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第九章【セントラル】

9-30 全員の予想外(3)

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魔剣士(そうだとしたら、コイツの目的は一体なんなんだ…?)

ブリレイの秘密を知った魔剣士は、彼の行動を思い出す。出会った時から世界平和のために共に行動をしてきたのは少なくとも嘘ではなかった。現に、白姫だってブリレイの行動に怪しむ様子は見せなかったのだから。

魔剣士(……いや、違うんじゃないか?)

まさか、そうか……。
瞳に幻術があったのなら、今まで何度か眼鏡を外して自分たちを見つめていた時があった。

魔剣士(あの時、白姫の瞳に既に幻術をかけて、自分を信用させるようにしていたとしたら……!?)

そうすれば、辻褄は合う。しかし、ブリレイの目的が分からない。世界平和のために行動し、今バンシィの命を奪うことを止める理由は。戦うことを意図的に止めさせた意味、理由が。

魔剣士「…っ」

考えるが無駄なことで、答えなど出るはずがなかった。

ブリレイ「……フランメさん?」
魔剣士「んあっ!?」

急に呼ばれたことに、びくりとする。

ブリレイ「もうブレイダーさんは象徴の紹介として向かっていきましたけど、よろしいのでしょうか……?」
魔剣士「……いいよ別に。つか、ブレイダーがいなくなったならいなくなったで話が出来るしな」
ブリレイ「何か僕とお話しを…?」
魔剣士「あぁ、ちょっとな」

ゴホンと咳き込み、聞き出せるだけの情報を聞き出そうとする。

魔剣士「どうしてあの時、戦いを止めさせたんだ。俺はアンタに、仕掛けても構わないとコンタクトを送ったはずだぜ」
ブリレイ「……今はまだ討つべき時ではありません。それはハッキリと言えます」
魔剣士「今がチャンスだろうが!」
ブリレイ「討てたとしても、反乱が目に見えます。今から表にいるリッターさんが"象徴"として闇魔法の会得者を紹介するのに、ブレイダーさんがいなかったら暴れる団員が大勢出るはずです」
魔剣士「…っ!」

確かにその通りだった。今ブレイダーを討てば、着いていく人間がいなくなった冒険者たちは暴れるに違いない。……しかし。

魔剣士「だけど、それならいつ倒しても一緒だろ!象徴がいなくなれば暴れる、そしたら抑えればいいだけだ!それに、団長リッターだってついてくる人間が……」
ブリレイ「……どうやって、それをするのですか」
魔剣士「うっ…!」
ブリレイ「よく考えてください。今、これから象徴たる人物が出るのと出ないのでは暴れる度合いが違います。僕が考えているシナリオは、ハイル王とブレイダーさんを両討ちとして、呆気にとられた面々に対し、魔剣士さんがそれらを抑え、英雄となる瞬間なんです」
魔剣士「俺が英雄だと?」
ブリレイ「えぇ、そうすれば貴方の実力を知った面子が暴れることなく着いてくるはずです。しかし、今に討ってしまえば象徴たる人物がいないことでバラバラに暴れ始めるでしょう。リッターはあくまでも一般人であって、結局は闇魔法の術者には遠く及ばない。魔剣士さんにのみ、騎士団の全員は熱狂するでしょう」
魔剣士「…俺がまとめ役か」

成る程。言われてみれば、そうなのかもしれない。

魔剣士「……くそっ!」

だが、好機とも呼ぶべき時間を二度も逃したことを後悔する。特に、一度目の好機で動けなかったことが何よりも響いた。

ブリレイ「必ずチャンスは、もう一度来ます。ですから……」
魔剣士「……分かってるよ。だから、ちょっと黙っててくれ…」
ブリレイ「これは失礼しました…。申し訳ありません……」
魔剣士「ちっ…。くそが……、こんなにも世界を救うことは難しいのかよ。疑ったり、倒しちゃいけなかったり、こんなに難しいのかよ!」

勢いあまって抜いた剣を、地面へと深く突き刺した。地下室全体に、鈍い金属音が"ギィン!!"と響く。

ブリレイ「フ、フランメさん……」
魔剣士「……もう良い。面倒くせぇ、俺は一回戻る。バンシィ、行くぞ」
バンシィ「う、うんっ……」

違う雰囲気の魔剣士に気圧されながらも、いつものように手を差し出したことでバンシィは安心してそれを握った。

ブリレイ「そ、その子は……?」
魔剣士「バンシィは俺らの"味方"だ」
バンシィ「っ!」
魔剣士「こんな子供に怪我をさせちまうなんて、俺は最低で、嫌になる。どうしてこんなことばっか、全部俺のせいだっつーのかよ…くそっ……!」

闇魔法さえ覚えなければ、こんなことにはならなかったんだろうか。様々な事柄から感極まっているのか、バンシィの傷を見て、情けなさに薄っすら涙が浮かびそうになる。
すると、ブリレイは何故かバンシィのもとへと近寄り掌を彼女に向けた。

バンシィ「な、なに……?」
魔剣士「おいっ!」

何をする気かと怒鳴ったが、ブリレイは「大丈夫です」と、光魔法を唱えたのだった。

バンシィ「え……」
魔剣士「か、回復魔法……」

魔法に長けたブリレイの回復技術は高く、傷跡が薄く残る程度で一切の血とダメージを和らげ、バンシィの顔色に血の気が戻る。

バンシィ「あ…、ありがと…う……」
魔剣士「ブリレイ……」
ブリレイ「さすがにその子の傷を負わせたまま、放置はできませんから。驚かせてしまって申し訳ありませんでした」
魔剣士「……いや、俺も変に怒鳴って悪かったよ…。ちょっと気が立ってて…な…」
ブリレイ「世界のために、その渦の中にいれば誰もが裏切るよう、誰もが怖く見えます。ですが、自分を信じて、一歩ずつ進みましょう。僕もお力添えをし、明日のため、戦いますから」
魔剣士「あ、あぁ……」

静かで優しい口調に、魔剣士は落ち着きを取り戻す。
この男は闇魔法や瞳術の使いであることは間違いないと思うが、何を考えているのか、心の底がまるで見えなかった。

魔剣士(取り敢えず、今はこれをオッサンに報告するだけだ。これからどうするか、ブリレイのいない場所で話をつけないとな……)

魔剣士は「また会いに来る」と挨拶をすると、バンシィの手を引っ張って地下室から地上へと消えて行った。
そしてそれを見送ったブリレイは、魔剣士の気配が遠くにいったことを確認した後、"こほん"と咳き込み、"いるのは分かっておりますよ"と、地下室奥、暗がりの中に向かって声をかけた。すると、その暗闇から"あの男"が現れた。

ハイル「……ククッ、成る程のぉ」
ブリレイ「ハイル王……」

どうやらハイルがこの場所にいたことは想定外のようで、ブリレイは「仕方ありませんね」とやれやれといった感じに声を出した。

ハイル「ワシがいることくらい、気付いておったか?さすがだな、ブリレイよ」
ブリレイ「……どこから聞いておりましたか?気配はだいぶ前からあったのは分かっていましたが」
ハイル「闇魔法の覚醒がどのように行われるのか気になっていてな」
ブリレイ「と、いうことは…、バンシィさんとブレイダーさんのやり取りからですか」
ハイル「あの男、フランメという奴もそれなりに実力があると見えた。どうして戦いの邪魔をした?覚醒の瞬間を見たかったと思うのだがな」
ブリレイ「聞いていたかと思いますが、危険な賭けに出ることは出来ません。ブレイダーさんの言う次の段階に上がるためには、強力な魔法を自らのものとすることで、吸収する感覚をすればと言いましたが、生命の幹を二段階以上の強化をした時、どうなるかは定かではありませんから」

この二人は、ブレイダーの言う"第二段階"の覚醒をするため、様々な研究を進めていたようだった。
その中で可能性があることが、生命の幹の強化を行うことであり、簡単に言えば新たなる犠牲者を出すということである。

ブリレイ「確かに長いこと一緒にいたであろう、ブレイダーさんの妹なら成功確率も高いでしょう。ですが、成功するかは定かではなく、失敗した際に彼の身体が吹き飛ぶ危険性だってありました」
ハイル「ふむ、なるほどな。象徴たるたった一人の闇魔術師が、今日の登場前に死なれては困るからな」
ブリレイ「そういうことです。フランメさんが現れなければ、ブレイダーさんは既にこの世からいなくなっていたかもしれません」
ハイル「ならば、あの男に感謝をせねばならないということか」
ブリレイ「結果論になりますが。もちろん、成功する確率はあったものの…………」

持論、研究論をハイルに伝えるブリレイ。だが、ハイルはこれ以降の話に耳を傾けず、「ククッ」と笑って彼の話を遮った。

ハイル「……まぁ、それは良い」
ブリレイ「は、はい?」

いつもなら興味を持つ会話を止められたことに、少し驚く。

ハイル「それよりも、気になったことがある」
ブリレイ「……何でしょうか?あのフランメのことですか?」
ハイル「そうではない。お前のことだ」
ブリレイ「ぼ、僕のこと…ですか?」
ハイル「うむ」

ブリレイの傍へ寄り、眉間にしわつくり、それを問う。

ハイル「貴様、何を隠している」
ブリレイ「……隠す?」
ハイル「とぼけるな。お前は何かを隠している。そうだな、闇魔法に深く関わることではないのか?お前が術者であるとか、そういう……」
ブリレイ「……は?」

突然の問いに、ブリレイは動揺した様子を見せた。

ブリレイ「何を…仰ってるんです?」
ハイル「ごまかすな。貴様、ワシに隠しごとをするとは良い度胸をしておる」
ブリレイ「……ちょっと待ってください。何を根拠に」
ハイル「根拠?貴様が言っておったことを聞き逃すと思うのか?」
ブリレイ「は、はい?」
ハイル「先ほどブレイダーが"闇魔法の会得者が他にいるのではないか"と言った時、確かに"自分は感じなかった"と言ったはずだ」
ブリレイ「…っ!」
ハイル「それに、"貴方も激痛を伴うことを知っている"などといっていたな。そこまでの内容を聞いて、察しないわけがないだろう!」
ブリレイ「うっ……!」

迂闊だったと、そんな顔をした。
このハイルの洞察力は他人の比ではない。王として君臨するからこその、わずかな顔色の変化から伺えた故の、鋭い観察力。

ハイル「……慌てたな」
ブリレイ「な、何を馬鹿な……」
ハイル「隠すなと言っている!貴様、さっきフランメが現れたことも想定外であったな?それを良いように、ワシがいたことに気付き、何かを考えてそれを止めたんだろう?」
ブリレイ「い、いえですから……!先ほどのは、ブレイダーさんに万が一がないように……!」
ハイル「何を隠している!」
ブリレイ「……ッ!」

ハイルの疑いは、言い訳程度で逃れられるようなものではない。
自分の感覚に絶対的自信を持ち、それで常に我が道を作って来たからこその絶対。ハイルはブリレイの"目的"に勘付き始めていた。

ハイル「何を隠している。全てを話すがいい!」
ブリレイ「それは……」
ハイル「ブリレイ…、シュトライト。お前が名を変えても、奥底に眠る冒険者の野心は衰えていないことくらい分かるぞ!」
ブリレイ「……ハイル王…」

観念したのか、力無くそれに応答した。

ブリレイ「仕方ありませんね……」

そして、王に近づいたブリレイは眼鏡を外す。

ブリレイ「少し早いですが、僕という主体に真と嘘。そして今、疑念が揃った」
ハイル「何?」
ブリレイ「ハイル王、まだその命は使うことが出来るが故に、壊すことはしませんよ」
ハイル「……な、何を!」

ブリレイはハイルの眼を見つめる。
その瞬間、彼の瞳から発せられた強烈な魔力は、ハイルの眼に強烈な幻惑作用をもたらす。

ハイル「うっ、うぐっ……!?」

それを受けたハイルは、がくりと膝を落とし、目を見開いたまま動くことが出来なくなった。

ブリレイ「……しばらく、僕の駒として動いてください。貴方の言った通り、僕は闇魔法の使い手です。といっても、もうこの声も聞こえないでしょうが」

セージの与えたヒント、魔剣士の閃き、ハイルの考えは間違っていなかった。どこで会得したのか分からないが、彼は闇魔法の会得者であり、幻惑によって一定の人間を操っていたらしい。
そして、ブリレイは自分のひれ伏すハイルの前で、ニヤリと笑う。

ブリレイ「ふっ……」

―――だが。
ブリレイにとって、想定外な出来事。ハイルは身体を震わせながら、また立ち上がったのだ。

ブリレイ「……何っ!?」
ハイル「き、貴さ…ま……!何をし…た……!」
ブリレイ「まさか!?」
ハイル「視界が…、歪む……!暗く、目の前がまともに…見えぬッ……!!貴様、何をしたァッ!!」

ハイルに起きていたのは、幻惑がかかりそこねたり、回復の兆しを見せた時の症状である。
セージがまともにしゃべられなかったのは、痛み以上に"これ"が原因であった。意識がプツリと失われそうなくらいの目眩(めまい)に、尋常ではない瞬きをするようなフラッシュ、吐き気、歪み、世界が反転する。

ブリレイ「やはり…、"浅い"のか……!」
ハイル「この感覚は何だ…!貴様ァァ!!」
ブリレイ「ハ、ハイルッ!!」

不味いと思ったブリレイは、ハイルの顔を掴み、再び瞳から幻惑を放った。今度は空間を歪ませる程の強力たる魔力で、過剰たる魔力を受けるハイルは痛みに悶える。

ハイル「う、うがぁぁああっ!!!」
ブリレイ「ぐっ……!」

二度目の幻惑には、さすがのハイルも堕ちて、膝を落としたまま動かなくなった。
そもそも、どうして彼に幻惑が掛からなかったのか、それは幻惑魔法を使う者には分かっていた。

ブリレイ(くっ…、よもや二度目の幻惑を使うとは…!さすが、重い"経験がある者"には掛かり辛いか……!)

経験者とは、生きてきた今までにおいての全ての経験である。戦いだろうが、恋愛だろうが、不自由のない生活だろうが、あらゆる経験を指す。
身を置いた環境が過酷であればあるほどに、自然と幻惑耐性は高くなるもので、熟練した冒険者や王のように立場を持つ者は著しい耐性を持っていた。

ブリレイ(中途半端な闇魔法とはいえ、王の眼を持つハイルに効くことは…助かった……。少し早いが、致し方な…し……!)

身体が芯から熱を持ち、魔力酔いの症状で額がひどく痛む。これ以上の闇魔法は限界だと全身から信号が発せられる。

ブリレイ(ちょっと…、休む…かっ…………!)

石造のように動かなくなったハイルの隣で、ブリレイもまた両ひざから崩れ落ち、その場に倒れたのだった。

………


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