、景はそう当たりを付けた。
そのことに加え、桂枝茯苓GUNの装弾数は十発だということも分かった。追加分九発の弾丸が桃香を貫いた後、引き金を引いてもカチカチと鳴るだけで弾は発射されなかったからだ。
「これなら倒し切ってるだろ!」
景がそう感じた通り、桃香の体から力が失われて落下していく。今度こそ倒せたようだ。
それは良かったのだが、落ちた先でドゴンッ、という大きな破壊音が上がった。
そしてその直後に月子たちの悲鳴が聞こえてくる。
「ま、まさか東屋に落ちたのか!?」
動きを止められたことで、今度こそ桃香に瑤姫の神術が当たった。
そして光の枠を通し、桃香の症状と体質の情報が瑤姫の頭へ流れ込む。
「舌裏の静脈怒張、へそ周りの圧痛、肩こり、頭痛、冷えのぼせ……典型的な瘀血の証ね。そして体力はやや充実の実証」
瑤姫は何度かうなずきながら処方を決めた。
「これなら瘀血の代表処方で間違いなさそうだわ。それに母娘で体質が似てるなら母親も同じでいいはず……」
「おケツおケツって、尻も悪かったのか」
景の小さなつぶやきに、瑤姫は顔を赤くして怒鳴った。
「そのおケツじゃないわよ!瘀血のってのは東洋医学的に血の流れが悪いことを言うの!それくらい講義で習ったでしょ!」
「え?……ああ、あのやたら難しい漢字のやつか。あれって血の滞りのことなんだな」
景の脳にはその程度の記憶しかなかったが、そういえば習ったのは習った。
「そうよ。ただし東洋医学でいうところの血は物質としての血液のみを指すわけじゃなくて、もう少し広い範囲を指すものだからそこは注意ね」
瑤姫が解説している間に桃香は起き上がり、傷ついた翼で再び空へと飛び上がろうとした。
片羽根はもうあまり動かないが、病邪の驚異的な力をもってすれば無事な方の羽根が起こす風だけでも空を飛べるようだ。足はすぐに地面から離れた。
しかし景にとって空は攻撃の範囲外なのだ。飛ばれるのは困る。
「そんな事より早くしてくれ!攻撃が届かなくなる!」
「そんな事とか言わずにちゃんと学びなさい!それに今回は飛ばれても全然大丈夫だから安心していいわよ!」
瑤姫は説教しつつも、距離に関しては自信満々に受け合った。
そして舞うように腕を振りながら新しい闘薬術を発動する。
「桃仁、牡丹皮、桂皮、芍薬、茯苓……」
瑤姫が生薬の名を口にすると、その数の分だけ光の玉が現れて飛んでいく。
それらは景の左腕に輝く腕輪へと吸い込まれていった。
「いでよ!魔銃 桂枝茯苓GUN!」
「……は?魔銃?」
聞き返す景の左手から当帰建中刀が消えた。
そして新たな武器、桂枝茯苓GUNが現れる。
「拳銃……だな……」
意外なことに、それは拳銃だった。『魔銃』『GUN』という単語の通り、刀ではなく銃だ。
「闘薬術って必ず刀が出てくるわけじゃないのか」
てっきりそうだと思っていた景には意外だったが、瑤姫としてはそんな説明していない。
腕を組んで自慢気にフフンと鼻を鳴らした。
「刀が多いのは確かだけど、そればかりだと思うのはまだ闘薬術の奥深さを知らない証拠ね。桂枝茯苓GUNはその名の通り、桂枝茯苓丸の力を宿した銃よ。闘薬術は遠距離攻撃だって出来ちゃうんだから」
確かにそれはすごいと思う景だったが、しかしこの場合役に立つのだろうかと疑問にも思った。
「いや、でもこれ拳銃だぞ?銃は銃でも遠距離用の銃じゃないだろ。さっき飛ばれても大丈夫とか言ってたけど、上空の敵に当たるか?」
桂枝茯苓GUNの見た目はいわゆる自動式の拳銃だ。しかも大型のものでもない。
ピストル、ハンドガンなどとも呼ばれるこの種類の銃器は最大射程でも五十メートル程度、実際に有効なのはせいぜいその半分くらいだと、景が読んだ漫画に書いてあった。
「フフン、疑うなら撃ってみなさいよ」
瑤姫はそれでも自信を崩さず、口元には笑みすら浮かんでいる。
景は疑わしげに銃を構え、素人なりに狙いをつけようとした。
すると、突然ドクンと心臓が大きく脈打った。そして体中の血液が加速し、凄まじい速度で全身を巡るのが感じられる。
(な、何だこれ?)
景は加速した血のもたらす感覚に戸惑った。
というのも、血の流れが早くなればなるほど周囲の動きが遅くなったように感じられたからだ。
(全部がゆっくりに見える……)
つまり、自分だけ時の流れが早い。
ただしそれは感覚だけの話のようで、景自身の体が速くなっているわけではなかった。ゆっくりと、まるで水の中を動いているようだ。
少々もどかしくもあるが、今の状況ならそれもありがたい。狙いを正確に定めるには自分の腕もゆっくり動いてくれた方いいからだ。
(これなら落ち着いて狙えるな)
景はまず片翼に傷を負った桃香の方に銃口を向けた。
拳銃の照準器、フロントサイトとリアサイトの先に桃香のもう片翼が入るようにする。
そして引き金を引いた。
パンッ
という破裂音と共に、銃口から弾が射出される。
本物の拳銃であれば弾丸の初速は遅くとも亜音速以上らしいが、この桂枝茯苓GUNはどれくらいの速さなのだろう。
景がそんなことを考えた時にはすでに桃香の無事だった片翼は撃ち抜かれていた。
「……当たった?当たったぞ!」
「油断しない!まだ倒し切れてないわよ!」
瑤姫にもっともな注意をされ、景は浮ついた心を抑え込んだ。
素人が長距離射撃を命中させたのだからテンションくらい上がろうというものだが、ここは瑤姫が正しい。
両翼をやられた桃香は落下を始めたものの、まだ病邪としての脅威は残っている。特に足の鉤爪は鋭そうで、きちんと無力化しなければ安心できないだろう。
「今度は胴体に……」
景が再び銃を構えて集中すると、先ほどと同じ様に血液の流れが加速して時の流れがゆっくりになった。やはりこれが桂枝茯苓GUNの力らしい。
目に見えて遅くなった桃香へと照準を合わせる。
素人なのでヘッドショットという言葉に憧れはあるものの、それが簡単でないことは理屈で分かる。無難に胴体を狙った。
そして引き金を引く。今度は確実に倒すため、連続で引いた。
小気味のいい破裂音が何度も起こる。
「……よし、全弾命中だ!」
またしても弾は狙い通りのところへ全て飛び、しかも当たった。
こうなると、桂枝茯苓GUNの能力は単純な時間感覚の引き伸ばしだけではなさそうだと景も気づいた。
(器用さのアップと、多分だけど力場による命中補正ってとこか)
他の闘薬術でも無意識に力場が発生していたことから、景はそう当たりを付けた。
そのことに加え、桂枝茯苓GUNの装弾数は十発だということも分かった。追加分九発の弾丸が桃香を貫いた後、引き金を引いてもカチカチと鳴るだけで弾は発射されなかったからだ。
「これなら倒し切ってるだろ!」
景がそう感じた通り、桃香の体から力が失われて落下していく。今度こそ倒せたようだ。
それは良かったのだが、落ちた先でドゴンッ、という大きな破壊音が上がった。
そしてその直後に月子たちの悲鳴が聞こえてくる。
「ま、まさか東屋に落ちたのか!?」
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