上 下
6 / 7

エルフは人種か人外か問題

しおりを挟む
 マキナの報告を受けた一行―といっても、マキナを含めたった三人しかいないが―は深いジャングルを掻き分け、エルフの集落があるらしい方向に向かって順調に進行していた。

「…しっかし、エルフねぇ」
「お?なんだ、乗り気じゃなさそうじゃないの」
「まー、なんというかさぁ…」

 どうにも浮かない顔をしたヴィクターに、ジョンはいつも通りの軽い口調で問いかける。

「エルフっていやぁよ。やっぱさ、排他的なイメージっていうかさ。人間の事見下してそうとか、余所者に厳しいとか、そういうイメージあるじゃん?」
「イメージの押し付け、良くない」
「…まぁ、この際イメージならイメージでいいさ。それで本当は良い連中でした、ってんなら儲けモンよ。けどさ、もしイメージ通りの連中だったらどうする?特にお前なんか…なぁ?」
「俺?俺、どっか変か?」

 不思議そうに首を傾げるジョンだが…はっきり言って、この男ほどおかしな人間もそうおるまい。

 そもそもの話―

「変に決まっとるやろこのタコ助!なぁ、普通に考えておたくみたいな恰好の奴を、『普通の人間』だと思うんか?ええ!?」
「この恰好のどこがおかしい!?」
「じゃあ言ったらぁ!上半身裸なだけならただのコ○ン・ザ・グレートよろしくな蛮族なところが、そのとんがり帽子に後ろのでけぇ卵が、一人では手に負え無さそうな頭のイカれた大男感を更に際立たせてんの!そんぐらい分かれや!」

 そう、感極まって関西弁が漏れ出ているヴィクターの語る通り、ジョンの恰好は間違いなく、『普通の人間』のするそれではないのだ。無論、ヴィクターの恰好ももしかするとおかしな恰好であると思われるかもしれないが、生憎、今の彼らはこの世界を『MoEに限りなく近い世界』であると考えている為、勢力的に言えば魔法文明マジェントとは敵対関係にある機械文明マキナに属する衣類ではあるが、まぁ何とかなるだろうと、そんな風に捉えている。
 だがしかし、ジョンのそれは勢力がどうとか、そんなスケールの話ではない。そも、元々のゲームでも確かにユニークな恰好をするプレイヤーはいたが、ここまでおかしな恰好をするプレイヤーは、ジョンを含めてもほとんどいないだろう。

「なんだとこの野郎。どこからどう見ても立派な魔法使いだろうが」
「どこが魔法使いやねん!?魔法使い要素、帽子しかあらへんやんけ!」
「何!?分からないのか!?この肉体から迸る魔力が…!」
「あーはいはい。熱気と汗でムンムンだね。うんうん」
「ロマンのねぇ事言ってんじゃねぇこのバカ野郎!」
「ホボォ!?」

 一体どの辺りがアウトだったのか。先程までのは別に良かったのか。その辺りは定かではないが、とにかくジョンは額に青筋を浮かべながら、怒りのままに拳を固め、ヴィクターの頬を思いっきり殴り抜いた。

 それはもう、痛みがどうこうというレベルではない。痛みよりも先に衝撃が襲い掛かり、そしてその衝撃は、脳を保護する頭蓋骨へと到達。最終的には頭蓋骨そのものを揺さぶり、内部の脳を震盪せしめた。

…そして、自身の主人たる男に対するジョンの蛮行を、マキナが見逃すはずも無く。

「マスター!…ジョン殿、如何に貴方がマスターのご友人であらせられる御方であろうと、マスターへの狼藉は許されませんよ」
「ほう?面白ェ。一度、アンタともやり合ってみたいと思ってたんだ…」

 何やら物騒な物音を立て、無表情ながらジョンに明確な敵意を向けるマキナに、ジョンも不敵な笑みを浮かべて挑発で返す。

「…ぼえぇ…」

 そんな剣呑な雰囲気の中、ヴィクターはしばらくの間、脳震盪の影響で立ち直る事が出来ず、ようやく助け起こされたのはそれから数分経過してからの事だった。



******



「…申し訳ありません。この体は『主に奉仕せよ』という命を受けて生まれ落ちたものではありますが…その、何分経験がなく…」
「うん、許すからその意味深な感じやめようね?あ、ここを真っ直ぐだっけ?」
「あ、はい。そうです」
「あとジョンは絶対に許さん」
「んだとコン畜生」

 ようやく脳震盪から復活したヴィクターを先頭に、どこかのんびりとした足並みでジャングルを進む一行。マキナはと言えば、先程の事を悔いているのか、非常に申し訳なさそうにしながらヴィクターの二歩後ろをふよふよと浮遊しながら前進し、ジョンは彼女から右に少し離れたところを、釈然としない態度で歩いている。
 ただ今現在進行中でエルフが襲われているというのに、そんな調子で本当に大丈夫なのか怪しくなるが、まぁ何とかなるのだろう。…なるんじゃないだろうか。多分。

 と、そんな時、ジョンはヴィクターの元へと駆け寄る。
 その顔には、先程までとは打って変わり、ニマニマと笑顔を浮かべている。

「で、どうなんだよ」
「どうって…何が?」
「エルフのところに行くのが乗り気じゃない理由さ。実のところは?」
「…好みじゃない」
「具体的には?」
「ロボ娘じゃない」
「もっと」
「あの冷たさを通り越して暖かみすら感じられる鋼鉄の皮膚。感情を押し殺したというより、感情そのものを知らないような、無垢な無機質さ。それに…」

 そこまで言うと、ヴィクターは黙り込み、ただチラチラと、後ろにいるマキナを見やる。
 「どうしたんでぇ」とジョンが問いかけてみれば、ヴィクターは「耳を貸せ」と、ジョンの耳元に口を寄せ、手で声が漏れないように隠すと何事かを囁く。

「…は、ハッハッハ!」

 話し終えたヴィクターがジョンから離れると、ジョンは何がおかしいのか、高笑いを始めた。

「わ、笑うなやい!」
「ヘッ、だってよ、んな童貞クサい…」
「え、ええやろーがよぉ!夢見たってなぁ!」

…つまり、そういった旨の内容だったのだろう。これには愉快だと、ジョンは高笑いを繰り返す。

 そんなやり取りをする前方の二人を、マキナは無機質な瞳で見つめていた。

 そんな彼女をヴィクターが見れば、きっと不思議そうにしていると感じていただろう。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

処理中です...