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続章【夢の後先】

新たなる旅立ち(後編)

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フランメ「な、何?」

驚いた表情のまま、オルデンの傍に近づいたフランメは「今の話、何だいそりゃ?」と尋ね直す。

オルデン「お前には人を惹きつける力もある。騎士団の面子は、実力さえあれば全員もついてくる。ここには母親もいるし、騎士団長となれば別角度から英雄の道だ。親父がなしえなかった"英雄"を継いだことにもなる。そんな道と、父を追った新世界への道。どちらを選びたいと…聴きたくなったんだ」

真の英雄の道と、親父を追う道。
有り得ない質問に、フランメは「おいおい」と反応しつつ、答えは一瞬だった。

フランメ「そんなの、親父の道を追う決意をしたわけだしなあ……」

一度決めたことを、曲げることは出来なかった。頑固というか、甘い誘いに乗らず、自分が決めたことを考えなしに突っ走るような一辺倒な部分は、まんま親父似である。

オルデン「フランメ。それが答えでいいのか?」
フランメ「ああ、だから俺はさ……」

しかし、その時。母親のどこか悲しそうな顔が目に入った。僅かだが、考えが揺れた。女王が自分をどれだけ想っていたかも分かったし、やっと母と呼んだ時の嬉しそうな顔を思えば、もしかしたら一生をここで過ごしたほうが良いのかもしれないとも思えたからだ。

オルデン「お前を揺さぶる言葉ばかり言って済まない。しかし、今一度考えて欲しい。お前の若さならば、団長を経て国王の座に就くことだって夢じゃないんだ」

口を大きく開きながらオルデンは煙を吐き、煙草の火先でフランメを差す。

フランメ「は…」

……国王。俺が、王都セントラルを継ぐだって?

オルデン「母を傍に置いて、国を治め人のために拳を振るう。いずれは子を授かることもあるだろう。そんな平穏を過ごせる日々は悪いものじゃない。幸せの終着点でもある」

吸い終えた煙草。オルデンは懐から携帯灰皿でゴシゴシと火を消してそれを仕舞うと、もう1本に手を出そうとする。

フランメ「……ジイちゃん、まぁ待てよ」

だが、フランメはオルデンのその腕を掴み、煙草を止めた。

オルデン「何だ?」

何故ならば、どんな言葉を言われようが、心に決めたことを撤回したくなかったから。

フランメ「正直、母ちゃんとか団長とか人のために拳を振るうのはきっと幸せだと思う」
オルデン「……それで」
フランメ「だけど、俺は心に決めた。この世界を冒険した時、ワクワクしたんだ」
オルデン「ワクワクか…」
フランメ「それでまだ見ぬ世界があるのなら、俺は……」

もう、言葉は不要だった。
見守っていたシュヴァンは、フランメの後ろから、そっと肩を叩いた。

フランメ「じょ、女王…じゃない、か、母ちゃん……?」
シュヴァン「フランメ、分かってるから……」

世界を知ったフランメが、決めたこと。
彼が生まれてから、シュヴァンたちは決めていたことがあった。

……
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
―――16年前。

白姫「この子も、私は自由にさせてあげたいんです」

この頃の王室のベッドは、今と比べてまだみすぼらしい。
17になったばかりの彼女が子を産んだ事は、セントラルの裏を知る者たちにとって衝撃で、悩む存在となっていた。唯一、猛竜騎士は「そうなるんじゃないか」と、別れの夜を知っていただけに予想していたことだったが。

テイル「本当に魔剣士との子なの…?」
白姫「うん…」

この騒ぎに、砂国の女王テイルも駆けつける。無論、禁忌の子として産まれた子であることは、一般的に明かされてはいない。

白姫「猛竜騎士さん、この子は…。私は……!」
猛竜騎士「……誰にも祝福されない子だ。本来ならば、世界の光であったというのに」
白姫「…ッ!」
猛竜騎士「しかし、誰がこの子を恨むことが出来る。俺にとっては、大事な大事な孫のようなモンだ……」

膝を落とし、赤子を抱きしめる。その時、ピリリという魔力の痛みを腕に感じ、猛竜騎士は「この子は…!」と声を上げた。

白姫「……気づきますよね、さすがに…」
猛竜騎士「今の感覚、まさか…!」

間違いなく、闇魔力を感じさせる痺れ。この赤子は、父親と同じように"闇の力"を持っていた。

猛竜騎士「王の血と、闇の力か…。どこぞの物語にも出てきそうな…とんでもない話だな……」
リッター「部屋に入った時からピリピリとしていたのは、この子の気配だったのか」
猛竜騎士「違和感はあったが、まさかな…。白姫、お前はさっき"自由"と言ったが、この子の未来をどう考えているんだ?」

その問いに、全員の視線が注目する中、白姫は少し考えたあとに言った。

白姫「その…考えが……あります…。本当に、勝手なんですが、私は…………」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
……

フランメ「俺に選択をさせる…ってことね…………」

話を聞いたフランメは、豪華な椅子にドカっと乱暴に腰を落とし、はぁぁと大きなため息をついた。

シュヴァン「勿論、それ以外の選択だってある。だけど、こういう道があるっていうことを教えてあげたかった」

両手を胸の前において、祈るかのようにシュヴァンは言った。

オルデン「世界を旅した時、この選択を聞いてどう答えるかを知りたかった。リッターがさっき反応を見せたのは、それだ」
フランメ「……あぁ、廊下で何か言いかけてたな」
オルデン「そういうことだ」

静かに、頷く。

オルデン「選択を与えても、揺ぎ無いか…」
フランメ「……やっぱり世界を知っちまったからさ。今更、変えたくはないんだ」
オルデン「そうだろうとは思っていた。良いんだろう、白姫」

シュヴァンもゆっくりと頷くが、フランメの揺らぎない瞳に「分かっていた」と小さく呟いた。

フランメ「本当は俺だって、やっと会えた母ちゃんと一緒に居たいけど、やっぱりさ……」
シュヴァン「何も言わなくて良いの。貴方が決めたことなら、私は納得できるから」

確信を持って言う。その言葉に、フランメも頷き、「有難う」と一礼した。
最早、フランメの心が揺らぐことは無い。

フランメ(俺は、世界を旅してワクワクした。きっと親父は、世界に居場所がなくなったことだけじゃなくて…この世界を見切ったんだ。母ちゃんがいれば世界は安泰だと思って、自分の役目を終えたと思って……!)

結果的に、白姫は独り立ちし世界の英雄女王として君臨する。当時のメンバーも各大地を立派に治めるまでに成長し、既に世界の未来は明るいものである。

オルデン「……分かった。旅立ちの準備は手配してやろう」
フランメ「本当か!?」
オルデン「当然だ。しかし、寂しくなるな」
フランメ「…っ」

その台詞だけにはどうにも弱く、口を閉ざす。ところが、シュヴァンは笑いながら「仕方ないことです」と言ってフランメの隣に腰を下ろした。

シュヴァン「この子は、魔剣士と同じです。自由に生きて欲しい。自由に生きてくれることが、私にとっての幸せです」
フランメ「か、母ちゃん……」
シュヴァン「初対面にも等しいのに、お母さんって呼んでくれるなんて思わなかった…。本当に有難う、フランメ」
フランメ「い、いや…。何か、そういう気持ちになっちまったっつーか……」

「でへへ」と恥ずかしそうに笑う。
普通なら受け入れることが出来ない話かもしれないが、フランメに限っては気持ちの良いほど素直だった。

シュヴァン「…っ」

しかし、代わりにシュヴァンがそわそわとし始める。特に隣に席を下ろしてから、フランメをちらちらと見ながら腕をぴくぴくと動かす。それを見ていたオルデンは、笑いながら「抱きしめたいのか」とシュヴァンの肩を叩いた。

シュヴァン「ひゃいっ!?」
オルデン「我慢するな、最後になるんだぞ」

腕を掴み、シュヴァンの手をフランメの掌に重ねる。フランメは「うわっ!?」と驚くが、決して手を引っ込めることは無い。

シュヴァン「え、あの……!あの、ちょっと……!」
オルデン「フランメ、母親と最後の別れくらいはしてやることだな」
フランメ「爺ちゃん…あのさ……」
オルデン「"ワシ"は出ておくからな、ゆっくりと話でもしておくといいぞ。はっはっは!」

オルデンはそう言いながら、笑いながら手を振ってさっさと部屋を後にしたのだった。
残されたシュヴァンとフランメは暫く沈黙していたが、二人あわせて「あの爺ちゃんは」「全く猛竜騎士さんは」と一緒に発言したことで、一気に話題が弾み始める。

フランメ「ハハッ、母ちゃんも爺ちゃんにそんなこと言うのか」
シュヴァン「うーん…。昔っから猛竜騎士さんはああいうところがあって……」
フランメ「何、爺ちゃんって昔はどうだったの?兵士たちは凄い頭を下げてたけど」
シュヴァン「確かに強くて頼りになるんだけど、結構ドジっちゃうところもあってー……」
フランメ「おお、待って待って聞かせてくれ!面白そうじゃん!」

ここから、二人の会話はオルデンの過去に始まり、それぞれの冒険の物語へと移り、母と子の時間は流れていった。
僅か3時間にも満たない親子の会話だったが、それでもフランメとシュヴァンは本当に満足したようにオルデンが帰ってきてから笑いあっていたのを見て、「良かった」と微笑んだのだった。
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