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桂枝加芍薬湯、桂枝加芍薬大黄湯4

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 源一郎と景、そして瑤姫と美空は社務所の応接室でソファに座り、話をしていた。景の講義が始まるまでまだ時間があるため、茶を一杯ごちそうになっているのだ。

 源一郎が誘ったのでそうしているのだが、源一郎としてはただもてなしたかっただけではない。景が娘の月子の話し相手になってくれないかと期待したのだった。

 景と月子は一歳差であり、ちょうど齢が近い。もし月子に話し相手ができようものなら、神農に対面できたことに勝るとも劣らない喜びだ。

 だから源一郎は月子のことを話題にした。先ほど失礼にも覗き見していた上に、見つかると一目散に逃げていったので話には登らせやすかった。

「月子は幼い頃から便通に問題を抱えていました。便秘と下痢を繰り返すのです」

「ああ、過敏性腸症候群ですか」

 景は茶菓子のチョコレートを飲み下してから、頭に浮かんだ病名を口にした。

 過敏性腸症候群とは慢性的な便通異常とともに、腹痛や膨満感などが生じる疾患だ。

 便秘と下痢を繰り返すタイプや慢性的に下痢をするタイプ、激しい腹痛の後に大量の粘液が出るタイプなどがあるが、実際にはその中間のようなタイプも多い。

「医師にもそう診断されました。月子は下痢傾向の強い交代制の過敏性腸症候群だそうです」

 つまり便秘と下痢を繰り返すタイプだが、症状としては下痢の方に傾いているということだ。

 そして過敏性腸症候群はストレスや生活の乱れによって悪化することが多い。

 これは景の想像だが、学校生活で何らかのストレスがあり、耐えきれずに漏らしてしまったのではないだろうかと思った。

「ちなみに母である私は便秘傾向の強い交代制の過敏性腸症候群なんです」

 美空は夫の話にそう付け加えた。

 妻として夫の意図はすでに承知している。だから事情を理解してもらうつもりで自分のことも話した。

「遺伝の影響はまだはっきりしていない病気らしいんですが、私に似たのかもしれません。娘のことを思うと心苦しくて……」

 そんな自責の言葉を聞き、景の口は反射的に開いた。

「そういうのやめましょうよ。だから産まなきゃよかったとか産まれなきゃよかったとか、そんなことには絶対ならないですし。それに遺伝で親が責められるなら、その親もそのまた親も……って、ご先祖様全部を責めなきゃいけなくなりますよ」

 と、そこまで言ってから急に恥ずかしくなり、手元の茶をすすった。

「……って生命倫理の教官が話してました。まぁ、その通りだと思うんですけど」

 そんな景の頬を瑤姫がニヤニヤしながら突いてくる。景は何だよと言ってそれを乱暴に払い除けた。

「ちなみに景には覚えておいてほしいんだけど、過敏性腸症候群は漢方が良い適応になる代表的な疾患よ」

 瑤姫にそう言われ、景は脳内をあさって講義の記憶を引っ張り出した。

「そういえば……講義でもそんなこと言ってた気がするな。根治の難しい慢性疾患だから漢方が頼られることも多いとかなんとか」

「そういうところもあるし、実際に漢方がよく効く例が多いのよ。どんな処方が使われるかはケースバイケースだけど、生薬としては芍薬なんかがお腹の引きつりによく効くわ。筋肉の緊張をやわらげるから」

「芍薬か」

 芍薬は景の頭に入っている数少ない生薬の一つだ。観賞用の花としても一般的な植物だから、意識せずとも覚えられた。

 と言っても、筋肉に作用するなどということは全く覚えていなかったが。

 ただ景は漢方以外の講義は割と真面目に聞いている方なので、腸の平滑筋に作用するなら痙性の腹部症状にはよく効くだろうと理解はできた。

「今思えば月子にもそういう治療を受けさせれば良かったのですが、軽く見ていた私は継続的な受診をさせていませんでした。そしてあの日、その事を大いに後悔することになりました」

 源一郎は片手で目を覆うようにしてこめかみを押した。思い出しただけで頭痛がするのだ。

「元々内気な子だったのですが、漏らして以降は輪をかけて内向的になってしまいました。学校にもあまり行けなくなり、行っても保健室登校が多くなって……」

 景にとってはあまり良く知らない他人の娘ではあるが、今も学校という環境に身を置く人間としては同情してしまう。

 翻って思うに、子供の社会とはそういう地雷がたくさん転がっている地雷原のようなものではないかと思えた。

「何ていうか、タイミングと環境が悪かったんでしょうね。うんち漏らすことなんて大人だって割とあるし、本人のキャラ次第ではひとネタになるくらいなもんなのに」

「お……大人でも割とありますかね?」

 源一郎は困ったような顔で聞き返してきた。

「ええ、普通にあると思いますよ。排便なんてほとんど毎日あるわけですし、思うようにいかないことだって多いでしょ?トイレはいつでも行けるわけじゃないし」

「そ、それはそうですが……」

「動画配信者とかラジオパーソナリティとか、そういう人たちってよくうんち漏らした話をしてますよ」

 景はよく視聴するネットの動画配信やラジオ番組を思い出しながら話をした。

 そしてそういうものをよく知っている瑤姫も、ああ、と納得してくれた。

「言われてみれば、その手の事をネタにしてる人は多いわね。視聴者から『ネタがなくなったらうんち漏らした話をすればいいと思ってるんだろう』なんてツッコミが入ってたわ」

「だろう?要はよくあることだし、笑える話なんだよ」

「それじゃ景もたまに漏らすの?」

「おう、漏らす漏らす。なんなら今漏れてるよ」

「アハハ!ちょっともう、やめてよ」

 笑いながら景の肩をバシバシ叩いてくる。

 この通り、笑う瑤姫が何よりの証拠だと景は思うのだ。

 タイミングと環境とキャラ次第でなんてことはない、ただの笑い話にできる。

 源一郎も美空も笑ってくれた。

「月子もそんなふうに捉えてくれたらいいんですが」

「簡単じゃないと思いますし、必ずしも笑い話にする必要はありませんけどね。でもやっぱり本人の捉え方次第なところは大きいですよ」

「そうですね。ありがとうございます」

 別に礼を言われるようなことは何もないと思うのだが、源一郎夫婦は景に対して頭を下げてきた。

 そしてそうされた上で、

「出来ることなら今晩、月子と軽く話でも……」

などと頼まれれば、なかなかノーとは言えなかった。
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