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桂枝加芍薬湯、桂枝加芍薬大黄湯3

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 設楽月子は半ば引きこもりである。

 なぜ『半ば』かというと、自宅の外数百メートルまでなら出られるからだ。

 そしてなぜそんな半端に出られるかというと、父が神主を務める神社が自宅から数百メートルの所にあるからだった。

 引きこもった後もそこは好きでよく行っていた結果、その程度の距離までなら大丈夫になったのだ。

 数百メートルは人の生活圏としては非常に狭いのだが、幸いこの範囲にスーパーもドラッグストアもホームセンターもある。月子はたまにそこへも出かけたから、やはり半ばという程度の引きこもりと言えた。

 そんな月子は今年で二十歳になる。

 最終学歴は中卒だ。その中学校も保健室登校が多かった。

 そして卒業後は神社の雑務を手伝い、後は家事などをして過ごしてきた。人と接する仕事はあまりできないが、そうでない裏方の仕事ならいくらでも頑張れた。

 今朝も早くに家を出た母に気づき、自分も何か手伝えればと遅れて追いかけた。何かしらの社務だと思ったのだ。

 しかし社務ではあっても、人と会う仕事だったらしい。月子が着いた時には父に連れられて客が来ていた。

 その客は一人が見たこともないくらいの美人で、もう一人が自分と同年代くらいの青年だった。

 人と接するのが苦手な月子は反射的に木陰へ身を隠した。

 いや、今回に限ってはただ苦手だからというだけではない。何となく二人に気後れするところがあったのだ。

(私みたいな根暗女とは正反対の、キラキラした人たち……)

 そう思った。

 女の方は文句のつけようがないほどの美人で、実は女神なのだと言われればなんの疑いもなく信じただろう。

 一方の月子は人と会わないのだからお洒落などほとんど気にせず、髪も顔が隠れた方が落ち着くという理由でやたら前髪を伸ばしている。自分で鏡を見ても暗いなと思う容姿だ。

 そして男の方はひと目見て大学生だろうと思った。大学とは中卒の半引きこもりとっては遠いラスベガスのような場所である。

 月子はキャンパスライフというものを知識でしか知らないのだが、家で漫画や小説を読みふけってばかりいる自分の生活よりはずっとキラキラしているはずだと思っている。

 ただ気後れはしても、話を聞くと二人の用事に関しては月子としても興味が湧いた。

 本殿で瑤姫という女性が何かしらの儀式を行うらしい。普通は部外者が神事を行うことなどないので、神社が好きな月子としては気になるのだった。

 だから本殿に入った四人をこっそり覗いていると、驚くべきことが起こった。

(え?え?えええ!?神農様が降臨された!?)

 そんなお伽噺のような現象を目にしてしまった。

 何かのトリックではないかとも思ったが、その後起こったお守りへの力の封入によってそれは明確に否定された。

 お守りの見た目は変わっていないにも関わらず、明らかに存在感が増したのだ。神気とでも言うべきような力が感じられる。

 本当にトリックならこんな見た目には現れない変化を起こそうとはしないだろう。ということは、話している通りこの神社の主神である炎帝神農が本当に降臨したとしか思えなかった。

(すごい!すごい!すごい!)

 声を殺して興奮する月子だったが、その後あっさりと見つかってしまった。というか、神農には初めからバレていたらしい。

 それからすぐに月子が逃げたのは、叱られると思ったからだけではない。やはり瑤姫、張中景という二人に気後れを感じているからだった。

 その場にいるのが家族だけだったなら、素直に出てきて謝ったかもしれない。

 しかし失礼とは自分で思っても、出来なかった。人が怖いのだ。

 そうして一度は逃げたとはいえ、神農降臨のことはやはり気になる。だから再び境内の木陰に隠れて出て来るのを待った。

 ほどなく両親と瑤姫、張中景の四人は本殿から出て来て、今度は社務所に入っていった。

 そして月子は懲りもせず、またこっそり盗み聞きしようと忍び足で近づいた。

 話をするのなら応接室だろう。そう見当をつけて窓下に身をかがめ、聞き耳を立てる。

 すると父の声が聞こえた。

「月子は小学校の途中から不登校気味でして……」

 どうやら自分ことを話しているらしい。

 話はなぜか神農のことではなく、月子のことになっているようだ。月子が逃げてから少し時間が経っているので、その間に話題が飛んでしまったのかもしれない。

「何かきっかけがあったの?」

「それは……」

 源一郎は瑤姫に尋ねられ、言い淀んだ。

 月子は当たり前だと思う。というか、父もまさかあの話をおいそれとはしないだろう。

 アレは人に話すようなことではない。ただ、父親という生き物は娘に対してやや無神経なきらいがあるものだ。

 まさかと思いながらも不安になった月子はギュッと拳を握り、話さないでねと強く念じた。

「話しづらいようなことなら話さなくていいと思いますよ」

 張中景がそう言ってくれた。どうやらあの大学生は気を使える人らしい。ありがたいと思った。

「いえ、話しづらいというか……まぁ茶菓子を前に少し話しづらいのですが……」

 母は茶菓子にチョコレートでも出したのではないだろうか。月子はそんな事を考えた。

 ならもうそれを理由にしていいから黙ってくれと祈る月子だったが、願い虚しく父は娘最大のトラウマをあっさりと暴露してしまった。

「月子は小学校高学年の時、学校でうんちを漏らしてしまいまして」

「あー」

 瑤姫はその暴露に対し、ひどく淡白な反応を返していた。それくらいしか言いようがなかったのかもしれない。

 しかし月子の心中はそんなあっさり片付きはしない。胸の中でひどい嵐が巻き起こっていた。

 心臓がバクバクと鳴り、暴風のように全身に響く。

 父に腹が立った。なぜこうも無神経に人のトラウマを暴露するのか。

 そう思う間に、父はさらに月子の体調に関してまで話し始めた。

「月子は幼い頃から便通に問題を抱えていました。便秘と下痢を繰り返す……」

(もう聞きたくない)

 月子はよろめきながら立ち上がった。足元がしっかりしないものの、転んでもいいと思いながら駆け出す。

 足音を消そうともしなかったが、室内の父達が気づいた様子はない。

 月子が消えてしまいたいと願っているからかもしれないと思った。
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