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第六章【エルフの隠れ里】
6-9 夢の果て
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
魔剣士「…」
魔剣士「…」
魔剣士「…」
魔剣士「…」ピクッ
魔剣士「んっ……」モゾッ…
魔剣士「あれ…?」
魔剣士「ここは……」ハッ
「……もう、また寝てたの!?」
魔剣士「え…?」
魔剣士「いや、あれ……」
魔剣士「ちょっと待って、ここ……」
魔剣士「確か、俺は腕輪を…嵌めて……痛くて……」
魔剣士「それで……」
「…食事中に寝ちゃうから、そういう変な夢を見ちゃんでしょ」
「ほら、さっさと片付かないから食べちゃって」
魔剣士「え…」
魔剣士「あ、あぁ……そうか……」
魔剣士「悪い悪い、母さん」
どうやら、食事中に眠ってしまっていたらしい。
魔剣士は母親に起こされ、ようやく目が覚めた。
魔剣士「…っ?」ズキン
母親「どうしたの?」
魔剣士「なんか、全身がちょっと痛む……」ズキズキ…
母親「変な姿勢で寝てたからでしょ」
魔剣士「そ、そっか…」
母親「…それより。それを食べたら、あとでお使いに行ってきてね」
母親「今日は市場商人さんがイイものを仕入れたからって、朝にわざわざ挨拶にしてきてくれたのよ」
魔剣士「へいへい…。市場商人のオッサン、なーんか最近妙に母さんに気に掛けるよな」
母親「アハハ、お父さんと仲良かったから…私たちのことを心配してくれてるだけよ」
魔剣士「そうかねぇ」
母親「それよりほら、早く食べて!片付かないでしょ!」
魔剣士「…もう食べ終わるっての!」
母親「じゃあほら、お金渡すから市場商人サンのところでオススメ商品買ってきてよ!」
魔剣士「あ、あぁ分かったって!はいはい!」
…………
……
…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――――【 セントラル王国 市場 】
ザワザワ、ガヤガヤ……
魔剣士(うへぇ~…今日も混んでるねぇ)
セントラル王国にある巨大な市場は、天気がいいこともあっていつも以上に賑わっているように思えた。
魔剣士(全く、人ごみは好きじゃねぇのに……)
活気がいい場所は嫌いではないが、それに紛れるのはあまり好きではない魔剣士は少し不機嫌そうな顔をしながら市場商人の店へと進んでいた。
すると、聞き覚えのある声が魔剣士を呼んだ。
――「おーい、早く走って来いよ!」――
魔剣士「んあ…?」
――「遅いぞ、早くしろよ!」――
魔剣士「い、市場商人サンか!」
その声の主は、市場商人であった。
市場商人「そんな不機嫌そうな顔してねーで、急いで来いって!掘り出しモン、売れちまうぞ!?」
魔剣士「恥ずかしいから何度も呼ぶんじゃねぇ!」
市場商人「魔剣士、ほら魔剣士、早くしろ魔剣士~!!」
魔剣士「…ッ!!」プルプル
何度も呼ばれる声に慌てて走りだし、ようやく魔剣士は市場商人の屋台へと到着した。
魔剣士「な、何度も呼ぶんじゃねぇよ!」
市場商人「遅いんだよ」
魔剣士「あのな…!」
市場商人「まぁいい、それより母親のお使いだろ?」
魔剣士「よくご存じで…」ペッ
市場商人「いい山菜が入ったからな、格安で売ってやるよ」
ゴソゴソ……
魔剣士「へいへいどーも」
市場商人「……ほれ、これだ」スッ
小さめの箱から色鮮やかな緑の山菜をいくつか取出し、魔剣士の前にドンと置いた。
魔剣士「…山菜ばっかかよ。肉とかサービスでつかねぇの?」
市場商人「おま……」
魔剣士「ほれ、サービスはやく」
市場商人「こっちだって商売なんだぞ…。肉が欲しけりゃ、もっと金を持ってこい!」
魔剣士「肉買う金がない貧乏家族で悪かったな!」
市場商人「はぁ…知ってるっての。だから8割引きの値段でも美味くて新鮮なモンを売ってやってるんだろ」
魔剣士「うっ…」
市場商人「母親は元気なようで何よりだがな」
魔剣士「…」
市場商人「前に病で倒れた時はびっくりしたが、回復して本当に良かったな」
魔剣士「ふん…」
市場商人「……そんな顔すんなよ」
魔剣士「うっせ!」
市場商人「しゃあねぇなぁ、切り落としだが豚肉をサービスしてやるよ……」ハァ
魔剣士「お、マジ!?」
市場商人「…特別だからな」
魔剣士「おう!」
市場商人「……ほれ、さっさともって母さんを喜ばせてやれ」
魔剣士「おうよ!」
豚肉のサービスに心躍る魔剣士。
早速、家に帰って母親へと見せようと思ったのだが…市場商人は魔剣士を引き留め、話を始めた。
市場商人「……っと、待て待て魔剣士。面白い話があるんだが…これは聞いたか?」
魔剣士「あぁ?面白い話?」
市場商人「この王国の姫様が、家出したらしいぞ」
魔剣士「へー…」
市場商人「なんだ、反応が軽いな」
魔剣士「王族の生活なんざ知ったこっちゃねぇよ」
市場商人「ハハハ、確かにな」
魔剣士「不自由のない暮らしをしてるくせに、家出なんかするって…バカってことじゃねえか」
市場商人「バカって」
魔剣士「俺がそんな暮らししてても、家出なんかしねえんだけどな」
市場商人「分からんぞ、もしかしたら何か悩みとかもあったのかもしれん」
魔剣士「王族に悩みだぁ?」
市場商人「いくら恵まれていても、悩みは人それぞれだろう」
魔剣士「……ぷっ!ははははっ!」
魔剣士「明日の生活も難しい俺より、王族が家から逃げ出したくなる悩みを持ってるっつーのか!?」
魔剣士「ナメんな、ボケが」
市場商人「……ま、どのみち長いことは続かないだろうよ」
魔剣士「あん?」
市場商人「家出っつっても、素性はバレないわけじゃないし…姫様一人の旅、ひどい目にあってそれで終わりだろ」
魔剣士「自業自得だ」
市場商人「ハハハ」
魔剣士「そんくらいの覚悟がねぇと、家出とか世界に飛び出したりするもんじゃねぇよ」
市場商人「……そうだな」
魔剣士「なーにが姫様だよ。家出とかなんだとか知らねぇが、勝手にやってくれ」
市場商人「ハハ、やっぱりお前はそういう反応か」
魔剣士「ん?」
市場商人「いやいや、予想通りだなと思ってね。白姫サマに対してそんな下衆に考えを持てるのは、この王国でお前くらいだよ」
魔剣士「…」
魔剣士「…」トクン
魔剣士「……白姫?」
市場商人「なんだ、知らないのか?」
魔剣士「白姫…」
市場商人「セントラル王国の姫様はな、白姫っつー名前なんだよ」
魔剣士「しら…ひめ……」トクン…
市場商人「なんでも、見たことはないが…美しい白い肌をお持ちだそうだ」ククク
魔剣士「…ッ」ドクン…
市場商人「どうだ、魔剣士は本当だと思うか?」
魔剣士「…ッ!」ドクン…!
市場商人「魔剣士?」
魔剣士「……ってる」
市場商人「ん?」
魔剣士「知ってる……ぞ……」
市場商人「何がだ?」
魔剣士「白姫の…こと……」
市場商人「あぁ、この国の姫様だしそりゃ当然で」
魔剣士「ち、違うッ!!」
市場商人「…」
魔剣士「白姫のこと、俺は知ってるんだ……!」
魔剣士「夢…じゃない……」
魔剣士「違う、夢…なのか……?」
魔剣士「でも見たことがあるんだ…。知ってるんだ、白姫を……!」
ドクン…ドクン、ドクン……!!
市場商人「何をどう知っているんだ」
魔剣士「分からない…!」
魔剣士「だけど知ってる、その名前!」
魔剣士「姫様、白姫は…どこかで会っているような…そんな気がする…!」
魔剣士「気はする、じゃない」
魔剣士「会ってるんだ、絶対に!」
市場商人「どこでだ」
魔剣士「……思い出せない!だけど、どこかで!」
市場商人「…城の中か、森か?」
魔剣士「!」ハッ!
市場商人「分かったのか?」
魔剣士「そ、そうだっ!」
魔剣士「城の中でだ…!しかも、姫の部屋で会ってる!」
魔剣士「だけど違うんだ、森で本当の気持ちに気が付いて……!」
市場商人「本当の気持ちに…か。それから?」
魔剣士「そ、それから……」
魔剣士「……ッ!」ズキン!
魔剣士「そうだ、家出…。世界に飛び出すために、俺は…きっかけに……!」
市場商人「次は補給の村だったか」
魔剣士「そう……!」
魔剣士「必死に俺は彼女を背負い、逃げて、宿の主人と知り合って!」
魔剣士「だけど危険に晒して、傷をつけそうになって…」
市場商人「そこで出会ったのは」
魔剣士「市場商人サン…オッサンだった!!」
市場商人「…」
魔剣士「……え?」
市場商人「海を見たい、そうだったな」
魔剣士「!」
市場商人「彼女を本気で抱きしめたのは、港であった一件でだったな?」
魔剣士「そうだ…!船に乗って、西方大地へ行って……」
市場商人「1か月もの間、ジャングルを抜けた」
魔剣士「……エルフ族の村に入り」
市場商人「ウィッチと出会った。ま、俺の場合は再会した…だったがな」
魔剣士「だけど、あのクソ魔導エルフがいて……!」ギリッ…
"猛竜騎士"「俺が毒矢に撃たれちまったんだ。油断しちまったよ」
魔剣士「ウィッチも倒れて、オッサンもいなくなって……」
猛竜騎士「腕輪を嵌めたんだな」
魔剣士「……そこで、意識を失ったんだ」
猛竜騎士「全てを思い出したか」
魔剣士「…」
魔剣士「…ッ!」
魔剣士「あ、あぁぁぁああっ!!」
猛竜騎士「…完全に思い出したか」
魔剣士「ここは夢…なんだな……!」ギリッ…!
猛竜騎士「お前のいるべき場所ではないんだよ」
魔剣士「全部、幻……?」
猛竜騎士「母の温もりに浸る時間があるのか?白姫を守れるのはお前だけなんだろう」
魔剣士「……ッ!」
猛竜騎士「戻るんだ、元の世界に」
魔剣士「お、オッサン…」
猛竜騎士「白姫が待っている」
魔剣士「……あぁ」
猛竜騎士「行って来い、魔剣士ッ!!」
魔剣士「…あぁっ!!」
―――決意。
腕輪に飲まれ、夢か現か、幻を彷徨った魔剣士。
だが、そこで現れた猛竜騎士の言葉にようやく自分を取り戻した。
夢は夢だ。
短くも、儚く、どんなに心地よくとも夢は必ず目覚めとなって現実が迎えに来る。
魔剣士の身体は徐々に薄くなり、やがて現(うつつ)へと戻って行った。
猛竜騎士「……参ったねぇ、アイツも」
残された猛竜騎士は少し苦しい笑顔で天を見上げた。
猛竜騎士「……な、ウィッチ。姿を見せなくて良かったのか?」
ウィッチ「全く、口下手なんだから」
猛竜騎士「アイツはまだこっちに来るのは早いだろ?」
ウィッチ「そんなこと言ったら、私だって貴方だってココに来るには早すぎるでしょ」
猛竜騎士「いやぁ参った。俺としたことが油断しちまったよ」
ウィッチ「私は仕方ないけど、貴方とココで会うなんて思わなかった……」ブルッ…
猛竜騎士「いいさ。夢は消えちまうけど、お前のおかげでアイツは白姫を救えるんだろ」
ウィッチ「…」
猛竜騎士「俺らがこうなってるのは哀しむかもしれねぇが、新たな力を得たアイツならもう……」
ウィッチ「……はぁ」
猛竜騎士「なんだ、ため息を」
ウィッチ「あのねぇ、昔の貴方なら"俺はまだまだやることがあるんだ!"って意気込んでたのに……」
ウィッチ「それが今はそんな腑抜けていいの?」
猛竜騎士「……そろそろ潮時でもいいかなって思っちまってな」
ウィッチ「私がいるからでしょ」
猛竜騎士「!?」
ウィッチ「…あのね、あなたもまだこっち側に来るには本当に早いのよ?」
猛竜騎士「ち、ちょっと待て。それは違うぞ、それは!?」
ウィッチ「だって、あなたは完全にまだ"死んで"いない」
猛竜騎士「なぬ?」
ウィッチ「足元を見て見なさい。まだ、身体の一部が向こう側に残ってるでしょ」
猛竜騎士「……お?」チラッ
猛竜騎士「足が透けて……る?」ボゥッ…
ウィッチ「助けてあげる、また」
猛竜騎士「何?」
ウィッチ「これで貸しは二度目になるけど、こっち側の世界に来たら充分に遊んでもらうから♪」
猛竜騎士「は、はい?」
ウィッチ「実は私もすこーしだけあっちにまだ力があるの♪」
ウィッチ「どっちみちこのままじゃ死んじゃうし、毒くらいなら抜いてあげられるからね~」
猛竜騎士「お前……」
…………
……
…
…
……
…………
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――――【 ツリーハウス前 】
白姫「ま、魔剣士、魔剣士、魔剣士ぃぃぃっ!!」
魔導エルフ「無駄だっての…。ククク、まさか自滅とはなぁ……」
白姫「嘘だ、嘘だよ…!魔剣士が死ぬはずないもん!!」
魔導エルフ「…」
白姫「だから、だから……!」
魔導エルフ「だったら自分の目で…見てみるんだなっ!!」グイッ!
白姫「やっ…!」
魔導エルフは白姫を持ち上げ、倒れている魔剣士へと重ねるように叩きつけた。
白姫「あぐっ…!」
魔導エルフ「くく…!どうだ、生きてるか?お?」
白姫「…っ!」
魔導エルフ「いやぁ、気持ちがいいぜぇ。ムカつくやつをぶち殺し、見下す!最高の気分だなぁ…」
白姫「……ッ!」
魔導エルフ「そしてその男の前で……」ニタッ
白姫「…!?」ゾクッ
魔導エルフ「愉しめるんだから、もっともっと最高になれそうだぜ?」ニヤァッ…
白姫「…!」
魔導エルフ「どんな気分だ、なぁ…?」
白姫「…」
魔導エルフ「お前の仲間はもういないんだぜ?一人きりだ、最悪だなぁ…?」
魔導エルフ「それでこれからお前は俺にヤられて、奴隷にでも売り飛ばされるか?」
魔導エルフ「ははは…!はっはっはっはっはっ!!」
絶望的過ぎる状況になってか、魔導エルフから発せられる言葉に対して白姫はうつむき、魔剣士を見つめながら口を閉ざしていた。
魔導エルフは白姫へと近づくと、舌を出しながら腰に着けていた短剣を取り出し、それを向けた。
魔導エルフ「……おい、女」
白姫「…」
魔導エルフ「脱げ」
白姫「…」
魔導エルフ「自分で服を脱ぎ、立て」
白姫「…」
魔導エルフ「そのクソ魔剣士の前で、遊んでやるよ」
白姫「…」
魔導エルフ「脱げ、早くしろ!」
白姫「…」
魔導エルフ「言うことを聞けないのなら、このナイフでてめぇの皮を一枚ずつ剥いで…痛みの中で殺すぞ」
白姫「…」
魔導エルフ「……オイッ!!」
魔導エルフのどんな言葉に対しても、白姫は動くことはなかった。
やがて、いい加減にキレた魔導エルフは、髪の毛を掴み、目線を無理やりに上げさせた。
魔導エルフ「……聞こえてないんですかぁー?」
白姫「…」
魔導エルフ「…」
白姫「…っ」
魔導エルフ「…」
白姫「……い」ボソッ
魔導エルフ「何ィ…?」
長い沈黙からしばらくたち、白姫はようやく口を開いた。
しかし、それは彼女が"覚悟を決める"のに必要な時間であったと魔導エルフは悟る。
何故なら、白姫は脅える様子もなく…魔導エルフとの目を睨み付けていたからだ――……
白姫「……負けない」ボソッ…
魔導エルフ「は?」
白姫「負けない、絶対に負けない。屈しない、覚悟を決めたから……!」
魔導エルフ「何だ?愉しむ覚悟か?」
白姫「最後まで戦う…!何をされても、どうなっても、絶対に!」
魔導エルフ「…へぇ」
白姫「こうなったのは私のせいだから、私が負けることは…きっと、許されないから……!!」
魔導エルフ「面白いこというじゃねえか」
白姫「…ッ!」ギロッ
魔導エルフ「……なら、その身体に聞いてみようか」スチャッ
白姫「…ッ」
魔導エルフ「先ずは、その身体をしっかりと見せてもらおうかー……!!」ビュッ!
白姫(ま、魔剣士っ……!!)ギュッ…
魔導エルフは、白姫へとその短剣を勢いよく降り下ろした。
服と肌を切り裂くように、恐らくは傷をつけつつ痛みに悶える姿を見たかったのだろう。
……しかし。
その短剣は、白姫へと届くことはなく、その寸前で魔導エルフの腕はピタリと動かなくなった。
何故、ならば――……!
「……白姫に傷をつけようとするなんざ、許されねぇなぁ…?」
彼が、還ってきたから。
魔剣士「俺は白姫を守るって決めているんだよ…」
白姫「ま、魔剣士っ!!!」
魔導エルフ「ま、魔剣士ィィィッ!!」
魔剣士「いっぺん…吹き飛んでろやボケがぁぁああっ!!」ググッ…!!
魔導エルフ「ち、ちょっ…!」
魔剣士「うおぉらあああっ!!!」ビュオッ!!
魔導エルフ「ひ…!」
…ゴツッ!!…
魔導エルフ「あぎゃっ!!?」ブシュッ…!
ズッ、ズザザザザァッ……!!
魔剣士の怒りの一撃が、魔導エルフの顔面へと炸裂。
魔導エルフは血をふきつつ、声ともとれない叫びをあげながら地面を滑っていった。
魔剣士「……はーっはっはっは!」
魔剣士「白姫を傷つけるなんざ、ぜってぇに許されねぇんだよ!ボケがぁああっ!!」
白姫「ま、魔剣士…!魔剣士、生きて……!」グスッ…
魔剣士「おうよ姫様!」
白姫「魔剣士、魔剣士っ……!」
魔剣士「待たせたな!怖い思いをさせて悪かった…」ソッ…
白姫「ひ、ひぐっ…!」ポロポロ…
魔剣士「泣き顔は見たくなかったんだけどな…」
魔剣士は白姫の身体を抱き寄せると、腕を回し、その身体を思いきり抱きしめた。
目をつぶりながら頭へそっと顔を寄せ、髪の毛の甘い香りを感じつつ手をそっと顔に近づけ、その涙を拭った。
白姫「ま、魔剣士っ……」ギュウッ…
魔剣士「分かってる。白姫も白姫なりに戦おうとしてくれたんだよな」
白姫「でも、私は何もできなくて…っ」
魔剣士「怖いのが当たり前だろうが。立ち向かえるだけ凄いんだよ」
白姫「ご、ごめんなさい…。ごめんなさい……」
魔剣士「謝る必要はないんだ。お前は何も悪くはない」
白姫「…ッ」
魔剣士「それよりアイツだ…。アイツだけは許せない……!」ギロッ!
魔導エルフ「…」
魔剣士「……目ぇ覚めてるんだろ」
魔剣士「てめぇが俺の打撃でやられてねぇことくらい分かってるんだよ……!」
魔導エルフ「…」
魔導エルフ「……く、クソが」ムクッ
魔剣士「やっぱりな」
魔導エルフ「強靭剤を打っておいて助かったぜ。痛みはあるが、意識が飛ぶこたぁねぇ」ククク
魔剣士「…」
魔導エルフ「第三ラウンドといくか…お?」
魔剣士「また吹き飛ばされたいのか?」
魔導エルフ「あぁ!?」
魔剣士「…」
魔導エルフ(……ハッタリやろうが)
魔導エルフ(てめぇが魔力枯渇で動けないのは知っているんだ……)
魔導エルフ(さっきのパンチには驚いたが、恐らく次はもう動けることなどな……)
……ズンッ!!……
魔導エルフ「がほっ!!?」ズキンッ!
魔剣士「…もう、お前は負けているんだよ」
魔導エルフ「な…なに…が……!?」ブルッ…
魔剣士「もう慈悲すらも与えはしねぇぞ……」
魔導エルフ「な…なななっ……!」
ふと気づけば、最初の戦いの時と同様に…氷の刃が背へと突き刺さっていた。
魔導エルフ「て、め……!魔力…こ、ここ、枯渇は……!」
魔剣士「…」パァァッ!
魔導エルフ「!?」
魔剣士「もう、人とも呼べない存在になっちまったのかな……」
魔導エルフ「そ、その、その…ひか、ひ、光は……!」
白姫「ウィッチさんの魔法と一緒の……!」
魔剣士の全身から、ウィッチと同じ黄金の輝きに煌きがチラチラと舞っていた。
それはつまり、魔剣士が"膨大な魔力を得るバーサクの腕輪"が身体へと馴染み、それを得た証拠であった。
魔剣士「……魔力が溢れ出てくる」
魔導エルフ「ば、バーサクを…き、きさ…ま……!」
魔剣士「氷の中であとの一生を過ごしておけ」パァァッ!
魔導エルフ「ちょ、ちょっ……!」
カキッ…!カキンカキンッ!!
魔導エルフ「まま、待てぇっ!!このまま氷漬けにする…気……!」
魔剣士「お前を許すことはもうない」パァァッ!
魔導エルフ「あ、あぁぁぁああっ!!ああああああっ!!!」
魔剣士「……二度とその面は、みねぇよ」
魔導エルフ「ち、ちくしょお!ちくしょぉぉぉおっ……!!」
カキンッ…!カキン…カキンッ……!
魔導エルフ「お……」
魔導エルフ「…っ」
魔導エルフ「…」
魔導エルフ「…」
魔剣士「……終わった」
白姫「…っ」
魔剣士「悪く思うな魔導エルフ。てめぇはやり過ぎたんだよ……」
白姫「魔剣士…っ」
魔剣士「もう、大丈夫だ。お前を傷つけるやつはいねぇ……」
白姫「…っ」ギュッ…
魔剣士「…ッ」
魔導エルフ「…」
絶望の表情を浮かべ、透き通るような氷の中でこちらを一心に睨み付けたまま絶命し、アイス・オブジェクトになった魔導エルフ。
小さな隠れ里で起きた誰にも知られぬ戦いが、ようやく終わった。
魔剣士「…」
白姫「…」
魔剣士「……と、オッサンとウィッチが!」ハッ!
白姫「!」
魔剣士「こっちだ!」ダッ!
白姫「…ッ!」コクン
魔剣士「…」
魔剣士「…」
魔剣士「…」
魔剣士「…」ピクッ
魔剣士「んっ……」モゾッ…
魔剣士「あれ…?」
魔剣士「ここは……」ハッ
「……もう、また寝てたの!?」
魔剣士「え…?」
魔剣士「いや、あれ……」
魔剣士「ちょっと待って、ここ……」
魔剣士「確か、俺は腕輪を…嵌めて……痛くて……」
魔剣士「それで……」
「…食事中に寝ちゃうから、そういう変な夢を見ちゃんでしょ」
「ほら、さっさと片付かないから食べちゃって」
魔剣士「え…」
魔剣士「あ、あぁ……そうか……」
魔剣士「悪い悪い、母さん」
どうやら、食事中に眠ってしまっていたらしい。
魔剣士は母親に起こされ、ようやく目が覚めた。
魔剣士「…っ?」ズキン
母親「どうしたの?」
魔剣士「なんか、全身がちょっと痛む……」ズキズキ…
母親「変な姿勢で寝てたからでしょ」
魔剣士「そ、そっか…」
母親「…それより。それを食べたら、あとでお使いに行ってきてね」
母親「今日は市場商人さんがイイものを仕入れたからって、朝にわざわざ挨拶にしてきてくれたのよ」
魔剣士「へいへい…。市場商人のオッサン、なーんか最近妙に母さんに気に掛けるよな」
母親「アハハ、お父さんと仲良かったから…私たちのことを心配してくれてるだけよ」
魔剣士「そうかねぇ」
母親「それよりほら、早く食べて!片付かないでしょ!」
魔剣士「…もう食べ終わるっての!」
母親「じゃあほら、お金渡すから市場商人サンのところでオススメ商品買ってきてよ!」
魔剣士「あ、あぁ分かったって!はいはい!」
…………
……
…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――――【 セントラル王国 市場 】
ザワザワ、ガヤガヤ……
魔剣士(うへぇ~…今日も混んでるねぇ)
セントラル王国にある巨大な市場は、天気がいいこともあっていつも以上に賑わっているように思えた。
魔剣士(全く、人ごみは好きじゃねぇのに……)
活気がいい場所は嫌いではないが、それに紛れるのはあまり好きではない魔剣士は少し不機嫌そうな顔をしながら市場商人の店へと進んでいた。
すると、聞き覚えのある声が魔剣士を呼んだ。
――「おーい、早く走って来いよ!」――
魔剣士「んあ…?」
――「遅いぞ、早くしろよ!」――
魔剣士「い、市場商人サンか!」
その声の主は、市場商人であった。
市場商人「そんな不機嫌そうな顔してねーで、急いで来いって!掘り出しモン、売れちまうぞ!?」
魔剣士「恥ずかしいから何度も呼ぶんじゃねぇ!」
市場商人「魔剣士、ほら魔剣士、早くしろ魔剣士~!!」
魔剣士「…ッ!!」プルプル
何度も呼ばれる声に慌てて走りだし、ようやく魔剣士は市場商人の屋台へと到着した。
魔剣士「な、何度も呼ぶんじゃねぇよ!」
市場商人「遅いんだよ」
魔剣士「あのな…!」
市場商人「まぁいい、それより母親のお使いだろ?」
魔剣士「よくご存じで…」ペッ
市場商人「いい山菜が入ったからな、格安で売ってやるよ」
ゴソゴソ……
魔剣士「へいへいどーも」
市場商人「……ほれ、これだ」スッ
小さめの箱から色鮮やかな緑の山菜をいくつか取出し、魔剣士の前にドンと置いた。
魔剣士「…山菜ばっかかよ。肉とかサービスでつかねぇの?」
市場商人「おま……」
魔剣士「ほれ、サービスはやく」
市場商人「こっちだって商売なんだぞ…。肉が欲しけりゃ、もっと金を持ってこい!」
魔剣士「肉買う金がない貧乏家族で悪かったな!」
市場商人「はぁ…知ってるっての。だから8割引きの値段でも美味くて新鮮なモンを売ってやってるんだろ」
魔剣士「うっ…」
市場商人「母親は元気なようで何よりだがな」
魔剣士「…」
市場商人「前に病で倒れた時はびっくりしたが、回復して本当に良かったな」
魔剣士「ふん…」
市場商人「……そんな顔すんなよ」
魔剣士「うっせ!」
市場商人「しゃあねぇなぁ、切り落としだが豚肉をサービスしてやるよ……」ハァ
魔剣士「お、マジ!?」
市場商人「…特別だからな」
魔剣士「おう!」
市場商人「……ほれ、さっさともって母さんを喜ばせてやれ」
魔剣士「おうよ!」
豚肉のサービスに心躍る魔剣士。
早速、家に帰って母親へと見せようと思ったのだが…市場商人は魔剣士を引き留め、話を始めた。
市場商人「……っと、待て待て魔剣士。面白い話があるんだが…これは聞いたか?」
魔剣士「あぁ?面白い話?」
市場商人「この王国の姫様が、家出したらしいぞ」
魔剣士「へー…」
市場商人「なんだ、反応が軽いな」
魔剣士「王族の生活なんざ知ったこっちゃねぇよ」
市場商人「ハハハ、確かにな」
魔剣士「不自由のない暮らしをしてるくせに、家出なんかするって…バカってことじゃねえか」
市場商人「バカって」
魔剣士「俺がそんな暮らししてても、家出なんかしねえんだけどな」
市場商人「分からんぞ、もしかしたら何か悩みとかもあったのかもしれん」
魔剣士「王族に悩みだぁ?」
市場商人「いくら恵まれていても、悩みは人それぞれだろう」
魔剣士「……ぷっ!ははははっ!」
魔剣士「明日の生活も難しい俺より、王族が家から逃げ出したくなる悩みを持ってるっつーのか!?」
魔剣士「ナメんな、ボケが」
市場商人「……ま、どのみち長いことは続かないだろうよ」
魔剣士「あん?」
市場商人「家出っつっても、素性はバレないわけじゃないし…姫様一人の旅、ひどい目にあってそれで終わりだろ」
魔剣士「自業自得だ」
市場商人「ハハハ」
魔剣士「そんくらいの覚悟がねぇと、家出とか世界に飛び出したりするもんじゃねぇよ」
市場商人「……そうだな」
魔剣士「なーにが姫様だよ。家出とかなんだとか知らねぇが、勝手にやってくれ」
市場商人「ハハ、やっぱりお前はそういう反応か」
魔剣士「ん?」
市場商人「いやいや、予想通りだなと思ってね。白姫サマに対してそんな下衆に考えを持てるのは、この王国でお前くらいだよ」
魔剣士「…」
魔剣士「…」トクン
魔剣士「……白姫?」
市場商人「なんだ、知らないのか?」
魔剣士「白姫…」
市場商人「セントラル王国の姫様はな、白姫っつー名前なんだよ」
魔剣士「しら…ひめ……」トクン…
市場商人「なんでも、見たことはないが…美しい白い肌をお持ちだそうだ」ククク
魔剣士「…ッ」ドクン…
市場商人「どうだ、魔剣士は本当だと思うか?」
魔剣士「…ッ!」ドクン…!
市場商人「魔剣士?」
魔剣士「……ってる」
市場商人「ん?」
魔剣士「知ってる……ぞ……」
市場商人「何がだ?」
魔剣士「白姫の…こと……」
市場商人「あぁ、この国の姫様だしそりゃ当然で」
魔剣士「ち、違うッ!!」
市場商人「…」
魔剣士「白姫のこと、俺は知ってるんだ……!」
魔剣士「夢…じゃない……」
魔剣士「違う、夢…なのか……?」
魔剣士「でも見たことがあるんだ…。知ってるんだ、白姫を……!」
ドクン…ドクン、ドクン……!!
市場商人「何をどう知っているんだ」
魔剣士「分からない…!」
魔剣士「だけど知ってる、その名前!」
魔剣士「姫様、白姫は…どこかで会っているような…そんな気がする…!」
魔剣士「気はする、じゃない」
魔剣士「会ってるんだ、絶対に!」
市場商人「どこでだ」
魔剣士「……思い出せない!だけど、どこかで!」
市場商人「…城の中か、森か?」
魔剣士「!」ハッ!
市場商人「分かったのか?」
魔剣士「そ、そうだっ!」
魔剣士「城の中でだ…!しかも、姫の部屋で会ってる!」
魔剣士「だけど違うんだ、森で本当の気持ちに気が付いて……!」
市場商人「本当の気持ちに…か。それから?」
魔剣士「そ、それから……」
魔剣士「……ッ!」ズキン!
魔剣士「そうだ、家出…。世界に飛び出すために、俺は…きっかけに……!」
市場商人「次は補給の村だったか」
魔剣士「そう……!」
魔剣士「必死に俺は彼女を背負い、逃げて、宿の主人と知り合って!」
魔剣士「だけど危険に晒して、傷をつけそうになって…」
市場商人「そこで出会ったのは」
魔剣士「市場商人サン…オッサンだった!!」
市場商人「…」
魔剣士「……え?」
市場商人「海を見たい、そうだったな」
魔剣士「!」
市場商人「彼女を本気で抱きしめたのは、港であった一件でだったな?」
魔剣士「そうだ…!船に乗って、西方大地へ行って……」
市場商人「1か月もの間、ジャングルを抜けた」
魔剣士「……エルフ族の村に入り」
市場商人「ウィッチと出会った。ま、俺の場合は再会した…だったがな」
魔剣士「だけど、あのクソ魔導エルフがいて……!」ギリッ…
"猛竜騎士"「俺が毒矢に撃たれちまったんだ。油断しちまったよ」
魔剣士「ウィッチも倒れて、オッサンもいなくなって……」
猛竜騎士「腕輪を嵌めたんだな」
魔剣士「……そこで、意識を失ったんだ」
猛竜騎士「全てを思い出したか」
魔剣士「…」
魔剣士「…ッ!」
魔剣士「あ、あぁぁぁああっ!!」
猛竜騎士「…完全に思い出したか」
魔剣士「ここは夢…なんだな……!」ギリッ…!
猛竜騎士「お前のいるべき場所ではないんだよ」
魔剣士「全部、幻……?」
猛竜騎士「母の温もりに浸る時間があるのか?白姫を守れるのはお前だけなんだろう」
魔剣士「……ッ!」
猛竜騎士「戻るんだ、元の世界に」
魔剣士「お、オッサン…」
猛竜騎士「白姫が待っている」
魔剣士「……あぁ」
猛竜騎士「行って来い、魔剣士ッ!!」
魔剣士「…あぁっ!!」
―――決意。
腕輪に飲まれ、夢か現か、幻を彷徨った魔剣士。
だが、そこで現れた猛竜騎士の言葉にようやく自分を取り戻した。
夢は夢だ。
短くも、儚く、どんなに心地よくとも夢は必ず目覚めとなって現実が迎えに来る。
魔剣士の身体は徐々に薄くなり、やがて現(うつつ)へと戻って行った。
猛竜騎士「……参ったねぇ、アイツも」
残された猛竜騎士は少し苦しい笑顔で天を見上げた。
猛竜騎士「……な、ウィッチ。姿を見せなくて良かったのか?」
ウィッチ「全く、口下手なんだから」
猛竜騎士「アイツはまだこっちに来るのは早いだろ?」
ウィッチ「そんなこと言ったら、私だって貴方だってココに来るには早すぎるでしょ」
猛竜騎士「いやぁ参った。俺としたことが油断しちまったよ」
ウィッチ「私は仕方ないけど、貴方とココで会うなんて思わなかった……」ブルッ…
猛竜騎士「いいさ。夢は消えちまうけど、お前のおかげでアイツは白姫を救えるんだろ」
ウィッチ「…」
猛竜騎士「俺らがこうなってるのは哀しむかもしれねぇが、新たな力を得たアイツならもう……」
ウィッチ「……はぁ」
猛竜騎士「なんだ、ため息を」
ウィッチ「あのねぇ、昔の貴方なら"俺はまだまだやることがあるんだ!"って意気込んでたのに……」
ウィッチ「それが今はそんな腑抜けていいの?」
猛竜騎士「……そろそろ潮時でもいいかなって思っちまってな」
ウィッチ「私がいるからでしょ」
猛竜騎士「!?」
ウィッチ「…あのね、あなたもまだこっち側に来るには本当に早いのよ?」
猛竜騎士「ち、ちょっと待て。それは違うぞ、それは!?」
ウィッチ「だって、あなたは完全にまだ"死んで"いない」
猛竜騎士「なぬ?」
ウィッチ「足元を見て見なさい。まだ、身体の一部が向こう側に残ってるでしょ」
猛竜騎士「……お?」チラッ
猛竜騎士「足が透けて……る?」ボゥッ…
ウィッチ「助けてあげる、また」
猛竜騎士「何?」
ウィッチ「これで貸しは二度目になるけど、こっち側の世界に来たら充分に遊んでもらうから♪」
猛竜騎士「は、はい?」
ウィッチ「実は私もすこーしだけあっちにまだ力があるの♪」
ウィッチ「どっちみちこのままじゃ死んじゃうし、毒くらいなら抜いてあげられるからね~」
猛竜騎士「お前……」
…………
……
…
…
……
…………
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――――【 ツリーハウス前 】
白姫「ま、魔剣士、魔剣士、魔剣士ぃぃぃっ!!」
魔導エルフ「無駄だっての…。ククク、まさか自滅とはなぁ……」
白姫「嘘だ、嘘だよ…!魔剣士が死ぬはずないもん!!」
魔導エルフ「…」
白姫「だから、だから……!」
魔導エルフ「だったら自分の目で…見てみるんだなっ!!」グイッ!
白姫「やっ…!」
魔導エルフは白姫を持ち上げ、倒れている魔剣士へと重ねるように叩きつけた。
白姫「あぐっ…!」
魔導エルフ「くく…!どうだ、生きてるか?お?」
白姫「…っ!」
魔導エルフ「いやぁ、気持ちがいいぜぇ。ムカつくやつをぶち殺し、見下す!最高の気分だなぁ…」
白姫「……ッ!」
魔導エルフ「そしてその男の前で……」ニタッ
白姫「…!?」ゾクッ
魔導エルフ「愉しめるんだから、もっともっと最高になれそうだぜ?」ニヤァッ…
白姫「…!」
魔導エルフ「どんな気分だ、なぁ…?」
白姫「…」
魔導エルフ「お前の仲間はもういないんだぜ?一人きりだ、最悪だなぁ…?」
魔導エルフ「それでこれからお前は俺にヤられて、奴隷にでも売り飛ばされるか?」
魔導エルフ「ははは…!はっはっはっはっはっ!!」
絶望的過ぎる状況になってか、魔導エルフから発せられる言葉に対して白姫はうつむき、魔剣士を見つめながら口を閉ざしていた。
魔導エルフは白姫へと近づくと、舌を出しながら腰に着けていた短剣を取り出し、それを向けた。
魔導エルフ「……おい、女」
白姫「…」
魔導エルフ「脱げ」
白姫「…」
魔導エルフ「自分で服を脱ぎ、立て」
白姫「…」
魔導エルフ「そのクソ魔剣士の前で、遊んでやるよ」
白姫「…」
魔導エルフ「脱げ、早くしろ!」
白姫「…」
魔導エルフ「言うことを聞けないのなら、このナイフでてめぇの皮を一枚ずつ剥いで…痛みの中で殺すぞ」
白姫「…」
魔導エルフ「……オイッ!!」
魔導エルフのどんな言葉に対しても、白姫は動くことはなかった。
やがて、いい加減にキレた魔導エルフは、髪の毛を掴み、目線を無理やりに上げさせた。
魔導エルフ「……聞こえてないんですかぁー?」
白姫「…」
魔導エルフ「…」
白姫「…っ」
魔導エルフ「…」
白姫「……い」ボソッ
魔導エルフ「何ィ…?」
長い沈黙からしばらくたち、白姫はようやく口を開いた。
しかし、それは彼女が"覚悟を決める"のに必要な時間であったと魔導エルフは悟る。
何故なら、白姫は脅える様子もなく…魔導エルフとの目を睨み付けていたからだ――……
白姫「……負けない」ボソッ…
魔導エルフ「は?」
白姫「負けない、絶対に負けない。屈しない、覚悟を決めたから……!」
魔導エルフ「何だ?愉しむ覚悟か?」
白姫「最後まで戦う…!何をされても、どうなっても、絶対に!」
魔導エルフ「…へぇ」
白姫「こうなったのは私のせいだから、私が負けることは…きっと、許されないから……!!」
魔導エルフ「面白いこというじゃねえか」
白姫「…ッ!」ギロッ
魔導エルフ「……なら、その身体に聞いてみようか」スチャッ
白姫「…ッ」
魔導エルフ「先ずは、その身体をしっかりと見せてもらおうかー……!!」ビュッ!
白姫(ま、魔剣士っ……!!)ギュッ…
魔導エルフは、白姫へとその短剣を勢いよく降り下ろした。
服と肌を切り裂くように、恐らくは傷をつけつつ痛みに悶える姿を見たかったのだろう。
……しかし。
その短剣は、白姫へと届くことはなく、その寸前で魔導エルフの腕はピタリと動かなくなった。
何故、ならば――……!
「……白姫に傷をつけようとするなんざ、許されねぇなぁ…?」
彼が、還ってきたから。
魔剣士「俺は白姫を守るって決めているんだよ…」
白姫「ま、魔剣士っ!!!」
魔導エルフ「ま、魔剣士ィィィッ!!」
魔剣士「いっぺん…吹き飛んでろやボケがぁぁああっ!!」ググッ…!!
魔導エルフ「ち、ちょっ…!」
魔剣士「うおぉらあああっ!!!」ビュオッ!!
魔導エルフ「ひ…!」
…ゴツッ!!…
魔導エルフ「あぎゃっ!!?」ブシュッ…!
ズッ、ズザザザザァッ……!!
魔剣士の怒りの一撃が、魔導エルフの顔面へと炸裂。
魔導エルフは血をふきつつ、声ともとれない叫びをあげながら地面を滑っていった。
魔剣士「……はーっはっはっは!」
魔剣士「白姫を傷つけるなんざ、ぜってぇに許されねぇんだよ!ボケがぁああっ!!」
白姫「ま、魔剣士…!魔剣士、生きて……!」グスッ…
魔剣士「おうよ姫様!」
白姫「魔剣士、魔剣士っ……!」
魔剣士「待たせたな!怖い思いをさせて悪かった…」ソッ…
白姫「ひ、ひぐっ…!」ポロポロ…
魔剣士「泣き顔は見たくなかったんだけどな…」
魔剣士は白姫の身体を抱き寄せると、腕を回し、その身体を思いきり抱きしめた。
目をつぶりながら頭へそっと顔を寄せ、髪の毛の甘い香りを感じつつ手をそっと顔に近づけ、その涙を拭った。
白姫「ま、魔剣士っ……」ギュウッ…
魔剣士「分かってる。白姫も白姫なりに戦おうとしてくれたんだよな」
白姫「でも、私は何もできなくて…っ」
魔剣士「怖いのが当たり前だろうが。立ち向かえるだけ凄いんだよ」
白姫「ご、ごめんなさい…。ごめんなさい……」
魔剣士「謝る必要はないんだ。お前は何も悪くはない」
白姫「…ッ」
魔剣士「それよりアイツだ…。アイツだけは許せない……!」ギロッ!
魔導エルフ「…」
魔剣士「……目ぇ覚めてるんだろ」
魔剣士「てめぇが俺の打撃でやられてねぇことくらい分かってるんだよ……!」
魔導エルフ「…」
魔導エルフ「……く、クソが」ムクッ
魔剣士「やっぱりな」
魔導エルフ「強靭剤を打っておいて助かったぜ。痛みはあるが、意識が飛ぶこたぁねぇ」ククク
魔剣士「…」
魔導エルフ「第三ラウンドといくか…お?」
魔剣士「また吹き飛ばされたいのか?」
魔導エルフ「あぁ!?」
魔剣士「…」
魔導エルフ(……ハッタリやろうが)
魔導エルフ(てめぇが魔力枯渇で動けないのは知っているんだ……)
魔導エルフ(さっきのパンチには驚いたが、恐らく次はもう動けることなどな……)
……ズンッ!!……
魔導エルフ「がほっ!!?」ズキンッ!
魔剣士「…もう、お前は負けているんだよ」
魔導エルフ「な…なに…が……!?」ブルッ…
魔剣士「もう慈悲すらも与えはしねぇぞ……」
魔導エルフ「な…なななっ……!」
ふと気づけば、最初の戦いの時と同様に…氷の刃が背へと突き刺さっていた。
魔導エルフ「て、め……!魔力…こ、ここ、枯渇は……!」
魔剣士「…」パァァッ!
魔導エルフ「!?」
魔剣士「もう、人とも呼べない存在になっちまったのかな……」
魔導エルフ「そ、その、その…ひか、ひ、光は……!」
白姫「ウィッチさんの魔法と一緒の……!」
魔剣士の全身から、ウィッチと同じ黄金の輝きに煌きがチラチラと舞っていた。
それはつまり、魔剣士が"膨大な魔力を得るバーサクの腕輪"が身体へと馴染み、それを得た証拠であった。
魔剣士「……魔力が溢れ出てくる」
魔導エルフ「ば、バーサクを…き、きさ…ま……!」
魔剣士「氷の中であとの一生を過ごしておけ」パァァッ!
魔導エルフ「ちょ、ちょっ……!」
カキッ…!カキンカキンッ!!
魔導エルフ「まま、待てぇっ!!このまま氷漬けにする…気……!」
魔剣士「お前を許すことはもうない」パァァッ!
魔導エルフ「あ、あぁぁぁああっ!!ああああああっ!!!」
魔剣士「……二度とその面は、みねぇよ」
魔導エルフ「ち、ちくしょお!ちくしょぉぉぉおっ……!!」
カキンッ…!カキン…カキンッ……!
魔導エルフ「お……」
魔導エルフ「…っ」
魔導エルフ「…」
魔導エルフ「…」
魔剣士「……終わった」
白姫「…っ」
魔剣士「悪く思うな魔導エルフ。てめぇはやり過ぎたんだよ……」
白姫「魔剣士…っ」
魔剣士「もう、大丈夫だ。お前を傷つけるやつはいねぇ……」
白姫「…っ」ギュッ…
魔剣士「…ッ」
魔導エルフ「…」
絶望の表情を浮かべ、透き通るような氷の中でこちらを一心に睨み付けたまま絶命し、アイス・オブジェクトになった魔導エルフ。
小さな隠れ里で起きた誰にも知られぬ戦いが、ようやく終わった。
魔剣士「…」
白姫「…」
魔剣士「……と、オッサンとウィッチが!」ハッ!
白姫「!」
魔剣士「こっちだ!」ダッ!
白姫「…ッ!」コクン
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